第二十話
秋も深まって木々が色づいた頃、ユリウスが時折、自分でギルドに依頼を出して集めた冒険者を引き連れ、熊狩りに出掛けるようになった。
単に狩るだけなら雪降りの直前が楽なんだけど、今の時期は肝が大きくなるし毛皮も艶が良くて引き取り値が高い。
冒険者にも、洞窟探索の合間の気晴らしとちょっとした小遣い稼ぎになるようで、割と楽しんでいるらしい。なにせ引退したとは言え、熊ぐらいなら一刀に下しちゃう元冒険者が同行しているので、少人数でも危険は少ないんだって。
ちなみにわたしは店に持ち込まれた毛皮や肝を査定して、ヴェルニエ行きの馬車が来たらそれを預けるのがこの秋定番のお仕事になった。
「ラルスホルトくんが来てからでも、アロイジウスさまご夫妻にパン屋のディータくんイーダちゃん姉弟……人が増えたねー」
「まあな。
順当と言えば順当ではあるが……」
「あら、勿体ぶった言い回しね?」
「この人集めには、ちょっとしたからくりがあるからな」
「ふーん?」
わたしは店の中にどーんと積まれた樽詰めの堅焼きパンを奥に片付けながら、ユリウスに胡乱な目を向けた。さっき、ルーヘンさんともう一人の御者さんが、馬車を連ねて持ってきてくれたのだ。
ディータくんのパン屋さんは、パン焼き窯もまだ火入れしていないし、内装も手が入ってないので開店準備中だった。あっちも今頃は、小麦の袋とか届いてたいへんかも。
本格的に仕事に入れるのは冬が来る直前、今冬の堅焼きパンはヴェルニエに頼った方がいいと皆で話し合って決めていた。
ちなみに今日届けられたパン樽は〆て20個、二階の空き部屋との往復はユリウスがさっさと済ませてくれたので、今はお茶を出して労いつつ店番を押しつけている。
このパン樽の中身が売りきれる頃には、堅焼きパン販売の権利をディータくんのお店に譲ることになっていた。
……正直言って、早く譲り渡したいところ。商売敵が居ないので仕入れた分は綺麗に売れていくんだけど、この量の荷運びと個包装を一人でやるのはちょっと大変なんだ。
そうそう、わたしも荷物を軽くして運ぶ魔法、覚えたんだよ!
暇なうちにって、ギルドに授業料払ってディートリンデさんに教えて貰った。いやー、もっと早く覚えればよかった。子供の頃より魔力が上がってたせいもあるけど、あんなに簡単だとは思わなかったよ……。
「ジネットは少し特殊だったが、今は店を出したいと思っている者を先に調べてから声を掛けているし、釣り上げるのに援助する約束も含ませている。
だからそれ以外の者……例えば農家が越してくると言ってきても、今は断らざるを得ないぐらいだ。
……領内で麦を産するという意味は『孤月』にさんざん吹き込まれているが、まだ第二の村を出すような状況にはないからな」
「そんなお話ししてたっけ?」
「ん?
ああ、これは酒場で話したことか……。
すまん、ジネットはいなかったかもしれん」
ヴェルニエとの領境近く、湖のあたりに村があれば宿場にもなり、徒歩の冒険者が足を向けるように仕向けられるのだがと、ユリウスは微笑んだ。
確かにね。
声を掛けたからって、必ず誰もがシャルパンティエに来てくれるわけじゃない。
わたしも事情があったからここに来たし、営業許可証に釣られたわけだ。もちろん店舗の用意から家臣の給金まで、十分すぎるほど援助を受けている。
「新しく開墾するにしても、山手にあるこの集落で麦畑を作るのは難しい。……平地がないからな。
湖の側なら都合はいいんだが、まだ討伐も行っていないから、どちらにしても先の話だ。
樵や木工職人、漁師に猟師、もちろん農家もか……。あのあたり、いわゆる『普通の村』を作るにはいい立地なんだが、とても面倒を見る余裕がない。
今のところは、ここに居を構えても仕事になりそうな樵と炭焼き職人を探しているところだ」
「んー、そっか。
ね、薬草師さんならどうかな?
ここで薬草を作って貰うとか?」
「ふむ。
……薬草畑は魅力的だが、薬草師は少ない上に専門職になるから農家以上に呼びにくいな。
山地に育つ薬草は余所でも需要はあるし、薬草師なら採取依頼にも繋がる。来てくれると言うなら諸手を挙げて歓迎するが……。
ジネット、誰か知り合いでもいるのか?」
「こっちには居ないわね……」
薬は需要もあったし利益も大きいから、両親が亡くなった後、アレットはほんとにうちの支えだったよ。
「ん?
アルールなら誰かいるのか?」
「そりゃあ地元だし。
って言うか、上の妹がそのまんま薬草師だよ。
ただ……実家の稼ぎ頭だから、引き抜きは無理ね」
「……そうか」
夏に貰った返事の返事もまだだったっけ。お兄ちゃん達も元気にしてるといいけど……。
だから、冬ごもり前になったらまた久しぶりに手紙を出そうかなと、その時は考えていたのだ。
▽▽▽
そんな話をしていた数日後。
からからぱかぱかといつもの馬車音が小さく聞こえてきたので、わたしはルーヘンさんを迎え入れようと、丸薬を入れる小袋を作っていた手を止めた。そうだった、端切れもそろそろ仕入れないとね。
店内を見回し、片付いているのを確認する。
パン樽の総数は調整中だけどそれでも毎回3つ4つは運ばれてくるし、それ以外の品物も下着類やロープ、防水の背負い袋なんかは割に嵩張るので、ユリウスが持ち込んだ椅子と小テーブルは荷が来る前に片付けていた。
最近はちょっと寒くなってきたおかげで、長袖の下着がよく売れるんだよね。
「おつかれさまでした」
「おう!
