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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

いつから

出だしのエピソードは本当にあった話です。そのお陰でこのお話が出来ました。

 インスタントコーヒーを淹れようとしたら、コーヒーカップに茶葉が入っている。マジか、、、俺、そんなに動揺してるのか?


「オレの事、好きじゃないなら別れればいいだろっ!」

「そうだな、それもいいかも知れない」


 1時間程前の出来事だ。そしてアイツはそのまま家を飛び出して行った。

 俺達は1週間前まで遠距離恋愛だった。俺が去年就職をしてこっちに出て来てから1年間丸々。それまでは同じ地元の大学に通っていた。アイツも去年は就活があったし、俺も仕事に慣れるのに一所懸命で、離れ離れなのにあんまり連絡しなかった。だからかも知れない。俺の気持ちは冷めてしまったんだ。元々俺は女が好きだ。アイツと付き合ったのは気の迷いだったんだ。

 アイツが大学1年の間、何度も何度も告白して来た。元々仲が良かったから、告白と言っても冗談の延長だった。

「先ぱ〜い、オレと付き合いましょうよ〜」

「何でだよ、俺とお前は先輩と後輩だろ?お前、ちゃんと俺を敬えよ」

「オレと付き合ってくれたら敬いますよ〜」

なんて軽い感じの告白だ。告白って言えるのか?

 アイツが大学2年生の時は、授業時間を調整してほぼ毎日会っていた。二人で出掛ける事も増えて、夏休みには旅行も行った。俺の就活の時は流石に遠慮して会う時間を減らしてくれた。去年、俺が就職した時は、地元を離れてこっちに来たばかりだったから、仕事に慣れるまでゆっくりやりましょう。と、わがままも言わなかった。

 燃える様な恋では無かった。付き合っている割に、ここ2年は本当に、仲の良い先輩と後輩が久しぶりに会う程度の軽い物だった。

 1週間前、アイツがうちに転がり込んで来た時も、特に嬉しいとかワクワクするなんて事は無く、ただ数日遊びに来たアイツを泊らせてやるみたいな。何日も一緒に住むと言うより、地元から旅行に来るから二日程夜泊めてやると言う感じ。それなのに、アイツは1週間ずっとこの家に居て、我が物顔だった。

 朝は俺より早く起きて、簡単な朝飯を作り、俺が仕事に行っている間、掃除をしたり洗濯したり、買い物に行ったり、、、新妻だな、、、。

 俺は生活のリズムが狂い、イライラしていた。だから、アイツに

「オレの事、好きじゃないなら別れればいいだろっ!」

って言われた時、考えも無く

「そうだな、それもいいかも知れない」

と言ったんだ。


 その日の夜から2日間、俺は出張で家を空けた。タイミングは最悪だ。アイツは出て行った時、スマホと財布、それから俺の渡した合鍵だけ持って1日帰らなかった。鍵を持って出たから、帰りたくなったら勝手に帰って来るだろうと思い、俺は出張に行った。今、思えば俺も薄情なヤツだ。


 そして出張から帰ったら、アイツのトランクは無かった。


 今までだって、何日も連絡を取らずにいた事は多かったし、気にした事など無かったのに。喉に小骨が刺さった様に、いつもいつもアイツの事が気になる様になった。あれから一度も連絡は無い。



*****



 オレは高1の時に先輩に一目惚れした。その頃先輩には彼女が居て、校内でも人気の恋人同士だった。部活の時の先輩はカッコ良くて、颯爽としていた。でも、先輩達は高3の夏に受験を理由に別れた。オレは先輩が好きだったからすぐに告白したかったけど、先輩の受験を理由に我慢した。卒業式の時の先輩もカッコ良くて、後輩みんなと写真を撮ってくれた。オレは勿論、先輩に頼んで二人だけで写真を撮ってもらった。その写真は4年も経って縁がボロボロになってしまったけど、今でもオレの宝物だ。他に二人きりで撮った写真は無いから。



 先輩の家を飛び出した後、オレはすぐに不動産屋に行った。本当に別れたのか、売り言葉に買い言葉だったのかわからなかったけど、住む所は確保しないと。もし、まだ付き合っているとしても、おれが先輩の家にいる事で先輩に迷惑が掛かるなら、それはやっぱり違うと思う。

 でもなかなか良い物件は無い。大学3年の時、先輩に会えなかったからめっちゃバイトした。地元の大学に行ったから、自宅から通学していた為、幾らか家に入れて後は丸々貯金した。金ならある。後は保証人か。保証人ね〜。親父に頼むしか無いかな?

