06 最終防衛線:北部
一晩考えてもフィヒター先生を納得させるための案を思いつかなかった。食事を終えてもまだ思いつかない。散歩でもしようかと廊下を歩いていると、大きな箱を運んでいる少女がいた。私よりも体が小さいのに、自分よりも大きな箱を持ち上げている。前が見にくそうだが、重そうな動きには見えない。
「ねえ、それ重くないの?」
「大丈夫。オイゲンがいい魔珠をくれたの。」
「魔珠?」
首飾りを見せてくれる。そこに付けられているのはあの紅い宝石。一部の異形の心臓に埋まっていた物と同じ見た目だ。これが何なのか聞いたことがない。エーデルシュタイン先生が最初の街に送っている物であるということしか知らない。
「魔術使っても疲れにくいんだって。この手袋も見て!これもオイゲンが作ってくれたんだよ。」
一度大きな箱をドスンと置いてまで見せてくれる。手の平側に術式が描かれているが、これは重さ軽減の魔術が発動できそうだ。触れている物の重さを軽減するのなら手袋の形は適している。可愛い色味に手の甲側の花の模様。彼女のためだけに作った物だろう。
置いた時の音から箱自体が軽くなっているわけではないと分かる。重さはそのまま、術者に軽く感じられるだけ。疲れ具合はどうなのだろう。重い荷物を持った時と同じなのか、軽い物を持った時のようになっているのか。それによって有用性は変わる。
「全然疲れないよ!魔珠のおかげでもあるんだって。」
どちらなのか説明することは難しいようだ。一度カイに使ってみてもらう必要がありそうだ。カイの槍の持ち手に重さ軽減の術式を巻けば似た状態にできるだろう。戦える時間は延びると期待できるが、本人の感覚も確かめたい。体力や動きに余裕ができれば、周りの様子を観察することもでき、無駄を減らすことに意識を向けることもできるだろう。
良い術式を見せてもらった。エーデルシュタイン先生に報告するついでに、紅い宝珠、魔珠についても尋ねてみる。
「え、ああ、あれね。そんなに使いたい物じゃない、かな。そっか、オイゲンは子どもにも使わせてるんだ。」
視線が下がる。あれが何なのかも教えてくれない。魔珠と言って通じたのに、どうしてその呼び名も教えてくれなかったのか。有用性を知っていたのに使わせてくれなかったのは何故なのか。使いたい物ではない。そこには理由があるはずだ。
重量軽減の術式には賛同してくれた。明るい雰囲気に戻った時を見計らい、再び魔珠について問いかける。しかしやはり答えてくれない。この程度の策略は通用しなかった。こうなるとオイゲンという人物に当たるほうが良いだろう。その人はこの街の有力者、オイゲン・アイヒェル。先生達は面識があるようだ。旅に同行している燐だと言えば会わせてもらえないだろうか。すぐは無理でも約束くらいは取り付けたい。
期待せず教えてもらった居場所を訪ねれば、予想外にすぐに承諾してもらえる。午後の休憩時間ならと半日ほど待つだけで会ってもらえたのだ。
「わざわざお時間を作っていただきありがとうございます。」
「この世界を救ってくださる御子様のご希望ですから。御子様ともあろうお方が私のような者に畏まる必要はございませんよ。」
他の町にも御子のことは知られているのか。顔が知られているわけではないだろう。町で声を掛けられることはなかった。それとも突然声を掛けることは控えてくれているのだろうか。
「御子様のことはコリンナから聞きましたよ。話し相手になってくださったとか。」
「ううん、私が知りたいことを教えてもらってたんだ。」
詳しく知りたいことは魔珠について。一部の異形の心臓の位置にあった。剣では斬れず、傷ついた様子もなかった。血のように紅く、波打っているようにも見える輝きを放っていた。それ以上のことは分からない。
アイヒェルさんによると、魔力に似た力で構成されている物らしい。それが何なのかは解明されていないが、魔珠を所持した状態で魔術を使うと負担が軽減されることは分かっている。効果時間の長い術を発動すると非常に疲れるが、魔珠を所持した状態なら発動した瞬間を意識するだけでさほど疲れることもない。非常に有用な物だ。便利過ぎるほどだが、なぜそれが可能なのかが分からないため、気付いていないだけで何らかの代償を支払っているのではないかとも心配されている。子どもでも特に健康に影響が出ていないことを安全性の根拠にしているが、それでも使用を拒む者は多い。
「私達も使わせてもらっていい?」
「もちろんです。御子様御一行なら倒した際に手に入れられていることでしょう。」
見に着けやすいよう加工された魔珠を四つ貰っていく。一人一つ持てば十分だ。あとはカイの槍に巻く術式を描けば良いだけ。これも魔術を用いて柄に染み込ませてしまえば、傷が付いても術式が壊れることはない。
