伯爵令嬢に転生したクマの女の子は、冬眠がご趣味です
この作品は
清坂正吾様主催の個人企画
「クマ祭り後夜祭」参加作品です。
窓の外では、小鳥のさえずりが聞こえる。自然の目覚ましみたいなものかな。
わたしは天蓋つきのふっかふかのベッドで眠い目をこすりながらアクビをした。すると、ドアをノックする音。
「お嬢様!!ベアトリーゼお嬢様!!朝食の時間でございますよ!」
あ、もうそんな時間か。んー、朝にきちんと食べるものを用意してくれてるの、ってホントに凄い!ただ…ただそうなのよ。わたし朝に弱いのよ、だって元々活動するのって、夕方頃から夜だったのに。
夜型人間なのかって?ううん、違うのよ。だってわたし元々…
クマだったんだもの!!
「お嬢様!!起きないとドアをぶち破りますよ〜!!」
◇ ◇ ◇
「いただきまーす…ねむ」
朝は弱いんだけど、まぁそれなりにこの生活にも慣れてはきた。わたしは伯爵令嬢で、名前はベアトリーゼという。ちょっと名前に親近感があるのはヒミツだよ。
朝食はフレンチトーストと、コーンスープ。あとデザートにフルーツの盛り合わせ。フレンチトーストは元々は堅いフランスパンなんだけど、スライスして牛乳とお砂糖に浸して、程よく炙ってあり、わたしの大好きなハチミツをたっぷりかけて食べる。元々粉砂糖がかかってるんだけど、さらにかける。
「美味しい〜!!ですわぁ〜」
あ、わたしのお父さんはこの辺り一帯のブラン領を治めるブラン伯爵なんだけど、名前はシャルル・ド・ウルス、というんだよ。とっても私に優しい。
あと、侍女のエマ。わたしの身の回りのお世話をしてくれるんだけど、ちょっぴり厳しいんだけど、それでも優しい。なんせちゃんとゴハンを食べさせてくれる。それだけで優しいんだ。
さっきも言ったように、元々わたしはクマだった。ピチピチバキバキの10歳のメス!山の中での生活はとても楽しかったんだよ。それなりに山のみんなと共存して生きていた。でもある日…たまたま人間の住む街に出てしまった時に。わたしはハンターに撃たれて死んだの。わたし、何もしてないんだけどな。
でもね、わたしたちクマが人間を怖がるように、人間も、人を襲うかもしれないクマを怖いと思う気持ちはわかるんだよ。だから、人を憎むことはない。それに…今は、人間の女の子になって、こんなに幸せな生活させてもらってるんだもーん!
「ごちそうさま〜!!ですわぁ〜!」
「ベアトリーゼお嬢様、食事をいただくことに感謝するのはとても良いことです。でも、そこまで大きな声を出す必要はありませんよ」
「はぁ~い。エマ、いつも美味しい食事をありがとうね」
毎日美味しいごはんを食べさせてくれる。さらに身の回りのお世話もしてくれる。なんて幸せなんだ。でも、でも…ふわぁ〜〜
「エマ。お腹いっぱいになったらねむーい」
「たくさん食べ過ぎるからでしょう。お嬢様、朝食のあとは普段はお勉強の時間ですが、今日はお外へ散歩にしましょう。そしたら眠気も少しは覚めるでしょうから」
やっぱりエマは優しい。そうそう、伯爵令嬢の1日って社交会とかがない場合は、だいたいお勉強とかがほとんどなのよね。男の子は学校に通うみたいなんだけど、女の子の場合はお屋敷で勉強する子がほとんどらしい。まぁクマだから人間のこと自体あまりわからないから、そういうものなんだな、という感じ。
でも、わたしは外遊びがやっぱり好きなんだ。エマのはからいで今日は伯爵領のお屋敷の近くにある自然公園に行くことに。わーい!
「お外は寒いけど、空気が澄んでいて綺麗ね〜」
「はい、お嬢様。季節というのは神様が生物に与えてくださった恵みのひとつなのですよ。それぞれに良いところがたくさんあって、それを楽しめるかどうかは、その者次第なのです」
へぇ〜、そうなんだ。まぁ確かに、クマの時も、山の生活は時期によって色々変わっていたような。キノコや山菜が採れたり、木の実も時期によって変わったり。まぁ冬は…ご存知の通り冬眠してるんだけどね。今は身体は人間だから冬眠はしないんだけど、クマの名残りでやっぱ寒いと眠いんだよ〜!そのうち慣れるのかな?