 取り敢えず、物件探しは先輩の最寄駅から3駅位離しておこう。今回みたいに喧嘩したらちょっと距離があったほうがいいし、だけど、離れ過ぎるのも寂しい。オレも春から就職だから、その先の金の心配は無い。でも、やっぱりこの時期の物件探しはちょっと難しいかな〜。

 ほぼ1日不動産屋に居て、予算オーバーだけど、何軒か内覧に行った。オレも意地になっていたのかも知れない。絶対に今日中に決めたくて諦めたく無かった。そして、不動産屋さんが

「あんまりオススメしないけど、駅から遠くて古くても良いなら、一軒希望の家賃であるよ。ただ、大家さんが高齢でその物件の1階に住んでるんだけどね。」

最後に一つ見せてくれた。夜も暗いけど、まだギリギリ時間が間に合いそうなので、物件だけ見に行く事にした。

 まぁ、確かにちょっと古いけど家賃は安いし、周りも静かだ。どうせ夜寝るだけだし、駅まで遠いのは自転車を買えば良い。返事は保留にした。明日また朝から不動産屋に行く事にして、予約だけして帰る。

 先輩の家に帰るのは気が重いけど、出来るだけ早く先輩の家を出る事を伝えて、それまでは夜だけでも泊らせてもらおう。それと、やっぱりこれからの事、キチンと話そう。例え本当に別れるとしても。



 しかし、その夜、先輩は帰って来なかった。そんなにオレに会いたくないのかと、ムカムカするのと八つ当たりしたい気持ちでいっぱいだった。頭に来て、先輩が帰って来た時にオレが家に居ないのも腹が立つので、買い物にも出ないで待っていた。家にある物は、先輩が買った物だから絶対に食べない。

 夜中を過ぎても帰って来ないから、これは朝まで帰らないんじゃないかと思った。


女?


 もしかしたら、先輩には女がいるのかも知れない。だって、先輩はオレと違って女と付き合える。この1年間、新しい環境で新しい出会いがあってもおかしくない。オレとは遠距離恋愛だ、浮気してもバレる訳が無い。それなのにオレが転がり込んだ所為で、先輩は女の所に行けなくてイライラしていたのかもな。

 いや、浮気じゃ無いかも。もう、本命は新しい彼女で、オレが浮気かも知れない。

 先輩はあまりオレに連絡をしなかった。オレは寂しくても、先輩は就活で忙しいんだろうとか、就職して新しい環境に慣れていないのかも知れないと思って、なかなか連絡出来なかった。オレも就活の時は内定の連絡を待ちに待っていて、違う所から連絡があるとイライラしたもんだ。

 だから、先輩から連絡が無くても我慢していた。高校の時の先輩はどうだった?確か、マメに彼女に連絡していた様な気がする。それならオレに連絡が無いのは、先輩がただ単にオレに連絡するのが面倒だったからじゃないのか?オレが何度も告白したから、諦めて付き合ったとか、、、。


 朝まで待っていたけど、先輩は帰って来なかった。オレは昨日の不動産屋に開店と同時に入り、あの、大家さんが1階に住んでいる物件を契約する事にした。

「今日から入れますよ」

前の住人は1ヶ月程前に出て行ったらしく、室内清掃や修理は終わっていてキレイだった。オレは契約する事にした。


 一度先輩の家に戻る、朝出た時と何も変わらない。当たり前か、今日は月曜日だ。仕事に行ったんだろう。なんとなく、家の中でぼんやりする。何も無い家だ。一年しか経っていないからか、一年も経ってまだ、なのか。わからないけど、先輩の家は物が無い。必要最低限の物がキチンと置かれている。物に執着しないタイプなのだろうか。人に対しても執着が無いタイプなのか、、、?オレの荷物だけが自由に散乱している。

