第一話 噂の少女
国家の横暴と独断によって階級が分かれ、階級格差や差別、いじめが横行している世界それが今自分たちのいる国である。階級ごとに街が再構成され、それぞれの階級区分で独自の法や文化が作られており、もはや区分ごとに異世界に等しい。
挨拶一つとっても一般区分(通称下層区)で人とすれ違う時は手を振ったり、大声を上げて呼び止めたりするものだが、上流区分(上流区)ではすれ違うときは人によって頭を下げて言葉を発してはならない、とかもある。もし仮にすれ違いざま頭を上げたり声を出した時は不敬にあたり、殴られたり厳しい処罰があったりする。そのため下層区分の方が上流区分の方に挨拶をするだけでとんでもない罰を受けたりするのだ。
このため基本的に階級を超えて交流や人との接触はあまり行われないのである。階級区分が下層の者は下層と、上流の者は上流と、同じ法や文化が通じる者同士で交流するのである。とはいえ同じ区分内に限ればさっきのような諍いや問題もなく基本的に楽しく快適に過ごせるのだ。
生まれ育った土地と文化に守られながらその文化の者同士で交流し生活する。とても快適で素晴らしいことである。なのでここ一般区分、通称下層区は階級的には1番低い階級でありながら独自の法や文化に守られながら快適に生活できる非常に素敵な街である。そんな快適な街の学校に徒歩で30分かけて通いながら日傘木陰は今日も今日とて平和な日常に感謝しながら登校していたのである。
「おーい!ひっがさぁー!」
名前を呼ばれ、声がする方を振り向くと綺麗赤髪と清潔感あるスポーツマンな髪型が特徴の錦 京悟が手を振りながらこちらに向かって走ってきた。
「おっっっはよーーー!」ドンッ!
「ぐぇ!」
京悟は走ってきた勢いのまま真っ直ぐに伸ばした右腕を俺の首にガッツリとぶつけてきて豪快なライアットを食らわせてきた。かなりの衝撃だったためか呼吸困難になり意識が飛びかけた。
「おいおい!どうした木陰!息してないぞ!」
「…誰のせいだと思ってるんだ。。。」
まともに呼吸をしていない理由が自分のせいだとは気づいておらず京悟は俺の身体を上下に大きく揺さぶっていた。そのおかげ(せい)でなんとか声でて京悟に文句を吐いていた。
「おお!木陰!ちゃんと息してるじゃないか!早く言ってくれよ!」
「お前のせいで声が出なかったんだが…。」
「そうなのか?それは悪かった!スマン!!!」
悪気がなく悪かったら素直に謝れる。日野京悟とはこういう憎めない男なのでしょうがない。
「はぁ…。次は普通に挨拶してくれよ。」ゲホゲホ
「善処はする!」
返事だけはいいんだよなぁ。。。
「あっ!そうそう!なあ木陰!貴族での醜態事件の話聞いたか?」
「なんのことだ?またどこかで噂になってたゴシップか?」
京悟はいきなりラリアットをしたり、毎回なんの脈絡もない話をし始めたりと毎度自分の思うがままに行動したり話し始める癖があったりする。それはたまに良いこともあるが大体はろくでもないことだったり適当な噂話みたい散々な結果をもたらすことが体感多い。だから今回の言い出したことも俺はだいぶ怪しんではいた。
「それが今回ネタじゃなくてマジモンなんだよ!」
「ほんとか?」
…怪しいなぁ。
「ああ!なんたって今回は帽子の情報屋が触れ回っている大スクープだからな!」
京悟は両手を広げて大袈裟にリアクションをとって自信満々に話す。
「帽子の情報屋が?それこそ信じがたいな。」
情報屋とは階級区分を行き来しながら各階級で起こった事件やスクープを自分たちで面白おかしく報道する者たちの総称である。知っている限りでは上流層の事件や噂話を下層に流したりして来るのが多く、貴族区分の情報等はあまり流れてこないことが多々である。
情報屋の実態は知れず、情報屋を名乗る記事グループは複数存在しており、誰が情報を流しているのか分かってない。だがあまり交流することもない上流区や貴族区の事件や噂話を流してもらえるのは下層区の貴重な情報源(話のネタ)でもあるので下層区民は情報屋の実態などあまり気にも留めてはいないのである。
「疑う気持ちはわかるけどほら!この記事の右下にあるマーク見てみろよ!」
京悟が勢いよく差し出された記事の右下をまじまじと見てみると言われた通り、子供が落書きで描いたような不格好なシルクハットマークが描いてあった。
「…確かに情報屋独特の印があるな。」
情報屋の記事は毎回共通としてこの不格好なシルクハットマークが描かれており、本当に情報屋が書いた本物の記事かシルクハットマークで判断している。他にも情報屋がいるが下層区で情報屋として信用性が高く、人気なのはこのシルクハットの情報屋なのである。
「だろ!だから今回の事件はマジモンなんだよ!」
「だけど貴族のお嬢様が貴族街から追放とは信じがたい話だなぁ。」
区分街はそれぞれに独自の常識とルールがある。そのため下層区は下層区でしか常識が通じず、上流や貴族の作法や礼儀が異なるため区分の違う街はもはや異世界と同義である。
「けど追放ってことは上流区分にでも落とされたのか?」
「いや、それがここだけの話上流どころかここに追放されたらしいぜ。」
「…流石に眉唾だろ。」
京悟の発言があまりに荒唐無稽すぎて一瞬言葉を失った。なんせ区分が1つ違うだけで異世界なら2つも違えばまともな生活なんてほぼ出来ないとまで言われているからだ。
「まぁそんなところまでは俺もわからないが元お貴族のお嬢様がもしかしたらこの下層区にいるかもしれないって考えたらスゲェテンションアがるだろ!」
こっちが唖然としている横で京悟はその瞳をキラキラと輝かせ、「感謝します神よ!」と感謝の舞まで踊り始めた。
「お前のその思考は素敵だよなぁ。」
「そうだろ!そうだろ!もっと褒めてもいいんだぜ!」
皮肉を言ったつもりが京悟は皮肉が通じず言葉通りに素直に受け取った。少し面白くないからいっそ京悟を持ち上げるか。
「すごいすごい。そんな思考俺じゃ考えられないよ。」
「ほら!もっと!!」
褒められて気分が良くなってきたのか制服を脱いでポーズまで始めやがった。
「錦君はステキー。サイコー。」
「いいね!もっと言ってく「すごいすごい。こんなに素敵で注目的な生徒は私も褒めざるを得ないなぁ…。。。」
声のする方を振り向くと高身長でスーツ姿がよく似合う黒髪で後ろで髪を結えている女性が見えた。
「げぇ!オリヒメちゃん!」
「誰がオリヒメだ!!!織神先生だ!!!」
織神姫野通称オリヒメ先生。この学校では生徒からの人望が厚く生徒たちの間ではオリヒメ先生、ヒメコちゃんと親しみを込めて呼ばれている。なおオリヒメ先生からしたらむず痒いので却下らしい。
「じゃ木陰!俺急用で休養をとることになったからまたな!」ダッ!
「まて錦!話は終わってないぞ!!!」
そんな言葉を俺に伝えると上半身が半裸の錦は逃げ去るように瞬く間に走っていき、オリヒメ先生は鬼のような形相で錦を追いかけていった。
嵐のように現れては過ぎ去っていく台風のような男である。