「エマ見て、向こうのお山が少し白くなってるね。昨日の夜に雪が降ってたのかな?」
「そうでございますね、近頃は夏も冬も異常気象と言われていて、気温差が激しく、山の天気もすごく変わります。山だけでなく地上もそうですね。自然の営みが狂っていくと、実るものも実らなくなり、今まで保たれていた秩序もバランスがおかしくなっていくのです…」
たまにエマは難しい話をする。でも、こんなわたしにも子供扱いでなく、ちゃんと話してくれるのは、エマのいいところかな。そうそう、わたしは今16歳らしい。で、エマは52歳。お父さんが小さかった先代の頃からお屋敷で働いてたんだって。凄いね〜。
公園を歩いてると、男の子が木の上を見上げて困った顔をしていた。
「え〜ん!僕の風船がぁ〜!」
見ると、赤い風船が木の上のほうの枝にひっかかっていた。ふとした瞬間に手を離して飛ばされてしまったのかな。横にいるお母さんも困っている。
「任せといて!」
わたしは木登りが得意なのだ。クマの時と比べるとツメがないからもちろん登りにくいけど、身体が覚えている。どこがつかみやすく、どこが滑りにくいかもある程度カンでわかるのだ。
5メートルくらいまでの高さの木なら楽勝だ。
「お、お嬢様!!気をつけてくださいまし!!」
エマは言いながらも、私が運動神経が良いのをわかってるので、心配はしていない。木の上から見下ろすと、男の子とお母さんがびっくりしていた。赤い風船を枝からそっと外して、割れないように優しく抱え、降りる時はゆっくり降りた。
「はい、風船。もう飛ばないようにしっかり持っておくんだよ」
「お姉ちゃん、ありがとう!!わーい!」
にっこりと男の子が笑った。よかったね。エマはすこーしムッとしている。
「お嬢様。何を言おうとしてるかは、おわかりでございますね?」
「はーい。伯爵令嬢ともあろうお方が、そんなはしたないことはしてはいけません!でしょ〜??」
すると、エマは逆ににっこり微笑んだ。
「いいえ。お嬢様は立派なことをなさいました。高貴な身分に生まれついたものには、それに伴う義務があります。それは困っている住民の者がいた場合、それを可能な限り助けてあげることも含まれます」
あぁ、エマのこと、やっぱり大好き!クマの時には気づけなかった、人間の優しさを、今すごくかみしめている。と、遠くから声が聞こえてくる。
「おーーい!!クマが出たぞっ!!裏山の方からだ!早く避難しろ!」
えっ!わたしの見える範囲にはクマは見えなかったけども、この公園の中に、はぐれクマが逃げてきているようだ。
「お嬢様!私と一緒にお屋敷の方へ!」
どうしよう。どうしよう。きっと人間がいる場所に紛れ混んできたクマは処分されてしまう。
「エマ、少しだけ待ってくれる?どんなクマか様子だけ見たいの」
「お嬢様、お戯れを!お嬢様に何かあったら、私は一生旦那様に顔向けできません」
まぁ、そうだよね…。でも…でも…。
「ハンターがもうすぐで来るから、そちらのお二人も早く逃げて!公園にいる人達はあらかた避難できたようだから」
先ほど遠くで声をあげていた男性が声をかけてくれた。
──たすけてくれ!
ん?この声は…微かに、そして耳ではなく、わたしの心の中に直接聞こえてきたこの声は。
──死にたくない、俺は迷い込んできただけなんだ!
間違いない。きっと公園に迷い込んできたクマの声だ。わたしは居ても立ってもいられず、心の声が聞こえて来た方へ走り出した。
「あっ!お嬢様!!」
エマ、ごめんね。でも、危ないことはしないから。約束するよ。
わたしは急いでクマがいるであろう場所へ走っていった。早く、早く行かないと!
「おーい!!こっちにいるぞ!回り込め!」
ハンターのおじさん達が数人がかりで、クマを追い詰めようとしていた。
「ぐおぉぉぉーーー!!」
──違う!俺は、何も人間に危害は加えていない!
そうだよね、迷い込んできただけだよね。わたしはライフルを持つハンター数人に囲まれている、クマの元へ駆け寄った。
「なっ!おいっ!そこのお嬢さん!殺されるぞ!!」
ハンターがライフルを構える。
「大丈夫です!!少しだけ待ってください!」
──人間の女??
「クマさん。わたしは、こう見えて、クマなの。大丈夫。わたしに任せて」
ゆっくりゆっくり言葉を紡いだ。クマが少し大人しくなった。
──無事に山に逃がしてくれるのか?
わたしは黙ってうなずいた。
「ハンターのみなさん。このクマは危険ではないです!人間も襲っていないし、食べ物も取り上げていない。ただの迷いグマです。どうかこのまま帰してやってください」
「え?そんなこと言われても…」
その時、遠くから馬に乗って誰かがやってきた。
「ベティ!!やめろ!!」
「お父さん!大丈夫だから、私を信じて!」
やってきたのはわたしの父だった。馬から素早くおりて、ハンターに横に立つ父。ハンターに耳打ちすると、ハンターはライフルを構えた。
「やめて!!お父さん!この子を撃たないで!」
──人間など…やっぱり信じられない
「大丈夫!私を信じて!!お父さんっ!!」
わたしはクマの前で手を広げた。
ライフルが発射される爆発音が聞こえた。
ん…銃は…??
「お父さん!!」
発射される寸前に、父がハンターの銃身を上に向けていた。
──ありがとう。ありがとう。きっとこの恩は忘れないよ
クマは素早く山の方へ帰っていった。
「ベティ!!なんてことを…」
「ごめんなさい、お父さん…誰も傷ついてほしくなかったの…」
父は多くを聞かなかった。わたしのことを信じてくれた。父はいつもこうだ。わたしのことを信じてくれる。わたしのことを凄く心配してくれる。エマが追いついてこちらにやってきた。
「あぁ、お嬢様…よかった…ほんとに無事でよかった。旦那様、ありがとうございます」
「エマ、私ではないよ。エマがこの場にいるみんなを助けてくれた」
わたしはホッとして、その場に崩れ落ちて、泣いてしまった。泣いているわたしを、エマは抱きかかえて、慰めてくれた。
「お嬢様、私はこの命が尽きるまで、お嬢様のことを守ってまいりますからね。こんな危ないことしないでくださいね」
「うん。エマ、ごめんね…」
エマは頭を撫でてくれた。
「お嬢様、今日のお夕飯はサーモンのカルパッチョですよ」
「わっ、サーモン大好き!!わーい!」
泣いていたけど、わたしは笑顔になった。だってだって。昔も今も、サーモンは大好きなんだもん。
冬は寒いけど、めちゃくちゃ冬眠したくなるけど、もう少し待とうかな。
おわり。




