挿話その一「若者と女神・上」
シャルパンティエにやってきた駆け出し冒険者のお話です
俺達『英雄の剣』がいつも仕事をこなしていたヴェルニエからシャルパンティエに河岸を変えたのは、紅葉月の半ばだった。
「ほら、あれだ。見えてきただろう」
「おお、あれかあ」
「んあ? もうついたのか?」
「やっとかよ……」
「さて、何が待っているやら……」
御者のおっさんに起こされ、それぞれが荷馬車の幌の隙間から顔を出す。
真新しい白い城壁が、木立の向こうに見えた。
▽▽▽
貧乏農家の小倅で槍持ちの俺───ヨルク、樵の息子で斧使いのディモ、村長の四男で治癒術士のヘンリク……なんとか親を説き伏せ三人で村を出て2年、隊商の下働きや農作業の手伝い、雪かきに溝さらいと、とにかく日銭稼ぎの生活が安定しだすまでが大変だった。
なにせ、ヴェルニエは都会だ。
何でもかんでも金が掛かる。
『おお、これなんかどうだ?
シェーヌとの往復で2週間、食事と宿は向こう持ちで依頼料が1人1ターレル!』
『ディモ、飯代込みはいいが、人数が10人一組で隊長格は赤銅持ちと条件にあるぞ』
『じゃあ、どっかのパーティーを誘ってだな……』
隊商の護衛や街の夜警は労力の割に報酬は高いが、武器も持たず鎧もなかった俺達に回して貰えるはずもない。
……最低限、荒事に慣れた真鍮や赤銅の連中でないと雇って貰えないと知ったのは、もう少し後だった。
ついでに言えば、俺達でもこなせそうな街仕事でも依頼によっては青銅以上なんて指定もあって、よさげな仕事はなかなか見つかってくれない。
だが、俺達も必死だった。
ない知恵を絞って色々考えた末に、採集依頼で外に出る時は夏場も冬物を着込んでないよりましな防具にし、ディモが作った手製の棍棒を構え、飛び道具代わりに小石を握った。
ところが世の中、そうは甘くない。
依頼のついで───狩り小屋修理の荷運び人足で、もちろん護衛すら兼ねていない───に野原に出て、帰りがけ、はじめての獲物を意気揚々とぶらさげて市門をくぐろうとすれば、衛兵にとっつかまった。
『待て。
お前ら、狩猟免状は?』
『へ!?』
『……チッ、ちょっと詰め所まで来い』
村とは違って、狩りをするのに代官の免状が必要らしい。ヴェルニエでは、薬草の採取依頼も巡り巡ってギルドや薬屋から天引きされてるんだとか……。街はやっぱり、何をするにも金が掛かりすぎる。
冒険者に成り立てで何も知らなかったという主張は、タグの交付日付とギルドの依頼記録を確かめられた後、ようやく認められた。身体は無事だったが、衛兵隊長の説教に半ば心を折られたと思う……。
詰め所からの帰り道、俺達を引き取りに来たというギルドのジジイに、悪質でない限り初犯はお目こぼしもあるが、次はないぞと脅された。それでも素人同然の錬鉄持ちなら、免状を得て狩りに出る方が儲けにも経験にもなるぞと助言をくれたが、値段を聞けばとても今日明日に出せる金額じゃない。
結局、3人揃って狩猟免状を得たのは、ひと月も経ってからだった。
『行ったぞ!』
『ヨルク、右だ!』
『おう!』
追うのが野ウサギや野鳥ではしまらないが、ウサギ1羽で3人が1食食えるとなれば話は変わる。宿代も木賃の相部屋で一人半グロッシェン、月の頭にまとめて払えば割引があるから、後は依頼料を貯め込んで行けるのがありがたい。
ただ、狩猟免状は3人分必要なかった。猟師とその手伝いとすれば1人分で済んだことに気付いたのは、もうしばらく経ってからだ。……でもまあ、それぞれがばらけて狩りをしても咎められることがないから、役にはたっていたかもしれない。
『この分だと、今月の宿代は半月でなんとかなりそうだな。
俺は表通りの武器屋で見かけた戦斧が欲しいんだが……』
『いま、ギルドに預けてる貯金はどれぐらいだった?
