第33話 今は違うよね
笠原舞亜瑠の心はもやもやしていた。
隣に座っている武士郎の顔をちらっと見る。
なんだよもー。
小南江ちゃんと仲良くしちゃって……。
ってかさ、小南江ちゃん、買い物につきあってもらうだけだっていってたのになんでパンチラ動画とかをお兄ちゃんに見せてるの?
軽く裏切りなんだけど。
胸の奥の方がもやもやむぎゅむぎゅするのだった。
なんで自分がこんなに不機嫌なのかはわかってる。
やきもちだ。
それは自分でもわかっていたけど、どうしたらいいかはわからない。
不安感がおしよせる。
小南江ちゃんのことは信頼しているけど……でも万が一、お兄ちゃんが小南江ちゃんに好意をよせるようなことがあったら?
小南江ちゃんはすごくかわいいし、ちっちゃくて守ってあげたくなるような外見しているし、けっこう性格もパリッとしていて付き合いやすいし……。
あれ、私ってこんなに独占欲強かったんだ、と舞亜瑠は自分の新たな面を発見してびっくりする。
あんまりよくないな、嫌な性格の女は自分にも武士郎も好かれない。
大きく深呼吸して気持ちを整える。
「じゃあ、山本先輩、配信始めますよ」
「おう」
カメラ付きのPCモニタの前に二人で並んで座る。カメラは舞亜瑠を認識するようになっていて、舞亜瑠の動きにあわせてVtuber水面みずほのアバターが動くようになっている。
配信スタートボタンを押す前に、舞亜瑠はちょっと動いて武士郎にぴたりと身体をくっつけた。
武士郎の身体が一瞬緊張で固くなるのがわかった。
うんうん、ここしばらく頑張ったから、ちゃんと私のことを女子だって認識してくれてるみたい。
わざわざ先輩って呼んでるのも妹としてじゃなくて後輩として意識させる作戦のつもり。
問題は世の中にいる女子は私だけじゃないってことなんだよね。
〈たいき〉
〈待機〉
〈たいき〉
〈待機中〉
〈ちゃぷちゃぷ待ち〉
コメント欄を見ると、すでに百人を越えるリスナーが待機していくれている。
ありがたいことだ。
「はい、じゃあスタート!」
舞亜瑠は配信ボタンを押す。
「はいちゃぷちゃぷー! みんな、元気にしてたかなー?」
「おいっす。今日もやるぞー」
「今日は日曜日だね! 日曜日の午前中から見に来てくれてありがとうね!」
〈はじまったー! ちゃぷちゃぷー!〉
〈ちゃぷちゃぷ〉
〈ちゃぷちゃぷ〉
〈兄ちゃんもちゃぷちゃぷって言え〉
「絶対言わない」
〈ちゃぷちゃぷと恥ずかしくて言えない兄ちゃんもかわいい〉
〈三十路のほかのVtuberたちは恥ずかしげもなく変な挨拶してるぞ〉
〈男子高校生にちゃぷちゃぷは言えないかもな〉
〈まあまだ高校生だしな。そのうち成長して大人になったら言えるようになるさ〉
「え、なんで俺が未成熟なのが悪い流れになってんだよ」
「あははは! お兄ちゃんは未成熟だから! いろいろ!」
〈いろいろってどこだよ。あそこか。小さいのか〉
〈みずほちゃんは成熟してますか?〉
〈俺もみずほちゃんの成熟度合が知りたい〉
「センシティブ! それ以上突っ込んだ質問の人はBANしまーす」
まったく、この世の人間はみんなエッチなことが好きすぎじゃないか?
舞亜瑠は心の中だけでため息をついた。
サッカー部の寮でも襲われそうになったし……。
あのとき、もう駄目だってほとんど諦めちゃった瞬間に窓が割れてお兄ちゃんが登場したんだった……。
あの時のことを思い出すと今でも脳みその中で桜が満開になったような多幸感でいっぱいになる。
やばいくらいかっこよかったよねー。
ほんと、かっこよすぎてあのシーンを思い返すだけで尊すぎて死にそうだ。
その武士郎は、今も隣でコメント欄となにやら掛け合いのトークをしている。
舞亜瑠はその武士郎のたくましい身体によりいっそう自分の身体をよりかからせて、伝わってくる体温を楽しんだ。
「私はともかく、お兄ちゃんはいい男だよー。私も妹ながら惚れそうだもん」
「なに言ってんだお前は……照れるだろう」
「えへへ、お兄ちゃんじゃなかったら結婚したい」
〈あふれる兄妹愛〉
〈ブラコンとシスコンか〉
〈高校生の兄妹でこんなに仲いいのも珍しい気がするな〉
〈ほほえましい〉
〈ほんとは血のつながってない兄妹じゃないか?〉
「ちゃんと本物の兄妹だよー」
まあこういうコメントはたまにくるので、普通に答えておく。
なにしろ水面みずほこと舞亜瑠の同接数千人はいる人気チャンネルなので、次から次へとコメントが流れてくわけで、正直都合の悪いコメントはうまいことスルーしても違和感はない。
その流れていくコメントを眺めつつ、雑談を続けていると。
〈でも兄妹だったの転校前までじゃん。今は違うよね、サンカクちゃん〉
そんなコメントも流れていくのだった。




