第25話:永劫の配分、あるいは天を仰ぐ守護者
穏やかな夕暮れの中、エリオットと共に過ごした日々は、私の人生で最も計算外で、最も幸福な時間だった。
やがて時が流れ、彼は私の隣で、満足そうな笑みを浮かべてその生涯を閉じた。
「……陛下。私、寂しくはありませんわ。だって、約束しましたものね」
私は彼を見送った後、隠居生活の裏で密かに進めていた「最後の配分」を起動させた。
数日後、帝国には皇妃リリアが亡くなったという報せが届き、盛大な葬儀が行われた。
けれど、その棺の中に私の魂はない。
帝都の地下深くに作られた、巨大な格納空間。
そこには、これまで私が世界中の魔力を整え、蓄積してきた技術のすべてを注ぎ込んだ、巨大な鋼鉄の巨躯が鎮座していた。
「——全神経、接続。魔導回路、直結。……意識の配分(転送)、完了」
私が目を開けると、視界は地上数百メートルを捉えていた。
そこに映るのは、かつてのような人間の指先ではない。白銀に輝く巨大な装甲、背に広がるのは魔力を噴射する幾対もの光の翼。
私は死の間際、自分の魂を、この山ほどもあろうかという巨大な戦術殻へと移し替えていた。
突然、格納庫のハッチが開き、アイリスとルカが眼下の足場へ駆け込んできた。
二人は、自分たちを完全に見下ろす巨大な鋼の異形を見上げ、その圧倒的な威圧感に言葉を失っている。
「……何だ、この山のような塊は……。お母様の隠し場所に、どうしてこんな破壊の化身が……」
ルカが震え、アイリスはその巨大な機体の瞳に灯った青い光に、恐怖で息を呑んでいる。
私は機体の外部スピーカーから、重厚な振動を伴う声で、けれど生前と変わらぬ口調で呼びかけた。
「アイリス、ルカ。そんなに怯えなくていいわ。それよりも、あなたたちに教えておかなければならないことがあります。——この国の平和が、どれほどの『配分』の上に成り立っているのかを」
私は巨躯の頭部を持ち上げ、国境の彼方、虎視眈々と帝国を狙っていた隣国へと狙いを定めた。
喉元の魔導炉が臨界を超え、大気が悲鳴を上げる。
「いい、よく見ていなさい。これが、余計なノイズを排除するための『清算』よ」
機体の口腔部が大きく裂けるように開き、凝縮された白銀の熱線が放たれた。
——極大配分、出力最大。
天を裂くような閃光が地平線をなぞり、次の瞬間、地図の上から隣国そのものが消失した。爆音さえも置き去りにする圧倒的な光が、敵対する意志も、腐敗した王宮も、すべてを原子レベルで分解し、完璧な無へと書き換えていく。
後に残ったのは、硝煙一つない、清々しいまでの静寂だけだった。
「……お、お母様……? わずか一撃で、一国を……」
「アイリス、ルカ。これが私の、この世界に対する最後の最適化よ。これでもう、あなたたちの代で戦争が起きる計算ミスはなくなるわ」
私は光の翼を羽ばたかせ、絶望と畏怖に震える子供たちを見下ろした。
「さあ。次の百年の平和維持を立てましょうか。私がいれば、明日も、その次の明日も、この世界は完璧なはずよ」
かつて「明日から来なくていい」と追い出された少女は、今、人類が迎えるすべての「明日」を天から支配する、冷徹なる守護神となった。
リリアの勤務時間に、終わりはない。