 オレは何となく先輩の気持ちがわかった。自分の城を汚されたら、そりゃイヤだろう、、、。オレは私物をトランクにしまった。

 半日ボーっとして食事をしに外に出た。近くに遊歩道があって、小さな川が流れている。幼稚園に入る前位の子供とお母さんが仲良く川の中を見ている。魚がいるわけでもないのに、子供は楽しそうに川中を覗いていた。

 オレと一緒にいたら、先輩は子供が持てないのか、、、と考える。オレは自身の事だから諦めている。どうしてもと言うなら養子と言う方法もあるし。でも、先輩はやっぱり自分の子供が欲しいんじゃないか、、、。オレがこのまま頑張っていても、いつかは別れる事になるかも知れない。それなら、、、。

 悩みながらも夜まで先輩を待ってみた。やはり帰って来ない。12時を過ぎても帰って来ないし、連絡も無い。いよいよ、オレは嫌われたんだな。

「ははっ、、、」

と笑って、床に寝転ぶ。そのままスマホで布団一式を買って新しい家に配達してもらう事にした。

 一応朝まで待ってみた。

 先輩の家に忘れ物が無いかチェックして、オレの痕跡を消す。このまま、先輩の中からオレが消えてしまえばいいんだ。駅までゆっくり歩きながら、もしかしたら前方から先輩が帰って来るかも知れない、なんて都合の良い事を考える。もし、会ったら何て言おうか、、、。そんな事を考えながら駅に着く。



*****



「急な出張で大変だったな。会社に戻って報告書を書いたら今日は定時で上がっていいぞ」

上司に言われて、家にアイツがいるのを思い出す。喧嘩をしたまま出張に出てしまい、上司と一緒だったから一度も連絡を入れなかった。半分は連絡を入れない口実だけど、それにしても気が重い。


 家に着くと、郵便物を回収する。重みのある無地の封筒にイヤな予感がする。合鍵だ。封筒を破り開けると、アイツに渡した合鍵が入っていた。部屋に上がるとアイツの大きなトランクが無い。場所を取って忌々しいと思っていたのに、トランクが無いだけで殺風景に思える。テーブルの上に、書き置きは無い。封筒の中を再度確認しても手紙は無い。やっと一人きりになれる安堵と、黙って居なくなった腹立たしさが俺の中でモヤモヤする。


 あの日、俺はアイツに何て言ったか、、、。

「それもいいかも知れない」か?

その前にアイツは何て言った?

「好きじゃ無いなら、、、」

「別れてやる」?

「別れよう」?

「別れればいい」?

どんな会話かハッキリとは思い出せない。


ため息を吐きながら、ポットにお湯を沸かす。コーヒーにするか日本茶にするか、迷いながらインスタントコーヒーに決めた。いざ、お湯を注ごうとしたらカップの底には茶葉が入っていた。マジか、、、俺、そんなに動揺してるのか?よく見ると指先が震えている。俺は口元を押さえた手で今度は瞼を押さえた。


 今更ながら、俺はアイツに甘えていたんだと考える。忙しくて連絡をしなくてもアイツは何も言わなかった。去年の夏や正月に実家に帰っても、家族優先でアイツとは1時間ほどしか会わなかった。それでも文句一つ言わなかった。いつも笑って「良いっすよ」って許してくれた。「次回はオレ、優先にして下さいね」と言われたのに、いつも後回しにしていた。


 アイツからの連絡はまだ一つも無い。実家を出ている筈だから、どこに泊まる気なんだ?知り合いでもいたかな?いや、そんな話は一度も出ていない。どこに泊まるにしても、それなりに日数泊まれば金額も馬鹿にならないだろう。帰って来るか?あんな大きなトランクを持って出たんだから、帰ってくる事はないだろう。そんな事を考えながらふと思い出した

「一緒に住めば良いだろう?」

去年、アイツの内定が決まった後、そんな話をした事を。

 そうだ、俺から言い出したんだった。アイツは俺がこっちで働くと決まった時、当然とばかりに就職先をこちらで探した。内定が決まり、就職先も決めて、アイツが俺にどこの不動産屋を使ったか聞いて来た時に言ったんだ、、、。なかなか不動産屋に行かないと思っていたけど、アイツは一緒に住む気だったのか?



