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第十六話



 ラルスホルトくんの鍛冶屋『ラルスホルト鍛冶工房』が開業してしばらく、季節は秋に移り変わりはじめていた。

 はじめて体験した山の夏は、アルールに比べてとても短かったよ。


「ふああ……」


 その残暑がほんの少しだけ涼しくなった気がしはじめた日の朝、小さな槌音が時々聞こえるようになった広場を横切って、わたしは久々に自分からギルドを訪ねていた。


 領地関連の書類はユリウスがお出かけ中ならウルスラちゃんが届けてくれるし、夜は『魔晶石のかけら』亭で食べる───朝は一人で作って食べてるけど、やっぱり少し寂しかった───からあまり足を向けない。


「やっほー、ウルスラちゃん。こんにちはー」

「いらっしゃいませ、ジネットさん」


 ギルドの受付には、ウルスラちゃんしかいなかった。

 裏手にある訓練場の方から音が聞こえるから、アルノルトさんたちは鍛錬中かな?


「ウルスラちゃん、ディートリンデさんは今、大丈夫かな?

 忙しいようなら出直すけど……」

「マスター・ディートリンデに伺ってきますね」


 今日のわたしのお仕事は、ディートリンデさんと税金のお話をすることだ。


 ……後でギルドから徴収された合計金額のまとめられた書類を預かるのは結局わたしなんだけど、ここでお店を構えているからにはわたしも税金を納めないといけないわけで、何だかややこしい上に面倒だった。


「おまたせ、ジネット」

「こんにちはー」

「さ、奥に入って」

「お邪魔しまーす」


 頭のてっぺんからつま先まで、本日も変わらずお綺麗なディートリンデさん。

 同じ女として憧れる。


「ウルスラ、お茶をお願いできるかしら?」

「はい!」

「あ、大丈夫ですよ。

 出掛けに朝を食べたところなので……」

「これも練習の一つなのよ。

 よかったらウルスラの為に付き合ってあげて」

「じゃあ、お言葉に甘えて。

 ウルスラちゃん、よろしくね」

「はいです!」


 扉を開けた先のテーブルには、ギルドが納める税の基礎になる資料が広げられていた。

 もちろん、普通はわたしに見せるべき物じゃない。

 では何故と言えば、シャルパンティエの今後を占う大事な話が始まるからだ。


 ……ユリウス抜きで。


「一応、ヴェルニエのそれに合わせてあるわ。

 依頼は領主様からのご依頼だけだから、それは除外ね」

「はい」


 前にもお邪魔したけれど、ディートリンデさんの執務室は現在シャルパンティエ領で一番立派なお部屋だった。……領主の館はまだ影も形もないし、『魔晶石のかけら』亭は冒険者向けの宿だから一番上等の個室でもソファはないのである。


「私もこれは練習中になるのかしらね。

 領主様からの正式なご依頼だから、お仕事にもなるけれど」

「わたしは実家でやらされてましたけど、アルールとヴィルトールじゃ少し型式が違うので、ちょっと戸惑いました」


 わたしももちろん、少ない売り上げから仮の計算を済ませて、昨日時点での納税額を記した書類を持参していた。




 徴収額の算出方法はほぼ一緒なんだけど、国が違えば税制も異なるわけで。

 一番違うのは、アルールでは人頭税が安くて生業に関わる税が高く、ヴィルトールではその逆になっていることだった。ユリウスから借りた税制の資料本にも、領主の指南書にも、同じように書かれていたから間違いない。

 もちろん王領なら代官が、地方領なら領主が土地土地の税制度を定めるので、場所によっては逆転している領地もあるそうだ。


 ユリウスに、じゃあシャルパンティエはどうするのかと聞いたら、数年は低い額にして人を集め、その先はまた後で考えるらしい。……冒険者からはギルドの依頼や入宮料から規定の額が納められるし、10人20人じゃどちらにしても大した額にはならないもんね。


 ちなみにディートリンデさんがユリウスから依頼されていたのは、近隣の地方領で施行されている税制の資料を集めてまとめ、わたしと相談してシャルパンティエの税制度の雛形を作ることだった。

 それを元にして、ユリウスなりの修正を加えるという。


 そう、ユリウスは領内税制の大枠という大事な策定を、わたしたちに丸投げしたのだ。

 わざわざ依頼という型式をとってあるのに加えて期限は今年いっぱいとしてあって、ディートリンデさんも十分に時間を取って資料集めが出来た。わたしはお給金を貰っている家臣なので、領主様のご命令には逆らえない。朝はどちらにしても時間があるからいいけどね。


 当分はどんな内容に決まったとしてもごく小さな金額だし、お金はギルドがそのまま預かってくれる話になっているんだけれど、ユリウスはそのあたりまで全部わたしとディートリンデさんに丸投げしている。

 二人で不正したらわかんなくなるわよーってからかったら、お前と『銀の炎』なら大丈夫って返された。もちろんやらないけど、その自信は何処からきてるんだか……。




「それでジネット、領主様は出掛けに何か仰っていた?

