05 作戦会議
人こそ少ないものの、荒れた様子はない北部の最終防衛線。街の南門も顔が知られている先生達のおかげで問題なく通過し、最初の街にもあった戦士達の集まる建物へと立ち入る。ここもこの街の戦士の集まる建物であり、ここで戦士達が日々鍛錬を積み、街を守るための作戦を立てている。さらに北部から降りて来る異形を食い止め、避難して来た人々を守る。戦う力のない者はさらに内部、ラファエルさんの守る街や周辺の集落まで護衛する。移民ばかりの村にするか、既にある村に入るかは人数などを考慮して都度判断しているそうだ。小さく弱い異形は各地の狩人に任せる形を取っており、対処が難しい物を優先的に排除している。
この街での休息がカイの覚悟を決める最後の時間だ。ここから先は異形の領域。人々の手に負えなくなり放棄された地となる。私と先生にとっては作戦を考えるための時間。カイも参加したそうに傍にはいるが、内容を聞けているのかは分からない。
「巨狼はここまで来ないんだよね。」
「ええ、なぜか降りて来ないの。そうね、他の特殊な異形についても共有しましょう。」
巨狼は一定の地域を徘徊するのみで、北上することも南下することもない。この付近に現れる異形の数にも波があり、それが巨狼の徘徊周期と重なっていることから、巨狼に追いやられた異形が降りてきているのではないかという推測もある。似た外見の異形で固まっている理由も、全く異なる外見の異形同士は敵対するからではないかと仮説が立てられている。これは旅をしている間に確かめられるだろう。
現在確認されている巨狼には討伐隊が組まれた過去もあるが、返り討ちに遭っている。対峙して生存した者も少ないため、事前に作戦を組むことも難しい。
「まずは遠目から観察して、姿形の確認をして、一旦離れて作戦会議というのが安全ね。」
「魔術で探ると勘付かれるかもしれない。一部魔力の動きに敏感な個体がいるんだ。巨狼に一か八かで探知魔術を使いたくはない。フリーダ、君の目が頼りになる。」
「任せてちょうだい。」
現状の情報では、形が狼のよう、体高が人間の身長ほどもある、討伐隊がほぼ壊滅しているの三点のみ。それだけでも真正面から戦うことが危険な相手だとは判断できる。爪も牙もきっとある。その体の大きさに見合った長く太い爪と牙だろう。それの餌食になればおそらく生きてはいられない。魔術で戦うことが基本になる。《氷の靴》もどこまで通用するだろう。術式も遠くへ飛ぶ物を用意しておこうか。フィヒター先生は剣、私は剣と魔術、エーデルシュタイン先生は魔術。問題はカイだけだ。魔術言語も不得手であり、槍術もそこそこ。本当にここで他の異形たちを相手にしていてもらおうか。
新しい術式を組んで、もっと戦いやすくしてあげるという手もある。そのためにはエーデルシュタイン先生と私が術式を考える時間も必要だ。状況に応じて使い分けられるよう幾つも用意するよりも、どの状況でも使える物を少数、もしくは、ここぞという時に使う一種類のみを用意しよう。覚える魔術言語は少なくしなければカイの習得が間に合わない。
「ひとまずカイは戦力に入れずに考えよう。当てにするのは危険だ。」
「俺は戦える。次はちゃんとやるから。フィヒター様、エーデルシュタイン様、燐様、お願いします。」
自分だけ戦力外だと言われる。戦えると言い張り、着いて来た彼にとって辛いことだろう。可哀そうでもあるが、現状、その言葉を無条件で信じることも難しい。
「安全な場所にいてくれてもいいよ。無理しなくていい。私達がやるから。」
「必要性は分かってる。情をかければ守りたい人が死ぬことはもう覚えたから。だから、どうか同行させてください。」
彼を戦力として考えるのなら、フィヒター先生同様、完全なる前衛だ。魔術言語を用いて自ら発動する魔術は最低限、残りは剣術や槍術に加え、衝撃で発動する魔術。遠距離攻撃は不得手。エーデルシュタイン先生は魔術で一網打尽も急所狙いもできる。私は両方ある程度できる。本当にカイが戦えるのなら何も心配は要らないだろう。
前提条件がある。その点が不安要素だ。カイが抵抗を感じない戦法ならもっと安定して戦えるだろう。要は弔っていると感じられるような結果になれば良い。
「今は魔術で氷とか風とか使ってるけど、全部炎にしない?火葬のイメージで。」
「一応言っておくと、人間の領域内なら疫病の問題があるから後片付け部隊が死体は焼いてくれてるよ。それまでの間に食い荒らされたり、ちょっと腐敗したりはあるかもしれないけどね。」
これでカイの心も少しは軽くなっただろうか。木々に燃え移らないよう、火力は抑えたい。炎が出現するというよりは剣や槍が高温になるという方向で調整すれば火は点きにくいだろう。今までよりも攻撃範囲は小さくなるが、誤爆は減る。人に当ててしまった時点で危険であることは術式を施していない場合でも同じであるため、一定の衝撃を少し弱めに設定しても問題ないだろう。いざとなればその術式を停止する機構も組み込んでおこう。私かエーデルシュタイン先生が起動言語を発声すれば停止する術式が作動し、槍の穂先から熱を発するための術式を停止できる。