魔珠の影響が分かれば共有することを約束し、旅にも持って行かせてもらう。伝えられる次の機会はここに戻って来た時のため、時間はかかるだろう。あの子も既に数年使っていると聞いたため、旅の間にすぐ不都合が生じることはおそらくない。万が一あった場合にはすぐ使用を中止しよう。
槍に巻きつける術式はそう難しくない。あの子の持っていた術式という見本もある。感じる重さを軽減したい物も槍と固定されているため、もっと単純なものにできる。後はどの程度の重さにすればカイにとって使いやすくなるかという点を使ってみてもらって調整するだけだ。
気晴らしに街を歩く。元々の住民の大半が避難しているため、人影は少ない。北部の最終防衛線でもあるため、度々異形が侵攻してくるそうだ。今も戦闘が行われているが、南側には音も聞こえない。私達には体を休めてほしいと戦闘への参加は免除されているのだ。対処できない状態ならもちろん私達も参戦するが、今はその必要もないらしい。それでも一度は内部にまで攻め込まれたことがあり、一部の建物には破損が残っている。そのせいで廃墟の雰囲気が漂っている箇所も見えた。
「燐も散策中?」
「はい、フィヒター先生。少し考え事を。」
「カイのことかしら。」
槍に刻み込む術式のことを伝えると、試してみようと訓練場に連れて行ってくれる。しかし真っ先に向かったのは折れた木剣などを破棄する場所。術式を試して良い物ならこれ、と教えてくれた。既に壊れている物のため振るうと危険だが、術式を刻むだけなら怪我する心配はない。
「どうかな。フィヒター先生のにもする?」
「私には要らないわ。軽すぎても斬りにくくなってしまうから。実際の重さは変わっていないとは言え、振るう感覚は変わってくるからね。カイにも一度尋ねてみたほうが良いわ。」
重さを感じず威力を変えない。そんなことができるなら飛びつくかと思ったが、そうではないらしい。自分用の剣にもこの術式を刻み込み、振るってみるが、特段不都合はなさそうだ。私が熟練者ではないからだろうか。
そうして二人で術式の要不要を確かめていると、カイも訓練場にやって来た。彼にこそ試してほしい術式のため、魔珠を渡すと同時に頼んでみる。
「試してみたい、けど。そんな物がなくたって平気でついて行けるくらいでないと駄目だと思うんだ。心も体も三人みたいに強くならないと。全員遊びじゃなく命を懸けてるんだから。」
先生達の言葉が彼に刺さっていた。そのため午前もここで鍛錬に励んでいたそうだ。しかし道具に頼らないというその心意気もフィヒター先生に一蹴される。
「考えは素晴らしいけれど、道具を使いこなすことも実力の一つよ。私達にはゆっくり鍛錬している時間など残されていない。」
広い意味で言えばフィヒター先生や私の使う剣もカイの使う槍も道具だ。術式だって道具と言える。何も使わずに敵を排除できるならそのほうが良い。武器を奪われても術式を描けない状態でも勝てるのだから。魔珠も使わずに済むなら荷物が一つ減る。首飾りが千切れてしまう心配も皆無になる。丈夫な紐を使っているためそんな心配はほぼないが、万が一はある。
フィヒター先生は剣を使いこなせるから使う、重量軽減の術式は使い辛くなるから使わない。私は術式も使ったほうが戦いやすそうだから使ってみる。二人とも自分にはどちらが合っているかと考えてからの結論だ。
「カイ、貴方も使い心地を確かめてから、貴方の感覚で選びなさい。」
ひとまず術式を試すことは了承してくれる。訓練用槍を拾い、それに術式を施す。これも殺傷能力は下げられているが、重さは実際の戦闘に用いる物に近い。振るって確かめるには十分だ。
槍の構え方なども少しは習った。しかし振るう姿を含めても他人の変化は分からない。カイにとって重さの感覚が変わることは大きな影響となるだろうか。最初軽さに驚いたことは分かるが、二回三回と振るえば今までと変わっていないように見える。
「燐、カイの槍に刻んであげて。カイ、私と手合わせしよう。」
カイの了承も得てフィヒター先生の指示に従う。先生は破損していない訓練用の剣を借りたが、カイは実際の戦闘にも用いた殺傷能力のある槍だ。万一があれば先生は怪我では済まないかもしれない。そんな緊張感のある手合わせが始まった。
先手はカイに譲られた。彼の槍の使い心地を確かめることが目的だからだろう。薙ぎ払いで様子見するのは先生に刺さってしまわないように、だろうか。彼女の実力なら躱してくれるだろうが、過信して怪我をさせてしまっては後悔する。躊躇することも理解はできる。そんな私たちの思いに気付いたのか、先生は容赦なく訓練用剣で手首を打つ。カイは取り落とすことこそ耐えたが、首に添えられる剣には反応できない。
