第十三話
前回のストーリーと完全に矛盾した内容だったので訂正版を載せました。
1997年11月。函館港に浮かぶ緑の島、「スターオーシャン・スタジアム」。 海から吹き付ける冷たい潮風を吹き飛ばすかのように、スタンドを埋め尽くした超満員の観客から怒号のような声援が響き渡っていた。 1997年JFL最終節、ステラマーレ函館対プログレッソ札幌。
ステラマーレがJリーグ昇格の切符を手にするための条件は、勝利もしくは引き分け。しかし 響木不在の期間、泥臭く「0-0」で勝ち点1を拾い続けた代償として、前半に稼いでいた得失点差を札幌に詰められた函館は敗戦した場合は、『2点差以内におさめなければ』という条件だった。
「ゼロで抑えるぞ!」 キャプテンの門倉鉄馬が吼える。 しかし、現実の壁はどこまでも残酷だった。Jリーグ昇格という絶好のチャンスを前に、函館は焦りを隠せず、そして札幌はその隙を見逃さなかった。 前半早々、函館の背後を突き、天才・坂崎竜の鋭いスルーパスから巨躯のFW大郷隆将がボールを収めて桂木巧に落とし、桂木巧がそのまま、ミドルシュートで豪快にネットを揺らして札幌が先制。さらに前半終了間際にも、坂崎竜の強烈なミドルシュートがゴール隅へ突き刺さり、桂木巧のドリブル突破からPKを献上し、これを決められスコアは「0-3」。自慢の「絶対防壁」すら破られ、函館は絶望的な状況に追い込まれてしまう。
時計の針は後半44分を指していた。 昇格を確実に手繰り寄せるべく前掛かりになる札幌の守備陣。ハーフウェイライン付近まで押し上げられたラインの背後に広がる、わずかな空白。 自陣深い位置でボールを刈り取った沖瀬が、静かに右足を振り抜いた。
夜空を大きく切り裂く、美しい弧を描いたロングフィード。 その落下点へ向かって、背番号「9」がトップスピードで走り出していた。
「行け、蒼生――っ!」 スタンドからの絶叫。相手DFが慌てて振り返るが、響木はすでに死角ブラインドから完全に抜け出していた。
足元でトラップする技術も、一人で強引に持ち込むフィジカルもない。だからこそ、響木は自分のすべてをその一瞬に賭ける。勝負は常にワンタッチ。 落下点へドンピシャのタイミングで走り込むと、一切の躊躇なく空中に向かって身体を投げ出した。 右足をキャンバスのように開き、ボールの軌道へ正確に「面」を作る。
得意技――『ジャンピングダイレクトボレーシュート』。
極限まで研ぎ澄まされたゴールへの嗅覚と、空中でボールをミートする技術だけを叩き込んだ一撃必殺のフィニッシュ。 足の甲に吸い付くような爽快なインパクト音とともに放たれたボールは、相手GKが一歩も動けないまま、ゴールネットを激しく揺らした。
「あぁぁぁぁぁぁッッッシャアアアアアアアアア!!!」
スタジアムを揺るがす地鳴りのような歓喜。 スコアボードに刻まれた数字は「3-1」。昇格に必要な「2点差で終える」を、ついに函館の手で引き寄せた瞬間だった。
直後、長かった死闘の終わりを告げるタイムアップのホイッスルが鳴り響く。
スタンドが狂乱の渦に包まれる中、スタジアムの大型ビジョンに、今シーズンの最終成績が映し出された。
ステラマーレ函館:勝ち点、勝敗、得失点差、総得点。 プログレッソ札幌:勝ち点、勝敗、得失点差、総得点。
画面に並んだすべての数字が、完璧に横並びとなっていた。 3-1という条件よって、両チームの成績は文字通り「完全同率」となったのだ。
静まり返るスタジアム。アナウンスが、冷徹なレギュレーションの決定を告げる。 『本年度のJFL規定に基づき、成績が完全に同率となった場合――プログレッソ札幌の順位を上位といたします』
ほんのわずかな、レギュレーションの綾。 札幌のJリーグ昇格が決定した瞬間だった。
ピッチのあちこちで、選手たちがその場に倒れ込んだ。 札幌の選手たちが涙を流して抱き合い、昇格の喜びに浸る。 3-1で終えながらも、あと一歩のところで目標に届かなかった函館の選手たち。
しかし、誰一人として下を向く者はいなかった。
大郷隆将が、肩で息をしながら響木のもとへ歩み寄ってきた。
「凄まじいシュートだった。……俺達の完敗だ」
「……最高のチームでした、札幌は」
響木は大郷の手をしっかりと握り返す。坂崎や桂木も静かに笑みを浮かべ、門倉や斎間と互いの健闘をたたえ合って固い握手を交わした。ピッチの上にあったのは、死闘を演じ切った者同士の清々しい「ノーサイド」の光景だった。
「……胸を張れ、野郎ども!」 門倉が、涙をぬぐいながら大きな声で叫んだ。
「最後まで応援してくれたサポたちの前で、俺たちは下を向く事はなんて許されねえ!」
浅葱色のユニフォームを着た戦士たちは、揃ってスタンドのサポーターの前へと歩みを進めた。 サポーターからは、失望のブーイングではなく、地鳴りのような温かい拍手と「ステラマーレ」コールが降り注ぐ。
響木は冷たい潮風を受けながら、高く澄み渡った函館の空を見上げた。 A代表での激闘、クラブの仲間たちが泥にまみれて繋いでくれた絆、そしてこの最終節での爽快な勝利。すべてが自分を、そしてこのチームを強くしてくれた。
「来年だ」 となりに並んだ沖瀬が、静かに呟く。 「ああ。来年、絶対にJの舞台へ行く」 響木は力強く頷いた。
「堅守速攻」の誇りを胸に戦い抜いた1997年。 敗北の陰りなど微塵もない。彼らの視線はすでに、次なる季節、さらなる高みへと向けられていた。
【第1章 1997年編・完】