何回か確認し、大きな問題がないことを確認する。主にエーデルシュタイン先生がカイの槍に刻み込んだ術式の作動と停止を切り替える予定だ。
「地面に穴を空ける、じゃ駄目なのか。遺体全部埋められるくらいの大きな穴。」
下に空洞でもあれば、という可能性を彼は考えないのだろうか。そんなことはもう既に考え、危険だからと却下している。自分達の身の安全が最優先、そんな説明をしているうちに面倒になってしまったのか、フィヒター先生が途中で諦めた。
「戦士として同行するなら腹を括れ。できないのならここで降りろ。分かったわね。」
「フリーダ、本性が出てるよ。まあ、でも、内容には賛同するね。僕らは遊びに行くわけじゃない。」
三人でも問題ない。そう私の実力を評価してくれているが故の言葉だと思っておこう。私の援護もないため、カイはそれ以上の提案をやめた。最終防衛線と言っているのにその内側に異形がいた事実、自分の村も壊滅した現実。それらが自分の感情で先延ばしにできるほど余裕のある状態ではないことを思い出させたのだろう。
カイも敵を殺すための一員として数え、槍術以外の討伐方法を考える。それはもちろん魔術になるのだが、魔術言語以外による起動が提案されたのだ。衝撃により発動する案は現状と同じ。しかし衝撃を受けた場所から術が発せられるのではなく、槍を地面に突き刺すことで遠く離れた場所に発動するよう調整できないかと言うのだ。もしそれが可能なら槍でも安全圏から数を減らせる。魔術を使うことに変わりはないが、魔術言語という障害はなくなる。一方で混戦の場合には味方にも当たってしまう可能性も高まってしまう。
「それ用の投擲槍とかナイフとか、ただの頑丈な石でも用意すればいいよ。その武器で攻撃しないなら、地面に打ち付けやすい物何でもいける。」
荷物を一つ増やすだけで安全が買えるのなら安いものだ。あとはなるべく様々な状況に対応できるよう考えるだけだ。
作戦会議は順調に進み、新たな術式の作成にも時間を取れた。旅の計画も立てている。あくまで持ち運ぶ食料の量を考える際の目安にする程度の計画だが、見通しが立っていたほうが動きやすい。具体的な動きも考えられ、心には余裕ができる。そうこうしている間に夕食を取るに程良い時間にもなり、私たちの差し入れた異形の肉が美味しく調理され、ご馳走のように振る舞われていた。
「無駄なく食べないとな。」
「私は純粋に嬉しいよ。美味しい物をみんなと一緒に食べられるの。そうできるように作ってくれたんだから。」
カイも異形の肉自体は食べていたのだろう。道中も抵抗なく食べていた。ただの食料なのに心して口に運んでいる点は不思議だが、彼なりに思うところがあるのだろう。食べているのなら問題ないとエーデルシュタイン先生は言ってくれる。一方フィヒター先生は私にもカイにももっと食べなさいと言う。食べなければ体を動かず、体力も増えず、筋肉も付かないと。一度に沢山食べられないなら回数を食べるようにという助言も貰った。それが効果を発揮しているのかは分からない。そんなことを意識せずとも体は動き、筋肉も付いているような見た目にはならないが筋力は上がっている。
ここの住民も異形の肉に慣れているのだろう。肉が食べられれば、あるいはお腹一杯食べられる食料であれば何でも良いのかもしれない。
「燐は、前もこんな生活を送ってたのか?殺して、捨てて、奪うような生活を。」
以前のことは知らない。私がはっきりと覚えているのはラファエルさんに呼び出されたあの時からだ。詳しい話はあまりしないよう助言も受けている。ただでさえ救世主様、御子様と仰がれているのだ。ラファエルさん達の呼びかけに応えて生まれた何か、だと確信されてしまえば熱狂的な思いを向けられかねないと心配してくれている。私が崇め奉られないのなら言っても構わない。しかしそうなればもう食堂で彼らと共に食事を取ることも、術式に関して彼らと意見交流することもできない。気楽な日々は二度と戻らないと言われている。
カイにはどこまで話して良いのだろう。先生達は口を噤んでいる。目配せもしてくれない。私の判断に委ねてくれている。
「秘密だよ。共に旅をするのに、過去は必要ないでしょ?」
彼に話す理由はない。少なくとも今は、周りの人達に聞かれる危険を冒してまでする話ではない。私も彼らの過去を知らない。私の過去はない。カイも他人の過去を聞く必要はない。ラファエルさん達は私を自分達の都合で呼び出したからとその理由とこの世界の状況を教えてくれたが、自分達の過去に主眼を置いての話はしなかった。私も特段聞こうとは思わなかった。
「強いね、燐は。俺は気になるよ、君がフィヒター様やエーデルシュタイン様とどういう関係なのか。」
