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第十九話



 秋も深まる頃になると、『地竜の瞳』商会にも徐々に客足が増えてきた。

 ここのダンジョンも、いつの間にか『シャルパンティエ山の魔窟』と言う通り名で広まっているらしい。

 なんとかこの調子のまま、客足と売り上げが上を向いて欲しいところだねー。


 ユリウスの話によると、徐々にダンジョンとしての評価が定まってきているみたいで、新しい物好きの人達から、自分の力量と相談して答えを出した冒険者達に変わりつつあった。


 ギルドが流す情報も今はもう中身の方に比重が移っていたし、それなりに儲けるか、あるいは見切りをつけた人達がここを去り、それぞれの体験を方々で好き勝手に話す。こうして噂が世間に広まっていくんだ。


「『底は知れぬが、日帰りなら駆け出しにも出来る』、か。

 このような評価だと、初心者をようやく脱した者と中堅の手前に二極化するかな?」

「余所で楽に稼げてる連中がこちらへと足を向けるには少々弱いだろうが、出だしにしちゃ悪くない」


 何故か最近、うちのお店で茶杯を傾けていることの多いユリウスとアロイジウスさまの話を聞きながら、わたしはカウンターの内側で仕入れた丸薬を小分けしていた。

 店内にはいつの間にか小さなテーブルと椅子まで持ち込まれていて、お茶の要求までされるようになっている。昼間はお客の気配がないから、静かでいいらしい。


「ジネット、もう一杯頼む」

「昨日パウリーネさまと一緒に作った団栗の焼き菓子もあるけど、食べる?」

「ほう、それは懐かしい!

 もちろん戴こう」

「アロイジウスさまも如何ですか?」

「すまんな」

「はーい」


 代わりに色々と裏話を聞けるし、おふざけと同じぐらいに真面目な内容も多いから、そこまで文句を言うつもりもないんだけどねー。


 勉強にもなる……なってる……ううん、させられてるのかなあって気分もちょっとはあって、これもお給金の一部かなって思ったりもしてる。




 ▽▽▽




 ユリウスが語ったように、『シャルパンティエ山の魔窟』も徐々に評判が広まりだしていたし、中身の方もわたしの耳に入ってくるようになっていた。


 第一階層は赤銅のタグ持ち数人のパーティーで無理なく探索できるけれど、稼ぎになりそうな要素は少ない。

 行き会うのはモグラとネズミが合わさったような魔物やそれを食べる蛇の魔物がほとんどで、残念なことに魔晶石は得られないから、日帰りだと宿代食事代入宮料の合計に届かせるのは結構面倒くさいらしい。……臭み抜きをした蛇肉は割と美味しいんだけどね。あ、毛皮や蛇皮はうちで引き取るけれど、お肉は『魔晶石のかけら』亭におまかせしてるよ。


 第二階層はインプが魔晶石を落とすのでそれなりに儲かる。その代わりに往復が大変───距離はそうでもないけれど、難所が多い───で、そのあたりまで潜るとそこそこ強い蛇や昆虫の魔物も出るようだった。

 特に毒持ちの魔物が多いらしくて、ユリウスからも解毒剤や予防薬は多めに仕入れてくれと口添えされている。


 第三階層への降り口はまだ発見されていないけれど、『魔晶石のかけら』亭では、そう困難なことにはならないっていう噂が流れてた。自分たちで攻略しないのかなと思ったりもするけれど、無理して怪我されるよりは気が楽なのでわたしは何も言わないでいる。自分の力量を正確に把握する事も大事だもんね。


 このようなわけで、第一階層なら駆け出し───赤銅の手前になる真鍮のタグ持ちだけのパーティー───でも行き来できる。もちろん、大儲けには繋がらないし油断は禁物だ。


 その上、『シャルパンティエ山の魔窟』は階層一つが広いので、中堅以上の日帰りには向かない。

 アルールの『アルールの王都迷宮』の構造と比較してみれば、わかりやすいかな。



《   》



 こんな感じで、『アルールの王都迷宮』なら第二階層でも日帰りが出来るけど、『シャルパンティエ山の魔窟』だと初日と最終日はほぼ歩き通しになってしまう。往復の二日分が無駄足にならないだけの儲けを稼がないと、かえって損をするそうだ。


 代わりに、いいこともあるらしい。


 迷宮では下の階層から強い魔物が上ってくることがたまにあるんだけど、降り口が1つしかない『シャルパンティエ山の魔窟』の第一階層だと一番奥だけの話で、手前は一定の魔物しか見かけない。実入りは少なくなるけれど、駆け出しでも安心して稼ぎやすいことになる。

 初心者が腕を上げるには丁度いいんだって。

 中堅の人達も狩り場争いや先陣争いで逆に効率が悪くなるほど人が来ないので、多少は気を緩めることが出来た。


 ついでに付け加えると、このシャルパンティエには艶宿などの遊び場がないので、それなりに腕があるけど何故かガラが悪い人たち───ユリウスやアロイジウスさまの言う本物の三流冒険者や、彼らを食い物にする裏の人々───が居着くには敷居が高い状態が今も維持されているそうだ。

