第1話:座っているだけで給料がもらえると思うな
「リリア・アーベント。今日限りで君をクビにする。明日からもう来なくていい」
王立魔導院の最深部、ひんやりとした空気が漂う『中央制御室』。
私の目の前で、肥り肉を揺らした上司——魔導院次長のバドルフが、勝ち誇ったように辞令を叩きつけた。
「……クビ、ですか。理由は伺っても?」
「理由だと? そんなもの、君の無能さ以外に何がある!」
バドルフは制御室を見渡し、鼻で笑った。
「君は毎日毎日、ただここに座って魔導盤を眺めているだけだろう。会議にも出ず、実地調査にも行かず、ただお茶を飲んで椅子を温めているだけだ。そんな『何もしない女』に払う給料は、我が王宮にはないんだよ」
何もしない、か。
私は、目の前で淡く青白く光る巨大な水晶体——国中の魔導具に魔力を供給する『大導脈』を指差した。
「バドルフ次長。私はここで、国中の魔導具の負荷をリアルタイムで監視し、一〇〇万分の一単位で魔力の流量を調整しています。私の指先一つで、王都の灯火から上下水道のポンプ、果ては王城の結界までが維持されているのですが……」
「はっ! 嘘をつけ! そんなものは自動で動くように設計されている。君がやっているのは、せいぜいホコリを払うことくらいだろう?」
話にならない。
魔導回路は生き物だ。国民が魔導具を使えば使うほど負荷は変動し、私の精密な『魔力配分』がなければ、数分と持たずに全ての回路が焼き切れる。
「代わりの人間はいるのですか? ここを管理できるのは、私以外には——」
「代わりなら、ここにいるエミリーがやる。彼女は君と違って愛想もいいし、何より私の言うことをよく聞く」
バドルフの横から、若くて派手な身なりの女がクスクスと笑いながら出てきた。次長の愛人だと噂されている新人だ。
「リリア様、お疲れ様です。座っているだけの簡単なお仕事、私がお引き受けしますね」
「……そうですか。後悔しても知りませんよ」
私は深くため息をつき、私物が入った小さな鞄を手に取った。
バドルフに向けて、最後のアドバイスを送る。
「今日から王立祭が始まります。夜にはライトアップで魔力消費量が通常の三倍に跳ね上がりますが……くれぐれも、制御盤の第三レバーには触れないでくださいね。過負荷で回路が爆発しますから」
「ふん、無能の分際で専門家ぶるな! さっさと出て行け!」
バドルフの罵声を背に、私は制御室を後にした。
——さようなら、無能な上司。
——さようなら、私の価値を理解しようとしなかった王国。
王都を出る馬車に揺られながら、私は時計を見た。
魔力消費のピークまで、あと三時間。
その頃には、私はもう隣国の国境を越えているだろう。




