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挿話その一「若者と女神・下」


 『パイプと蜜酒』亭に現れた女神は、そりゃもう地元でもヴェルニエでも見かけたことがないほどの美人だった。


 歳は俺と同じぐらいかもう少し上で、綺麗な肩までの金髪にヴェルニエの街娘よりもあか抜けた旅衣装が眩しい。少しくたびれているが、明らかに魔法の品と分かるマントを身に着けた女冒険者だ。

 昼間っから酒場で優雅に茶を飲んで親父と話しているあたり、稼ぎも俺達より余程上なんだろう。……無論、俺が昼間の宿にいる理由は、今日がたまたま移動日だったってだけだ。


 ともかく、親父なら何か知ってるはず。

 ディモやヘンリクに聞かれるといらんことになりそうなので、二人が出払った隙を見て、俺は親父をこっそりつかまえた。


『な、なあ、マテウス親父』

『なんじゃ?』

『ほら、いまさっき出てった金髪の美人、あれは誰なんだ?』

『……一目惚れか?』

『バ……ちげえよ!』


 親父の眼力すげえ!?

 あ、いや、それはどうでもいい。心底どうでもいいぜ。


 ふむと頷いた親父は、パイプの煙をわっかにして面白そうな顔をしてやがった。


『ああ、お前は昨日一昨日と、外回りの依頼だったから知らないのか』

『おう、一週間ほど前から、3人でボーメスニルの宿場まで出てた』

『そうだったそうだった。

 あの嬢ちゃんは、アルールから来たらしくてな』

『アルール?』

『知らんか? 西の方にある小さな国だ。

 それはともかく、しばらくはこの宿に泊まってくれるそうでの、部屋代は月払いで貰っておる。

 名は……そうだな、勇気があるなら自分で聞いてこい』

『お、おう!』

『だが……ちと敷居は高いと思え』

『なんかあるのかよ?』

『下手に手ぇ出すと、お前の首が文字通り飛ぶぞ』

『へ!?』


 なんだそりゃと親父に詰め寄る。


『あの嬢ちゃん、とある小領の領主代理でな』

『げ!?』

『まあ、領主様のお気に入りってのもあるが、それ以上に本人が……むう』

『なんかあんのか?』

『……ふむ。

 お前ら3人もこの宿に泊まるようになって1年余り、そろそろ駆け出しって言われるぐらいには育ったか……。

 まあ、大事なことは自分で確かめろ。情報も集めろ。見えてくるものがあるはずだ。

 ……恋にしろ腕っ節にしろ、そんじょそこらの冒険者程度じゃ太刀打ちできん相手がいるってのも、知って損はなかろう』


 後ろの方は、聞き流すことにする。当たって砕けろだ。

 とりあえず、用事がなけりゃ夜は飯を食いに戻ってくるはずだぞと聞きだした俺は、夜を待つことにした。




 うん、無謀だった。

 わかってたが、最初の一歩から躓いた。


 密かに相席を狙ってたのに、黒い鎧の大男を同伴して現れたところでもう一切の勝ち目がないことがわかった。


 それにしてもなんて迫力だ。

 ……あの髭面の大男を押しのけて彼女の隣に座るぐらいなら、盗賊砦に素っ裸で突撃する方がいくらか生き残れそうに思える。


『な、なあ、あれ、誰……?』

『あの大男か?

 こないだからちょくちょく見かけるが、元冒険者でな……』


 顔馴染みの真鍮持ちがいたので聞いてみると、なんでも現役時代は魔銀のタグを持っていたというとんでもない奴だった。


 『洞窟狼』なんていう二つ名を持っていて、腰の剣も身に着けた鎧も名有りの一級品らしい。怪我で引退したようだが、もちろん、今でも俺が何十人いたところで勝てそうになかった。だいたい魔銀持ちなんて、王都のギルドにでも行かないと見かけることさえ困難だって話なのに、なんでヴェルニエにいるのかわからない。


『なんでも北の方で稼いでたらしいが、最近こっちに河岸を移したらしい』

『俺、あんなの見たことないんだけど……』

『そうか?

 たまにギルドでも見かけるぜ。

 依頼受けてるって風でもねえが、ディートリンデさんがギルドマスターの部屋に連れてくのは見た』


 ちらっと給仕を見れば、大男は食ってる飯も上等で量も多い。ワインだってボトルで頼んでやがる。

 だいたい白パン篭盛りとかどこのお貴族さまだよ、ちくしょうめ。

 こちとら黒パン2つに奮発しても肉団子倍増しのシチューがせいぜいだっての!


