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第二十二話



 冬越しの準備がほぼ調った頃、シャルパンティエにも初雪が降った。

 もう2、3往復はルーヘンさんの荷馬車も来るけど、その後は春まで荷物が来ない。買い忘れがないか、売り切れてしまいそうな品物は大丈夫かって、少しだけわたしもぴりぴりとしている。


「補充分はこれでいい?」

「うん、ありがとー」


 まだまだ道具も素材も足りなくて本腰を入れられないとアレットは言っていたけれど、晩秋から初冬にかけて駆け出しパーティー『英雄の剣』を名指しで幾度か雇い入れ、護衛兼荷物持ちとしてシャルパンティエの山中を連れ回していた。

 薬に使える山野草の採取をしながら同時に生育地図を作り、来年に備えているようだ。今年の冬は、仕入れ分でなんとか繋ぐらしい。……それでもお店の利益が急激に上を向いたあたり、ダンジョン村でお抱え薬草師を持つ店の強みはすごい。


「ギルドに行って来るね」

「いってらっしゃい」


 アレットは何も言わなかったけれど、今日はそれらとは別で、たぶん、第二階層に出てくる毒蛇の頭が必要になって依頼を出しに行ったのだと思う。毒腺から抽出した毒で解毒剤を作るんだけど、昨日人数分買っていったパーティーがいたから補充分かな。ほんと、助かる。


 勢いでアルールを出て、ヴェルニエの街にたどり着いてから1年と少し。

 今更ながら、支えてくれる誰かが側に居てくれることの大切さに気付いたよ。




 ▽▽▽




 冬支度に、お店のあれこれ、それからシャルパンティエ全体のこと。

 ああだこうだと忙しくしているうちに、暮れの月ももう初旬が終わりかけていた。


「だいぶ寒くなったね、お姉ちゃん」

「うん。

 やっぱりヴェルニエより寒いかも」


 雪はちょっとだけ積もっているけれど、まだ地面が見えているから雪靴じゃなくていい。


 いつものように『魔晶石のかけら』亭にお邪魔して、夕食の干し肉入りシチューをつつきながら、皆で机を寄せる。少し遅い目の時間だけれど、まだ飲んでいる冒険者もいた。さっきダンジョンから帰ってきたみたいだから、明日はお休みするのかな?


 今夜の集まりは、久々にシャルパンティエ商工組合の会合だ。

 出席者は議長のカールさんにラルスホルトくん、ディートリンデさんとわたし。ここに新しくディータくんが加わったので、説明も仕切直しになる。

 もちろん、イーダちゃんはアレットに見て貰っていた。流石に冒険者宿の酒場で、12歳の女の子を一人にさせられるわけがない。少し離れたユリウスの隣の席だけどねー。


「毎日顔は会わせると思うから、その都度話をする……ぐらいでいいかな。

 特に不足が見込まれそうな物が発覚したら、早めに報告しあうこと」

「いつも通りですね」

「それが大事なのよ」


 最後の馬車便に積んで貰う荷物はそれぞれが熟考を重ねたおかげで、3台分に増えてしまった。これが明日到着して、今年はもうヴェルニエとお別れだ。


「へえ、じゃあ冬越しをする冒険者は、全部で60人にもなったんですか!」

「こっちも仕入れの都合があるから、親父に頼んで予約を取っていたんだよ。

 流石に全室は埋まらなかったが、ありがたいことさ」


 ここのところ、幌付きの乗り合い馬車が行き来して、相乗りをした冒険者達を幾度も運んできている。

 うちは一応、予備の予備の予備まで見込んで100人分の堅焼きパン───店の倉庫や空き部屋には収まらなくなったので、ラルスホルトくんの家の2階も借りていた───を筆頭にランタン油なんかの消耗品もその計算で用意しているから、普通にお買い上げして貰う分には大丈夫なはず。強いて言えば、下着はたっぷり用意したけど替えの衣服はそこまで沢山ないから、血塗れになるたびに使い捨てられると困るかな……。


「うちの店は、前日の夜カールさんにご用聞きをする方がいいかも知れませんね」

「60人の全員が毎日宿で寝泊まりするってわけじゃないからな。

 ディータはそうした方がいいだろう。

 こっちも案外振れ幅が大きくなりそうで、そこだけは困りものかな」

「何とか早めに慣れたいです」

「まあ、ダンジョンで飲めない分、こっちに戻ってくればがんがん飲むだろうから、酒だけはどうあっても消えるだろうがな!」


 ほくほく顔のカールさんと同じく、ディートリンデさんも今日はにこにことしている。

 何かいいことあったのかな?


「内緒だけれどね、この人数だと、今期から黒字になりそうなのよ」

「おおー。

 おめでとうございます」




 『シャルパンティエ山の魔窟』の入宮料は、ギルドが決定した基本料金にギルドタグの色と日数を掛け算して求められる。


 赤銅の4人の中堅パーティー『水鳥の尾羽根』なら1人40の4人で1日160ペニヒ───6グロッシェンと10ペニヒになるから、1泊よりは高くついた。これが駆け出しの真鍮3人組『英雄の剣』なら、これが90ペニヒで3グロッシェン15ペニヒと少しやすくなる。『英雄の剣』は怪我や装備の消耗がなかったら、第一階層でぎりぎり黒字になるのかな。日々の宿代食事代も結構な負担になるもんね。


 ともかく休憩日も考えて、50人が毎日ダンジョンに入るとすれば、ギルドが受け取る入宮料収入は1日あたり大体金貨1枚半から2枚になって、ひと月なら50ターレルぐらい。うん、これじゃあユリウスが月々受け取るダンジョンの管理権貸与料100ターレルには半分ほど足りないかな。