「まず一本。次は全力で来い。お前の得意技はそれではないだろう?」
剣を左手に持ち替え、右手で挑発を行う先生。それに乗り、カイは突きの連撃を繰り出す。速度は猫のような異形に襲われた時以上で、繰り出している時間もその時より長い。先生も全てを正面から受け止めるが、反撃はしない。できないのかしないのか分からないが、少なくとも満足そうな表情は浮かべている。彼女から見れば良い突きなのだろう。徐々に後ろに下がっているようにも見えるため、カイが押せているのかもしれない。
十数分でフィヒター先生はカイを止めた。何か分かったのだろうか。カイもお礼を言い、槍を撫でている。
「悪くないな。これなら同じように戦える。」
「素直に良いと言いなさい。」
魔珠も術式も使うことにしたようだ。使わないことへの拘りがなくて一安心だ。念のため確認するが、フィヒター先生もこれならとカイの動向に理解を示してくれた。自信がつけば周りを観察する余裕も出る、疲れ始めるのが遅ければ対応できることは増える。そんな理由まで教えてくれた。二人の先生が出来過ぎること、私と自分を比べることで自信が不足していたらしい。
この先も四人で進められる。エーデルシュタイン先生にも良い報告ができる。そうその場を離れようとしたが、カイに引き留められた。
「燐は、初めて殺した感触を覚えてる?」
初めて殺した生き物は熊型異形だったか。魔術を用いたため、感触はなかった。剣で殺したのは猫型異形。肉を刺した感触はあった。遠い過去のことでもないため覚えているが、こうして問われるほど特別なことではない。異形討伐に私は呼ばれ、それを了承し、そのために街を出たのだ。
「俺は覚えてる。自分の作った罠にかかった兎に止めを刺せとナイフを渡された六歳の時のことだ。これが死の感触なんだって、幼いながらに思った。だから無駄にしちゃいけないって。生きるために殺すことは仕方なくても、最小限に留めるべきなんだって。」
自分の手を見つめるカイ。彼は生き物を刺す時の感触が好きではないのだろう。だからナイフは使いたくないと言い、剣も握りたくないと言う。せめて敵から距離を取れる槍で攻撃する。可能なら感触の残らない魔術で戦いたい。しかし彼には魔術言語を学べる環境がなかった。私たちと出会ってからはその機会も得られたが、既にそういった勉強をすることへの苦手意識は植え付けられていた。魔術言語でない文字も読めない自分に、魔術言語も術式も難しすぎる、と。
彼の話は退屈だ。槍で戦えているのだから良いだろう。術式は理解できていなくても使える物もあるのだから良いだろう。学びたいなら今からでも学べば良い。エーデルシュタイン先生なら上手に教えてくれる。私も魔術言語を彼から学んだ。それ以外の言語だってきっと教えてくれる。
「そうね。この世界が滅びる前に、やりたいことをやっておくと良いわ。」
不吉なことを言うものだ。滅びさせないために私を呼び寄せたのだろうに、私の実力を信じていないのだろうか。それともたった一人に期待できるほど単純な状況ではないのだろうか。世界の存亡を論じるほどに追い詰められているからこそ不確実な方法に頼ったのだと考えれば、一人の人間にどうにかできる問題ではないと言うのも理解はできる。
「私達の肩に世界の命運がかかっているの。貴方達はこういう言い回し、好きかしら。」
勝手に背負わされただけのこと。この世界が滅びようがどうしようが私には関係ない。滅びてしまえと思うようなことはなく、手を貸しても良いというだけだ。カイは私と異なる思いを持っているようで、表情を明るくした。
「俺達の愛が世界を救う、なんてのはどうかな。かっこいいだろ?」
「愛で世界は救えない。もう幾つも村は滅んで人は死んでいるのだから。」
自分の村で起きたことは忘れたのだろうか、忘れようとしているのだろうか。異形の死でさえ悼んだ彼が村人の死をなかったことにするとは思えない。村にだって愛はあっただろう。その矛盾はどう解決するつもりなのか。
「俺の分の愛が足りなかったんだよ。あの村には特別に大切な人がいなかったから。」
今はいるのか。そんな問いかけには答えてもらえない。フィヒター先生も私の疑問には答えない。先生達はあの街の人々が大切だが、カイには特定の一人が大切。そんな違いがあっても、その誰かを知らずとも、旅に支障はない。そんな言葉に続けて、話を逸らされる。
「祈りも一つの力よ。思わぬ力を発揮することもある。愛も祈りも大差ないものよ。向ける相手が違うだけね。」
神に祈っても救いはない。それをこの世界の人々は痛感しているのではないか。それなのにまだ祈る力を信じている。その理由をこの先の旅で知ることができるだろうか。




