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第四話

マレーシアの夜空の下、熱帯特有の重い湿気がスタジアムを包み込んでいた。

FIFAワールドユース選手権、決勝。ピッチに立つ背番号9、響木蒼生は、全身の血が沸騰するような高揚感の中でプレーしていた。


U-20日本代表のサッカーは、ステラマーレ函館のそれとはすべてが真逆だった。

自陣に引きこもり、耐えに耐えて一本のカウンターを狙う函館の「堅守速攻」に対し、この代表チームが掲げるのは、ボールを支配し相手を蹂躙する超攻撃的な「3-5-2」。

ピッチには、日本サッカー界の未来を背負う同世代の天才たちがひしめき合っていた。


相手のカウンターの芽は、中盤の底でことごとく摘み取られる。驚異的な運動量と危機察知能力で広大なスペースをたった一人で管理する守備の鉄人。彼がボールを奪取した瞬間、日本の分厚い攻撃が始まる。

ボールは右サイドへ。ライン際でパスを受けた右のスペシャリストが、爆発的なスピードで縦への突破を図る。相手DFを置き去りにし、正確無比なクロスがペナルティエリアへと供給される。


だが、この大人しい秀才集団には、長らく一つの致命的な欠陥があった。

中盤でのパスワークは世界最高峰。しかし、最後にゴールネットを揺らす「決定的なストライカー」だけが不在だったのだ。美しいビルドアップは、常にペナルティエリアの中で手詰まりを起こしていた。

そこに、最後に寸分違わず嵌まったピース。それが響木の「ゴールへの本能」だった。

召集当初はフィジカルの弱さ、テクニックの低くさに、監督以外の全員から、疑問に思われていたが、このチームの欠点、試合を支配しチャンスを多く演出するがゴールをきめきることが出来ない「決定力不足」の展開になった時、監督以外の誰からも疑問に思われながらも投入され、見事ゴールを決めるとチームメイトからは自分たちには無い、異能の才能の持ち主と評価される様になった。


「来い……!」

響木は、ペナルティエリアの中で息を潜めていた。

函館では、沖瀬司からの針の穴を通すようなたった一度のパスを待つしかなかった。しかし、ここでは違う。四方八方から、息を呑むような決定的なパスが供給され続けるのだ。


左のトップ下に位置する、背番号10の天才レフティーがボールを持つ。

彼の左足には、魔法が宿っている。相手守備陣がその正確なキックを警戒し、一斉に体を寄せる。

その瞬間、前線で響木とツートップを組むオフザボールの天才が動いた。ボールとは全く関係のない方向へ、極めて知的な斜めのスプリント(デコイラン)を仕掛ける。相手の屈強なセンターバックたちは、そのあまりにも危険な匂いのする囮の動きに釣られ、無意識にポジションを下げてしまった。


ペナルティエリアの中央。バイタルエリアと呼ばれる最も危険な場所に、ぽっかりと広大な「空白」が生まれた。

そこに、完全に気配を消していた響木が滑り込む。

直後、天才レフティーの左足から放たれた芸術的なスルーパスが、芝を滑るようにその空白へと送り込まれる。

トラップはいらない。響木はステップを合わせる必要すらなかった。

走り込んだ勢いのまま、スライディングしながらダイレクトで右足を振り抜く。

完璧なミート音と共に放たれたシュートは、相手GKが一歩も動けないコースへと突き刺さった。


ゴールネットが揺れる。

スタジアムを揺るがす大歓声の中、響木はコーナーフラッグへ向かって吠えながら駆け出した。すぐに、囮となってスペースを空けた相棒が笑顔で飛びついてくる。天才レフティーが拳を突き上げ、右ウイングとワンボランチの鉄人も駆け寄ってきて、歓喜の輪が広がった。


大会を通じて、響木の才能は完全に爆発していた。

天才的な仲間たちが創り出す無数のチャンス。響木はただ、己の嗅覚の赴くままにスペースへ飛び込み、ワンタッチで仕留め続けた。泥臭く、しかし誰よりも確実にゴールを奪った。


やがて、タイムアップのホイッスルがマレーシアの夜空に響き渡る。

歓喜の輪の中心には、圧倒的なゴール数で得点王のタイトルを手にした響木の姿があった。アジアの極東から来た若き代表チームが、悲願のワールドユース優勝を果たし、世界の頂点に立った瞬間だった。


函館という地方都市から飛び出したローカルヒーローは、同世代の天才たちとの融合によってその才能を完全に開花させ、今や世界が注目するモンスターへと変貌を遂げていた。

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