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街中

 自室の窓を開け、少し窓辺から離れたところでクロエは黒猫に変身する。絹のような毛並みで金色の大きな瞳を持つ美しい黒猫だ。首には闇夜のような魔法石が静かに飾られている。

 (よっしゃ、行くでー!)

 ピョンと窓から飛び降りて、街を駆け抜ける。今日から王宮のパーティーの為に各国から要人が集まってくる。雨とはいえ、街中が活気に満ちている。

 「そこのお兄さん!どっかの王子様かい!?この美しい織物持ってかないかい!?」

 絹織物屋の奥さんがどこかの国の護衛兵に話しかける。そうかと思えば向かいの果物屋の娘が割って話しかける。

 「お兄さん!喉乾いてない!?新鮮な果物ありますよ!果汁たーーっぷり!」

 苦笑いしながらも護衛兵は丁寧に二人に断っている。

 この国の人たちはたくましい。恵まれた魔法という力を持って産まれても、それぞれがそれぞれの仕事を全うする。

 (王室にいる人たちも見習ってほしいわ。)

 クロエはアメディオやアメリッサの顔を思い浮かべてため息をつく。王室に産まれる人間はどういうわけか攻撃魔法、それも強力な魔法を持って産まれてくる。アメディオはそれで国を守っていると言っていたが、そんなのは違う、とクロエは思っている。

 (武力だけで隣国に睨みを聞かせてるようなもんやないか、攻めてきたら命はないぞとこっちから喧嘩売ってるようなもんや…)心から魔法の力がこの国の中限定で良かったと思う。

 (もしこの国から出ても魔法が使えるなら、王室の人たちはすぐ隣国に攻め入るやろな。)

 おーこわ、とぶるっと身震いするクロエは前方に一際目立つ馬車を見つけた。隣国であるスーデン国の王子の乗る馬車だ。

 (はぁ…見つけてしまった…。お母さま、こんな仕事をするクロエをお許しください…。)

 ぴょんっと馬車の上に飛び乗る。飾り窓の死角に身を潜めて中の様子を伺う。

 (美形やね。さすが美男美女揃いと言われるスーデン国王室。) 

 クロエは中の会話が聞こえないか耳を澄ます。猫は耳も良いのだ。

 「この国にはアメリッサ姫という美しい姫がいるんだろう。美しい姫に会うのが楽しみだ。流れる金髪は日差しの如し、透き通る瞳は空の色…。」

 うっとりとする王子を眉間に皺を寄せた侍従が諌める。

 「トワイ様、美しい姫君ももちろんですが、お父上からのお言葉もお忘れではないですね。」

 「もちろんだよ、ルード。でもお前は少し硬いね。今回はパーティーでもあるんだし、楽しむのも僕の大事な仕事のうちさ。」

 上機嫌な様子で窓辺から街の景色を楽しむ王子はあまり賢そうではないが、悪い印象も感じない。

 (スーデン国王の言葉も気になるけど、今回それ依頼されてないし、容姿とか服装をしっかり見ないと。)

 しばらく馬車に乗っていたクロエだが、報告書に十分な情報を集めたところで軽々と飛び降りる。

 (よしっ、次は…あれやな。)

 ザッザッと砂埃を上げながら騎馬隊が近づく。あれはイッシュ国のザルツ王だ。先代の王が戦で亡くなってしまい、若くして王となり、国を治め戦を終わらせた。

 (なんか…こわいなー…。笑顔がないよ笑顔が。ほら子どもが手を振ってるやんか。)

 口を固く結び、前方だけを厳しい視線で見つめる。切れ長の鋭い瞳と鍛え上げられた体躯がより一層近寄りがたさに拍車をかける。 

 (いや美形よ。頼り甲斐のある男!って感じで。まあでも最近まで戦をしてた国やからなあ…あまり楽しい雰囲気は出しにくいんやろか。)

