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シャルパンティエの雑貨屋さん  作者: 大橋和代


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第十一話



 馬車道の工事は、始まってからひと月もせずに終わってしまった。

 なんでも最後の方は、工事に携わる人が200人越えてたらしい。


 山道の方はちょっと苦労したみたいだけど、難所の木組みや石組みは道が出来上がるまで暇だった大工さん石工さんが活躍したそうだ。次の職場も近いし、道が通らないとお仕事にならないもんね。


 それが終わると、今度は砦。石壁と門がしっかりしていれば、何かあったとき、一時凌ぎにしても大工さん達が逃げ込める。馬小屋なんかは後回しだ。


 同時に村の中心になる建物も造られはじめた。

 一番はじめは、当たり前だけど宿。開業は先でも、とりあえず建物があれば、天幕暮らしだった大工さん達が雨風を凌げるようになる。


 平行して村を囲う柵や道、共同の井戸なんかも作られていると報告が届くので、行ってみたくて仕方ない。


「行きたいなあ……」

「向こうは男所帯に雑魚寝だぞ。

 連れて行けると思うか?」

「むー……」


 わたしも倉庫と寝室と台所付きのお店をユリウスに頼んでいたけれど、もちろん出来上がってないからと断られ、村には連れていって貰えなかった。建物はまだでも、ここだぞって指で示されるだけでも感動すると思うんだけどなー。


 結局ユリウスの代理と、彼に頼まれた上級者向きの品物集めとその仕入先の確保で、夏前までは潰れてしまった。




 そのことを、多少は気に掛けてくれていたのかも知れない。

 もう一枚二枚半袖の普段着でも買い込もうかと、書類仕事の合間に考えていたときだった。


「ジネット」

「なあに?」

「ちょっとオルガドで、面白……困ったことになっていてな。

 一緒に来るか?」


 うん、長いこと我慢をした甲斐はあった。


 ディートリンデさんがお仕事の関係で、ギルドの人達と一緒に先に行っちゃっても。

 カールさん夫婦がそれに引っ張られるようにして、宿の開業を先行させても。

 わたしのお店になる予定の建物がまだ出来上がっていないっていう理由で、足止めされていても。


「……いいの?」

「今ならダンジョンは開いていないし、村にいるのはギルドの関係者がほとんどだ。『銀の炎』に任せて問題ない」

「じゃあ、行く!」


 わたしはもちろん、即答した。

 誘ってくれたユリウスに感謝。

 シャルパンティエじゃないけど、いい気晴らしになりそうだものね。




 ▽▽▽




 次の日、わたしは旅支度をして……。


「……え?」


 ひひん。


「あ、うん、おはよう、メテオール」


 宿の入り口で出迎えてくれたのは、メテオール号だった。


 ユリウスに似て大きいけれど、このお馬さんは物静かで賢い。最近は顔を覚えてくれた様子で、わたしが近づいたからって鼻息を荒げたりはしないし、挨拶もしてくれる。


 うん、そうだった。

 こっちは乗り合い馬車のつもりで旅支度をしていたけど……。


「ん?

 ああ、ほら」

「ひゃんっ!?」


 ぼーっとメテオール号を見上げていると、ユリウスは断りもなくひょいとわたしの脇の下に手を入れ、たかいたかいをしてくれた。

 そのままメテオール号の背中に乗せられる。うわ、結構高い。


 照れくさいと思う間もなかった。


 あぶみに足を掛けたユリウスが鞍の後ろ側、わたしがその前に横座りでちょこんと乗ったかたちだ。


「もしかして、馬ははじめてだったか?」

「……馬車ならたくさん、かな」

「オルガドに着く頃には慣れるだろう」


 最初はかっぽかっぽだったメテオール号の足並みは、街を出るとかぽかぽに変わった。

 結構揺れる。でも手綱を持ったユリウスの両腕がわたしを抱え込んでいるから、落ちる心配はなさそう。




 それはいいんだけど。


 ……顔が近いのはなんとかならないかな?




