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第十七話



 秋口に入って、一気に涼しくなった頃。

 わたしは重要な会議に出席していた。


「えー、それでは……シャルパンティエ商工組合の長は、全会一致で『魔晶石のかけら』亭の主、カール氏と決まりました」


 ぱちぱちぱち。

 ほんの僅かに緊張していた空気が、一気に霧散する。


「おめでとうございます」

「頼りにしてますよ」

「うん、頑張るよ」


 会議の席にいた参加者は、このシャルパンティエに於いて営業許可証を持つ4組織の代表者で、シャルパンティエの経済を仕切る顔役達でもある。




 ……なんて気取ってみたところで、『魔晶石のかけら』亭の隅っこにあるテーブルに、わたしとディートリンデさん、ラルスホルトくん、カールさんが茶杯を手に座っているだけで、会議の内容も店中に丸聞こえだ。今も隣にはユリウスがいて、煎った豆を齧りながらエールを飲んでいる。


 もちろん、急にこんな事をはじめたわけじゃなくて、話し合い自体は毎日していた。それが少しだけ形になった……のかな。


 国を跨ぐ規模で運営されているギルド以外、シャルパンティエにいる商売人は皆一つのお店しか持っていない小さな商人や職人で、身を守るため、損をしないために寄り添うのだ。利益を伸ばすため……というお題目が本当に機能するのは、専任の組合員や建物を持っているような、そこそこ以上に大きな街の商工組合だけだった。


「とりあえず役職は決まったから、次は……」

「冬場のことを話し合っておかないといけませんわ。

 今日カールさんに早上がりして貰ったのも、そちらが主な理由ですよ」

「ああ、それは確かに」

「雪深いと聞いてますけど、どんな具合なんですか?」

「そうだなあ、ヴェルニエは大雪でもないとオルガドとの連絡が途切れることはなかったが……」


 今日の初会合も役職を決めただけで、こちらに詳しくないラルスホルトくんの為に共同仕入れの相乗りについて説明したり、わたしの提案───知り合いのパン職人がいれば声を掛けて欲しいこと───を検討して貰ったりと、残りは雑談に毛が生えたような、それこそいつもの夕食時にカールさんが少し早く加わった程度の内容だった。


 大きな商工組合なら、自前の建物の奥深くに魔法で防音された専用の会議室でも構えるんだろうけれど、いまのところ聞かれて困る話なんかないから、さっきまではエール片手に面白そうな顔でこっちを見てた冒険者もいたぐらい。朝早いから部屋に帰っちゃったけどね。


「少しいいか?」

「領主様?」

「まず、雪かきに回せる予算はない。馬車便は間違いなく止まると思ってくれ。

 去年の初冬、下の森のあたりでベアル狩りをしたが……あの様子なら暮れの月の半ばから春待ちの月の終わりまで、まともに人の行き来は出来ないだろう」

「でしょうねえ……」

「3ヶ月弱かあ」


 ちなみに全員が評議員兼務で、議長がカールさん、副議長がラルスホルトくん、ディートリンデさんは顧問、ついでに書記がわたし。……名前だけは立派にしておけって、領主様が横から茶々入れたせいで大仰になってしまった。

 肩書きは時々思わぬ力を発揮するから、意味はわかるんだけどね。


「足りないからと買い物なんぞ出来ないが、あまり仕入れすぎると後が大変だからなあ」

「どっちもどっちですよねえ……」


 わたしもヴェルニエのマテウスさん経由で手紙を書いて、パン屋さんには前もって報せてある。

 もちろん、それがわたしの売り上げ、さらにはユリウスの得る税になるのだけれど、注文して持ってきて貰うだけでも大変だ。


 ヴィルトールでは大人1人が1日に食べるパンの量は1プフントと決められていて、これが取引の単位にもなっている。アルールだと同じ1日分を1リーブルと呼ぶけれど、ちょっとだけプフントの方が重たいのかな。

 それはともかく、冒険者1人が3ヶ月───90日もこちらに逗留するなら、90プフント分のパンか堅焼きパンを用意しなくてはならなかった。10人なら900プフントで、それでもう馬車の荷台───山道を登る馬車は立ち往生しても少ない人手で何とかしないといけないから、ルーヘンさんはわざと小さい荷馬車を選んでいた───は埋まってしまう。

 