*****



 オレは新しく住む家にトランク一つで来てしまった。そう言えば、家具とか家電とか食器、何にも考えて無かった、、、。一人暮らしを始めるってお金が掛かるんだな。アパートの前でボーっとしてたら声を掛けられた。

「新しく入居する人?」

めちゃ、カッコいい、、、。

「俺、大家の孫で、1階の103に住んでるんだ。君は102号室でしょ?」

「はい」

やばい、大家さんが101号室だから大家さん家族に挟まれてる、、、。

「ははっ、嫌そうな顔してる」

「大丈夫だよ、じーちゃん耳が遠いからちょっと位うるさくても怒らないよ。常識の範囲内で行動してくれれば平気」

「ありがとうございます」

「荷物はそれだけ?」

「布団が夜配送されます」

「他は?」

「ありません、、、」

「大丈夫?」

「え?、、、」

「なんか訳ありみたいだって、不動産屋さんが、、、」

「あー、、、。ハイ、、、」

「そっか、荷物の配送夜だよね。昼間の内に何か買い物あるなら車出すよ」

「いえいえ、ご迷惑をお掛けする訳にはいきませんから」

慌てて両手を振って拒否をする。 

「真面目だね〜。親睦を深めると思って、俺の買い物に付き合ってよ」

「それなら、是非」

「俺、大家の孫の吉見幸成、ユキって呼んで」

「飯山瞬です。これからよろしくお願いします」

「取り敢えず、カーテンは買った方が良いよ、一階で外から丸見えだと防犯上良く無いから。風呂上がりに裸でフラフラしてたら見られちゃうし、後、バスタオルも買った方がいいね。ま、買い物途中に色々話そう、間取りは俺の部屋と同じだからカーテンのサイズは、こっちで測っておくよ。荷物置いて来な。じーちゃんに紹介する」

 大家さんは本当にお年寄りだった。ユキさんが言うには、管理人の仕事が好きで引越しを嫌がるから、ユキさんが同じアパートに入ってフォローをしているそうだ。本当は102号室にユキさんか入ればいいんだろうけど、まだ102号室に人がいたから103号室に入居したらしい。大家さんもユキさんも、同居するよりは別々に住んだ方が自由に出来る、と言う理由で別居している。


 ユキさんは自分の買い物と言いながら、オレの買い物に付き合ってくれた。今日初めて会った人の車でいきなり買い物に行く事になって、最初はすごく緊張したけど、ユキさんは話しやすくて優しかった。何を買ったら良いかわからないオレに、必要最低限のモノを教えてくれた。ちなみに、オレが買い物に行く準備をしている間に電気、ガス、水道の開栓連絡もしてくれた。本当に優しい。


 あっ、と言う間に新居が整い、オレの会社の入社式当日が来た。スーツは塾のバイトで着慣れていたから心配なかったけど、大家さんがせっかくだからアパートの前で写真を撮ろうと言った。だから、ちょっと早目に準備した。オレ一人の写真と、大家さんと二人で撮った写真、ユキさんと二人で撮った写真。大家さんは写真を家族に送ったら安心するからね、とニコニコ笑っていた。

 自転車で駅まで行き、借りていた駐輪場に停める。遅刻しない様にかなり早く出たので気持ちも楽だ。


 下りの電車は少し空いている。奥側のドア付近に立ってボーッとしてしまう。電車がゆっくり走り始める。3駅先は先輩の家がある駅だ、、、。今でも時間があると先輩の事を思い出してしまう。高1から好きだったな、、、。1番身近に感じたのは大学2年の時だった。あの時が1番幸せだった。その後は、先輩の就活が始まり、わがままを言わない様に我慢していた。去年、先輩が新しい生活を始めた時も、仕事に慣れるまでは大変だろうから、こちらから連絡するのは控えていた。夜はゆっくり休みたいだろうし、、、。オレ自身も就活で忙しかったから。