 打ち合わせの時は、平均的な物を参考に不公平がないようまとめてほしいと口にされていたけれど……」


 ちなみに本日、ユリウスは早い時間にシャルパンティエを出発して、ヴェルニエへと降りていった。

 いつぞやわたしが応対を押しつけられた巡察官のステンデル卿が、ユリウスを訪ねてきたらしい。


「わけのわからない税は取り入れるな、とは言ってました。

 人集めの邪魔になるらしいです」

「領主様がまともなお方、いえ、まともな判断の出来るお方でよかったわ」

「……一番大事な税制を素人に丸投げしてますけど、まともなんですか?」


 ええもちろんと、意外にまじめな顔で頷かれた。

 あれれ?


「それは些細なことよ、ジネット。

 ……私が生まれたプローシャの北の方───特にラーフェンスブルクは酷いところでね。

 プローシャでは、領主と言えば……結婚には結婚税、子供が産まれたら出産税、人が死んだら死亡税って、際限なく税の種類を増やすような人のことを言うのよ」

「……」

「12になった頃かな、家族で逃げ出したわ。

 両親は出稼ぎ、私は奉公と偽ってそれぞれ国境を越えたの」


 ディートリンデさんは、幸運だったわと、少し寂しそうな表情を浮かべている。

 そんな重いお話、聞きたくなかったよ……。


「同じ大国でも、随分と違うのよ。

 大人になった今ならわかるけれど、プローシャという国の強さが統制にあるのなら、ヴィルトールのそれは変幻自在なところが強みかしらね。

 暮らしぶりの違いもそうだったけれど、人々のまとう空気の違いにも驚いたわ」


 ここヴィルトール王国の南にあるプローシャ王国は、ヴィルトールに比肩するほどの大国だ。

 でも細工物が有名だったかなというくらいで、アルールでは噂話をほとんど聞いたことがなかった。小国過ぎるアルールとその周辺諸国が政治的にもヴィルトール寄りで、ついでにヴィルトールとプローシャの仲があんまり良くないせいもある。


「でもジネット、あなたも大変よね。

 ご両親が亡くなられて、やむを得ずこちらに来たのでしょう?」

「あー、わたしは割とお気楽だったというか何というか……。

 一人立ちには十分な歳でしたし、道中も、シャルパンティエが駄目でもどこかで商家に雇って貰えばいいやって思ってました」


 生活は苦しくなっていったけれど、命の危険があって逃げ出したわけじゃない。

 しいて言うなら、家を出る方が心が楽なのでそちらを選んだ……ってところかなと思っている。


「それだって大したものよ。

 一人で長旅をする女性なんて、冒険者ぐらいだもの。

 ……ふふ、そうね、ジネットは案外冒険者に向いているかもよ?」

「無理ですよー。

 迷宮なんかに入ったら、絶対に帰ってこられない自信がありますもん」


 街中での仕事───子守や家事なら出来るだろうけれど、それをするぐらいなら、それこそどこかの商会で雇って貰うか店を持つ方がましだった。

 人間には向き不向きがあるよねえ……。


「ともかく、一つ一つ埋めていきましょう」

「はい」


 雑談はここまで。

 気分を切り替えたわたしたちは、目の前のお仕事に取りかかった。




 ▽▽▽




 ディートリンデさんとそのような話し合いを幾度か繰り返してユリウスの求める税制の雛形が出来上がるのに、そう日数は掛からなかった。

 一度口を挟んできたユリウスが、二人がこれなら普通だなと思える内容にまとめてくれればいいと、敷居を下げてくれたおかげでもある。


 そのユリウスは、人頭税は幾ら、商税は何割、収穫や狩猟の場合はどうと書かれたわたしたちの成果を見て、満足げに頷いた。


「……なにせ俺は一人立ちして以来、定住して領主に税を納めたことなど、ただの一度もないからな。

 正直言えば今も善し悪しはわからん」


 冒険者は、直接的に税を徴収されることがほぼない。


 ギルドの依頼をこなせばギルド経由で、ダンジョンで手に入れた財貨の類は買い上げた先がその売り上げから、それぞれ領主に税を納めるので、徴収はされていても税というものに無頓着でも仕方がないのかもしれなかった。……それ以外にも、面倒くさいと思ってたりもするのかな?


「どちらにしても数年……そうだな、3年はこの半分でいいだろう」

「いいの?

 さっきも言ったけど、それでも安い方に数字を出してあるのよ」

「かまわんさ。

 シャルパンティエ領の収入の主軸が、ギルドへのダンジョン管理権貸与であることに変わりはない」


 領民の数が10人少しでは、ユリウスの言葉の方に説得力がある。

 一人から徴収すべき銀貨銅貨の数枚を云々するよりは、税を納める人数を増やした方が得なのだということは、わたしにも理解できた。

 


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