 そんな数量になるので、下手しなくても、うちだけで馬車に何台って数の堅焼きパンを注文する予定だった。


 ちなみにシャルパンティエにはパン屋さんから預かった小麦を粉にする粉ひき水車どころか麦畑その物がないから、全部余所から買ってこなくちゃならないわけで……お品がちょっと高くなってしまうのは仕方ない。


「『銀の炎』、カール。長逗留しそうな冒険者の数はどのぐらいと見積もる?」

「4、5組は確実でしょう。

 最大の予想では、『魔晶石のかけら』亭の全室が埋まっても足りないかと」

「親父も気を付けろって言ってました。

 期間雇いの住み込み給仕の募集も、ヴェルニエのギルドに出してあります」

「……ふふ、そうか」


 ユリウスは満足そうに頷き、エールを一気に飲み干した。


 別に、取らぬなんとかの皮算用、ってわけじゃない。

 冬場、冒険者の仕事が確実に減るからだ。


 雪深い場所では商人達の移動も減って、護衛の仕事が少なくなってしまう。

 並の狩人の手にはおえないベアルも、雪の降る間は冬眠する。


 じゃあ、その間どこで稼ぐのかと言えば、腕に覚えのある冒険者は迷宮に潜るし、腕に自信がなければ冬仕事───貴族屋敷や主要道の雪かき、人が集まる迷宮都市の下働き、あるいは内職───を選ぶ。

 ちなみにヴェルニエから一番近い迷宮は今年からシャルパンティエになったので、わざわざ遠くに出掛けなくてもいい。旅費も安く済むし、晩秋に様子見でもして肌に合えばそのまま居着けばよいだろう。……というような噂をそれとなく流したのだと、ユリウスはわたしにこっそり耳打ちした。


「うちも食べ物の方が問題だね。

 ユーリエもパン焼きの練習はしてるが、人数が少ないならともかく……」

「洗濯の方もありますもんね」

「俺も朝から昼は仕込みやら掃除やらで動きにくいからなあ」


 わたしなら迷宮で使われる食べ物に消耗品、カールさんは冬越しの場。ラルスホルトくんなら武器の修理だから炭や素材で、ギルドは引き取った魔晶石の代金や緊急事態の対処準備。

 受け手になるシャルパンティエは、その準備をしておかなくてはならなかった。


 だからと安易に人数を増やせばたちまち赤字になるので、カ-ルさんたちの躊躇いもわかる。

 わたしだって、勢いで在庫を増やして後悔したくないもん。


「今日のところはこのあたりでしょうか?」

「そうだな。

 明日ルーヘンが来るまでに、目安になる積み荷の量だけはそれぞれ出しておくようにしよう」


 うちは馬車何台分になるのやら……。

 二階に空き部屋があって良かったよ。


 冬の準備はどうするのってディートリンデさんから聞かれなきゃ、雪が降り出す頃におろおろするところだったのは誰にも話せない。

 アルールはこっちほど雪深くないし、迷宮も浅い階層で日帰りする冒険者の方が多かったから、正直言って季節のことは気にしてなかったよ。




 ▽▽▽




 その翌日、ルーヘンさんの馬車がそろそろくる時間だなあ……と思えば、なんと車列は隊商かと見まごうばかりの十数台。

 その馬車音に宿で書類仕事───王国貴族院に提出する年次報告書の下書き───をしていたユリウスだけでなく、ギルドからディートリンデさんが出てきたぐらいだ。


「あれは……何事だ!?」

「でも、先頭はルーヘンさんだよねえ……?」

「黒馬車までありますわね」


 車列の一番後ろだけは、何故か荷馬車ではなく黒い箱馬車だった。

 その荷馬車も重い物を乗せているのかほとんどが二頭立てで、ルーヘンさんのいつもの荷馬車が小さく見える。


 ルーヘンさんの馬車が広場に入っていつもの定位置に止まるのに合わせ、ユリウスはつかつかと歩み寄った。


「ルーヘン!

 これは一体どうしたことだ?」

「おお、領主様!

 後ろの馬車にアロイジウス様ご夫妻が乗っておられますから、そちらでお聞きになられて下せえ。

 何でもお引っ越しだとか何とか……」

「引っ越しだと!?」


 そのまま黒馬車に走っていったユリウスをぽかんと見送り、ディートリンデさんとわたしは、思わず顔を見合わせた。



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