第16話:静かなるノイズ、覚醒の予兆
新婚旅行から戻り、幸せな余韻に浸る間もなく、私は違和感に気づいた。
『中央制御室』。かつて私をクビにしたあの場所とは比べものにならない、帝国自慢の最新鋭の管理パネル。そこに、一〇〇万分の一秒単位で混じる『黒いノイズ』があった。
「……おかしいわ。私の配分に乱れはないはずなのに」
魔力回路の深層、大地の底から吸い上げているマナの質が、変質し始めている。
それは、腐った泥のような、それでいて心臓を冷たく掴むような、禍々しい気配。
「リリア。顔色が悪いぞ。……例のノイズか?」
エリオット陛下が背後から私を包み込み、心配そうに覗き込んでくる。彼もまた、戦士としての直感で「空気の濁り」を感じ取っていた。
「陛下……これ、単なる故障じゃありません。まるで、地脈の底で『何かが呼吸している』みたいなんです」
その時、制御盤の警告音が鳴り響いた。
モニターに映し出されたのは、かつて私がいた旧王国の跡地。
そこには、私を憎み、絶望の中で死んでいった者たちの怨念が——ではなく、それらを「苗床」にして目覚めた、巨大な影があった。
「——ギ……ギギ……リリア……」
スピーカーから漏れ出すのは、かつての上司・バドルフの声。しかしそれは、もはや人間の喉から出る音ではない。
旧王国の魔導技術の暴走。そして人々の負の感情。
それらを糧に、太古に封印された『魔王の心臓』が、現代の魔導回路を乗っ取り始めたのだ。
「……なるほど。私たちが切り捨てた『過去のゴミ』が、魔王の依代になったというわけか」
エリオット陛下が、腰の聖剣を引き抜く。その瞳には、私の平和を乱す者への容赦ない殺意が宿っていた。
「陛下。魔王は、私の作った魔力網を通って、この浮遊王都へ登ってこようとしています。……彼らは、私からすべてを奪うために、この国の『血管』を利用しているんです」
私は、震える手を強く握りしめた。
かつては、ただ言われるがままに魔力を配分していた。
けれど今は、守るべき夫がいて、愛する国民がいる。
「……いいでしょう。私の回路を汚すなら、その代償は高くつきますわよ」
私は制御盤の全リミッターを解除した。
黄金の魔力が、私の瞳の中で渦を巻く。
「陛下。出陣の準備をお願いします。——『害虫駆除』の時間です」




