第35話 お赤飯
「先輩。お弁当です」
ニコニコ笑顔で今日も舞亜瑠が弁当を武士郎の教室に持ってきた。
毎日のことなので、クラスのみんなももう慣れちゃっていて、特に目立ちもしない。
と、思っていたのに。
「今日は焼肉弁当ですよ、武士郎先輩!」
一瞬、騒がしかった教室が一瞬シンとなった。
ついでに武士郎もちょっとビクッとした。
なんだこいつ、突然なんつー呼び方で人を呼ぶんだ?
「武士郎先輩……?」
「今、名前で呼んだ?」
「武士郎先輩だって……?」
「いままで山本先輩って呼んでたよな?」
「進展した!」
「進展してる!」
ちょっとざわめくクラス内、その上級生たちに舞亜瑠は目をやってにっこり笑い、軽く会釈をすると、
「さ、食べよ、武士郎先輩!」
「お、おう……」
武士郎も困惑度100%である。
武士郎先輩ってなんだこれ?
そもそも武士郎の認識としては、舞亜瑠は妹である。
正確には義妹だけど。
妹なのに、親の離婚によって他人になっちゃった、でもまだ俺たちは兄妹だよな、というのが一応の武士郎のスタンスであった。
自分をお兄ちゃん、ではなく山本先輩、と呼んでくる舞亜瑠にも、一応それなりの心の整理のつけ方があるんだろうな、と思って許容していたが。
仮にも妹だった女子に。
名前+先輩で呼ばれることが。
こんなにも!
こんなにも背徳感あふれるとは!
「どしたの、武士郎先輩?」
いたずらっぽい笑顔で聞いてくる舞亜瑠。
「おい、ため口だぞ……」
「ため口になってる……」
「ついにやったのか?」
「この距離感はやっただろ」
「ああ~校内一の美少女がついに……」
「くっそ~~~」
などという男子たちの怨嗟の声。まあ本人たちには聞こえてないのだが。
そして含み笑いを抑えている女子たち。
さらにはギャルグループの子たちが、
「おーおめでとー」
「これお赤飯がわり」
とか言って舞亜瑠のお弁当箱におかずを置きにきた。
「あ、ありがとうございます、お返しどうぞ」
とか言ってチョコの小袋を渡す舞亜瑠、
「さんきゅー」
なんだよ、変に仲良くなっているなあ。
っていうか。
「あれ、どうしたんですか、武士郎先輩? 私の顔をじっと見て?」
「…………あとで聞くわ」
この妹がなにを考えているのかますますわからなくなってきたぞ、本気で俺と付き合ってると思われてるけどそれでいいのかこいつ?
まあとりあえずそれはそれとして腹は減ってるから食おう。
「それで小南江ちゃんがね、結局あの見えてる動画は投稿しなかったって言って……」
「そりゃそうだろ、あんなん投稿しちゃだめだ」
自分のパンチラ動画を投稿するとかそんなJKはふつういない。
そんな話をしながら焼肉弁当(うまいっちゃうまいが火が通りすぎていてちょっと硬い)を食べていると。
真っ青な顔をして小南江が、教室に飛び込んできた。
小南江からすると上級生の教室なので、入る前にペコリと礼をして武士郎と舞亜瑠の席に一直線にやってくる。
「なんだ、小南江、どうしたんだ?」
「あ、あ、あの、やっぱり私も一緒にご飯食べてもいいすか?」
「ん? 別にいいけど……ほんとにどうしたんだ?」
「怖くて……」
「なにが? まあ、この椅子座れよ、ここの奴はいつも部室で食ってるから昼休み中は帰ってこないし」
椅子をすすめるとそこにストンと腰をおろし、小南江はやっとそこで一息つけたようで、
「はーーーーーーー……」
と大きくため息をついた。
「いったいどうしたんだ?」
聞くと、小南江はカバンからジュースのパックを取り出しストローを刺してちゅうちゅうと吸い、
「はーーーーーーーーーーーっ」
ともう一度大きくため息をついてから、
「すみませんす、とにかく絶対に味方の男の人のそばにいたくて……。怖くて」
「怖いって、なにが? なんかあったのか?」
ストーカーがどうのとか言っていたが、またなにかあったのだろうか?
すると小南江はyphoneをとりだして、画面を見せた。
TakTokの画面だ。
その中では、小南江が音楽に合わせて軽快に踊っている。
おととい、武士郎が撮ってやった映像だ。
「いやこれもけっこう反応がよくてですね、おすすめにのったんすよ。ほら、すごいでしょこのいいねの数」
「……おう、そうだな……。……これ、自慢しに来たのか?」
「で、これを見てほしいんす」
小南江がカバンから封筒を取り出す。
かわいらしいイラスト付きの封筒、中から便せんを取り出すと、それを武士郎に見せた。
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久しぶりに生で踊っているのを見れました
あいかわらずかわいいね
ずっと見てるよ
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手書きの文字。
でも筆跡を隠すためか、なんか定規を使って書いたようなカクカクの文字だ。
そして。
「これ……これっす!」
もう一枚の紙を差し出してきた。
いや、紙じゃない、写真だ。
いまどき紙の写真なんてほとんど見ないが……。
だが、そこに映っていたのは、驚愕の画像だった。
一人の少女が、飛び跳ねている。
スカートが舞い上がり、サラサラの髪の毛がなびいている。
白い肌、輝くような笑顔。
そこに映っているのは、間違いなく小南江。
もともと美少女ではあるが、奇跡的ともいえるほどよく撮れている。
そしてもう一人。
その小南江を、スマホで撮影している、武士郎の後ろ姿が映っていたのだ。
「うぉっ!」
「ひぃっ」
武士郎と舞亜瑠は思わず同時に声を出してしまった。