ひと月分の宿代は余裕持たせるべきだぞ』
『だな』
『わかってるけどよう、そろそろまともな武具が……』
俺達はひよっこと笑われながらも仕事をこなし、ギルドに貯金を作っていった。
時には俺とディモだけで採取に出て、俺達の中で唯一まともに読み書き算術が出来るヘンリクが商家の日雇いに出ることもあった。仕事を紹介してくれた宿のマテウス親父によれば、適材適所とか言うらしい。得意な者に得意な仕事を与えるのが、無駄なく物事を成し遂げるコツだそうだ。
『俺の見立てなどアテになるかどうかはわからんが、お前らはいい冒険者になるだろう』
『……そりゃ親父のお墨付きは嬉しいけどよ』
『ひよっこと呼ばれてもだ、腐らず真面目に依頼と副業をこなしてるやつだけが、タグを青銅真鍮赤銅と順に交換していける。
無論そうして強さを手に入れていくのは間違いないんだが、強い奴だって強さに胡座をかいてる奴ばかりじゃない。
楽な道はないのだ。……忘れるな』
『へいへい……』
それでもヴェルニエで暮らしはじめて一年もした頃、ギルドの方から青銅の試験を受けてみないかと声を掛けて貰えたのは、運が良かったのかマテウス親父の言葉を守っていたのが認められたのか。
……もっとも試験は極簡単で、明らかに手加減をしてくれている試験官役のギルド員に、3人で立ち向かうというものだった。
せめて一撃を入れなければと意気込んでいたが、参ったと言って逃げ出さなければ───一定時間、心を折られなければよかったらしい。それ以上に、普段の仕事ぶりに悪評がついてまわったかどうかの方が重要だったそうだが、そっちは今更だ。……正直言って、手抜きのコツが分からないし、食いっぱぐれないためには毎日必死だった。
試験の後、詰め所の衛兵の方が余程恐かったと言ったら、あれはあれで新人が通る洗礼のようなものだと大笑いされた。
『そいじゃ、青銅への昇格を祝って!』
『うむ、乾杯!』
『かんぱーい!』
今日ぐらいは祝おうぜとはじめて注文したエールは、正直言ってあまり美味いもんじゃなかった。
……今度はもっと高い酒を注文してやろうと、3人で誓った。
青銅のタグを得た俺達は、ほんの少しだけ金回りが良くなった。
真鍮の頃は普通に依頼を選んで仕事を取っていたが、時折名指しで仕事が入るようになったのだ。
街から西に少し離れた農家だったが、畑仕事の手伝いは子供の頃からやらされていた俺には慣れたものだったし、樵の倅ディモは俺達の棍棒を作ったように簡単な木工や大工仕事なら得意だ。
ヘンリクは出番がないかと思いきや、任された子守の間が持たず苦肉の策で読み書きを教えていたら、えらく感謝されたそうだ。次に呼ばれたときは、子供が増えていた。
……ついでに、手間賃にしては大きな額が依頼料に上乗せされていたので誰も文句は言わなかったが、ありゃあヘンリクの家庭教師目当てだぞと、3人で苦笑いした。
『いいか、予算は金貨1枚半までだからな』
『わかってるよう……』
そんな調子で、武器屋の常連とまでは言わないが、やっと装備を『選んで』買えるぐらいには、俺達も稼げるようになってきた。
だが、使い古したよれよれの皮鎧や、見栄えの悪い───子供が持てば様になりそうな短い剣でも、日銭暮らしの俺達が買うには敷居が高い。それでも金が貯まるたびに武器屋や防具屋に通い、稼ぎを装備に換えていった。
無論、得物があるからと、すぐに荒仕事が回して貰えるわけじゃない。
なんか偉い貴族が来るからと、衛兵隊が大人数を募集した時、ようやく初の荒仕事を得ることが出来た。
もちろん、昼間に居並んで街中でお出迎えするような役どころではなく、下っ端衛兵の指揮下に入って市壁の外周や近隣の夜警に回された。それでも2晩昼寝食事付きでグルデン銀貨を2枚も貰えたのだから、やっぱり荒事は儲かる。貴族の金遣いがちょっとおかしいだけなのかもしれないが、正直、ありがたいぜ。
そんな調子で小銭を貯めつつ、真鍮への昇格を狙っていた頃。
俺達の常宿、『パイプと蜜酒』亭に女神が現れた。
いや、割と冗談抜きで。