『どした、ヨルク』

『なんでもねーよ!』

『いいから早く食おうぜ』


 まあでも、一つ分かった。

 強くて金持ってる奴は、やっぱりもてるってことだ。

 



 そんな『洞窟狼』を羨ましく思いながら日々依頼をこなしていたが、雪が降り出すと依頼ががくんと減ってきて、春先まで俺とディモはヴェルニエ中の雪かきに奔走し、ヘンリクは商家に週雇いで潜り込んでいた。


 しばらくして知ったが、その女神───ジネットさんも、大したタマだった。


 俺達がボーメスニルで仕事をしていた頃、あの『洞窟狼』をつかみ上げて怒鳴りつけてたらしい。そのおかげで、あれだけの美人に誰もコナをかけようとしないんだそうだ。

 他にも、辺境巡察官なんて中央の役人にも堂々と対処していたと云うから、度胸も礼儀も身に着けてるんだろう。 


 あー、うん。

 どっちにしろ、高嶺の花だったわ。

 さらば俺の初恋よ。実に短い夢だったぜ……。


 それはともかく、贅沢さえしなけりゃ街中暮らしでもなんとかなるもんだと、俺達は去年の冬に学んでいる。錬鉄のタグを得たばかりの新人と仕事を組めば、先輩らしく助言をすることもあった。ちょっとは俺達も成長したんだろうなと思いたい。


『おい、ヨルク!

 依頼だ! でかい依頼だ!』

『落ち着け、ディモ』

『ベアル狩りの勢子の募集で先着20人!

 一週間で一人一日5グロッシェン!』

『おお!?』


 春先、ディモが大声で俺達を呼びに来た。もう申し込んであるというが、その報酬なら雪ん中に天幕張って寝ろと言われても文句はない。


『で、場所はどこだ?』

『シャルパンティエだ』

『……どこだって?』

『あ。

 ……わりい、知らねえ。

 えーっと、集合場所はギルド前になってたから、たぶん、問題ない』


 ちなみに依頼を出したのは『洞窟狼』───シャルパンティエの領主様で、勢子は1日5グロッシェンだったのに狩人の方は8グロッシェンに加えて出来高制の報償ありだった。もちろんそっちは赤銅以上の限定だったから、悔しかったがここは仕方ない。




 その狩りの最中、『洞窟狼』が剣を振るうのを見た。




 俺は、震えた。

 寒かったわけじゃない。ベアルが恐かったわけでもない。

 あれが本物の一流なのかと、心の底から熱い何かがわき上がってきた。


 勝てる勝てない、じゃない。悔しいわけでもない。

 洗練の技とその力強さに、俺は感動したのだ。


 だがたった一閃で太い喉笛を断ち切り、ベアルを下した『洞窟狼』は言った。


『すまん、剣筋がぶれて血しぶきがそっちに飛んでしまった。

 皆大丈夫か?』


 あれだけの技を持っていて、まだ不満があるらしい。


 ……『強い奴だって強さに胡座をかいてる奴ばかりじゃない』というマテウス親父の言葉を思い出す。

 だからあれだけ強いのかと、俺は一人頷いた。




 それからしばらくして、俺は安物のショート・ソードから普及品のショート・スピアに主武器を換えた。柄も切っ先も少し太めの造りで、耐久性に優れた品だ。ショート・ソードは予備として腰に差し、それまで予備だった小振りのナイフは予備の予備として背中に回した。


 ディモもようやく長柄のバトル・アックスを手に入れたし、ヘンリクは二つ目の発動体を買ってからギルドで治癒術士の講習を受けている。


『先日の講習を終えて、俺は治癒以外に解毒や快癒も使えるようになったが……まだまだ腕は下の方って自覚はある』

『まあ、すぐに上手くなれるなら、誰も苦労はしねえって』


 この頃から、俺達は『英雄の剣』と名乗りはじめた。大それた名前だが、そのうち似合うようになると、自分たちで言い聞かせている。


 夏から秋に掛けては装備よりも技だとばかりに、俺とディモもそれぞれ安くない金を払ってギルドで訓練を受け、脚捌きや簡単な技を覚えていった。

 週に一、二度仕事を受けない日を設けて、野原で反復練習を繰り返す。

 俺達だって馬鹿じゃない。装備も大事だが、それを使う中身も大事ってことはなんとなくわかってきた。

 そうでなきゃ、いつまでたっても青銅のタグをぶらさげたまんまで終わってしまう。


『よし、それまで!

 ヨルク、ディモ、ヘンリク!