 視線を感じると照れくさいし。

 太い腕や分厚い胸がわたしの身体に当たると、鎧越しでもついつい意識してしまう。


 そのくせユリウスはいつもながらの厳つい仏頂面で、少しも照れた様子がないのが憎たらしい。


 でも、こうして二人、メテオール号の背中で揺られているのが嫌だ……っていうわけじゃなかった。

 そのまま寝た振りをして身体を預けたいと思うぐらいには、気持ちいいわけで。




 他に頼れる人も居なかったし、毎日顔合わせてるうちに、まあ、うん、そう言う気持ちになったわたしの心のせいなんだろうなあ……。


 そのことだけは、オルガドまでの数日でよくよく理解できた。




 ▽▽▽




 半年前に立ち寄ったオルガドは、もちろん以前と同じ場所にあった。


「こんなに大きかったんだ……」

「ヴェルニエに来る途中、寄ったのではないのか?」

「到着してすぐにヴェルニエ行きの馬車に乗り換えたから、ほとんど印象に残っていないのよ。

 街の中にも入っていないわ」

「ふむ……」


 もちろん、今はもう少し余裕がある。

 メテオール号の背中の上は見晴らしもいいし、言葉を交わす相手もいるから楽しくて仕方ない。


 工房都市の二つ名を持つオルガドは、水運に使える川と少し南にある鉱山が結びついて出来ていた。煙を上げる幾つもの工房の間を、重い物を運ぶために車輪を太くした荷馬車が行き交う。鉄商人と武器商人が力を持ち、腕のいい鍛冶師や魔導具職人は、そこいらの貴族よりも尊敬されているそうだ。


「ヴェルニエより賑やかかしらね?」

「ヴェルニエは地方の中心だが、大きな産業はないからな」


 大通りをかっぽかっぽ。

 途中で右に左に曲がって、ずんずん奥へと進んでいく。


「街の中だと、鉄のにおいがするのね」

「このあたりは工房街だからな。

 まあ、名物みたいなものだ」


 鉄看板を軒先に吊した、似たような作りの店が並んでいる。そのうちの一軒の前で、ユリウスはメテオール号を止めた。


「この工房がベルトホルトお爺ちゃんのお弟子さんの店なの?」

「いや、ここは鍛冶屋じゃない。

 前に来た時、ちょっとした仕事を頼んでいてな、寄り道だ」

「ふうん。

 あ……」


 子供扱い……じゃないんだろうけど、わたしはちょっと困っていた。

 メテオール号から下ろされる時、数日前よりも照れくさくなっている。

 わたしも馬ぐらい乗れた方がいいのかな……。


 そんなことを考えているわたしの心の内まではユリウスが気にするはずもなく、彼はぎいと大きな音をならして工房の扉を開けた。


「邪魔するぞ、『水煙草』」

「おう、誰でい……って、『洞窟狼』じゃねえか」


 わたしは邪魔にならないように、ユリウスの後ろで店の中を見回していた。

 壁には装飾もなく、作りつけの棚には小物が幾つか並んでいるけど商売っ気があまりない。……お店として大丈夫なんだろうか?


「頼んだ物は出来ているか?」

「ひと月も前にな。

 このまま来なきゃ、古道具屋に流してるところだぜ。

 ちょっと待ってろ」


 カウンターの奥、作業場で小物をいじくっていた中年の職人は、がしがしと頭を掻きながら棚を探り、手のひらに乗る大きさの薄い長方形の木箱を取り出した。


 横からのぞき込むと、中身は眼鏡だった。書類仕事が続いて、ユリウスは目が悪くなったのかな?


「でもよ、お前はこの手の小物はからっきしだと聞いてたが……」

「俺が使うとは限らんだろう」

「おうおう、それもそうか」

「幾らになった?」

「まあ、注文通り……ってか、元があったからな。

 2ターレルでいいぞ」

「……ずいぶん安いな?」


 それにしても2ターレル───金貨2枚もする眼鏡なんて、普通はない。父さんが使っていたのは、その10分の1もしなかったはずだ。

 ……それを安いと言いきるユリウスには、もう何を言っても無駄なんだろう。


「弦と枠は壊れてたにしても、中身まで壊れてたわけじゃねえからな。

 ただの眼鏡の修理に2ターレルは聖神もお許しにならねえだろうが、魔導具を扱うってところで気を使った分の手間賃だと思ってくれ」


 ああ、魔導具なんだと、そこでわたしも納得した。


 魔導具は、普通とても高い。そして種類も多かった。

 例えばわたしがはめている母さんの形見の指輪───母さんによればあまり上等じゃない魔法の杖代わり───でも、売れば金貨の1枚や2枚にはなる。


 魔導具の修理で金貨2枚なら、物によるけどわたしには縁がなさすぎて高いとも安いとも言えなかった。この場はユリウスが正しい……のかなあ?


「ジネット」

「なあに?」

「試してみてくれ。

 たぶん役に立つと思うんだが……」

「わたし!?

