第十二話
「えーっと、『王狼の鎧』は相対価値が65250……って金貨3万枚以上!?
へー……うわっ、すっごい魔法掛かってる!」
『水煙草』さんの工房からの帰り、わたしはメテオール号の上で、ユリウスを───正確にはユリウスが身に着けている剣や鎧を、上機嫌でぺたぺたと触っていた。
「……100万ターレル積まれても売らんぞ。
どいつもこいつも大事な相棒だ」
「はあい」
もうね、楽しくて仕方がない。
魔力の消費についても注意を受けたけれど、疲れも負担も感じないので試しに『水煙草』さんに計って貰ったら、アレットと同じ黄色になってたし!
でもアレットもあの頃より成長してるだろうなあ、とも思う。追いついたのかどうかは、ちょっと分からない。
……お店が正式に開店したら、久しぶりに手紙でも書こうかな。
「楽しそうなところ悪いが着いたぞ。
ほら、ここだ」
「うわ、大きいね……」
さっきのお店から距離はなかったみたいで、目的の工房まではほんの四半刻もかからなかった。
でもこの『レナートゥス鍛冶工房』、ほんとに大きい。
お店なのに小さい前庭があって、車寄せのところは大きく屋根が張り出している。奥は工房かな? 煙突が4本も並んでた。
「徒弟だけでも20人以上抱えているし、ベルトホルト殿に紹介される前から俺が名を知っていたぐらいの有名処でな。
オルガドでも屈指の名工房だ」
「へえ……」
ユリウスの言うとおり、ここは一流の様子。
何故わたしにもわかったかって言えば、馬番の小僧さんが出てきてメテオール号を預かっていったからだ。……大きな宿でもないのに馬番を雇えるようなお店が、二流なわけない。
そのまま誰かも聞かれず別の小僧さんに案内され、受付と商談室なんかが並ぶ廊下を抜けて鍛冶場の手前の中庭に出た。
「おお、騎士ユリウス!
お待ちしておりました」
「レナートゥス殿、間が空いて済まぬ」
出迎えてくれたのは、分厚い革の前掛けをつけた初老の男性だ。
……雰囲気はともかく、顔はベルトホルトお爺ちゃんとはあんまり似ていないかな。
それはともかく。
わたしも挨拶を交わして、二人に着いていく。
「こちらです。
……徒弟達には同じ産地、同じ時期に掘られた鉱石とひと月の時間を与え、自ら作れるロング・ソードでも、最高の物を作れとはっぱをかけました」
「ほう……。
ジネット、頼んだぞ」
「へ!?」
着いた先、鍛冶場の手前にテーブルが持ち出され、緑の敷布の上に5本の剣が抜き身で並べられていく。
その後ろには、同じく5人の徒弟さんが並んだ。年かさの人はユリウスと同じぐらい、一番年下の子はアレットと同い年ぐらいかな? うん、……緊張する。
うわ、じろって睨まれた。
剣士でもない素人が騎士のユリウスを差し置いて何するんだって、顔に描いてある。
「先月こちらに立ち寄らせて貰った折にレナートゥス殿と相談したのだが、独立を希望する者に均等な機会を与えてみようということになったのだ」
「ダンジョンそばの立地と聞いて、皆張り切っておりましたからな」
「そこで希望した5人にそれぞれ渾身の一振りを打って貰い、鍛冶勝負と相成ったわけだ。
ジネットの『目』で、実際に判じてみてくれ」
「あ……。
え、ええ、そうね」
「……?」
「なんでもない。……大丈夫」
そうだった。
もちろん、わたしが貰った魔導具、『質屋の見台』はおもちゃじゃないわけで、ちゃんとお仕事しなくちゃいけない。
「じゃ、じゃあ……やるね?」
「うむ。
判じきれないようだったり、何か相談事があるなら、遠慮なく言ってくれ」
「うん」
よし!