 そもそも彼らに目を付けられるほど、シャルパンティエが発展していないってところもあるみたいで、しばらくは放っておくって言ってた。

 これも初心者には朗報かな。いざこざが起きるほど、人数が居ないせいもあるけどね。


 そんなわけでシャルパンティエは、ある意味健全な成長を遂げつつあると、ユリウスたちは判断している様子だった。




 ▽▽▽




「……話は変わるが、昨日来たのは本物の初心者らしい。

 ディートリンデ君の話だと、真鍮に成り立てだと言う話だ」

「ああ、酒場で見たぞ。

 装備が丸のまま駆け出しだったのが気になってな、それとなく聞き耳を立てていたが、今日は様子見で日帰りにするらしい」


 昨日の夕方来た『英雄の剣』のことだ。わたしはうんうんと頷いた。

 戦士2人に治癒術士の3人組で一番年かさの子でも16歳、名前は立派だけど、わたしにもああ、駆け出しなんだと思わせる初々しさがあって、幾らか余計な助言をしてしまった。

 素直に聞いてくれてるといいんだけど……。


「念のため、アルノルトとディトマールが待機している」

「至れり尽くせりだな」

「せいぜいしっかり育てていくさ」


 冒険者を育てるという言葉に幾つもの意味があると知ったのは、つい最近だ。


 まず、冒険者自身とその周囲だ。

 彼らが育って大きく稼げるようになれば、いい部屋に泊まれるようになるし、装備も良い物に買い換えるから、落とすお金も大きくなる。

 だからギルドは、損だと解っていても初心者への援助を惜しまない。彼らが持ち帰る獲物や財宝は街を潤すし、大きな依頼は大きな利益を生む。


「しかし、この調子だと第三階層に辿り着くのはいつになるのかわからんな」

「第三階層への降り口か……。

 今はまだいいだろうが、あまりに誰も行かないようなら、捜索依頼を出すか賞金をかけてケツを叩いてやるのもいいだろう」

「……出すのは俺とギルドなんだがな」


 その裏側なんて想像もしていなかったけれど、強い冒険者が沢山いる国は戦争に強くて、彼らが稼ぐ財貨で国が潤う───依頼料の一部は税として国や領主に納められる───だけでなく、そのまま強い傭兵として数えられた。

 そんな彼らが武器を持ったまま国内をうろうろとしているのだけれど、国はほとんど何も言わない。

 もちろん、ただ野放しにされてるわけじゃなくて、冒険者は国を潤すと同時に、依頼で治安を守る側にもなった。

 ギルドも悪評が立っては困るから、冒険者崩れの野盗には普通の賊よりも高い賞金をかけて厳しく追い立てている。


 アルールでもたまに大捕物があったかなあ。

 子供の頃に、アルール経由で西方諸国に逃げ込もうとして捕まった大泥棒がいたのは覚えてる。


「悩ましいところだが、最初から高望みはせんと決めている。

 第一、致命的な……とまでは言えないが、シャルパンティエはまだまだ足りぬものばかりだからな」

「ふん。

 俺がくたばるまえに迷宮の底まで辿りつけとは言わないが、あまりに進展がないのも退屈だ」


 さて、この分じゃお昼の軽食もわたしが用意することになるのかなと、整理を終えた丸薬の小袋を数えていると、扉のベルがかららんと鳴った。 


「いらっしゃ……パウリーネさま、こんにちは!」

「はい、こんにちは、ジネット。

 あら、ユリウスくんもいたのね」

「パウリーネ殿、いつもご夫君をお借りしてすまぬ」

「なんだパウリーネ、どうかしたのか?」


 別に慌てた風もなく、パウリーネさまはアロイジウスさまに小さな手紙を差し出した。


「今朝、鷹便でギルドに届いたそうよ。

 ウルスラが持ってきてくれたんだけど、あなた、お茶飲みに行ったままいつまで経っても帰ってこないから……」

「む、すまん」


 鷹便は馬車で数日程度のそれほど離れていない距離でよく使われる郵便の一つで、使い魔とされた鳥の種類で鷹便、鳩便、隼便と名前は変わるけれど、ギルドで普通に手紙を送るのと違って専用の小さな巻紙に内容を書かないといけない上に、値段も随分と高かった。

 代わりに配達の速度はずっとずっと早いから、使う人は良く使うらしい。


「……ふむ。

 ほれ」

「む?」


 その巻紙が広げられたものにアロイジウスさまはさっと目を通し、そのままユリウスに手渡した。


「喜べジネット、パン屋が見つかったらしい」

「ほんとに!?」


 念願のパン屋さん!!

 わたしももちろん、カウンターから身を乗り出した。


「おう。

 差し出し人は北のシェーヌで酒場をやっている元冒険者でな、あっちじゃ顔の広い奴だ。

 小僧に毛が生えたようなのでよければ紹介してくれるそうだよ」

「ありがとうございます!」

「『洞窟狼』よ」

「うむ?」

「ヴェルニエの商工組合とパン屋連中には俺の方から話を通しておいてやるから、あとはお前が面倒を見てやれ」

「無論だ」


 馬車何台分もの堅焼きパンの注文を二つ返事で受けてくれるだけでなく、全ての荷がヴェルニエを通ってくるシャルパンティエは、ヴェルニエに対して不義理が出来ない。

 もちろん、先にヴェルニエのパン屋さんと商工組合には独立出来そうな人がいれば紹介してくれとは頼んでいたんだけれど、いい返事がなかったんだよね。

 だから仕方はないんだけど、一言話を通しておかないと、そういうのは色々と後で面倒を引っ張ってくる……っていうのは実家でも経験済みなので、方々に顔がきくアロイジウスさまは実にありがたいお方なのである。


 準備とか色々あって開業は少し先になるだろうけれど、冬の間もひからびていないパンが食べられそうで、わたしはほっと息をついた。



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