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星合燐の降臨  作者: 現野翔子


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03 実戦

 ラファエルさんから実戦に出ることを聞いてから一か月。ついに出立の日が訪れる。目的地は召喚されたこの街から程近い、歩いて三日の距離にある農村だ。

 その道中、幾つか四人で交わした約束がある。その一つが話し方だ。互いに敬語を使わないこと。彼らは御子様と私を敬い、私は先生だからと気を遣う。互いに命を預け、背中を任せる状況もあり得るのに、話し方になど神経を使っている場合ではない。私も御子様と呼ばれることには気恥ずかしさが勝つ。そう同意した。丁寧に話すことが禁じられているわけでもないため、気楽に行こう。まず、村の中に入る前に情報共有だ。

「村の狩人が手も足も出なかったそうだ。何とか気を引いたことで、村に隠れていた子どもには犠牲者が出なかったとか。」

「子どもには?」

 ラファエルさんの説明に引っかかりを覚えて反射的に聞き返したが、気を引いたのが誰かということ、手も足も出なかった事実を考えれば自ずと分かる。大人が子どもを守ったのだ。それも普段は狩りをしている人が守り、犠牲になった。畑も荒らされている。この村に留まっている間に生活を立て直せるよう、あるいは移住までの時間稼ぎのため、一時的な食料調達にも協力する予定と聞いている。自分たちの食料も持参しているが最低限のため、調達しつつの移動となった。大陸東部は緑豊かな地。自分たちで育てられない状況でも飢えずに済むのは有難いことだ。

「狩人達は帰って来てないんだよな。」

「ええ、そう聞いているわ。燐、これがこの世界の現実よ。村が壊滅することも珍しくない。」

 エーデルシュタイン先生の確認にフィヒター先生が答える。これは私に聞かせるための問いだろう。彼女は術式の作成が苦手なだけで、他のことはよく覚えていた。私が甘い菓子を好むという話を少ししただけなのに、街の外に生えていた花を摘んで、蜜が甘いと教えてくれたのだ。

 村の中に足を踏み入れる。倒れた柵、踏み荒らされた畑、千切れた服、人の体の一部。救援は間に合わなかった。これが現実か。村の中に散らばった死体に綺麗な物はなく、多くは腹部が食い荒らされている。子どもの物が少ないのは元々この村に子どもが少ないのか、隠れているのか。最悪の想像までできてしまう。

「異形って骨まで食べることあるの?」

「食べることもあるわ。昔はこんな生き物いなかったのだけれど。」

 人間を好んで襲う生物は少ない。多くは人間が動物の地を荒らし、彼らは外敵を排除するつもりで襲っているだけだ。その場合、食べることが目的ではない。

「牛も飼ってたんだ。」

「ああ、食料を提供してくれたこともあった。比較的裕福な村だったよ。」

 食べ物を欲しているなら、牛も牛だと分かるほど肉が残った状態であることが不思議だ。どの死体も頭部だけでなく腹部にも多くの肉が付いたまま。血が地面を汚し、肉片が散らばっている。四肢も傷つき、欠けているものもあるが、片付けるなんて言っていられる状況ではなく、多くはそのまま放置されている。様々な特徴の死骸だが、どれも例外なく胸部はぽっかりと穴が空いている。そんな中を歩いていると生暖かい空気も漂って来た。

「襲撃からさほど時間が経っていない。また戻ってくるかもしれん。警戒を怠るな。」

 もっと急いでいれば間に合ったかもしれない。彼らは助けが来ると信じて村に留まっただろう。至る所に生活の痕跡が残されている。農機具も外に放置されたまま、洗濯物も干されたままだ。

 住居も扉こそ破壊されているものの壁などは大きく破損していない。しかし一つの家に入れば机も椅子も乱雑に置かれており、床には点々と染みが落ちている。それを辿った先にあったのは、人間の死体。

「大人数で留まっていれば近いうちに異形は戻って来るでしょう。」

 エーデルシュタイン先生の意見に皆賛同し、フィヒター先生が死体を運び出す。彼女が力持ちというのもあるが、大人の死体でも肉が欠けていれば軽いのだろう。

「君は見られるんだな。」

「確認は必要だよね。全てが嘘の可能性もあったんだから。死体が偽物とかね。」

「それでも気丈だな。戦い慣れた戦士でも直視は避ける者も多い。」

 部屋の中をある程度整頓し、ラファエルさんと村の中を回る。入ってすぐに見た時より死体が減っているのは、部屋の整頓している間にフィヒター先生がある程度片付けてくれたからだろう。それでも血痕は生々しく残っている。

 小さな村に戦士を派遣できるような余裕はもう多くの町にない。異形が出現し始めた当初は町や村が互いに協力し、その脅威を退けていた。しかし数が増えるにつれ、どこも自分たちで手一杯。他の助ける余裕など失われていった。それでも異形は東部に少なく、西部、北部に増えているため、入り込まれないようにという意図で人を集めてはいるそうだ。その結果、戦士の薄いこの村に出現した異形を排除し切れなかった。

「燐、警戒しろ。」

 彼の声に反応すれば、数秒もなく人が現れる。何度も振り向きながらこちらに向かって走って来た。その後ろには何十体もの異形。その異形は熊のように大きく、離れていても分かるほど爪が長く太い。あれを私達二人で倒せるだろうか。いや、逃げている人を助けるために、倒すのだ。そう私も彼も体勢を整える。術式を用意し、剣を構えた。つまりエーデルシュタイン先生のように魔術で一掃することもできず、フィヒター先生のように一撃で沈めることもできないということ。接近される前に魔術で数を減らし、残りを剣で片付けるようにしなければ、こちらが殺されるだろう。

