04 二回目の実戦
ラファエルさんによる見送り。本当は自分も行きたい、だけど行けない、だからせめて見送りくらい、と時間を取ってくれたのだ。他の人もいる前で様々なことを伝えてくれている。私達に頼んでいるのだ、自分達は頼む側なのだと示しているのかもしれない。本来なら召喚などという方法に頼らず、自分達で倒すべきなのだと強調している。たとえ誰かを犠牲にしたとしても。それを曲げて救世主を召喚した。この世界を救ってほしいと。
演説のような内容から具体的な目的へと話は移り変わる。大陸における人間の領域は狭まっており、最終防衛線が設定された。そこにも既に異形が近づいている。そこも多くの人が住み、異形が現れる前には大陸で五本の指に入るほど栄えた都市だったという。しかし今は彼らも異形に恐れをなし、滞在している者の多くは戦闘ができる者に入れ替わっている。
「異形討伐の旅に出る御子様御一行に世界樹の加護があらんことを。」
最終防衛線の内側にも異形は出現している。一体一体が外に比べて弱く、数が少ないに過ぎないそうだ。それでも無力な人間では勝てない。見つけ次第、討伐しつつ目的地を目指す予定だ。戦闘は体験した。捌くこともできた。二人の先生も同行してくれるのだ。唯一の懸念点は留守番するはずのカイまで気を引き締めていることか。
応援の言葉を背に街を後にする。ここからは異形が何時現れてもおかしくない。四六時中警戒し続けることは人間にできることではない。最低限の警戒は残すが、散歩のような気分も保って三人で歩く。
「燐は以前にも旅をしたことがあるのかしら。」
記憶にはない。何も覚えていない自分の記憶など当てにならないが、ないのだろうと回答するしかない。前回の実戦が初めてだったように思う。懐かしい感覚はなかった。その時に異形との戦いを経験し、異形の捌き方を学んだ。移動時の心構えも歩きつつ見させてもらった。見様見真似、何となくの感覚でしかないが真似しているつもりだ。足りない部分は二人の先生が補ってくれるだろう。
事件は夜に起きた。異形が出現したわけではない。賊が襲って来たわけでもない。しかしここにいるはずのない人物が現れたのだ。
「カイ、留守番だと伝えたはずだ。」
厳しい言葉を向けるフィヒター先生。それもそのはずだ。ラファエルさんから伝えられたあの決定は二人の先生も了承したものであり、特にフィヒター先生は戦えない人間を引き連れることの危険性を伝えていた。エーデルシュタイン先生も困ったような顔をしているが、カイに引き下がる様子はない。
「一人で帰すほうが危険だね。仕方ない、お荷物を連れて行こうか。」
一瞬俯くが、よろしくお願いしますと頭を下げるカイ。それも手の一振りで受け入れ、二人は寝支度を進める。火を点けやすい乾いた枝や葉に、長持ちする少し太い枝。一部は組み上げ、一部は足せるよう用意する。寝る時は上着を布団のように被り、焚火にも頼り暖を取ることになる。着替えもないが、旅の間だけの我慢だ。
「悪いが、カイは寝ずの番から外れてもらう。気付けなかった場合も恐れから動けなくなった場合も私達の命が危険に晒されるからな。」
前回、何もできなかった彼だ。フィヒター先生がこのように判断するのも仕方ない。しかし自分の村が襲撃されたのだから何もできなかったのも無理はない。まだ衝撃が抜けていないかもしれないため、ゆっくり休んでいてもらおう。
寝支度が済めば作戦の調整だ。カイがいない想定の作戦なら立てている。いる場合は彼を守る要員が必要だ。戦う人数は三人のままだが、一人は彼の傍に付いている必要がある。いざとなれば彼を庇わなければならないため、抱えて逃げることもできるフィヒター先生が適任だろう。エーデルシュタイン先生は術に長けているため、術式の用意や詠唱さえ間に合えば一掃してくれることだろう。
「それなんだけど、僕が用意して来た術式を共有したいんだ。」
