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そして――もうひとつのエピローグ

優しく春の木漏れ日が差し込む病室。


「では、美佐代さん。これから“記録プロトコル”を開始します」


無機質な声に、美佐代は小さくうなずいた。

一瞬だけ、手が震える。


――本当にこれで、娘に“伝わる”のだろうか。


けれど、その迷いはすぐに消えた。

母として、いま出来るすべてを残したい。ただ、それだけだった。


末期がんを患う彼女に、残された時間はわずか。

けれど、どうしてもやり残せないことがあった。


「娘に……声を残したいんです。

 少し大人になったあの子に、会えなくなっても、話してあげたい」


AIのインタビューファイルが開かれる。

“口癖”“感情パターン”“話し方のクセ”――あらゆる項目が、ひとつひとつ丁寧に記録されていった。


「私、よく“よかったね”って言っちゃうんです。

 相手が嬉しそうなときとか、うまく言葉が見つからないときに……代わりに、それを言うんです」


美佐代は時に笑い、時に涙を浮かべながら、一つひとつの質問に答えていった。


「絵本なら……『くまのポンちゃん』が好きでした。

 あの子は、最後の『ただいま』の場面が本当に好きだったんです。

 ぬいぐるみを抱えて、何度も『おかえり、おかえり』って……」


静かな沈黙。


最後の質問が投げかけられる。


「あなたが娘にどうしても伝えたい言葉は?」


美佐代はゆっくりと目を閉じた。

そして、迷いのない声で答える。


「――心音。生まれてきてくれて、ありがとう」


その瞬間、記録は静かに保存された。

この声が、いつか十五歳の少女の耳に届くことを願って。



【絵本『くまのポンちゃん』最後のページ】


――くまのポンちゃんは、長い旅から帰ってきました。

ドアを開けると、おうちの中はあたたかくて、やさしい匂いがしました。


「ただいま」


小さな声で言うと、おかあさんくまはにっこり笑って、ぎゅっとポンちゃんを抱きしめました。


「おかえり、ポンちゃん」


その一言だけで、ポンちゃんの心は、ふわりとあたたかくなりました。


――そして、ポンちゃんは思いました。


どんなに遠く離れても、「ただいま」と言えば、きっと「おかえり」が返ってくるのだと。


【完】

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