……と気合いを入れてみたものの、お仕事をするのはわたしじゃなくて『質屋の見台』の方だ。がんばってねーと心の中で声を掛けて、わたしは左端にある剣を手に取った。
▽▽▽
5本の剣を調べ終えるのにほぼ半刻。
……実は魔力よりも、気疲れの方が先に立った。当たり前だけど、ずっと見られてて恐かったし。
何故って、この5本はシャルパンティエに来るかも知れない鍛冶屋さん候補の人たちが、懸命に作り上げた物。
そして、彼らのうちの誰が鍛冶場を持てるかは、わたしの決定次第なのだ。
わたしだってお店を持ちたくて頑張っている最中で、独立したいというその気持ちは分かりすぎるほどに分かる。
真面目に評価と値付けをするのは当たり前でも、肩に力が入った。
5本はそれぞれロング・ソードと呼ばれる片手持ちの剣で、冒険者が手にする武器の中でも、一等によく見かける武器だった。ユリウスの腰にも───価値も作りも全然違うけど───同じ物がある。
その内の3本は、ばらつきこそあるけれど品質はいい様子で、『質屋の見台』から聞こえたまま値付けをするなら金貨10枚前後。見立ては出来なくてもある程度相場を知っているわたしとしては、かなりの上等に思える。
「うわ、これ……」
ところが困ったことに、残りの2本は魔法のかかった剣だった。
1本は柄に魔法文字が刻まれていて、使い手が魔力を込めると炎をまとう魔法剣。
もう1本は同じ魔法剣でも、少しぐらい壊れても大丈夫なように修復の術式が掛けられている。
値付けは両方とも、金貨30枚と少し。魔法抜きでも上の中───つまりはわたしがユリウスの腰の物を除いて見たこともないくらいの上物───の出来映えで、大きな差はない。
「ずいぶん悩んでいるな?」
「うん……」
「どうかなされたか、ジネット殿?」
「レナートゥスさま、この2本はどちらも同じくらいのお品なんです。
それは間違いないんですけれど……こちらは炎をまとう魔法剣、こちらは自然と修復が行われる魔法剣、目指すところが違いすぎて、値付けは出来ても上下はつけられません。
……わたしは『冒険者』じゃないと、痛感いたしました」
わたしはユリウスとレナートゥス氏に頭を下げて、思ったことをそのまま口に乗せた。
嘘をつく意味もないし、出来の善し悪しはともかく、使い勝手の善し悪しまでは流石の『質屋の見台』も答えてくれない。
でも、わたしが剣を振りもせずに魔法を見て取ったことで、5人の視線が驚いた様子に変わった。……『質屋の見台』を掛けてる以外は本当に素人なので、ちょっとだけごめんなさいという気分になる。
「ジネット、お前の言わんとすることはわかった。
使う場面が違えば、確かに評価も一転しよう」
「なるほど、お目は確かなようですな。
私もこの2本のうち、どちらかになるだろうとは思っておりましたが、さて……。
徒弟達には、時間と素材以外に制限を掛けておりませなんだからな。
……ユリウス殿、ここは一つお願いできますかな?」
「うむ、心得た。
もっとも、俺には魔法の才がないからな。
純粋に剣としての出来で評価させて貰おう」
ユリウスは無造作に1本を手に取ると、わたしたちから離れて剣を振り回しはじめた。
もちろんただ振り回してるだけじゃなくて、剣先が目で追えないのに誰かと戦っている風に見えてくる。
「すごっ……」
「おお、流石は『洞窟狼』と呼ばれたお方ですな!」
目はもちろん真剣だけど、首を傾げたりしながら剣先や手元にも目を向けているから、ほんとの本気じゃないこともわかる。
左手の怪我のことは知っているけど、とても引退したなんて思えない。
代わってもう1本もぶおんぶおんと振り回していたユリウスは、しばらくしてからふむと頷いた。
「俺はこの剣を造った者を推したいと思う」
「ほう……。
決め手はどのあたりでしたかな?」
「重心の位置と握りの良さだ。
先に試した方も悪くはなかったが、どちらか一方とあれば、俺はこちらを握りたい」
緊張が走って、視線が一人の少年に集中する。
修復魔法つきの剣を作った子だ。
▽▽▽
「騎士ユリウス、ラルスホルトは16歳と若いのですが、腕はあの通りです」
「うむ。
鍛冶場が出来るのは来月になろうが、来訪を心より楽しみにしている」
「はい、ありがとうございます!」
そりゃ自分の鍛冶場が持てるにしても、どれだけ嬉しいの……。
ラルスホルト君、お尻のところで見えないしっぽがぱたぱた揺れてるみたいだ。
「それからレナートゥス殿、この炎の魔法剣を作った……」
「グントラムですか?」
「へ、俺!?
