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たてがみを燃やすブリキの馬

作者: 水芭蕉猫

 星の降るような新月の夜。

 終わってしまったサーカスのテントから、ブリキの馬が逃げ出した。

 あまりの騒がしさに人よりもよく太った団長が寝所から慌てて飛び起きて、逃げるブリキの馬を捕まえるように団員たちに命令を下したが、ブリキの馬の足は竜の羽ばたく速さとよく似ていて、大玉乗りも獣使いも綱渡りの名手も、誰も捕まえることが出来なかった。

 ブリキの馬はただの一度も迷わず、一直線に駆けていく。

 顔を赤くして怒った団長が、「逃してしまうくらいならば殺してしまえ」と怒鳴りつけると猛禽の目を持つ弓手が先の燃える弓を打ち込んだ。

 赤々と燃える小さな火の玉が、ブリキの馬のふさふさとしたたてがみに見事に当たった。たった一つ、ブリキで作られていなかった馬のたてがみは、すぐにゴウと音を立てて燃え上がる。

 しかし、馬は立ち止まることをしなかった。

 たてがみを燃やしながら、ブリキの馬が夜の道を駆け抜けると、道に生えていた草が次々と燃え始めた。草の炎は次第に燃え広がり、サーカスのテント囲んで行く。

 慌てて炎を消しにかかる団長たちだが、炎は鼠の大群のように早くあっという間に飲み込んだ。

 ブリキの馬はわき目も振らず、暗い夜道を炎に変えながらひたすらに駆け抜ける。



 ブリキの馬が通る道はすべてが炎に包まれた。

 村が燃え、町が燃え、畑が燃え、森が燃え、湖さえも炎が覆った。

 人が燃え鳥が燃え獣が燃え、あたりの全てを燃やし尽くしても、ブリキの馬は止まらない。

 すべてを燃やし尽くすまで、ブリキの馬は炎を携え走り続ける。

 骨を燃やし灰を燃やし土を燃やし、そしてついには空さえも炎に当てられ黒く焦げはじめたころ、ぽたりとブリキの馬に水滴が落ちてきた。

 天の上で見ていた天の女神が、大切に耕していた地上を燃やし尽くされて涙を流し始めたのだ。

 ブリキの馬が燃やした大地は、女神の涙を受けて炎を次々と癒していくが、ただ一つブリキの馬のたてがみだけは燃え続けていた。

 どんなに女神の涙を受け止めても消える様子の無い炎は、ついにその透明な滴さえも燃やし始めたのだ。

 濡れた大地が再び燃え上がろうと炎をくすぶらせたとき、何故こんなにも馬が燃え、地上さえも燃やし尽くそうとするのか不思議に思った女神が泣きながら尋ねた。

『ブリキの馬。お前は何故こんなにも地上を燃やすのですか?』

 ブリキの馬は何も答えなかった。

 それもそのはず、ブリキの馬はブリキで出来ているからして、女神の問いに答えられるような心は持っていなかった。しかし、それまでただひたすら暴れ狂うように続けていた疾走を止めると、その場で静かに炎を癒す天の女神に頭を向けた。

 燃えるたてがみの炎から静かに黒い煙が上がり、天の女神まで一直線に届くと、ブリキの馬がガシャンと音を立てて壊れて砕けた。

 燃えていたたてがみはブスブスと音を立てて消え、機械仕掛けの体内から、黒く燃えつきかけた歯車と共に色々な物が飛び出した。

 銀で出来たペンダント。ピカピカと輝く金貨。赤いリボン。青い飴玉の包み紙。輝くネジや、重たいトンカチ。そのほか、沢山の無機物たちがブリキの馬の中身から次々と溢れ出す。

 真っ黒な煙を受け取った天の女神は、それらが何なのかすぐに気付いた。

 銀のペンダントは少女のおばあさんの形見のもので、両親の借金のせいで取られてしまった。ピカピカと輝く金貨は親を殺して盗んだ息子が使ったもので、赤いリボンは両親に突き落とされて死んだ娘が髪に結んでいたものだ。

 青い飴の包み紙には薄く毒が塗ってあり、食べたも子供を殺してしまうだろう。重たいトンカチは罪人が嘘をついているか確かめるため無罪の者の指先を潰すもので、輝くネジは獣を取るための罠の一部だったもの。

 全ての無機物の中には深い怒りや悲しみが籠っていて、あちこちの町をサーカスで回るたびに出会ったこれらが少しずつブリキの馬の中に溜まりこみ、膨れ上がっていたのだろう。

 ブリキの馬は気づいていないかもしれないが、内側から膨れる苦しみは全てを燃えつくしてしまいたいほどだったに違いない。

 天の女神が哀れな無機物たちを思ってまた泣くと、滴で満たされたブリキの馬の中から小さなガラスの玉が零れ落ちてきた。

 ブリキの馬の目玉だったガラスの玉は、涙を流す天の女神をしばし見つめると静かに砕け散った。





 少しでも誰かの目に留まっていただければ幸いです。

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