 お前達は合格だ!』

『おっしゃああ!!』


 こうした努力が実り、秋が少し深まりはじめた頃、俺達は念願だった真鍮のタグを手に入れた。




『そういやお前達な……』

『なんだ、親父?』

『ん?』

『真鍮のタグを得たそうだが、迷宮には潜ってみないのか?』


 真鍮のタグを得た翌日、俺達はマテウス親父に声を掛けられた。


『迷宮?』

『そりゃ憧れるけど』

『うーん……』

『丁度近場に新しいのがあるだろう?』

『まあ、知ってるけどさ』


 親父が口にしたのは、シャルパンティエのダンジョンだ。

 春にベアル狩りをした時から、その名は知っている。あの『洞窟狼』の領地だった。


『このまま警備や採取の仕事をこなしても、悪くはないだろう。それも常道だ。

 だが、いい機会だと儂は思うぞ』

『なんでだよ?

 俺達、迷宮に潜る準備なんてこれっぽっちもしてないぜ』


 確かに近場だから旅費は掛からないし、馬車で1日ほどだからヴェルニエとの往復も難しくない。


 だが買えば済む野営道具や迷宮装備はともかく、ダンジョン踏破の知識なんてこれっぽっちもなかった。


 ただ……依頼を受けて報酬を貰うのではなく、自分で稼ぎに出るというのには少し憧れもある。


 ちなみにシャルパンティエは、ダンジョンの傍らにまだ宿とギルドぐらいしかない新しい迷宮村で、あまり評判はよくなかった。

 曰く、入宮料の割にアガリが渋い、第二階層との往復が面倒くさい、せっかく儲けても使う場所がない……。


 今も数組しかパーティーは居ないはずだ。この『蜜酒とパイプ』亭に常宿していた連中にも、シャルパンティエを覗いてきた冒険者が何人かいた。


『そこが狙い目なのさ』

『ん?』

『お前らじゃ、第二階層で魔晶石狙うなんてのは命の無駄遣いだ……ってのは儂にもわかる』

『ひでえ言いぐさだなあ』

『でもディモ、親父の言うことは正しいぞ』

『そうだけどよう……』


 ……俺もそう思う。

 悔しいが馬鹿にされている風でもないから、黙って続きを待つ。


『うむ。

 だが、強い魔物が出る第二階層への降り口が奥の奥で、その手前はアントモールやアントモールスネークが殆どだから、赤銅なら余裕、真鍮の腕でも無理をしなければ問題なしと向こうのギルドは判定してるそうだ。

 うちの息子があっちに宿を出していてな、今なら内緒で割り引くよう、紹介状を持たせてやるぞ?』


 ……結局、俺達はマテウス親父に乗せられた。




 ▽▽▽




 まあ、シャルパンティエついてからも大変だったんだがな。


 宿代は相部屋の長期割引を更に割り引いて貰ったが、慣れるまではダンジョンの入宮料と飯代を捻出するのも一苦労だった。


 まあ、ジネットさんが本物の女神だったってのが、唯一の救いかも知れない。




 俺達はシャルパンティエに着いたその日、冷やかしついでに村唯一の雑貨屋『地竜の瞳』商会───彼女の店を訪ねた。


『いらっしゃいませ!』


 彼女が冒険者じゃないってのはもう知ってたが、一人で店を切り盛りするだけあってその目利きも半端じゃなく、俺達は一目で素人だと見抜かれた。


 やれダンジョンではたいまつとカンテラの両方を持っとけだの、日帰りのつもりでも水だけは倍用意しろだの、最初のうちは入り口と角一つまで、入り口と角二つまでと自分の居る場所を覚えるまで往復しろだの、おしとやかな見かけによらずぽんぽんとよく口の回ること……。


『日帰りなんだから、夜は酒場で先輩冒険者の話にこっそり耳を傾けるのもいいわね。

 繰り返して話題になることは、知っておいて損しないわよ』


 なんでそんなに詳しいのか聞いたら、ダンジョン近くの雑貨屋の店番なら8つからずっとやってるんだから詳しくもなる、だとさ。苦労性の女神だったんだな……。


 そのお小言を守ったお陰でしばらくは赤字だったが、女神の助言だとディモ達にもよく言い聞かせてその通りにしていたら、怪我もヘンリクの治癒術だけでなんとかなる範囲で済んだし、一週間もする頃には入り口のちょっと奥ぐらいまでは慣れて、宿のカールに蛇肉の調達を頼まれるぐらいにはなっていった。

 金回りも食うには困らなくなってきたし、意外に悪くない。




 ほらな、やっぱり女神様だった。


 ……相変わらず『洞窟狼』にべったりで、こっちは向いてくれねえけどな!



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