07 防衛戦と召喚の真実
この町の防衛は十分なはずだった。私達の助力は不要なはずだった。それなのに救援を求める伝令が届く。この町が落ちればもう異形たちの侵攻を止められるような町はなく、真っ直ぐラファエルさんの待つ街まで攻め入られるだろう。休んでいる場合ではない。
北側の防壁では既に戦士や魔術士が戦い、異形たちの侵入を防いでいる。ここでカイの成長を確かめられる。自分たちが守る側なのだと、敵に情けをかける余裕などないのだと自覚してくれることだろう。
人の背丈を優に超える異形が何体も見える。それも一種類だけでなく、遠くから見えるだけでも熊型異形も狼型異形もいる。まずは熊型異形に一撃。遠くから狙うなら大きい方が命中させやすい。味方の戦士に当てないよう、その場で爆発するような術式に変える必要がある。これで一掃できれば良いのだが、そうもいかない。エーデルシュタイン先生はもっと広範囲の魔術を用いて数を減らしている。魔珠のおかげで連発もできているようだ。狼型異形はそれらの間を素早く抜け、戦士達に近づいた。ここからは剣や槍などを用いて戦う人たちの出番だ。
フィヒター先生は洗練された剣捌きで狼型異形たちを斬り裂いていく。よほど切れ味が良いのだろう、噛みついてきた異形の体を真っ二つにしていた。カイも術式を施した槍を何度も突き出し、異形を殺していく。一撃一撃狙っているのだろうか。以前よりも倒れている異形の数が多いように見える。疲弊具合はまだ分からない。戦い終わったら感覚を尋ねてみよう。
「お疲れ様。」
後は魔珠と肉の回収だけだ。途轍もない数の死体が転がっているが、この町の人達とも協力すれば陽が落ちるまでには片付くだろう。食用にできそうな肉も確保しつつの後片付けだ。彼らは頭部が爆散した死体でもたじろぐことなく捌いている。カイはこういった死体には慣れていないようで、目を逸らすようにして他の死体の相手をしていた。
同じ狼型や熊型でも大きさには個体差がある。心臓の位置には魔珠が埋まっていることもあり、その場合は心臓らしき臓器がない。魔珠の大きさも個々で異なっているが、血のように紅い色であることには変わりない。硬いこの宝石がそれらの異形にとっては心臓なのだろうか。
「燐、俺さ、今日あんまり疲れてないんだ。魔珠と術式のおかげだな。」
私も以前より疲れていない。これは四人だけで戦っていないせいかもしれない。しかしカイは動き続けていた。重量軽減の魔術も発動し続けていたはずであり、疲れていないはずはない。魔珠の性能は信用して良いものだ。
「これ、命を使ってるみたいで、何か嫌な感じがするんだ。不気味でさ。あんまり広めないほうがいいかもしれない。」
既にこの町では広く普及している。魔術士や戦士の多くが使用し、戦闘には出ていないあの子のような子どもまで使っている。第一、不気味という個人の感覚で使用を止められるほど、人々には余裕がない。多少不気味と思っていても頼らざるを得ないほど、彼らは追い詰められているのだ。
「僕も多用しないようにすることには賛成かな。使う度に魔珠が熱くなるんだ。そのうち何かが起きるかもしれない。」
必要な時に使わず味方を危険に晒すような真似はしないだろう。しかしその何かがいざという時に起きると困る。他三人は魔珠の熱を感じていないのに、エーデルシュタイン先生だけがその熱を感じたことも気になる。この町の人々も熱を感じているのだろうか。アイヒェルさんにも聞いてみよう。
片付けも済めば、四人でアイヒェルさんに会いに行く。この町の有力者なら他の人が報告した魔珠に関する情報も握っていることだろう。
「確かに一部術士からもそのような報告から上がっています。」
戦士でも魔珠を所持し、使用している人はいる。しかしその人は熱を感じていない。その一部術士の特徴をまとめると、広範囲に影響を及ぼす魔術を多用していた。エーデルシュタイン先生と同じだ。私も多くの術士同様広範囲の魔術はあまり用いていない。フィヒター先生とカイは武器への補助目的だ。
魔珠についてはまだあまり研究が進んでいない。異形の心臓ではないかという話も出てはいるが、生物の心臓とは大きく異なる。
「ところで、あなた方は私達についてどう思っておられますか。」
真剣な様子でアイヒェルさんは問いかける。突然何なのだろう。先生達は以前からの知り合いということもあり、特に不思議そうにしている。昨日会ったばかりの私とカイにも答え辛い。特にどう思うこともない。強いて言うなら魔珠を使わせてくれた親切な人という印象か。