 でもシャルパンティエでは、冒険者が持ち帰る魔晶石を『全て』ギルドが引き取る取り決めになっている。専用の魔法道具があるから、絶対に誤魔化すことは出来なかった。これを商人や職人など必要とする相手に売却することで、そちらから利益を得るわけだ。


 ダンジョンによっては入宮料がべらぼうに高くしてある代わりに、個人が魔晶石を持ち帰っても良いというところもある。けれどわたしは、その入宮料が1人1日金貨1枚と聞いてちょっと黙り込んだ。ユリウスは、本当にいい腕をしているなら結局はその方が得になると頷いているけど……やっぱり高いよね。

 本当は両方の方式を選べる方が冒険者にもギルドにもいいんだけど、ダンジョンの奥でやり取りされると確かめようがないので無理らしい。


 もちろん、そこに加えてディートリンデさんたちのお給金やギルドの維持費なんかもかかるから、ダンジョンがあっても黒字にするのは大変そうだった。




「うふふ、ありがと。

 これでクーニベルトを見返してやれるわ!」


 らしくない……。

 普段の落ち着いた雰囲気は何処へやら、熱血なディートリンデさんにわたしはほんの少し椅子の位置を遠ざけた。


 ヴェルニエギルドの新マスターは、『騎士泣かせ』クーニベルトさまという名の元冒険者だ。

 わたしは会ったことがないけれど、ディートリンデさんが言うには四角四面で一々嫌味な奴なのだそうで。

 顔を見るたびに喧嘩になるから当分ヴェルニエには行かないし、シャルパンティエは雪で閉ざされるから春までは気にしないで済むわと力説されてしまった。


 ちなみにユリウスとアロイジウスさまは、あれは痴話喧嘩としか言い様がないから、適当に聞き流しておけばいいと涼しい顔だった。


 ……美人さんだけど失礼ながらわたしより少々お年が上のディートリンデさん、周囲が浮いた話一つしないのはどうしてだろうと思っていたら、そんなことになってたんだね。


「ラルスホルトくんの方はどう?

 冬場の計画は立ってる?」

「ええ、大丈夫ですよ。

 元々修理や手入れの仕事は毎日山積みになることはないですから、冬の内に大物を幾つか手がけたいですね。

 こっちで売れるとは限りませんけど、駄目なら街の武器屋に卸せばいいかなって思ってます。

 まとめて買ったから割引はして貰ったんですが、炭代が思ったよりも掛かりました……」


 鍛冶屋さんが使う炭の量は、うちで煮炊きにつかう量とは全然違うもんね。質だっていいの使わないといけないだろうし……。


「そう言えばラルスホルト、包丁なんかも頼めば作ってくれるのか?」

「ええ、もちろん。

 生活用具を疎かにする奴は鍛冶屋を名乗るなって、口を酸っぱくして言われてました」

「そりゃ助かる。

 うちに入った新人用に、大小2本づつ頼めるか?

 そんな上等じゃなくていいんだが、あの二人、料理も素人だから使いやすいと助かる」


 『魔晶石のかけら』亭が冬の給仕に雇った二人───マルタとグードルーンは、錬鉄のタグを持つ冒険者でもあった。


 二人は同じ村の出身で14歳、今年冒険者になったばかりで、この冬の内にお金を貯めて装備を調えるんだって意気込んでいる。そんな二人だから、ディートリンデさんも二人だけで『シャルパンティエ山の魔窟』には入っちゃ駄目と、釘を刺していた。


 錬鉄は一番下のタグで、街中のお使いやあまり危険のないお仕事がせいぜいだ。そのまま荒事に出るのは流石に苦しい。……アレットは母さんの手ほどきを受けていたし、一撃の威力は中堅の冒険者を上回るほどだからちょっと特別だ。


 休憩時間に宿の裏で木の棒を打ち合っている姿を見かけることもある。給仕の合間、先輩冒険者の話に耳を傾けていたのも見た。

 ギルドで昇級試験を受けるにしても相応の腕前が必要だから、今すぐは無理でもしっかりじっくり頑張って欲しいなあ。


「急ぎじゃないんで、暇なときでいいぞ」

「はい、わかりました。

 ……ふふ、作ったものが売れたことはありますけど、はじめての注文ですね」

「おー、おめでとう」

「なんか、とてつもなく嬉しいです」


 ラルスホルトくんの工房は、実はこちらにいる冒険者の間では割と一目置かれてるんだよね。

 これから稼ぐぞってやってきた人ばかりだからまだ小物しか売れてないけど、工房内に立てかけられた数本の魔法剣は皆の目を惹いた様子だった。


「で、ジネットさんところはどんな具合なんだ?」

「うちですか?」

「妹さんも来てくれたし、上り調子じゃないのかい?」

「んー……。

 とりあえずあの堅焼きパンを売り切ってしまわないと、どうしようもないです」


 ともかくあのパン樽の山は早々に片づけてしまいたい。

 堅焼きパンの個包装に使う藁紙の束だって、まとめてあると相当重いし。

 明日4樽届けば後は減って行くだけなので、多少気は楽……かなあ。

 空いた樽は何故かユリウスが引き取ってくれると言う話になっているので、領主の館の庭の隅っこに積んでいけばいいのは助かったよ……。


「あとは……無理な注文は受けられなくても、品切れがないように祈るだけですよ」


 この冬は、『地竜の瞳』商会にとっても正念場なのだ。

 


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