第9話:廃墟の魔導院と、黄金の凱旋
旧王国が完全に崩壊し、帝国の属領となってから数日。
私はエリオット陛下と共に、かつての職場——王立魔導院を訪れていた。
「……ひどい有様ですね」
かつて誇り高かった石造りの建物は、魔力暴走による爆発で半壊し、壁は煤で黒ずんでいる。
中へ入ると、そこには配給のパンを奪い合う、ボロボロの格好をした魔導師たちの姿があった。
「あ、ああ……リリア……リリア様……!」
泥にまみれて床を這っていた一人の女が、私の足元に縋り付こうとした。
エミリーだ。かつて私の席を奪い、愛嬌を振りまいていた彼女の面影はない。髪は抜け落ち、目は血走っている。
「リリア様、お願いします……! この魔導盤を、一度だけでいいから動かしてください! もう三日も水が出ていないんです、お風呂にも入れないんです……!」
私は、汚れを避けるように一歩下がり、彼女を見下ろした。
「エミリーさん。あなたは『座っているだけの簡単な仕事』だと言いましたよね? それを引き継いだのは、あなた自身です。私に頼るなんて、おかしな話ではありませんか?」
「そ、そんな……! あの時は、次長に言われて……!」
奥の瓦礫の中から、鎖に繋がれた男が引きずり出されてきた。バドルフ次長だ。彼は国家崩壊の戦犯として、民衆から私刑に近い扱いを受けていた。
「リリア……! ああ、リリア! すまなかった! 私が間違っていた! 君こそが魔導院の、いや、この国の宝だったんだ! 頼む、処刑を免れるよう帝国王に口を利いてくれ……!」
エリオット陛下が、冷徹な一瞥を彼に投げ、私の肩を抱き寄せた。
「聞き苦しい。リリア、こんなゴミ溜めに長居する必要はない。視察は終わりだ。ここは更地にして、君のための新しい離宮を建てよう」
「ええ、それがいいわ、陛下」
私はバドルフの泣き喚く声を無視し、踵を返した。
背後でエミリーが「見捨てないで!」と叫びながら、帝国騎士に引き離されていく。
「さようなら。……あなたたちが『無能』と切り捨てた私に、救われる資格があるなんて思わないでくださいね」
魔導院を出ると、空には浮遊王都が美しく輝いていた。
戻るべき場所は、もうあそこしかない。




