第二十三話
今年最後の荷馬車───ルーヘンさんを筆頭に、5台の馬車がやってきていた───を見送ったその日の朝、ユリウスは領地拝領以来初となる『領主様のお触れ』とやらを出した。
……家臣がわたししかいないから、力仕事は自分でやった方がずっと早いってせいもあるけど、雪の降る中、自分で広場に立て看板を立てている姿は、申し訳ないと思いつつもちょっと微笑ましかったのは誰にも話せない。ちなみに御触書の清書は、もちろんわたしだ。
『一つ、本日より翌4245年春待ちの月末日まで、現在シャルパンティエ逗留中の冒険者に対し、毎月第5日、第15日、第25日に限り、免状なしでも領内での狩猟を許す。
一つ、置罠は除外するが、前項の当該日に仕掛け当該日中に回収する場合はこれも許す。
一つ、獲物の計数は、公平を期するためギルドにて職員立ち会いの元行う。
一つ、最終日までに狩った獲物の一番多い者には、ターレル金貨1枚と剣1振りを贈りこれを賞す。
聖神歴4244年 年暮れの月 第11日
ヴィルトール王国シャルパンティエ領初代領主ユリウス記す』
税金増やしたりとか、○○を禁ずるって言うようなお触れじゃない。
長い冬、冒険者達を厭きさせないための工夫のようなものだ。
洞窟内で緊張を強いられ続けるのも良くないけど、宿との往復だけでは気鬱になってしまうこともある
だからと雪深い中では出せそうな依頼も雪かきぐらいしかないから、自主的に外に出る機会を作りやすいよう仕向けているんだって。
実は副賞の剣も、そこらの並品じゃなかった。
これはまだ内緒だけれどラルスホルトくんが作った上物の剣で、年明けしばらくに公表して参加者を煽るらしい。そんなに高価な賞品を出してお金は大丈夫なのかなと思ったら、秋の熊狩りが割に儲かったそうで……。
あ、帰ってきた。
「ふう……」
「おかえりー。
ごくろうさま」
「すまんジネット、熱い茶を入れてくれないか?
たったあれだけの作業で身体が冷えきったぞ……」
「もちろん、用意してあるよ」
「ほう、気が利くな」
雪を払って入ってきたユリウスに、ローゼルのお茶を差し出す。
そりゃあ、ねえ。
部屋の中にいても寒いぐらいだもん。
ストーブがないと店番もつらいぐらいで、朝一番に熾きを灰から掘り出して炭をくべるのが日課になっている。
2階で調合をしているアレットも、足下の湯たんぽと手を温める茶杯が手放せない様子。手先が狂うとお仕事にならないから、今の季節は特に大変そうだ。
「まあ、触書の方は追々広まるだろう。
何せ、狭い村だからな」
「そうだ、少し気になっていたんだけど……」
「うむ?」
「雪の中歩き回って、危なくないの?」
「……安全、とは言い切れぬな」
ユリウスは静かに頷いて、椅子をストーブの前に持って行った。
髭の上の雪が溶けて冷たかったのか、顔を顰めている。
「だが、必要なのだ……と言えば、わかるか?」
「必要?」
うん、ごめん。
よくわからない。
「何か事が起きた場合に、ヴェルニエと往復せねばならんのだが……俺が把握している限り、まともに雪中を行き来できる者は数人といないはずでな。
彼らには悪いが、ある程度雪慣れしておいて貰おうと思っているのだ」
「あー……」
「無論、こちらでも補いはつける。
アルノルトには巡回を依頼したし、『孤月』には知識の伝授を頼んであるぞ。
俺も巡回組だ。
……ダンジョンとは別の危険を学ばせる意味も、ないわけではないな」
きちんと面倒を見た上で放り出そうって言うことなのかな。
まあね、危険がっていうことなら、そもそも冒険者とは一体何なのかってことになっちゃう。
「しかし、この調子だとあっと言う間に積もりそうだ。
広場の井戸も……屋根はあるが、夜は蓋を置いた方がいいかもしれん」
「雪かきも大変そうだね。
それぞれお店から井戸までは、自分のところでやるつもりだけど……」
「ここらはまだ、一晩で人の背丈ほど積もったりはせんだろう」
さて、今日も行って来ると立ち上がり、ユリウスは茶杯を空にして『魔晶石のかけら』亭に帰っていった。
彼は先日来、雪が浅い内にと、雪の中でも目立つ赤布の目印を木々の高いところに結んで回るお仕事を、一人淡々とこなしているのだ。
▽▽▽
もちろん、わたしも遊んでいるわけにはいかない。