戦闘の想定場所が森や山の中のため、地形に影響を与える物が選択肢から外されている。火を呼び出しては周囲に枯れ木があった場合、自分たちをも巻き込んで火事を発生させてしまう。水を呼び出しても足場を悪くしてしまい、異形の動きも制限するが自分たちの自由も奪ってしまう。足元の大地を変形させても、地下に空洞があれば真っ逆さまだ。相手が獣であることを考慮すると明るさを変える意味も薄い。変えた瞬間は怯んでも、匂いと音を頼りに攻撃するよう切り替えられる恐れがある。そうなると主な攻撃方法は直接異形を殺すことだ。彼の取った選択は風を矢のように打ち出し、刃のように薙ぎ払う。そんな術式だ。
私も用意した術式を共有する。前回でも使用した魔力を前方に打ち出すものに改良を加え、間に人がいても発動できるよう、術式から一定の距離の一か所に爆発が発生するようにした。もう一つが靴の裏に彫り込んだ術式だ。こちらは起動単語を《氷の靴》に設定し、術式から一定範囲を凍らせるものにした。周囲に味方がいる時は使えないが、自分が突出した場合には大いに頼りになることだろう。剣のほうにも細工をしているが、貫通力と斬れ味を高めるものだ。気を付けてもらうことはないため、簡単な説明で済ませよう。
「燐、少し相談に乗ってほしい。沢山勉強したって聞いた。術式に関してももう詳しいって。俺の村が襲われた時も魔術で戦ってた。俺も槍だけじゃなく、力になりたいんだ。」
槍の腕前には自信があるようだ。しかしもっと巨大な狼を相手にすることを考えると、貫くことが困難になるだろう。意外と冷静に判断できている。気になるのはあれだけ怯えていたのに接近して戦えるのかという点だ。槍では前に出る必要があり、前に出れば異形の攻撃を直接その体で受ける危険性が高まる。もう怖がって動けない、一人で逃げ去ってしまうなんてことにはならないだろうか。
「やる。もう逃げない。逃げたから全部失ったんだから。でも槍だけじゃ難しいってのも分かる。だから、君が剣に使える術式を組みこんだのなら、俺の槍にも同じことをしてほしい。」
槍の先端から風の矢が出るような細工で良いだろうか。槍を突き刺した瞬間に起動言語を発声することも難しいかもしれない。穂先への衝撃で発動するようにしたい。一定以上の圧力か衝撃という設定にしなければ、他の場所に当たった時も発動してしまうため、その辺りは調整しよう。二人の先生にも協力を仰げば、適切な力に調整できるだろう。術式は持ち手に描けば良い。術式に触れている、かつ、穂先に適切な衝撃。その条件なら不意に発動してしまうことも防げるだろう。
術式の調整は明日以降にお預けだ。体は休めないといけない。
順調に目的の街に近づき、順調にカイ用の術式も調整されていく。そして残りの一日程度で着くだろうとなった頃、フィヒター先生の忠告があった。何に備えれば良いのか分からないが、私達と敵対する者の接近だ。剣と術式を用意し、身構える。フィヒター先生は既に剣を構えており、エーデルシュタイン先生も術式を手にしている。カイも震える手を押さえ、槍を必死に持ち上げた。その持ち手には術式が巻かれている。
間もなくガサガサと茂みが揺れた。一早く反応したのはフィヒター先生。その剣先が茂みを斬り裂く。
「うわあ!」
飛び出してきたのは容易に抱き上げられそうな大きさの猫数十匹。数匹は先頭を行くフィヒター先生の間を通り抜け、フーッと威嚇している。驚きの声を上げて一瞬動きを止めたカイだったが、すぐに前に踏み出し、連撃を繰り出した。圧力が足りないのか、術式は発動していない。それだけの勢いが出せるほど力は込められていないのか、術式に問題があるのか。分析は後だ。
猫は私に向かって突撃する。彼らを受け止めるように立ち止まれば、彼らの足止めは可能だろう。
「《氷の靴》。」
発動してしまえば、凍った地面の上を歩くことにはなるが、猫のように足を氷漬けにはされない。一網打尽だ。それを逃れ、さらに私に近づいてきた猫はエーデルシュタイン先生によって薙ぎ払われる。ただし私を巻き込まないよう注意しつつのため、一気に全滅とはいかない。
攻撃できない者はいない。それでも猫を全て排除するには至らない。カイの連撃も私の氷漬けも逃れた猫を倒していこう。連撃に疲れたカイには隙も見えるが、不思議と猫は彼に向かって行かない。フィヒター先生はまだまだ元気そうに斬り裂く。エーデルシュタイン先生も倒そうとしているが、誤射を恐れてあまり術を発動できていない。私も自分を中心として混戦となったここで剣を振るう。フィヒター先生のように剣術だけで殺すことが難しいのなら、魔術で補えば良い。突き刺さる瞬間に合わせ、起動言語を発する。
