第36話 彼氏なんていたことないす
こわっ!!!!!!!!!!!
あの日、あの時、小南江が踊り、武士郎が撮影していたとき、この人物が……後ろにいたのだ!
「裏にもこれ書いてあって……」
見ると、
『この男の人は友達の彼氏だろ? 知っているから安心してね』
これは……確かに……怖い……。
武士郎ですら、恐怖で背中が震えた。
今も見られているんじゃないかと思って思わず教室内をみまわしてしまったほどだ。
小南江本人にしてみれば、恐怖、と言う言葉を飛び越えてしまうほどの恐ろしさだろう。
三人でじっとその写真を見る。
「これは、やべーな……。小南江、これ撮られた時きづかなかったか?」
「ここんとこ、社務所の建物があるんですよ……そこの影から取られたから気づかなかったのかも……。私、ダンス始めちゃうと集中しちゃうし……」
武士郎は、とにかくこれを撮った犯人をどうにかしないと小南江は高校生活をまともに送れなくなっちゃうぞ、と思った。
「どうする? 先生とか警察に相談するか?」
実はそれが正解なのかもしれなかった。
相手が誰なのかもわからないし、もしかしたら複数メンバーによる大人の犯行だったりしたら高校生三人集まって自衛しようと思っても限界がある。
だけど。
「いや、そこまでおおごとにしたくないす……」
そうなのだ。
現実として、実際にこういう事件が自分にふりかかったときは、案外『いや警察にいくほどじゃない』などと思いがちなのだ。
なるべく穏便に、目をつむり耳をふさいでやりすごせばいつのまにか時間が解決してくれる……といいな、と本当はそんなわけないのにそう考えてしまうのであった。
ましてや未熟な高校生、教師はともかく、警察に届けるなんて、それこそ親や学校全体をまきこむ大事件になってしまう……それはいやだ……。
十五歳の少女がそういう判断をしてしまうのは、間違っているんだけどそういうものなのだった。
「あの、警察とかは絶対いやです。先生とかにこんなTakTokやってるとかもばれたくないし……内申点とかもあるし……進学したいから……だから、なんとかこううまく犯人さんにですね、諦めてもらいたいす……」
「でも相手が誰だかわかんないんだろ? 相手に心当たりとかないのか?」
「そうすね、正直、RINE聞いてきたり告られたりすることはけっこうあるんすよ……わかんないす……」
「断るときはちゃんときっぱり断ってる? なんかこう、希望を持たせるようなこと言ってない?」
「ちゃんと断ってますよ、じゃないと相手にも失礼だし……」
「じゃあ元カレとか」
「元カレとか……。彼氏なんていたことないす」
「そうか……」
このやりとりのときに、舞亜瑠がピクっと眉を動かしたが、武士郎は気づかなかった。
しかしとりあえず、犯人探しはあとだ、と武士郎は思った。
小南江の安全確保が最優先だ。
「これからは、必ず舞亜瑠と一緒に行動すること。できればもっと大人数がいいな。家に帰るときは俺も一緒に行くから。事態が落ち着くまで、外を出歩くときは必ず誰かと一緒にいること。いいな?」
★
その日から、平日のルーティンが少し変わった。
まず、昼食は必ず舞亜瑠と一緒に小南江も武士郎の教室に来て弁当を広げることになったし、放課後はまず三人で小南江の家まで行き、その後武士郎の家に舞亜瑠と一緒に行って配信する、という流れになった。
小南江からしてみると武士郎と舞亜瑠は付き合っていることになっているので、舞亜瑠が武士郎の家に行くこと自体は特段変なことではなかった。
配信をするといっても、例の身バレしているリスナーがいることを考えると、ちょっと気がかりではあった。
そしてある日、致命的なコメントが書き込まれることになる。
「はいちゃぷちゃぷ―! 今日もホラーゲームの続きやっていきまーす」
〈ちゃぷちゃぷ〉
〈はじまった〉
〈今日も期待している〉
〈で、結局サンカクちゃんと兄ちゃんって今でもお互いに兄妹だと思っているんでしょ? ってことはあのサンカクちゃんの友達の彼氏が兄ちゃんってこと? あの子と兄ちゃん、付き合ってるの?〉
これやばい。
武士郎は黙ってそのコメント主をコメントBANした。




