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第十話

秋雨がピッチを泥濘に変える中、無慈悲なタイムアップのホイッスルが鳴り響いた。

スコアボードには、またしても「0-0」の数字が冷たく発光している。


スタンドからは、フラストレーションを溜め込んだ観客のブーイングと、「金返せ」「退屈なサッカーをするな」という痛烈な野次が飛んでいた。無理もない。90分間、ただ自陣に引きこもり、相手の攻撃をひたすら跳ね返し続けるだけの、美しさなど欠片もない試合だったのだから。

だが、泥にまみれ、肩で息をするステラマーレの選手たちの顔に、悲観の色は一切なかった。


「……よく耐えた。今日も勝ち点1だ」

キャプテンの門倉鉄馬が、膝に手をつく斎間創の背中を力強く叩いた。斎間のユニフォームは、幾度とないスライディングで浅葱色が判別できないほど黒く汚れている。最後方から声を枯らし続けたGKの近江勇将も、泥だらけのグローブで静かに拳を握りしめた。


響木がA代表に引き抜かれてからの数試合、ステラマーレの戦術は常軌を逸していた。

前線にボールを運ぶことすら半ば放棄し、11人全員が自陣のペナルティエリア付近に極限まで圧縮されたブロックを敷く。トップ下の沖瀬司でさえ、優雅なタクトを捨てて自陣深くで泥にまみれ、相手のパサーに執拗なプレスを掛け続けていた。


それは、スポーツメディアから「アンチフットボールの極み」「昇格を目指すチームの姿ではない」と酷評されるほどの、徹底した専守防衛だった。

だが、どれほど批判を浴びようと、どれほど野次られようと、鬼方陣監督は一切表情を変えずに「無失点」のタクトを振り続け、榎GMはメディアの批判をすべてその身で引き受けた。


「あの網、どうやったら破れるんだよ……」

対戦相手のストライカーたちは皆、函館のゴール前で絶望を味わっていた。

少しでも隙を見せれば猟犬・斎間がボールを刈り取り、クロスを上げれば門倉がすべて空中で跳ね返す。万が一シュートを打たれても、近江が鬼神のごとき反応でゴールに鍵をかける。


勝てない。しかし、絶対に負けない。

血を吐くような90分間を耐え抜き、スコアレスドローを拾い続ける。勝利の「勝ち点3」には遠く及ばないが、それでも確実に「勝ち点1」を函館に持ち帰り続けた。

華やかな攻撃陣が不在の中で、裏方であるはずの守備陣たちが意地と執念でクラブの命綱を握り締め、絶対に手放さなかったのだ。


そして、季節が初冬へと差し掛かる頃。

JFL第29節を終えた時点での順位表を見て、榎はGM室で深く息を吐いた。

首位は独走状態の他クラブ。そして、Jリーグ昇格の絶対条件である「2位」の座には、薄氷を踏む思いで勝ち点1を積み上げ続けたステラマーレ函館が、ギリギリのところでしがみついていた。


「……よく繋いだ。お前たちは、本当に立派な盾だ」

榎の視線の先、順位表の「3位」には、わずか勝ち点差3でプログレッソ札幌がピタリと追走している。

次節は、いよいよ1997年JFLの最終戦。相手は、因縁の宿敵・札幌。

引き分け以下の結果になれば、即座に札幌に追い抜かれ、Jリーグ昇格の夢は潰える。勝利以外に道はない、正真正銘の最終決戦。


絶対防壁と化したチームは、限界を超えて耐え抜いた。舞台は整った。

あとは、日本中が熱狂するW杯アジア最終予選の死闘から、あの「絶対的な刃」が帰還するのを待つのみだった。

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