領主様に納める税金の計算を、そろそろまとめてしまいたいところだった。
先月までの集計はもう終えていて、あとは一週間ごとに合算している今月分を足してしまえばいいんだけど……今月に入って急激にお客さんが増えたから、まるで実家にいた頃に逆戻りしたようで忙しい。嬉しいんだけどねー。
ちなみにうちの場合、わたしとアレット2人分の人頭税にお店の売り上げの3割を足してだいたい6ターレル弱を納めることになる。実家に比べればうんと少ないけれど、初年度の半年なら頑張った方かな。
それに加えて店舗のお家賃が引っ越してきてからの5ヶ月分で4ターレル、合計10ターレル少々を年末までに用意する必要があるんだけど……。
実家だとこの時期に右往左往してた気もするけど、これが既に用意できていたりする。
何故かと言えば、筆頭家臣のお給金がほぼ手つかずで積み上がっていったからだ。ヴェルニエで暮らしていた頃は何かと使っていたけれど、シャルパンティエに移ってからはお店の方の売り上げでなんとかなってた。
ちなみに家臣は領主様の庇護下にあると見なされるので、この給金には税が課せられない。
アレットが稼ぎ出した薬の売り上げは、ほぼ堅焼きパンの買い入れ代金の不足分を埋めてくれていた。わりと綱渡りだったかもしれないなあ……。
あとは……ユリウスから借りているお金なんだけど、これはまだちょっと返済できそうになかった。金額が大きかったから、借りるときに数年は覚悟してって最初に断りを入れてある。流石に躊躇ったけれど、必要だと彼が言いきったからにはわたしも応えなくちゃと引き受けた。
赤銅以上の冒険者達が実際によく買っていくから、ユリウスの見立ては正しいことが分かったし、売り上げの単価も大きくなったのでわたしも助かっている。
ともかく、『地竜の瞳』商会は最初の一歩を踏み出した。
今年だけでも色々あったし、前途も多難だ。ユリウスの支援がなければ、まだ開店にこぎ着けていなかったことも間違いない。
それでも、今年は半年で半歩進んだと胸を張って言えるだろう。
「さて、ちゃっちゃとやってしまいますか」
来年はもうちょっと気楽な気分で年の瀬を迎えることが出来ればいいなと、わたしはそろそろ戻って来るであろう冒険者たちを迎える準備を始めた。
▽▽▽
夜になって。
「雪が止んでよかったぁ」
「昨日はギルドと往復するだけでも大変だったもんねー」
店を閉めてからアレットと二人、いつものように『魔晶石のかけら』亭に向かう。
結局、夕食はあちらで食べるのが普通になってしまっていた。
一度くらいはユリウスを夕食に招待して腕を振るいたいんだけど、誘う口実が思いつかないまま、ずるずると時間だけが過ぎている。
「ね」
「ん?」
「お姉ちゃんさ」
「うん」
「シャルパンティエに来て、良かった?」
「うん、もちろん」
わたしは即答した。
実家アルールでの暮らしが、つまらなかったわけじゃない。
こちらに来てからの1年が、とても大事な1年になってしまっただけだ。
「ユリウス様と会えたから?」
「……それも、あるよ。
アレットも来てくれたしねー」
「わふ!?」
遠慮のない妹に、わたしはゆっくりと抱きついた。
……ふっふっふ、お姉ちゃんは知っているのだ。
「ところでさあ……」
「なあに、お姉ちゃん」
「アレットさ、ラルスホルトくんがそばにいるとき、ずいぶんお淑やかになるよね?」
「……!!」
おおー。
アレットの身体が、一瞬でかちんこちんに固まった。
……あったかい氷?
変だけど、そんな感じだ。お、おもしろい……。
まあ、こればっかりは、付き合いの長さが同じだから仕方ない。
わたしがユリウスを想っていることをアレットが一瞬で見抜いたように、わたしも逆に見抜けてしまうわけだ。
「……」
「……」
「とりあえず……」
「うん、食べに行こうか」
ここは一時休戦……いやお互い想う相手が違うから、喧嘩にはならないか。
「絶対、内緒だからね!」
「お互いにね!」
わたしたちは星明かりを照り返す新雪を踏みながら、また『魔晶石のかけら』亭に向けて歩き出した。
そこはユリウスの暮らす家であり、鍛冶工房の明かりが消えているならラルスホルトくんも食事に来ているはずで。
そりゃあ、こっちで食べるのが普通になってしまってもしかたないなあと、わたしは一人納得することになった。