そっちこそお疲れさまだ、そこの店だぜ」
「ありがとうございます」
若い女性の声がする。
ルーヘンさんの荷馬車、今日は誰かを乗せてきたらしい。
人数が多いと無理だけど、一人までなら運賃と引き替えに乗せてくれる。たまにヴェルニエのギルドの人が、ディートリンデさんを悩ませる書類束と一緒にやってくるぐらいだけどね。
でも、どうも耳馴染みのある声だ。
興味を惹かれてかららんと扉を開ければ、ルーヘンさんと一緒に若い旅装束の女性がこちらを向いた。
「おう!」
「あ、お姉ちゃん!」
「ア、アレット!?
なんで?」
「お姉ちゃん、久しぶり。
髪伸びたねー」
「そりゃ伸ばしてるし……って、そうじゃないでしょう」
相変わらずの妹に、わたしは脱力した。
うん、道理で耳馴染みがある声だと思ったよ……。
▽▽▽
ユリウスにも相当驚かれた。でも、薬草師を歓迎すると言ったのは本当だったようで、彼はえらく喜んでいた。
あの強面に緊張していなかったアレットはちょっと凄いなと思ったけれど、後で聞いたらお姉ちゃんが気軽に話してるからまさか領主様だとは思わなかったってえらい勢いで怒られたよ……。
わたしがアロイジウスさまには丁寧に接していたせいもあって、アレットはそちらが領主だと思ってたらしい。
うん、ごめんとしか言い様がない。
「アレットは薬草師をして長いのか?」
「母の手ほどきからだと、6、7年になります。
王国の認定証を授けられてからだと3年半ぐらい……かな」
「うん、そのぐらいだったと思うよ」
とりあえずアレットが住むのはうちの2階で、当面は実家にいた頃と同じ様な感じで住み込みの雇われ薬草師をすることになった。もちろんのこと、遠路アルールから遙々やってきた大事な妹を放り出したりするわけがない。
「ところでさ、アレット。どうしてこっちに来たの?
お兄ちゃんたちと何かあった?
リリアーヌさんと上手く行かなかったとか?」
「リリアーヌさんはいい人だったよ。
ブリューエットも下の子達も懐いてたし、お店も家もお姉ちゃんが出て行ってからちょっと暗くなってたけど、雰囲気が明るくなったし上手く回ってた……と思う。
んー、お姉ちゃんと同じ様な理由かなあ」
「持参金?
アレットならもう少し余裕がありそうだけど……」
もちろん、実家にお金の余裕はないから時間の方がね。
「それはそうなんだけど、んー……言い訳をつけてでも、外の世界を知りたかったっていうか、なんていうか……」
「ジネットの妹らしいと言えば、らしいか」
「……まあ、気持ちは分かるかな」
わたしと似たような心持ちなら、人数の多い兄弟で育ったせいで、逆に独立心が強くなっちゃったのかもしれない。……その割に寂しがり屋なところもあるらしいのは、最近やっと自覚した。
台所はきちんと使えるようになったけど、相変わらず夕食はこの『魔晶石のかけら』亭でユリウスと食べているものね。彼がシャルパンティエに居ないときは、ちょっと遅めにしてギルドの皆さんに混ぜて貰うことが多いかな。
「そだ、旅費とかはどうしたの?
貯金?」
「ん、わたしの貯金はブリューエットにほとんど預けたよ。ちょっと心配だったからねー。
道々は……」
アレットはふふんと勝ち気に微笑んでわたしに似た瞳を光らせ、懐から何かを取り出した。
「えっ!?
真鍮のギルドタグ!?」
「これでも母さん仕込みだからねー。
威力と手数だけなら青の魔法使いと同じぐらいって、イヴェットさんも言ってくれたよ。認定試験は免除してもらったし?」
「ほう、大したものだな……」
イヴェットはわたしの幼なじみで、アルールのギルドで受付をしている。ジネットとももちろん仲がいい。
それにしても赤橙黄緑青藍紫、上から三番目とは恐れ入りました。家出る前は黄色だったから追いついたと思ってたのに……。
「でもダンジョンのことなんて分からないから、護衛のお仕事を取りながらここまで来たの。
あれなら旅費もいらないし、女性に限定した護衛って結構需要あるみたいで、割と楽ちんだったかも。
アルール出た時よりお財布重くなったよ」
腰の短杖───母さんの遺品だ───をぽんと叩いて、アレットはまた笑顔を作った。
この図太さは、わたしと同じく父さん譲り……ううん、アレットはわたしより確実に図太いな。
そういうことに、しておこう。
▽▽▽
食事を終えてお店に帰ってくると、2階の廊下にまで積まれたパン樽にアレットはたっぷり呆れた。
「こんなに仕入れてどうするのよ……」
「村ごと冬ごもりになっちゃうから仕方ないの。
売り切ったら部屋が空くから、一部屋使っていいからね」
うへえと肩を落としたアレットに、明日からは二人で頑張ろうと声を掛けて寝室に案内する。
荷物の整理もシャルパンティエのことも、明日にしよう。
「お姉ちゃんと一緒に寝るのって、久しぶりだね」
「そだねー。
手紙は送ろうって思ってたけど、アレットが来るなんて考えもしなかったわよ……」
口にはしないけど、久しぶりに仲のよかった妹に会えてわたしも嬉しいわけで。
ちょっとワインが進みすぎたかも、しれない。