……はい!」
呼ばれるとは思っていなかったのか、悔しそうな顔を素に戻したグントラムさん───この場では一番年かさの徒弟さん───は、びっくりして姿勢を正した。
「此度はラルスホルトに一歩譲ったが、いい腕だ」
「は、はい!」
「うむ、いい眼もしている。
他の皆の作も、一見しただけで良い剣だと分かる出来映えだ。十分にベルトホルト殿の孫弟子であると、自らの技と努力の成果を誇っていいと思う。
レナートゥス殿を唸らせ独立する日を楽しみにさせて貰おう」
「ありがとうございます!」
ユリウスは気さくな様子で徒弟さんたちと握手をしたり、その肩を叩いたりしてる。
こういうところは男の人、だよねえ……。
そしてわたしじゃ言えない、元一流冒険者の言葉、その重み。
少し距離を感じもするし、同時に格好いいとも思えてしまうところが……ほんのちょっぴり憎たらしくて、素敵だった。
▽▽▽
「えっ?
ラルスホルトくんって、ベルトホルトお爺ちゃんのお孫さんだったの!?」
「はい。
父に紹介状を書いて貰って、レナートゥス鍛冶工房で修行させて貰っていたんです」
にこにこと笑うラルスホルトくんだけど、顔は……お爺ちゃんにはあんまり似てないかな?
言われるまで気付かなかったよ……。
「すまん、前に訪ねたとき、俺は紹介されていたのだが……」
「んー。
……わたしは逆に、先入観なくて良かったんじゃない?」
「そうか?」
「それに最後はユリウスがきちんと剣を振るった結果だし、皆も納得してたわ」
「シャルパンティエが大きな街であれば、全員に声を掛けていいほどだったからな」
「このひと月は大変でしたよ。
みんな、本気でしたから」
「うむ。
噂に違わぬ工房だった。
ラルスホルト以外の4人も、小さな工房なら親方として十分な腕だろう」
それは間違いない。
選ばれなかった剣も、上物として売るに値する品だった。
「『ベルトホルト』ほどじゃありませんけど、『レナートゥス』の看板って結構重いんですよ。
『レナートゥス』の出というだけで、他の鍛冶屋からも一目置かれます」
「それでは『ベルトホルト』と『レナートゥス』、二枚の看板を背負うお前は人の倍苦労することになるな」
「そこはもう今更です。
……代わりに10年後20年後、『ラルスホルト』の看板を徒弟達に背負わせてやりますよ」
ユリウスは、それは重畳とラルスホルトくんの肩をばしんと叩いてにやりと笑った。
あららー。
……ラルスホルトくんのお弟子さんは、三倍大変そうだ。
こうして無事、わたしたちはオルガド訪問の目的を終えた。
ラルスホルトくんの移動は来月で、その頃にはわたしもシャルパンティエに移っているはず。
ユリウスの注文に合わせた商品も───ここはもうあれこれ言っても仕方ないからユリウスにお金を借りた───当座の在庫は確保できていたし、お店の方も難しい注文をしたわけじゃないので図面通りで大丈夫と、大工の棟梁さんが頷いてくれていた。
あとは、わたし自身だ。
出遅れた分、がんばらないとね。
ヴェルニエへの帰り道、メテオール号の背中でユリウスの分厚い胸板を意識し続ける羽目になりながら、わたしはまだ見ぬ『わたしのお店』のことをあれこれと考えていた。




