帰宅
「ただいまー!!」一週間ぶりに自宅に帰ってきたクロエは元気よくドアを開ける。王子からの仕事は内密で行われており、家族はスパイをしていると知らない。
「おかえり!今回の研修は長かったな。」六歳年上の兄が出迎えてくれる。手には薬草の束を持っている。
「ノワル兄様!そうなの。ちょっと色々あって…」疲れた様子で口ごもる妹を優しく見つめる。
「なあ、クロエ、別に無理して王室に行かなくても良いんだよ。嫌ならしっかりとお断りしても良いんだ。」
心配そうに見つめる兄を見ると泣きそうになる。ぐっとこらえて、クロエは笑顔を見せる。
「大丈夫!慣れないことが多いから疲れてるだけ。アメディオ様もとっても優しいの。」と思ってもいないことをスラスラと言う。
(こんな嘘がスラスラと上手に…スパイ活動のせいや…)と内心落ち込むクロエだが、ドアの影から覗いている子どもたちを見つけると笑顔になる。
「こんにちは!入院中の子たちかな?起きてて大丈夫?」優しく声をかけるクロエにおずおずと六〜七歳の子達数人が近づいてくる。
「この子達は咳が続いていてなかなか治らなくてね。入院して治療しているんだ。これからこいつで吸入するところさ」ノワルは手に持った薬草の束を一振りするとあっという間に精油が出来る。ノワルは薬草学の知識と自分の能力である溶解を応用して内科医として働いている。
別室に移動する兄と子どもたちを見つめながらクロエは決意を新たにする。
(この病院だけは守る…絶対つぶさへん…)
自分が粗末に扱われようと、愛されなかろうと、王妃となれば実家であるこの病院を守ることができる。人命優先の崖っぷち経営の病院は常に廃業の危機に立たされている。
「そういえばお父様の姿が見えないわ。お父様は治療中かしら」キョロキョロとあたりを見回すクロエの表情がパッと明るくなる。笑顔で包帯を巻いた男性と処置室から出てくる父を見つける。
「先生、ありがとうございました。木を切ってたら急に斧が折れちまって…」
「サクさん、気をつけてくださいよ。道具の手入れも安全には欠かせないですよ。」奥さんもいるんだからと優しく男性の肩を叩く。ふとこちらを見るクロエに気づく。
「クロエ!」優しく微笑む父はいつも心を温かくしてくれる。母を亡くしたクロエにとって、忙しい仕事の合間にも自分のために時間を割いてくれる父はかけがえのない存在だ。
「たった一週間だけど、すごく長く感じるよ。元気だったかい?おや、少し疲れてるのかな…やっぱり慣れない王宮勤めはやめた方が…アメディオ様にも私からお話を…」
心配そうな父を見ると胸がチクリと痛む。
「大丈夫よ!皆様とても優しいの。アメディオ様も私のことをとても大切にしてくれるの。」
父の不安が少しでも晴れるようとびきりの笑顔で答える。今夜は私が夕食を作って、お父様とお兄様にたくさん食べてもらおう。そう思いながらクロエは濃紺のエプロンを手に取った。




