君はヒーロー
英雄は僕の目の前で、ふて腐れたように言った。
「大体この国のやつらは身勝手だ」
そんなのどこの国もだろう、と僕は呆れる。
この国のヒーローはとてつもなく強く、国民の憧れでもあった。しかしそんなヒーローの本当の顔を知っているのは、僕だけだったように思う。だった、でいいはずだ。これからそれを知る人間などいない。
英雄は英雄の仕事を放棄した。少なくとも周りの人間にはそう見えたはずだ。助けを求める人々の間を掻き抜け、彼は逃げた、と。そうではないと国民が知るのは、悪戯っ子のような顔をしたヒーローを捕まえた時だった。
「こっちはなんの見返りも求めずにやってるんだぜ?それなのに、ちょっとばかり後回しにされたからって俺を捕まえて。仕事中に恋人にキスしに行ったくらいで、俺を殺すってさ。身勝手だろ」
僕はため息を吐いた。
「君が仕事を放棄したら、ただの怪物だろう?」
怪物はふて腐れ顔をした。子供のように頬を膨らませ、お前もそう思うのかと問うてくる。僕は少し考え、静かに頭を横に振った。そうかそうかと、彼は満足げに頷く。
どうしてこの男は、こんなにも愚かしいのか。
どうしてこんな愚かしい男を、僕は好きになってしまったのか。
「僕はね、ずっと君に憧れてたんだ」
相棒として、ずっとこの男のそばにいた。対等だと思っていた。もちろん強さでは勝てやしないが、この男をサポートできるのは自分しかいないと自負していたし、この男に恋人ができたときはそれなりにショックだったが、自分達はそんなものを超えた関係だとも思っていた。
相棒だった憧れの人は、おいおいと茶目っ気たっぷりに言う。
「今も、だろ?」
僕はなにも言えなくなった。
彼が処刑台にのぼる前に、僕はどうしても尋ねたいことがあった。
「なあ、どうして逃げない?」
ヒーローは、くそ真面目な顔で振り向く。
「そんなことをしたら、お前が困るだろう?」
今まで散々持て囃してきたくせに皮肉なものである。公開処刑は満員御礼で、誰もが口々に怪物となった英雄を罵っていた。僕はそれをただ、見つめていた。
その瞬間、流石に人々がしんとなった。
彼はニヤリと口角を上げ、言った。
「愛してるぜ、お前ら」
プツンと何かが切れる音。それが現実にした音なのか、自分のなかでした音なのか、僕にはわからなかった。
嗚呼、そうだった。この男は、痛々しくて目をそらしたくなるほど、
「ヒーロー……!!」
誰かが叫ぶ。
目をそらしたくなるほど、真っ直ぐな男だった。
「さよなら英雄」
呟いた声は思ったよりも明瞭で、世界が一つ、終わった気がした。
私が見た夢から。