「私達と同じ立場ですね。自分達の町を守るため、必死に戦っている同志ですよ。」
「手を取り合えると信じております。」
好意的な態度だ。それなのにアイヒェルさんは先生達を睨みつける。一方、私達には柔らかな視線を向けた。
「この二人に、不審な点はありませんでしたか。」
戦い方を教えてくれた。特に魔術言語や術式は教えてもらわなければ何も分からなかったことだろう。突然呼び出したことにも謝罪から始めるなど誠意ある態度だった。不審な行動を見た覚えはない。アイヒェルさんは二人に何かされたのだろうか。
ラファエルさんの街と北部最終防衛線の町は連絡を取り合っている。魔珠についても共有している。ラファエルさんの街からは研究が進んでおらず、危険なため回収すると言われた。それらの言い分は不審ではないように聞こえるが、アイヒェルさんにとってはそうでなかった。
「持っているだけで魔術を使い放題になります。子どもでも重い荷物を運べる術式を使えるようになるんです。不気味だとか安全性が確保できないとか言っている場合ではないことはお分かりでしょう。現にあなた方も使っているではありませんか。」
魔術の使用を本当に制限していたのなら、この防衛線は維持できなかった。先生達は何も答えない。二人も魔珠について知っていたのだろうか。私からの問いかけにも勝手には話せないとしか言ってくれない。一度ラファエルさんと直接話そう。魔珠の活用に伴う危険や有用性について詳しく知ることができれば、異形との戦闘も楽になるだろう。勝手に話せないならラファエルさんに直接聞くしかない。
アイヒェルさんとは別れ、異形との遭遇に備え戦闘の再確認を行う。連携が取れるようになれば、もっと安全に楽に異形を退けられるようになるかもしれない。一番気になるのはカイの動きだ。魔珠や術式の確認は行ったが、実際の動きの話はまだできていないのだ。私の見た限りは動けていたようだったが、本人の意識や先生からの評価はどうなのだろう。
「本気でやらなきゃ、って思ったんだよ。嫌なんて言ってらんないって。燐だって覚悟決めてるのに、俺だけごちゃごちゃ言って避けるなんてかっこ悪いな、って。」
槍を振るい、異形を貫いた。前回も殺せてはいたが、魔珠の回収は躊躇っていた。今回は魔珠も回収できていた。動機はどうあれ、この様子なら共に旅を続けても困ったことにならないだろう。魔珠も積極的に使って行けば、防衛線をもっと北上させることもできるかもしれない。そうなれば私たちが巨狼を倒しに行く際も、近くまで他の戦士と共に行動できる。消耗を避けられるかもしれないのだ。
期待を持って魔珠を見れば、これも美しく見える。得体の知れない異形の心臓ではなく、ただの紅い宝石。戦いのための道具に美しさは必要ないが、あっても邪魔にはならない。救世のために必死になっている先生達には理解を得られない感覚だろうか。
「その感覚を大切にして頂戴。戦いの中に身を置き過ぎればそう感じる余裕さえ失ってしまうものだから。」
今を生きるだけで精一杯になってしまうのだろう。自分達はそうならないよう、戦いのない時間は日常に戻っていたい。
戦いすらも日常に溶けているような感覚を抱きつつもラファエルさんの街へと帰還する。異形討伐も最初の頃より順調だ。道中の村に寄ることもない。予定通り、ラファエルさんに北部最終防衛線のことを報告し、魔珠のことを尋ねていく。先生達は知っていそうだが、少なくとも私は知らない。隠していることを全て共有してもらおう。
話し合いの場にいるのは四人。カイは別室に案内された。心臓を抉り出すような魔珠回収すら躊躇した彼には衝撃的な話だからと、まず私が聞き、彼にも伝えるかどうかを判断してほしいそうだ。私にも本当に聞くのかと三回も四回も確認されたが、何度聞かれても答えは同じだ。
「俺達は以前にも魔珠を使ったことがある。貴女の召喚の時だ。」
召喚する魔術は非常に体力を消耗するものらしい。物を別の場所に移動させる転移術の一種でもあるが、一対の術式を使用する転送装置と異なり、召喚術は一つの術式に条件を全て記述し、どこにあるか分からない物を強引に呼び寄せる。転移術や転送装置でも移動させる距離や物の大きさに応じて体力を消耗するが、発動前にどの程度疲れるかある程度見当を付けられる。一方で召喚術では召喚してみるまでどれだけの体力を消耗するか分からず、場合によっては術士が死亡することもあるという非常に危険な魔術となる。