 クロエは騎馬隊の後方にある荷台に飛び乗る。

 「ザルツ様も少し笑ったらよろしいのにな。」

 「ああ、あの方は見た目は厳しいが、我々臣下にはもったいないくらい誠実に接してくださる。先代の王の事で色々苦労もされている。だからこそふさわしい奥様に来ていただきたいのだ…。」

 臣下の騎馬兵達が話す言葉を聞くと、どうやらこの王は見た目こそ怖いが実は優しい人間で王妃を探していると。

 (ふーん。なんだかんだみんなアメリッサの噂を聞きつけて来てるってわけか。)

 客観的に見るとアメリッサは完璧な見た目をしている。美しく緩やかにウエーブがかかった金髪、晴れた空を映したような大きい瞳。小さくつんとした鼻に丸い額、頬は常に薔薇色で笑顔を絶やさない。加えてその声は湧き出る泉のような、清流のような美しい声なのだ。

 …ただ性格にはかなり難があり、いじめ抜かれて気を病んだ侍女は数知れない。クロエは同じ学校に通っていたが、そこでも王宮の姫という立場を存分に発揮して好き放題やっていた。

 (みんな評判だけ聞いて来ちゃって…でもはやくどこかに嫁いでくれたほうが、こっちも過ごしやすいよな…よし!クロエちゃんアメリッサの嫁入りを応援しちゃう!)

 どうもクロエは変身すると開放的になるようだ。それを自分でも自覚しているようで、黒猫に変身するのは好きなのだ。

 (さてさて次は…遠いエイジアの方からやってきた大陸の皇帝ね。うわすっご…金ピカ…。)

 一際豪奢な馬車の一団が遠くに見える。金細工の施された大きな檻には初めてみる鼻の長い動物が果物を食べていた。馬車の周りには美しく着飾った踊り子がくるくると踊りながら街の人々にお菓子を配っている。

 「さあー!皆様!遠くエイジアの地からやってきましたダイ大陸の皇帝!ユン様のお通りでございます!皆様お見知りおきください。」

 沿道の人たちも踊り子の踊りやらお菓子やら、見たことのない動物やらで興奮している。子ども達も楽しそうに踊り子とダンスをしている。

 (さすが大陸の皇帝やわ…遠いところからわざわざ来たなんてどういうことやろか…。ユン皇帝にはもうすでに美しい妃がいるという噂やし…)

 クロエは金細工の馬車の中から皇帝が乗っているであろう馬車を嗅ぎつける。

 (この高級なお香の匂い…これは間違いなく皇帝の乗る馬車やわ…でも猫の身にはちょっときつう…)

 なるべく嗅覚に意識を集中せず、聴覚に全神経を集中させる。

 「ユン様、遠い旅路お疲れ様でございました。やっとエマフィナでございます。」

 すらっとした中性的な臣下が膝をついている。

 「そうだね、みんなもお疲れ様。この数日は王宮主催のパーティーだからみんなにも楽しむよう伝えておいてね。」

 にっこりと微笑むその姿は妖しく美しい。切れ長の瞳に小さな赤い唇。刺繍の施された豪華な衣装が色褪せて見えるほどだ。加えてゆったりと煙管を燻らすその姿はクロエがドキドキしてしまうほどだ。

 (え…、ユン皇帝って…女性だったんかー!)

 あまりの衝撃にクロエは口をぽかんと開ける。

 (あ、ああ…あかんあかん。別に男とは聞いてなかったし、そら女が皇帝の場合もあるよな…あの皇帝以上の美女はそうおらんやろから美しい妃ってのも皇帝のことが間違って伝わったんやろな…)

 アメリッサ追い出し計画のメンバーには入れなさそうなので、クロエは早々に馬車を降りる。

 (さて次は…向こうの通りからか…)

 雨はやまず降り続き、クロエはなるべく雨にあたらないところを選んで駆けていく。

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