「燐、良くやった。」
ずぶりと肉が刺さる感触。それを抜く間もないまま、フィヒター先生の言葉に返す余裕もないまま、また別の猫を受け止める。二匹分の重さを剣先で支えることはまだ難しい。重みに耐えきれず、腕は下がる。そのおかげで刺さりの浅かった二匹目が落ちた。まだ絶命していない。しぶとくも再びこちらに飛び掛かろうとしている。
「《氷の針》。」
飛び退いたそいつに氷の針を飛ばす。剣先から発射されるそれはほんの一秒ほどで溶けていく。この外気温では長く氷状態を保つほうが疲れてしまう。一瞬だけで十分だ。体内に余分な水が残されることも相手には負担となるだろう。
次から次へと飛び掛かって来る残党全てに術が発動できるわけではない。カイに当たらないようにも発動するが、爪や牙は右から左からやってくる。全てに対応することは難しく、幾つかには当たってしまった。
「燐、こっちは任せて。」
私とカイの隙を埋めるようにフィヒター先生は動いてくれる。既にかなりの数の猫の死体が転がっているが、生きている数もそれなりにいる。最初に現れた数よりも増えているようにも見える。途中で増援が来ていたのだろうか。
一度剣を構え直し、呼吸を整える。小さな猫なら魔術の補助がなくとも、私の剣術で殺せるだろう。カイも力を振り絞って槍を構え直す。エーデルシュタイン先生も針に糸を通すような繊細さで術を行使し、数を減らしてくれていた。
食料を確保し、心臓の位置にある紅い宝石も回収し、今日の野営地を定める。肉は大量にある。私はそんなに多く食べられないが、フィヒター先生は肉が特に好きなようで喜んでいる。エーデルシュタイン先生が持参した調味料が優れているおかげでもあるだろう。
「猫でも、食べるんだね。せめて骨は埋めてあげても良かったんじゃないか。命を奪ったんだから。食べもしないのに殺して放置なんて。俺の村を襲った異形と同じだ。」
血の臭いに釣られて他が来るかもしれない。あの量の肉を腐らないうちに食べ切ることも難しい。食べられる分だけを回収し、他は心臓にあの紅い宝珠が入っているかどうか確かめるため抉るに留めていた。
食事の用意をするエーデルシュタイン先生を横目に、フィヒター先生が改まった様子で地面に座った。カイも姿勢を正し、彼女の言葉を待つ。
「貴方達は巨狼やその他異形を討伐することに同意した。それは良いわね。」
私はそのために召喚され、カイも無理に同行した。足手纏いにならないよう戦っていた。止めを刺すことはできなくとも足止めはし、フィヒター先生の擁護はできていた。カイもあの村で生きていたのなら生き物を殺したことはあるはずだ。狩人でなくとも捌く光景を目にする機会はあったはずだ。殺すことに抵抗があるとは思えない。
「異形の討伐という言葉で表現しているけれど、身近な動物に似た姿のこともある。人間に近い姿のこともあるかもしれない。カイ、貴方は本当に躊躇なく、槍で貫ける?倒した相手を捨て置き、振り返ることなく前に進める?先ほどの貴方の意見を実行していたら、四人とももっと多くの異形に襲われていたかもしれないわね。」
止めを刺せていなかった。それだけの勢いを持って槍を突き出せなかったということだ。それに対する評価が厳しい。躊躇があったのでは、というフィヒター先生の推測にカイも何も返せていない。それは図星を突かれたからなのか、厳しい雰囲気に気圧されているだけなのか、どちらなのだろう。
「不思議ね。異形のせいで貴方の村は壊滅したのよ?」
「俺達だって生きるために狩りをしてた。彼らだって生きるために俺たちを狩ってくるんだ。憎くて殺し合ってるわけじゃない。」
今生きている人を守るために、異形どころか村人の死体も処理することなく帰還した。それが彼にとっては引っかかるようだ。異形のせいで身近な人間が死んでいるのに、殺してやるという気持ちにはならないらしい。余程のお人好しか、村人と上手くいっていなかったのか。詮索することはやめておこう。