 ……魔導具なんだよね?」


 気軽に渡されたけど、どうしていいのか分からない。

 見かけは普通の眼鏡だ。

 とりあえず掛けてみたけれど、残念なことにこの店には鏡が見あたらなかった。


 ……もちろん、ユリウスはこの場面で似合うだの綺麗だのと声を掛けてくるような性格じゃないので、最初から期待していない。


「……なあ、『洞窟狼』」

「なんだ?」

「女性に物贈るなら、もうちょっとましな物選ぶとか、そういうのは気にせんのか?」

「……彼女は商人だし、半分は仕事だ」

「半分、ねえ……」


 やれやれとでも言う風に、店主『水煙草』は大げさに肩をすくめて見せた。

 朴念仁というか何というか、ユリウスに抱く感想は皆似たようなものになるのね。


「まあ、いいさね。

 で、そこな商人さんや、魔力はどんなもんなんだい?」

「あ、はい。

 ギルドの魔力計なら、お遊びで触らせて貰ったことはあるんですけど……その時は橙色でした。

 正式に計ったこと、ないんです」


 わたしはあまり詳しくないけれど『魔力は光が応える』『術式は闇が応える』のだそうで、虹の七色になぞらえて、下から順に赤・橙・黄・緑・青・藍・紫、紫が一番凄いというか魔力が強いらしい。一緒に触った妹のアレットは黄色で、ちょっと悔しかったのは憶えてる。


 魔術師としての強さや上手さとは別だけど、素人のわたしなら他に比較のしようもないので十分だった。しばらくは母さんに教えて貰いながら、ちょっとだけ魔法の練習もしたっけ……。


「まぐれでもお遊びでも、橙なら問題ねえ。

 心の中で『解析せよ』って唱えてから、こいつに触ってみな」

「はい」


 うんうんと頷いた『水煙草』さんは、カウンターの上に茶色の小瓶を置いた。

 見た限りだと、何かのポーション───魔法薬っぽいかな。

 言われたとおり、『解析せよ』と念じて眼鏡に魔力を込めてから、小瓶に手を伸ばす。


「……うわ。

 『妾姫の食前酒』……って、えっ? 毒薬!?」

 

 なに、これ?


<固有名称『愛妾の食前酒』。

 対象の種別は薬品、相対価値2.585。

 無味無臭の経口毒で、酒杯に一滴垂らせば対象が死に至る猛毒。

 産地はプローシャ北東部。

 解毒には強度5以上の聖神祈念、または対となる解毒薬『正妻の祈り』が必要……>


 ……って言うか、ちょっと恐い。

 知らないはずの知識が流れ込んできて、わたしは慌てて手を引っ込めた。


 二人はわたしの様子を見て、うんと頷いている。


「いいようだな」

「止めたいときには『待機せよ』って唱えりゃいい。

 ついでに教えとくが、相対価値云々ってのは聞こえたか?」

「はい。2.5とかなんとかって……」

「うん。

 それはよく覚えておくといい。

 基準の1ってのが何に当たるのかはわからねえが、色々試した限りじゃ、だいたいアルゲント銀貨1枚……金貨半分ぐらいだ」

「アルゲント銀貨……って昔の銀貨でしたっけ?」

「その通り。……よくご存知なこって。

 2と聞こえたら1ターレル、10なら5ターレルって具合で値付けしてりゃ、大きな間違いにはならねえ」


 ……それって、素人のわたしでも道具の目利きが出来るってことなんじゃない?

 売値か卸値か気になったけど、それは後から試せばいいか。


 この眼鏡、すごい! 欲しい!

 でも、高いんだろうなあ……。


 あれ!?


 でもさっきの口振りだと、わたしにくれるような……。


「但し、欠点もある」

「あら……?」

「この魔導具……『質屋の見台』はな、美術品や流行物にはうんともすんともなんだ。

 剣や鎧、薬なんかには十分使えるし、魔導具の類は効果まで判じやがる。宝玉の類も、頭に聞こえる大きさや等級もよくわからんながら、割と鑑定師が出す値付けに近い価値を数字で告げやがるな。

 ところがだ、連れの家にあった銅像を幾つも触ってみたところ、銅塊の重さ分に近い数字を出しやがった。

 有名な絵師の書いた肖像画や細密画も、額縁の木枠を台所の薪に数えたとしか思えん数字が出てたから、そう言う物なんだと思ってくれ」

「気を付けます。

 って……ユリウス、これ……」


 『質屋の見台』かあ……。


 これ、くれるんだよね? ……と期待しながら、上目遣いに見上げてみる。


 もちろん、しっかりと頷いてくれた。

 こういう時に、からかったりしないところはユリウスのいいところだ。


「うむ。

 開店祝いが半分と、残りは……それで冒険者達を手助けしてやって欲しいんだ。

 ジネットが使ってくれるなら、彼らはヴェルニエまで降りず、ジネットの店で拾い物や獲物が換金できるようになる」


 あー。

 やっぱり冒険者第一なんだなあ……。


 でも、半分は開店祝いだって言ってくれたのも嘘じゃないわけで。

 ちょっとは気に掛けてくれているのかなと、わたしは素直にお礼を言うことにした。



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