 やっと先輩とゆっくり会えると思ったのに、どこで間違えたんだろう。やっぱり最初から勘違いだったんだろうか、、、。ずっとオレの片想いだったんだな。



*****



 俺はいつもの真ん中の車両に乗ると、反対側のドア付近に寄り掛かる。上り方面はこの時間いつも混んでいる。ドアが閉まり、ゆっくり走り出すと下りホームに電車が入り込む。お互いが少しスピードを緩めているので、乗車している人の顔がよくわかる。その中にアイツがいた。ゆっくりすれ違ったから見間違えでは無いと思う。スーツを来ていた。そうか、今日は入社式だ。あのまま一緒にいたら、今朝は二人で写真を撮ったりしたんだろうか、、、。アイツのスーツ姿は初めて見た。思った以上にドキドキして、自分でも顔が赤くなるのがわかる。元気そうだった、あれから5日程しか経っていないのが不思議な位だった。俺は急いで時間を確認した。

 


 毎日同じ電車に乗っているのに、アイツが見つからない。時間は間違えてない。あの日はたまたまドア付近に立っていたかも知れないから、出来るだけ多くの人を見る様にしていたのに、1週間経っても見つからない。このまま一生会えないんじゃないのかとさえ思う。



*****



 今年の新人が一人、うちの部署に配属された。俺にも後輩が出来たのだ。

「駒月先輩」

「おう、おはよう」

「駒月先輩は今日もカッコイイですねぇ〜」

コイツに言われると、アイツを思い出すんだよな。

あの日以降、俺はどこに行ってもアイツを探している。あの電車に乗っていたという事は、そんなに遠くには行っていないはずだった。仕事の移動中も、休日の買い物でもつい探す癖がついているみたいだ。

「先輩?」

「ん?どうした?」

「今度の休日買い物行きたいんですけど、どこかいい所ないですかね?。こっちに出て来て間も無いんでわからないんですよ」 

「あ〜、そしたら日曜日買い物に行くか?」

「やった!デート!」

「そうじゃない」

「ふふふ、ありがとうございます。待ち合わせ場所とかまた決めましょうね」

コイツは人との距離が近いな。



 昼から買い物をして大分予定をこなした後、俺達は夕食を食いに来た。堀のある居酒屋風で、食事だけでも楽しめる店だ。

「海人先輩、今日はありがとうございました。お陰で色々お店も開拓出来たし、欲しい物も買えました」

いつの間にか海人先輩になってるし、、、。まぁ、良いけどね

「幸田もお疲れ。ずっと歩いたから疲れただろう」

「いえ、海人先輩とデートだと思ったら、全然平気です」

「お前ね〜」

ガタガタっと立ち上がる音がして、ボソボソ話す声がする。

「しゅ、瞬くん?」

瞬?

俺はブースから顔を出した。アイツだ!やっと会えた!

隣のブースから出て来たアイツは、俺を避ける様に逃げた。



*****



 一組の客が店に入って来たのを見て、瞬くんの顔色が変わった。

「知ってる人?」

「前に相談した先輩です」

「ああ、あの」

最悪な事に隣のブースに案内されて来た。一応間仕切りがしてあるけど、ちょっと声が大きいと意外と話の内容が聞こえてくる店だ。そして、残念な事に先輩と一緒に入って来た小柄な彼は、声がちょっと大きかった。瞬くんは少し顔を下げて相手に気づかれない様にしていた。しかし、「海人先輩とデート」の所で真っ青になって立ち上がった。

「ユキさん、ごめんなさい。ちょっと気分が、、、。お金、置いて行きますね」

と言って慌てて帰ろうとした。

「しゅ、瞬くん?」

俺が名前を呼んだばかりに、隣から先輩が顔を出した。



*****



 海人先輩は、僕に取り敢えず万札を残して隣の席の子を追いかけて行った。何が起きているのか呆然としていたら、隣の席に残された人が、

「せっかくだからこっち来て食べる?」

と誘ってくれた。海人先輩とは違ったタイプのカッコイイ人だった。



*****



 アイツは社会人の癖に本気で走って逃げた。そんなに俺に会いたく無かったのかよ!でも、俺は絶対逃さない!やっと会えたんだ、意地でも捕まえてやる!