ラファエルさんはカイのいた村から近い街の有力者だ。その街だけでなく周囲の村も守るために尽力していた。それは小さな村に住んでいたカイも知っており、あの地域では三人の名を知らない者はいない。各地に点在する巨大な異形を討伐する話も、そこから想像を広げれば納得できる。しかしそこに同行する私に関しては一切情報がない。その上、私は二人を先生と呼んでいる。教育者でも何でもない二人のことを先生と呼ぶ謎の少女。そんな存在がいるという噂話すらなかった彼女のことは、彼の興味を引いて仕方ないらしい。
本当のことを話す必要もないが、嘘を吐く必要もない。彼らに頼まれて、術式に興味を持ち、彼らに協力しても良いと思えたから同行しているだけ。カイのように誰かに助けられたから力になりたいとか、村が壊滅したから救世の旅に同行したいとか、そんな動機があるわけではない。そんなことは求められていない。気紛れでも何でも、手を貸してほしいと頼まれただけだ。
「とても危険な場所に行くんだと俺には覚悟を求めた。それなのにどうして彼女には何も言わないんだ?彼女こそ遊びに行くような感覚じゃないか。」
先生達への問いかけだ。実力の一言では片付けられない。それで納得してくれはしない。精神の安定性、平常心を保つこと。身近な人間の死を目撃すれば強い動機にはなるが、いざという時に冷静さを欠く不安要素にもなる。そんな先生達の説明からは私への信頼が聞こえた。
「俺だってそんなに動揺したところは見せてない。」
「槍捌きを見れば分かる。練習では安定する穂先が実戦でぶれるのは緊張のせいだけではないわ。無駄が増えるのも、周りが見えなくなってしまうからね。」
「武術でも魔術でも同じだよ。より強い相手と命を懸けて戦うのなら、そういった感情を殺せなかったほうが死ぬ。」
勝ちたいという気持ちだけではいけない。死んでも良いと思って向かっても殺されるが、死への恐怖心が強すぎてはいけない。戦闘に集中しても目の前の敵だけを見ていては回り込んだ別の敵に殺される。集中するとは前しか見ないことでも今見えている物だけを意識することでもない。
悔しそうなカイ。彼にかけてあげられる言葉はない。ここから先の危険性も旅や戦闘に必要な心構えも私は深く理解できていないから。私の理解は先生達から教えられたことのほんの一部に留まっている。
一人不服を抱えたままの食事を終え、眠りの時間を迎える。明日は滞在の予定だが、夜の街を見てみるのも良い。少し散歩でもしようかと扉に手をかけると、エーデルシュタイン先生が立っていた。
「燐、今いいかな。」
気付かないうちに疲れていることもある。術式の作成は頭を使うもので、魔術の行使は神経を使うものだ。そう早く休むことを勧めていたのは先生なのに、一体どうしたのだろう。疑問には思いつつ、拒む理由もないと部屋に招き入れた。
「カイのことで少し。フリーダとも話したんだけど、彼女は彼の同行に反対なんだ。だけどそう言えば彼は一人で暴走してしまいかねない。」
同行させる危険性も理解できる。だから昼間はそれを極力小さくする方向で考えた。置き去りにしてもラファエルさんの街から出た時のように無断でついて来るだけのような気もする。そうなれば彼の行動次第ではむしろこちらが危険に巻き込まれる可能性すらある。
「彼は君のことを意識しているようでもあった。彼のミスで君がもっと怪我をすれば、何か変わるかもしれないね。」
本当にそうだろうか。少しなら既に傷付いた。最初に出会った時と何かが変わったようには見えない。それとも私には分からないだけだろうか。一人納得しているエーデルシュタイン先生はフィヒター先生が安心してカイを同行させられるような策を考えようと提案した。カイが成長するような何か出来事を起こすことができれば、と。具体的な方法を考えて、次回持ち寄ろうという話だ。どんな出来事があれば良いのか皆目見当つかないがひとまず了承を返す。私もカイを同行させることに強くは反対していないから。
本当に少しだけ話してエーデルシュタイン先生は戻っていく。カイのことを心配してあげているだけなのだろう。それとも巨狼討伐の妨げになるものを極力排除しておきたいだけだろうか。いずれにせよ、これからの旅のためになることではあるだろう。
フィヒター先生がカイの同行を拒むのは戦闘時の様子が原因だ。槍の突きは牽制になっていたが、当たっていないことも多く、突き続ければ早く疲れてしまう。目の前の異形に集中し、他を見られていなかった。足止め係と殺害係に分かれている作戦は認めてもらえるだろうが、その場合も前衛が足止めを担い、魔術で一網打尽にする。足止め係が先に疲弊してしまっては困る。カイの無駄が減ればきっとフィヒター先生は同行も認めてくれる。そのためにはカイの努力が必要不可欠で、一朝一夕に解決するような問題でもない。