そんな危険な召喚術を最小限の危険で発動することを可能にする物が魔珠。体力の消耗なしに魔術が発動できるため、魔珠が存在する限りは、どれほど大きな物をどれほど遠くから召喚してしまったとしても術士の命は守られる。
「紅い宝石なんてあったっけ。見た覚えないな。」
私が目を覚ました場所には術式が描かれていた。しかし魔珠のような紅い宝石があった覚えはない。その疑問には魔珠も消耗品であることで答えてくれた。魔術使用時に、自分の魔力の代わりに魔珠の力を使用しているため、それを使い切れば魔珠は消える。私の召喚時に使用した魔珠は全て消え、召喚術を協力して発動していた術士も身体の魔力を全て失い、消えてしまった。それだけの力が必要な場所から召喚されたのだろう。
「かつては生贄を捧げて発動させていた。倒すべき異形の心臓が世界を救う力に変わったんだ。」
必ず魔珠を回収することになっているのも、何らかの力を宿している魔珠が残っていれば、そこに再び命が宿る可能性があるからだ。魔珠はただの心臓の代替品でも宝石でもない。得体の知れない球体。彼らは本当にまだその正体を解明できていない。だから使用を勧めておらず、この街では使用していない。魔珠があるからと無茶な魔術の行使を続ければ、自らの命を削ることになるのだ。
魔珠自体に術式を刻み込んだ場合はどうだろう。魔珠が消えれば術は発動しない。発動はしたのに力が足りず自分の命で埋め合わせるなんて事態が防げないだろうか。
「やってみる価値はあるな。これから試させてもらうよ。」
危険の内容が分かったのなら、私たちの使う魔珠にも術式を刻み込もう。カイの槍に巻きつけている術式は魔珠を槍に固定することで代えられる。柄の部分に装飾のように埋め込む方法があるだろう。私とエーデルシュタイン先生は使いたい術の数だけ魔珠が必要になる。特に広範囲の術や疲れる術のみ魔珠を使用し、他は今まで通り自分の力で発動するようにしようか。
発動したい時に発動できない危険は生じる。それは魔珠を複数個持つことで最小限に抑えられるだろう。使い過ぎれば死ぬ状況は改善できたのだから、各地で使っても良い。北部最終防衛線の人たちにも新しい魔珠の使用法を共有しよう。西部にも北西部にも共有すれば、各地の戦いが随分楽になるはずだ。
魔珠への術式の刻み方を持って、またラファエルさんに見送られる。北部最終防衛線に軽く連絡し、私達はさらに北へと足を踏み入れる。ここからは誰の助けも得られない、本当に四人だけの旅路となる。食料も現地調達が基本だ。水も川や水溜まりからの調達を想定している。浄化のみ魔術だ。ない場合は水の生成から魔術に頼るつもりだが、空気中や地下から生成すれば良いため、少しの消耗で済むはずだ。
先生達に頼り過ぎないよう、私とカイも周囲への警戒を行う。助言は街から町への移動の間も貰っていた。少しは慣れているだろう。それでも今までとは異なる緊張感に包まれている。
「風が吹いてもビクビクしちゃうな。」
「異形は色んな種類がいるから一見小動物でも油断できないもんね。」
具体的にどんな姿の異形がいるのかは分からない。今まで目撃された物が全てとは限らないのだ。好戦的な物も多いと聞いているため、すぐに対処できるよう身構えておく必要がある。ただの野生動物だった場合でも食料にはなる。魔珠がなければ生の心臓を見ることにはなるが、それは異形でも同じだ。確認作業はカイ以外の担当にしてあげようか。
小鳥の囀る声も聞こえるが、すぐに消えてしまう。警戒心の強い生き物は他の気配で逃げてしまうのだ。攻撃されるよりはずっと良いが、心休まる出来事も起こしてくれない。
「近くで足音がしてもちょっと怖いな。燐の足音って分かってるのに。」
緊張を和らげるためか、恐怖を紛らわせるためか、カイは饒舌だ。無駄口を叩く体力を温存したい気もするが、そのために神経を擦り減らすよりは良いのかもしれない。
「野営の時も気を付けないと。寝ぼけて戦えないなんてことになったら大変だ。」
熟睡できるつもりでいるらしい。怖くて眠れない心配はしないようだ。魔珠を大事に握り締めている所を見るに、それがお守りのような効果も発揮しているのかもしれない。人間の命の代わりにできるような宝石のような物と聞けば認識が変わる可能性はある。今のところは教えないことにしよう。ラファエルさんが私の召喚や魔珠について話した時、彼を同席させなかったのはこういう気持ちだったのだろう。私が幾つもの魔珠と何人もの術士の命と引き換えに現れていると知れば、私への態度が変わってしまう恐れもある。
