第2話:沈む王国、現れた天才
私が王都を離れてから、ちょうど三時間が経過した。
国境へと向かう馬車の窓から振り返ると、遠くに見える王都の空が、不自然なほど赤く染まっていた。
「あら……。思ったより早かったわね」
本来なら、王立祭の開始とともに美しい魔導花火が上がるはずだった。
しかし、空を焼いているのは花火ではない。
制御を失った魔力供給路が、行き場をなくして逆流し、市街地の魔導灯を一斉にショートさせたのだ。
今頃、中央制御室ではエミリーが泣き叫び、バドルフ次長が「なぜだ!」と怒鳴り散らしていることだろう。
私が毎日、心臓の鼓動を合わせるようにして調整していた魔力の奔流を、素人が御せるはずがない。
——ドォォォォォン!
地響きとともに、ひときわ大きな爆発音が聞こえた。
王城を守る結界塔が、過負荷に耐えきれず崩壊した音だ。
これで王国は丸裸。魔導文明の恩恵をすべて失い、暗黒の夜を迎えることになる。
「自業自得、よね」
私は静かに目を閉じた。
その時、突然、馬車が急停車した。
「おい、止まれ! 何者だ!」
御者の狼狽える声。私は慌てて外を確認した。
そこは既に国境付近の深い森。馬車を囲んでいたのは、銀一色の鎧に身を包んだ精鋭騎士団——隣国、エストレヤ帝国の軍勢だった。
騎士たちが左右に割れ、一人の男が馬を歩ませてくる。
漆黒の礼装に、冷徹なまでに整った顔立ち。
エストレヤ帝国の若き王——『天才王』と恐れられるエリオット・D・エストレヤその人だった。
「王国の結界が消失したと思えば……。こんなところで、何をしている?」
エリオット王の鋭い視線が私を射抜く。
私は馬車を降り、淑女の礼を執った。
「王国をクビになり、亡命先を探しております、陛下」
「クビだと? 名を聞こう」
「リリア・アーベント。魔導院で『魔力配分官』をしておりました」
その瞬間、エリオット王の瞳に、激しい光が宿った。
彼は音もなく馬から飛び降りると、私の目の前まで歩み寄り、その大きな手で私の両手を包み込んだ。
「……君が、リリア・アーベントか」
「えっ、あ、はい」
先ほどまでの冷徹さはどこへやら。彼の声は熱を帯び、耳元で低く囁く。
「あの愚か者どもめ。君のような至宝を野に放つとは。……リリア、我が帝国に来い。望むままの予算と、地位を約束しよう。君さえいれば、我が国は世界の覇者となれる」
至宝、なんて。
ただ椅子を温めているだけと言われた私に、彼は初めて見るような熱い視線を送っていた。
「……私で、よろしいのですか?」
「君でなければダメだ。——さあ、行こう。我が『心臓』。君を二度と、あんな汚らわしい国には戻さない」
こうして私は、爆発炎上する母国を背に、天才王の腕に抱かれて国境を越えた。




