第11話 ふわりと柔らかくていい匂い
「山本先輩!」
駅前の待ち合わせ場所に舞亜瑠はやってきた。
ゴールデンウィーク二日目の天気のいい午前10時、まだ少し肌寒いけど、空気が透き通っている感じがして気持ちのいい日だ。
駅前はけっこう人であふれかえっている。
とは言え、平日みたいなサラリーマンとかじゃなく、買い物に来た家族連れとかが主だ。
武士郎は三十分くらい早く着き、でも妹とちょっと映画見てケーキ食べるだけの待ち合わせにこんなに早く来てしまったのがすこし悔しくて、駅の中をすこしプラプラ歩いて時間をつぶす。
んで、待ち合わせ場所の看板の前へ行ったら、すでに舞亜瑠が待っていた。
自然にあふれる笑顔で武士郎に小さく手を振る舞亜瑠。
今日はふわふわの天然パーマをゆるくツインテールにしている。
黒いTシャツにボーダーのシャツを重ね、ワイドパンツにスニーカー。
本人自体が美少女オーラを発しているので、ボーイッシュなスタイルが逆に少女らしい華奢さの存在感を増して、なんというか、こう、かわいかった。
もちろん、武士郎は(元)妹ごときにかわいいなんて言ってやるほどやさしくはないから、そんなことは言ってやらないんだが。
とか思っていると、舞亜瑠の先制攻撃!
「山本先輩、今日かっこいいですねっ!」
いたずらっぽくえっへっへ、と笑いながらそう言ってくる元義妹の後輩。
くそ、どきっとしてしまった。
俺はこいつがランドセルを背負っている時から知っている兄なんだぞ!
「そうか? いつもの普通のだけど? ってかここでも先輩呼びなんだな……」
なんでもない風をよそおってそう言う。
元義妹にお兄ちゃんじゃなくて先輩と呼ばれるのは全然慣れない。
っていうか、永遠に慣れない自信がある。
「あはは、先輩が持っている服、私ぜーんぶ知ってるし! じゃない、知ってますから。今日は一番いい服、選んでるじゃーん! ……選んでますね!」
油断すると舞亜瑠も普段の妹口調が出る。いや別に出てもかまわないんだけどさ。
なんなんだこいつ、くそ。
「で、お兄ちゃん、ちゃんとパパからお金せしめてきた?」
「いやな言い方するなよ……。お前と話してくるって言ったら、こづかいくれたよ」
「やった! 実はママもくれたんだよねー、お兄ちゃんとデートするって言ったらさ!」
先輩なのかお兄ちゃんなのか。
後輩なのか妹なのか。
多分舞亜瑠の中でもそれがフラフラしていて、舞亜瑠がそんな態度をとるもんだから、武士郎の中でもフラフラしてしまう。
「行きましょう、先輩!」
ほっぺたを上気させた笑顔で舞亜瑠は武士郎の袖をつかむ。
「映画って久しぶり! ゴギラとー、あとスパイシスターの映画も見たい!」
「二つはやめようぜ……一つにしろ、一つに」
「うーん、時間が合う方ならゴギラかなー」
歩きながら話す。
すれ違う人々の、特に男がみんなちらっと舞亜瑠の方に視線をやるのがなんだかしらんけど誇らしい。
まあ、他人の男の視線を感じるたびに舞亜瑠が武士郎の袖をきゅっと握るのがわかるんだけど。
心配すんなよ、誰からでも何からでも俺が守ってやるんだから。
武士郎はそう思いながら歩く。
ちなみに舞亜瑠のほうは武士郎がそう思うだろうと思ってわざとやっていることは、もちろん武士郎は気づいていない。
さてそうやって二人で歩いていると、
「あ、ほら、見てみて、なにこれ、等身大の人形が置いてある!」
「ほんとだ、かっけー」
広い歩道に、甲冑を着た騎士の等身大の人形が置いてあった。
そのちょっと横に説明板みたいなものがある。
武士郎は興味があったので説明板を読み始めた。
舞亜瑠は騎士の甲冑を触って、
「へー、ほんとにこれ金属だー」
とか言ってる。
「おい、触るなって書いてあるぞ。……ふーん、マクシミリアン様式といって16世紀のプレートアーマーは……」
武士郎が説明を読み、舞亜瑠は甲冑に顔を近づけて見ている。
と。
突然のことだった。
人形だと思っていた甲冑が、突然動き出し、
「わっ!!」
と声を出したのだ。
「うっきゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ~~~~~~!!!」
悲鳴を上げて武士郎にとびかかるようにして抱き着く舞亜瑠。
とんでもない悲鳴で他の歩行者たちがこっちを見ている。
武士郎の方は説明文を読むのに夢中になっていたので、むしろ舞亜瑠にびっくりして、
「おわぎゃっ!」
と声をあげた。
すぐに舞亜瑠だと気づいたけど、なんというかこう、ふかふかの柔らかい少女の感触を突然味わって、脳みそがジンジンとしびれた。
やせぎすだった小学生の頃の舞亜瑠のイメージでいたけど、実際にこうして触れ合ってみると、なんかこう、ふわりと柔らかくていい匂いがした。
ふーん。女の子なんだなあ。
いかんいかん、妹だぞ? あれ? 妹だっけ?
さらに混乱する武士郎。
とそこに甲冑を着こんで人形のフリをしていた人が、女の声で話しかけてきた。
「いやー、ごめんごめん! 私路上パフォーマーでさー!」
「あ、パントマイムの人でしたか」
そういうことか、武士郎はやっとそこで事態を把握した。
「でさー、私、yootubeに動画投稿してるんだけど、今の彼女の悲鳴、よかった! 面白かったから動画投稿したいんだけど、いい? あ、これ私の名刺ね、確認してみて」
武士郎が名刺を受け取り、載っていたQRコードを読み取ると、たしかにyootubeのチャンネルに飛んだ。
だいたい一つの動画につき、2000回再生くらい。
52万人登録者がいる舞亜瑠やその兄の武士郎の基準からすると、マイナーな方のチャンネルに見えた。
「ほらこれわたしね」
甲冑の面頬を上げた中の女性の顔と、その動画に顔出しでパントマイムのパフォーマンスをしている女性は確かに同一人物。名前で調べるとwikipadiaにもページがある人だった。
「ま、でもなんか不都合あったら連絡してくれたら消すからさ。ね、お願い!」
「どうする、舞亜瑠?」
武士郎は別にかまわないが、舞亜瑠は……。
いや、よく考えたらこいつもVtuberやっていてこういう動画投稿したりするのが大好き人間だった。
Vの活動とは別に普通に顔出しでダンス動画とかを投稿したこともあった。
ちなみに顔出しは両親に怒られたのですぐ消した。
でも、他人の動画にちょろっと出るくらいなら別にいいんじゃないかと舞亜瑠が思っても不思議ではなかった。
「はい、いいですよ! どうせ数秒だし! 動画で使ってやってください!」
チャンネル登録者数52万人を積み上げたVtuber水面みずほこと舞亜瑠の悲鳴。
その意味を、武士郎も舞亜瑠もまだわかっていなかったのである。
ともかく今は武士郎は元義妹に聞きたいことがありすぎるので、
「まず早く映画見てケーキ食おうぜ」
と舞亜瑠をせかした。
「え、言っておくけどごはんも食べるからね! じゃなかった、食べますからね!」