「確かに俺は三人に比べると未熟だけど、そこまで頼りなくはないだろ。」
眠っていても起きていても変わらないと言えるほどではない。いざ戦いとなれば守るように動く必要がない。それだけでも戦いやすさは段違いだ。
「魔術言語はできないし、術式も理解できないけどさ。一緒に旅するんだから隠し事はなしにしてほしい。」
何か隠されているように感じている。彼に話す必要のあることは既に話している。三人の秘密だと言ったこともない。旅の途中に彼だけを省いて内緒話をしたこともない。心当たりはラファエルさんと話したあの一件だけ。不安を感じていては旅に支障をきたす。聞きたいのはその件だろう。
隠すことよりも共有して衝撃を受け止めてもらうほうが良い。互いの信頼関係にヒビを入れたくない。そうエーデルシュタイン先生から説明してくれる。魔珠は一部の異形の心臓となっており、魔術を行使する際の人間の負担を軽減する道具として利用できるもの。殺している異形達の命を自分達の都合で利用している。そう伝え、私の召喚にも使用したことは黙っていてくれた。
「なるほど。じゃあ具体的な行き先を教えてくれないのは?」
私達も北部に巨狼がいるらしいという情報しか持っていない。一定地域を徘徊しているらしいという情報のため、この地域を回り、巨狼を見つけ次第討伐しようという作戦だ。具体的な行き先は決まっていないに等しい。より強い異形がいるから小さな異形が南下するなど、その周辺から離れているという推測に基づく予定のため、何週間探しても見つからない可能性はある。
「俺に隠してるってわけじゃないんだ。」
「僕達にも分かっていないというだけだね。僕とフリーダが痕跡を探しつつ歩いているから安心して良いよ。」
「一定方向への痕跡はあるわ。無駄足にならなくて良かったわね。」
木の幹に付いた傷、落ちたり折れたりしている枝、草の踏まれた跡。それらからフィヒター先生は痕跡を探していた。エーデルシュタイン先生は適宜魔術を用いて、魔力の痕跡を見ているそうだ。
野営の準備を進めている間もカイは口数が多かった。怠けているわけではなく、手は動いており、それに加えて空気を明るくするという効果も発揮している。
「旅料理って作ったことないんだよ。エーデルシュタインさんは慣れてるのか?」
「そういうわけじゃないけど。美味しい物を作るのは好きかな。」
食事を用意できる人が増えるのは良い。異なる料理が食べられるかもしれない。カイも料理はできるのだろうか。
「得意ってほどじゃないけど、村では普通に作ってたよ。簡単な物ばかりだけど。」
機会があれば作ってもらおう。調理の際に肉を切ることもあっただろうが、それには抵抗がなかったのだろう。肉を捌く時も嫌そうにはしていなかった。捌かずに捨て置くことを拒んでいただけだ。
スープの良い匂いが漂ってくる。周囲に異形が近寄ってくる様子はない。奴らは何を食べているのだろう。生肉だろうか。調理する知能があるようには見えなかった。食事が必要ない可能性もあるだろうか。植物のように栄養を作り出す機能があるとか、霞を食べて生きていけるとか。
「今日は異形とあんまり戦わなかったな。」
先日北部最終防衛線に攻め込んできた数は多かった。その時に数を減らせたのかもしれない。あるいは近くに巨狼がいるのだろうか。後者であればすぐに目的を達成できる。明日の調査に期待だ。
「早く使ってみたいな、燐に作ってもらったこの術式入り魔珠も。今日は使うほどじゃなかったし。」
使用頻度を下げる、極力使わない。そう合意を取っている。無理して使わないなら持っている意味もないが、必要もないのに使って必要な時に壊れてしまっても意味がない。
「純粋に綺麗でもあるよね。中に見えるのが術式じゃなくて龍とか花でもかっこ良くなりそう。揃いで着けたりしたら特別感もあるよな。」
相手が人間なら装飾品に見せかけて実用品というのも油断を誘う意味で有用だ。しかし今は異形が相手。そんな小細工を弄する必要はない。戦う必要がなければ本当に装飾目的で作っても良い。これが血の色の見えないなら好んで着ける人もいるだろう。魔珠ではなく他の透明感のある宝石などに術式を刻んでも実用と装飾両方の目的を果たせる。今まで紙の形で持っていた術式を装飾品の形で持つのだ。