やっと腕を掴み、引き留める事が出来た。

「ヤ!ヤダよ!」

久しぶりに聞いた声だった。

俺が肩で息をしていたら、腕を掴まれたままコイツは膝から崩れ落ちた。

「瞬」

「、、、ふふ、ずるい。今まで一度もオレの名前読んだ事ないじゃん」

泣き笑いの顔を俺に見せた。

「あいつが名前で呼んでたから」

「ははっ、何張り合ってんの?可愛い恋人がいるんだから、そんな事しなくてもいいじゃん」

「恋人じゃねーよっ!」

肩がビクっと弾ける。

「ずっと探してた。瞬。ごめん、俺が悪かった。お前に甘え過ぎた。ごめん」

瞬は首をブンブン振って、袖口で涙を拭いた。

「先輩は悪くないです。オレがやっとゆっくり先輩に会えると思って調子に乗っちゃったんです。2年間ずっと我慢してたから、たくさん会えると思ったら嬉しくて、、、。でも上手く出来なかった」

「どうして出て行ったんだ」 

「先輩が帰って来なかったから。こっちに来た1年間で可愛い彼女が出来たのかな?って,オレは男の人しか好きにならないけど、先輩は女の人と付き合えるから」

「ごめん、俺が悪かった。あの日喧嘩したから意地を張って連絡しなかった。瞬が」

瞬の手がピクリと動く

「いない間に会社から電話があって、急ぎの出張になったんだ。距離があったから月曜朝からの作業に間に合わせるのに、日曜日から出る事になって。上司が一緒だから連絡も出来なかった。いや、違うな。出来ないって事にして連絡しなかったんだ。家に帰ってトランクが無いから焦った」

俺は瞬の腕を引いて立ち上がらせた。軽っ。

「ちゃんと食べてるのか?」

「先輩の事があったし、新しい職場に慣れるのが大変で」

「本当にごめん。就職したてで不安な事いっぱいあったのに、一人にして悪かった」

瞬は涙をポロポロと流した。俺は瞬に許可無く抱きしめて、もっと泣けばいいと思った。


 瞬が大学2年で、俺が大学3年の頃はほぼ毎日一緒にいた。大学の授業の空き時間を合わせて合う時間を作ったし、放課後も一緒にいた。お互い実家が大学からそんなに離れていなかったから、実家を行き来してゲームをしたりもしていた。瞬と付き合う事になったのは、どのタイミングだったか、、、。アイツは冗談っぽくすぐ告白して来たからな。

 それでも付き合う時、俺も言葉にした筈だ。

「わかった、わかった。ちゃんと付き合おう」

その時も瞬は俯いて泣いた。俺は

(あぁ、コイツ、本当に俺の事好きなんだな)

と思って頭を撫でたんだっけ。お花見に行った後だったから、俺が大学3年になったばかりの頃か。



*****



 俺は最近休みになると瞬の家に遊びに来る。あいつの隣の部屋にはユキさんが住んでるからだ。

アパートの入り口ではユキさんと大家のじーさんが何やら相談していた。

「お!おはよう。先輩はいつも早いね〜。なんなら金曜日の夜から来ればいいのに、瞬くんも朝から忙しいんじゃない?」

「おはようございます」

俺は一応挨拶して瞬の部屋へ向かう。インターホンを鳴らすと瞬がドアを開けてくれる。

「瞬くんおはよう」

「ユキさんおはようございます」

「瞬くんは今日も朝からいい子だねぇ」

と、ニヤニヤしている。アレは絶対俺にヤキモチを妬かせる為だ。クソっ!

