第45話 お股舐められてさ
自宅に戻ると、リビングで舞亜瑠と小南江がパジャマ代わりに武士郎のジャージを着てお菓子をつまんでいた。
ご丁寧に紅茶まで淹れている。
自分の家みたいなくつろぎ方してるな、こいつら……。
舞亜瑠にしてみればついこないだまで自分の家だったからしょうがないといえばしょうがないけど……。
というか。
「お前ら、人のジャージを勝手に……」
「大丈夫、お兄ちゃんがさっきまで着てた方を私が着てるから。小南江ちゃんは洗濯してあった方を着てもらってるよ。私もさっきお母さんに電話したらいいって言ってたし、小南江ちゃんも親からOKもらったから泊まっていくね、お兄ちゃん」
「なにが大丈夫なのか俺にはわかんねえよ……。ってか、もうお兄ちゃんでいいのか」
小南江の方を気にしながら聞くと、
「うん、もう全部ばらしちゃった」
と舞亜瑠が言った。
「いや、ばらすもなにもだいたいわかってたすよ私。マルちゃんと一年以上友達やってたんすからね、言葉の端々でなんとなくわかることもあるんすよ」
「……そうか。もういろいろありすぎて頭がぐちゃぐちゃだ……」
小南江は余っている袖をパタパタと振って、
「ね、これ萌え袖っていうんすよね、萌えますか?」
「…………疲れちゃったよ俺は……」
「今日、先輩にキスしちゃってごめんなさい」
小南江がぺこりと頭を下げた。
「にひぇぇぇぇ?」
舞亜瑠が喉の奥から変な声を絞り出す。
「え、キ、キス? え、小南江ちゃんどういうこと?」
「うん、マルちゃんがトイレに行っている隙にね、先輩の耳にチュって」
「お前! お前! お前ぇ! う、う、うら、うらぎり、うらぎりもの!」
「だってマルちゃんだって先輩がお兄ちゃんだって黙ってたじゃん。それで私に協力させようとしてたんだよ? それってどうなん? 私もさー、モヤモヤしちゃってさー、ほらポチとはなんかいつの間にか遊ばなくなっちゃって、自然消滅? みたいなことになっちゃって、マルちゃんはお兄ちゃんなのに先輩先輩って山本先輩になついているし、しかも兄妹だってこと私にも隠しているし、むしゃくしゃしちゃってさ。…………ちょっと、先輩を誘惑してみたらどうなるんだろ? って思った」
「思ったっておかしいでしょ小南江ちゃん、私が、私が、だってお兄ちゃんは私がさー」
「ごめん。駄目な小学生がちょっと万引きしてみたらどうなるんだろうってそんなこと考えることあるでしょ? そんな軽い気分で」
「そんなことある? 私はそんな経験ないんだけどっ!」
「先輩、かっこいいし……。男の人の中では一番好きだし。私もマルちゃんみたいにピンチを助けられたいし」
「そりゃ小南江ちゃんが困ってたらお兄ちゃんは助けてくれるよ! 心配しなくても誘惑とかいらないよ!」
「あと、好みの男の人に好かれるとか抱かれるとかしたらどんな気分になるのかなって」
「はぁぁぁぁぁぁっ!? 脱いで、それはお兄ちゃんのジャージ! そんな下心もってるやつはお兄ちゃんのジャージ着ちゃだめぇ! ぬいでよぉ!」
小南江にとびかかる舞亜瑠、体格で劣る小南江は簡単に組み伏せられる。
「だって! 怖かったんだもん! 私、ポチのことあんなにしちゃって! 私、ひどいことしたんだよ、ポチの初めては私が奪っちゃったんだよ、あんときは本気のつもりだったけど、わかんなくなっちゃったんだもん、私男の人と付き合ったことないし、ポチと、ポチをあんなふうに抱いてたけど、本気で好きだと思って本気でエッチしてたけど、でもほんとにこれは恋愛なのかなって、男の人とじゃなくて女の子と裸で抱き合ってさー、気持ちよかったけどこれはなんなのかなってわかんなくて、怖くなってきたの! 怖いよ、ねえマルちゃん、マルちゃんはほかの人のおっぱいとかお股、なめたこと、ある? なめられたこと、ある?」
「………………!」
舞亜瑠が小南江をおさえつけていた手をパッと放す。
「本気ならいいよ、本物の気持ちならいいんだろうけど、私、途中から自分でもわかんなくなったの。女の子にさ、女の子にお股なめられてさ、気持ちいいけどじゃあこれなんなんだろって。恋愛なのかな? でも今まで特別に女の子に恋したことないしさ、じゃあ試しに男に抱かれたり舐められたりして比べればこの気持ちがなんだったのかわかるのかな? って」
「ばっかじゃないの! それでうちのお兄ちゃん使わないで!」
「そう、馬鹿なんだよ、だから……怖くなってポチとも距離置いて……。そしたらだんだんわけわからなくなっちゃって、ポチが私の事ずっと見てるのも知ってたの、あの手紙だって名前は書いてあったよ、私がポチの名前を隠して先輩やマルちゃんに見せただけ」
ああ、体育準備室に副会長がいたな、あれは呼び出した本人だったわけか。で、俺たちがいたんで小南江の前に姿を出すのをやめたってことか。
「ポチのこと、好きだよ、嫌いになったわけじゃない、でもちょっと、ちょっとお休みしたかったの、そういう関係を休憩したかったの……でもポチはさー、ずっと私のこと好き好きっていってさー」
「じゃあなんでストーカーだなんていったんだよ?」
武士郎がそう聞くと、
「わかんない……。山本先輩の気をひきたかったのかもしれないす……。あと、山本先輩が私に惚れたら、たぶんポチがもっとやきもち焼いて私にもっともっと懐いてくるかなって……。わかんないす……。好かれて、求められて、やきもち焼かれて、愛されたいって思うっす、私、そういうの、際限ないみたい……。でもいざそうなるとこんどは怖くなって……」
まあ、正直に言おう。
正直な感想を言わせてもらうと。
いや、口に出して言ってやろう。
「めんどくせえ女だな!」
「はい……」
シュンとしてうつむく小南江、ちょっと不機嫌そうにその顔を眺める舞亜瑠。
「で、小南江、小南江のその思い、ちゃんと副会長には言ったのか?」
「いってないす……いえないす……もしかしたらこれが恋じゃないかもしれないとか……それでポチの処女、私が盗っちゃったんだもん……」
「強制はしないけどさ、俺は言った方がいいと思うんだ。人間ってさ、結局言葉にしなきゃなにも伝わんないんだよ。心と心がつながっていれば言葉なんかいらないって、そんなときもあるだろうけど、そうじゃないことの方が多いと俺は思ってる」
「そうすかね……」
「だから、勇気を出して、言葉にして、言えばいいよ。んーそうだな、今度俺がセッティングしてやる、この三人と副会長とで、仲直りの会ひらいて、そのあと二人できちんと話し合ってみな」