「余裕だね、二人とも。」
「良い傾向よ。常に張りつめていては最後まで続けられないわ。」
先生達は私達がこうして言葉を交わすことを歓迎してくれている。警戒を忘れているわけではないが、怖がりすぎていざという時に集中力が切れていては問題だ。たまに匂いに釣られて周囲への意識が薄れてしまうことくらいは先生達も許容してくれる。エーデルシュタイン先生が旅の途中でもこんなに美味しい食事を用意してくれるせいなのだから、警戒を忘れても私のせいではない。移動中に油断しては気付けば異形の群れの中になりかねないが、休憩時間なら心配ない。先生達も異形が近づいていないかは気にしてくれているのだ。不安に思い過ぎる必要はない。
「俺だって警戒はしてるから!」
気を抜く時間があっても良い。そんな話なのにカイはそう主張した。それが子どものような強がりか、完璧を目指す少年の無謀のように見えて、私もエーデルシュタイン先生も笑い声を漏らしてしまった。
「エーデルシュタインさんも笑うなよ!」
今油断しているのは四人ともか。フィヒター先生は笑いながらも警戒を続けているのだろうか。動ける程度の量だけ食べるようにと注意するのも戦闘に備えてのことだ。
周囲の木々が騒めいた。風が吹いたのだろうか。しかし肌を撫でる風は強くなく、空気は張りつめている。
「巨狼かな。」
「だったらいいけど。」
期待と不安を半分ずつ抱え、武器を構える。先生も黙って戦闘の用意を済ませている。散々歩いて来た後だ。食事は取ったが、一日の中で一番疲れている時間。夜に襲われても対応できるような速度で進んではいても、昼間に襲われた時よりも動きが鈍っている可能性はある。視界も悪い。十分に気を引き締めて対応する必要がある。
高まる緊張感の中、それは姿を現す。幹の影から覗いたその瞳は紅く、人間の膝ほどの高さにあった。巨狼と言われるような大きさではない。続く紅い光も同じような高さで四対見える。一人一匹相手すれば十分だが、体を休める頭になっていたカイは対応できるだろうか。
「このくらい、魔珠の力借りなくても余裕だって!」
そうでなくては困る。小さな氷の礫を飛ばす私の魔術と風の斬撃を食らわせるエーデルシュタイン先生の魔術がまず二匹を地面に伏せさせる。ほぼ同時に私達の射線を避けるようにフィヒター先生が距離を縮め、異形の首を斬り落とす。次いで私達の魔術の発動を待っていたカイが残る一匹を貫いた。
これで終了。術式を懐に仕舞い、カイが槍を引き抜く。フィヒター先生が私達の背後に斬りかかった。
「油断しないで。まだいるわ。」
先ほどの倍はいそうだ。既に距離を詰められている。剣を拾い上げ、今度はそれでの撃退を試みる。エーデルシュタイン先生はまず距離を取ろうとし、カイは距離を縮めようとしている。私とフィヒター先生が最初に敵と戦うことになりそうだ。
鋭い犬歯を剥き出しに飛び掛かって来る異形たち。剣に施した術式のおかげで切れ味は抜群だ。剣を噛もうとすれば歯ごと斬れてしまう。そんな物を一度でも見てしまえば警戒するだけの知性は持ち合わせているようで、一度距離を取った。そんなことをすればエーデルシュタイン先生の術の餌食となるだけだ。逃れた数匹もカイの槍の鋭さからは逃げられない。
「みんな、怪我はないね。魔珠を回収して、戦闘の反省よ。」
フィヒター先生の指示に従い、安全な場所まで退避してから戦闘の反省を行う。全員十分な働きができていたように感じられるが、強いて言うなら最初に見えた四匹の討伐直後に術式を片付けてしまった点が反省点だろうか。周囲に異形がいないことを確かめてから片付けるべきだった。フィヒター先生のおかげで事なきを得ているが、彼女の助けがなければ怪我をしていただろう。
「燐は無理してた。剣だけで異形の相手なんて。怪我もしそうだったろ。」
危うい戦い方をした覚えはない。剣に持ち替えてからはフィヒター先生ほどの動きはできずとも、カイに無理していたと言われるほど剣が苦手なわけではない。それとも私が気付かないうちに彼も守ってくれていたのだろうか。
「ありがとう。」
「別に、俺のほうが接近戦は得意ってだけだし。旅の仲間は助け合いが基本なんだろ?」
何かあれば私も援護射撃を行う。誰かが前に出ているのなら声をかけることも忘れないようにしよう。難しそうなら今回のように私も前に出る。それで十分だ。今日の私が自分の危険にも気付けない状態だったのならそれに甘えて最初に休ませてもらおう。




