第37話 私が目になります
「これさ、あの小南江のストーカーがこのコメントしたリスナーってことないか?」
「どういうこと?」
「だからさ、小南江のストーカーなら、もちろん舞亜瑠のことも知ってるし、俺のことも知ってるだろ? で、俺たちが兄妹だってことを知っている奴が俺たち三人がいつも一緒にいたり、それに俺と小南江で二人で買い物行ったりしたのも見られてるわけだし……」
「つまり、小南江ちゃんと、おに……やまも……武士郎先輩がつきあってると思ってるってこと?」
「お前、俺の呼び方いい加減統一しない?」
「正直自分でも混乱してる」
にへらっと困ったように笑ってそういう舞亜瑠。アホすぎる。
「お兄ちゃんでいいよずっとそれだったろ」
「………………それはやめとく」
まったく、この妹の考えていることはなにひとつわからん。
と、そこに小南江からのRINEメッセージが来た。
[先輩、こんちわです。あの、来週からの土曜日なんですけど、マルちゃんと一緒にまた買い物に付き合ってくれませんか? マルちゃんにもそう言っておいてください]
そう、舞亜瑠は今、昭和を生きた祖母にyphoneを取り上げられているのだ。
だから、学校が終わると舞亜瑠とは小南江も連絡をとれなくなるのだった。
「小南江からだ、今度の土曜日一緒に買い物行こうだってさ」
「あー、靴買いたいとかいってたなー」
と、そこに小南江からさらに追撃のメッセージ。
[あとマルちゃん髪少し切って染めてるんですけど、ちゃんと褒めたっすよね? 気になったんで一応]
あ。
忘れてた。
確かに、こないだの土曜日に舞亜瑠は美容室に行ったらしく、すこし髪の毛を明るくしていた。
髪を切ったかどうかは……まあ切ったんじゃないか、そこまで細かくは見ていない。
いまさらだけどなんか言った方がいいのか?
「……ん? なに? 人の顔じっと見て?」
「うん、その髪の色、舞亜瑠に似合っているなと思って」
「はっ? うざっ!」
「おい、先輩にその口の利き方はいいのか?」
自分で始めた設定を忘れるんじゃない。
「ウワー。センパイニホメテモラエテウレシーナー」
あーもう憎たらしいときはほんと憎たらしい妹だ。
「ふん、どうせ今小南江ちゃんにいわれて褒めただけでしょ」
そう言って顔をそむけた舞亜瑠の顔がにやけているのは、武士郎からは見えないのであった。
★
とりあえず、しばらく配信はしないことにした。
ストーカーか何か知らないが、とにかく刺激はしないようにしたい。
武士郎にしてみても、自分一人の問題だったらなんとでも動けるのだが、今回は舞亜瑠と小南江の二人が被害を被る可能性もある。
おとなしくしているのが一番よさそうだった。
学内でも学外でも、舞亜瑠と小南江は絶対に一人にならないようにと言っている。
放課後、武士郎のクラスの教室に来た舞亜瑠と小南江に改めて釘を刺した。
「女子二人だけだと、万が一成人男性複数に襲われるとアウトだからさ、できる限りいつも群れの中にいろよな」
「群れって……」
呆れたような顔の舞亜瑠に、小南江はコクリとうなずいて、
「了解す。じゃあ私が目になります」
「そうだ、みんなで集まって大きな魚のフリをするんだぞ!」
「はいっす!」
馬鹿じゃないの、と舞亜瑠が呟く。
とそこに、クラスメートの男子が声をかけてきた。
生徒会で庶務をやっている地味な生徒だ。
「おい、山本、なんか生徒会の会長が話をしたいから連れて来てほしいって言ってたぞ。お前の彼女もいっしょに」
彼女って、舞亜瑠のことか?
「話ってなんだ?」
「ほら、例の、こないだの、サッカー部の寮の……。お前がぶっ飛ばしたうちの一人、生徒会の役員だったろ? なんか生徒会として謝りたいってことでさ。俺も生徒会の庶務やってるだろ、連れてきてくれって言われた」
「サッカー部の寮か……。あったな、そんなことも……」
今やストーカーやら身バレが気になって、あの事件のことなんかもうほとんど忘れかけていた。
が、まあわざわざ生徒会長が謝ってくれるというならいちいちそれを断るのもおかしいだろう。
生徒会長か、武士郎も顔だけは知っている、成績は学年一位、スポーツ万能でイケメン……というより、アイドルみたいにかわいらしい顔をしていて目立つ生徒だった。
「まあ、じゃあ生徒会室よっていくか、舞亜瑠も一緒に行こうぜ、ついでに小南江も一人にしちゃまずいし一緒に来いよ」
武士郎がそう言うと小南江は渋い顔をして言った。
「生徒会すか……私、生徒会に苦手な人がいるんでやめときます。二人で行ってきてください」
すると舞亜瑠も、
「私もあの時のこと、いまさらどうこう言われるのも……。なにより、あんまり噂にしないでほしいな……。山本先輩、一人で行ってきてください。私と小南江ちゃんは自分のクラスで待ってますから。私は別に、生徒会どうこう思ってないって言っといてください」
そうだな、舞亜瑠は完全なる被害者だし、レイプされかかったとか思われるのも嫌だろう。
こういうめんどくさいことを引き受けるのも兄の仕事だよな、と武士郎は思った。
「わかった、じゃあお前らは自分の教室戻って待っててくれ、俺はちょっといってくるぞ」
だが、生徒会室で武士郎を待ち受けていたのは、生徒会による謝罪だけではなかった。