「瞬、お邪魔しまーす」

わざとユキさんに聞こえる様に名前を呼ぶ、瞬は

「いらっしゃい」

と返事をしてドアを閉める。



「ね、ちゃんと玄関チェーン掛けてる?」

「掛けてますよ」

「夜寝る時とか、窓開けっ放しにしてないよな?」

「先輩はおかんですか?」

「いや、一階だから心配で」

「心配って、オレ、男ですよ」

男でもね、心配なんだよ。隣にユキさんが住んでるから、、、。

「もうさ、一緒に住まない?、俺、此処に住もうかな?」

「何言ってるんですか?こんなに狭い所、男二人じゃ窮屈でしょ?」

「瞬が小さいから平気でしょ」

「オレ、平均ですよ。先輩がデカイんでしょ?」

むぅ、、、。

早く、ユキさんに恋人でも出来ればいいんだ。今度、幸田を連れて来よう、、、。

「先輩、コーヒーですか?お茶ですか?」

瞬が台所に行こうと立ち上がり掛ける

「うーん、お前?」

と言って、ちゅっと頬っぺたにキスをした。

瞬は一気に顔を真っ赤にして

「ななななな!」

と訳のわからない事を言う。

思わず抱きしめて、抱き寄せて

「それで、瞬はいつ俺の事、海人って呼んでくれるの?」

「おおお、オレっ!コーヒー入れて来ます!」

「ダメ」

そのままギュゥっと抱きしめて

「俺、ちゃんと瞬の事好きだからな」

と言った。

瞬は俺の腕の中でうんうんと頭を振る。



*****



 俺は気がついてしまった。俺の方が瞬を好きな事に、、、、。何故なら、瞬の部屋に飾ってある、ユキさんの写真にすら嫉妬を覚える。思わず無言で伏せて知らんぷり。何が腹立つってツーショットなんだよっ!

「あれ?また写真が倒れてる」

そう言って、写真立てを起こして整える。

「さっき地震があったからな」

俺は平気で嘘をく。後ろ向きだけど、瞬は絶対嘘を見破って笑っている。

「ねぇ、俺の写真は飾らないの?」

「この写真は、大家さんが写真立てに入れてプレゼントしてくれたからね。先輩のは」

「そう言えば、ツーショット撮った事無いか」

「あるよ」

瞬がふふっと笑う。

「卒業式の時、部活のみんなで撮った時にお願いして撮って貰った」

「今、持ってる?」

瞬は自分の鞄を持って来て、手帳を取り出す。手帳をそっと開くと表紙のポケットに高校生の俺と瞬がいた。この写真欲しいな。

「この写真撮っても良い?」

「もちろん」

それから二人で光が反射しない角度とか、自分達の影が入らないように相談しながら写真を撮った。



*****



「先輩、行きますよ」

昨日、金曜日の夜に先輩が泊まりに来た。オレの誕生日を祝う為に前日から来てくれたんだ。だから、今日は1日一緒にいられる。

一緒に出て、アパートの前で大家さんとユキさんに会う、挨拶をしてバス停まで行こうとしたら先輩が

「瞬、忘れ物した。鍵貸して」

と言って、鍵を受け取って部屋に戻って行った。オレは大家さんとユキさんと少し話をした。

「まだ先輩呼びなの?」

「ずっとそう呼んでいたから、名前で呼ぶの恥ずかしくて」

「早く呼んで上げないといじけちゃうんじゃない?」

「いじけませんよ」

ニヤリと笑いながら先輩が戻って来た。

「鍵、ちゃんと掛けたからな」

そう言いながら鍵を返してくれて、大家さんとユキさんに挨拶してから出掛けた。



1日先輩とデートしてケーキを買って帰って来た。先輩が

「俺がコーヒー入れるよ。座って待ってな」

と言うので、荷物を置いて座った。なんだろう、部屋に違和感がある。家を出た時と何かが違うのに、何が違うのかわからない、部屋中を見回したら、またユキさんとオレのツーショット写真が倒されている。そして、その場所に先輩とオレの高校生の時の写真が、可愛いハート型の写真立てに入って置かれていた。しかも、ピンク。

 先輩がニヤニヤしながら、コーヒーとケーキを持って戻って来る。

「気がついた?」

「、、、」

もう、恥ずかしくて死ねる。

「いいでしょ、気に入った?」

「すごく、気に入りました。海人、、、さん」

先輩は急いでコーヒーとケーキをテーブルに置くとオレを抱きしめた。

「やった!」


ハッピーエンドになって良かったです

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