「そのせいで燐が怪我を負っているのを見てもまだ躊躇するのかしら。」
カイが私を見た。魔術は体力を消耗する。治癒の魔術を用いても、術を掛ける者だけでなく掛けられる者も体力を消耗する。それは深い傷であればあるほどより疲れ、弱っている者に掛ければ疲労で死に至ることすらある。その危険を避けるため、術を用いて癒す場合も最低限に留める。今も出血だけを押さえて、傷跡自体は残したままだ。
「ごめんな、燐。大丈夫か?痛そうだ。」
「大丈夫、血は止めたから。」
「燐の怪我の一部は、俺のせいだ。」
確かに彼が倒せていればしなくて済んだ傷もあるだろう。しかし何もできず立ち竦んでいたわけではない。ただ実力が足りなかっただけ。彼のせいだと言い切ってしまうのはあまりにも可哀そうだ。誰しも完璧にできるわけではない。
「カイ、貴方に言うわ。このまま旅に同行するつもりなら余計な感情を抱かないで。敵に対する同情も憐憫も要らない。そのせいで危険に身を晒すことになるなんて真っ平だわ。」
彼にはより鍛錬を積んでもらう必要がある。今回、魔術が発動していなかったのにこれだけ疲労してしまったのだ。旅をしている間に自然と体力は増えていくだろう。無駄な動きを減らすよう鍛えてもらうのも良い。槍による連撃は当たっていないことも多かった。あれが牽制になっていた側面もあるが、一秒間に何回も突きを繰り出せるよりも一撃で何秒間敵を拘束できるかに意識を向けてもらえないだろうか。
巨狼などと戦う際は今回のような甘いことは言っていられないだろう。フィヒター先生も私達を庇う余裕がないかもしれない。彼女にはあっても私にカイを気遣う余裕はなくなる。彼の成長に期待する以外に何かをすべきだ。できることと言えば、本当に巨狼以外の全てを一掃できるような広範囲魔術の術式を用意しておくことか。突っ込んで《氷の靴》を発動させるのではなく、倒してしまうような威力のものを。
カイを次の街で置き去りにするのなら心配事は減るだろう。エーデルシュタイン先生は前衛が苦手でも敵から逃げることならできる。殺すことに躊躇はない、恐れに足が動かなくなることもない。フィヒター先生は剣術で敵を減らし、私も自分より強い人なら気にすることなく戦闘に集中できる。魔術を発動する際に巻き込まないよう気を付けるくらいだ。
「貴方には切り捨てる覚悟があるの?」
倒した異形を手厚く葬ることはできない。死体をそのまま放置し、朽ちるに任せる。一度は拒んだのだ。結果として従って付いてきた形だが、納得してはいない。
「心臓を抉り出す必要はあるのか。あれを回収する必要は、確認する必要はどこにあるんだ!」
「強い力を秘めている。魔力だという研究結果も出ているが、それだけでは説明の付かないことも多い。放置していると別の動物がそれを食し、体の異変が起きていたとの情報もある。迂闊に放っておくことはできない。」
黙って食事を用意してくれていたエーデルシュタイン先生も口を挟んだ。声を荒げたカイに黙っていられなかったのかもしれない。エーデルシュタイン先生は紅い珠を転送魔術で最初の街に送っていた。対となる術式を作っておけばそれも可能らしい。その転送魔術を少ない代償で何度も使えている理由はあの紅い珠にあるとか。
フィヒター先生の眼光とエーデルシュタイン先生の説明に腹を括ってくれないだろうか。私の願いを込めた視線もカイに伝わってくれると良い。
「俺は、できる。今日は、ちょっと、ためらったけど、殺せなかったけど、攻撃はできたし、突きで瀕死までは追い込めたから。慣れれば、殺して、放置もできる。」
何度も突きを繰り出していた。必死でもその手に獣を刺した感触は残っているはずだ。小さな村の狩人なら動物の死は身近だ。捌く場面を見たこともあるだろう。彼も殺せない、攻撃できないとは言っていない。殺した後、放置することに抵抗があっただけ。次はきっと殺してすぐ逃げることも覚えているはずだ。彼に必要なものは経験と慣れ。殺せはするのだから、あれは敵と自分に言い聞かせられれば良い。
「分かってる。自分より小さい燐にまで迷惑はかけたくない。無理言ってついて来てるんだ。俺にだって、できるから。」




