第15話:お忍びの街角、感謝の調べ
盛大な結婚式から数日。私とエリオット陛下は、変装して帝国の城下町へと降り立っていた。
陛下は精悍な騎士風の旅人に、私は少し裕福な商家の若奥様風の装いだ。
「リリア、歩きにくくないか? 疲れたならすぐに抱き上げよう」
「陛下、お忍びなのですから『リリア』だけで結構ですよ。それに、この靴は陛下の魔力付与のおかげでとても軽いんです」
陛下はなおも心配そうに私の腰を支えているが、その過保護な様子も新婚らしくて、つい口元が綻んでしまう。
街へ出ると、驚くべき光景が広がっていた。
かつての王国では、魔導具は貴族の独占物だった。しかしこの帝国の市場では、安価な魔導コンロでスープを作る屋台の店主や、魔導式の脱穀機で効率よく作業する農夫たちの笑顔があふれている。
「奥さん、見ていきな! この新型の魔導ランプ、最近の『魔力配分』が安定したおかげで、一晩中つけても魔石が切れないんだ。リリア皇妃様は、俺たち庶民にとってまさに神様だよ!」
屋台の店主が、私の正体も知らずに、熱を込めて語ってくれる。
「リリア様が来てから、魔力の質が変わったんだ。前はもっとトゲトゲしててすぐ壊れたもんだが、今はまるで春の陽気みたいに温かくて優しい。おかげで商売あがったり、いや、繁盛しすぎて困るくらいさ!」
私は、自分が制御室の椅子に座って行っていた作業が、こうして誰かの「夕食の温かさ」や「夜の安心」に直結していたことを、肌で感じて胸が熱くなった。
「……陛下。私、この仕事を選んで本当に良かったです」
「リリア。君が椅子を温めるだけで何もしないと言ったあの男に、この光景を見せてやりたいな。君の指先一つが、これほど多くの人間を救っているんだ」
エリオットは誰も見ていない隙に、私の耳元に唇を寄せた。
「だが、世界を救うのはほどほどにしておけ。私の『心臓』を、これ以上忙しくさせたくないからな」
独占欲を隠さない旦那様に顔を赤らめていると、広場の方から子供たちの歌声が聞こえてきた。
それは、リリアを讃える新しいわらべ歌。
かつて「無能」と捨てられた場所から遠く離れて、私は今、最も多くの人々に必要とされる場所で、愛する人の隣に立っている。