 まずは魔術だ。このために幾つもの術式を用意して来た。そのうちの何個かは術式から一定距離まで貫通するものだ。上手く使えば一回の発動で数体倒せるだろう。素早く倒す必要もある。こちらに注目を集める必要もある。逃げて来た彼は隠す必要があるのだから。

「なるほど。生き物相手でも臆さないか。」

 異形の頭部を魔力が吹っ飛ばす。自分の成果に自信を付けていると隣でも同じことをしていた。異形の頭部を捻り潰すような力が働いている。彼は一体一体倒すような術式を用意しているようだ。

 ある程度数は減らした。それでもまだ残っている。距離が縮まって来たため、ラファエルさんは剣を片手に異形たちへと距離を詰めた。私はもう少し魔術で戦おう。彼に誤射だけしないよう気を付ければ良い。

 また一列、そして彼の手で倒れる異形も一体ずつ重なっていく。体が疲れを訴える頃にはこちら方面の異形が討伐されていた。

「お疲れ様、二人とも。」

 別方面で戦っていた先生達からの労いの言葉。言いながらももう解体作業を始めている。これも食料とするのだろう。家畜に比べると味は落ちるが、大事な栄養源だ。贅沢を言っていられる状況ではないのだから。

「人肉を食らった動物を食べるんだよ?」

「はい。」

「貴女は平気なのね。私たちも最初は抵抗があったのだけれど。」

 自分たちが直接人の肉を食べるわけではない。そう言い聞かせなければ口に運ぶことも難しかったらしい。心臓から紅い珠を回収することも覚悟が必要だったとか。ない場合はただ死体を損壊しただけになる。それも心が追い詰められる一因だ。今回も少しだけ紅い珠が見つかった。宝石のように紅い輝きを放つ球体。それを持つフィヒター先生の手もまた紅いのは今しがた異形の体から取り出したからだろう。

「やってみる?」

 狩猟用ナイフを一本渡される。戦い方の勉強ばかりでこういったことには触れていなかった。ここで初体験だ。フィヒター先生による一つ一つ丁寧な手順説明を受け、挑戦してみる。食べ切れないほどの量があるため、一つくらい失敗して肉を無駄にしても問題ない。そんな励ましも受け、慣れない手つきで腹を開き、心臓を抉り出した。

「よくやったわ、初めてにしては上出来ね。」

 目の前にはほとんど骨だけになった異形の死体、横にまとめられた肉と内臓。私の両手は真っ赤に染まっている。

「今スープを作ってくれているから休むと良いわ。」

 内臓を埋めるフィヒター先生に、残りの肉の処理をするラファエルさん、それから食事を作ってくれているエーデルシュタイン先生。三人とも落ち着いた様子だ。大丈夫かとフィヒター先生は作業を続けながらも問いかけてくれた。こういった作業に慣れない間は気分を悪くすることもあるらしい。唯一黙り込んだまま俯いているのは私達の傍まで逃げて来た少年だ。三人は私に気遣うのに彼にはあまり声をかけない。彼も積極的に話に参加できず、私達の挨拶にも一言しか返せないほど余裕がなかった。

 どんな肉が材料でも食事の匂いは良いものだ。近くの井戸で水を汲み、手を洗えばラファエルさんが勝手に借りた食器を渡してくれた。彼も私が迷わず口に運んだことに言及したが、口の中に物が入っているのに答えられるわけもない。量を食べる気にはならなくとも、食事自体を拒むような体調でもない。この肉だからというわけでもない。彼らの質問にも答えつつ、食事の時間は楽しませてもらおう。


 翌日、朝早くから庭を歩く。そんな中、ラファエルさんに昨夜は眠れたか尋ねられた。初めて生き物を殺した夜は眠れないことも多いらしい。早くに目が覚めるのはいつものことだ。寝付きが悪くなった覚えもない。特別なことなど何もない夜と朝だった。それでも考えることはある。

「異形を殺して、捌いて、どう感じた?」

 真剣な様子で問いかけたラファエルさんに私は何も答えられなかった。特に何も感じなかった。生きるために必要な行為だ。異形を殺さなければ殺される。捌かなければ食べられない。生きるためには食べる必要がある。

 あの場に居合わせた彼、カイならどう答えたのだろう。何を考えているのか分からなかった。それでも何かは感じていそうだった。彼もこんな時間から散歩に興じている。

「俺は、何もできなかった。俺が守らなきゃいけなかったのに。逃げただけだ。やらなきゃやられるのに、自分すら守れなかったんだ。」

 自分の村の人々が殺されていく。食い荒らされていく。彼も同じ目に遭ってもおかしくなかった。彼の一人の力で守ることはできなかっただろう。助かったのは彼の逃げるべきという判断が正しく、それだけの能力が彼にあったからだ。

「こんなことになるなんて思ってなかった。自分なら大丈夫だって、追い詰められたら俺でも何かの力に目覚めるんだって。でも、そんなに都合のいい現実はなかったんだ。」

 夢を見ていたらしい。何の積み重ねもなく、突然敵を排除する力が得られることなどない。現実には何もできない自分のままで、偶然村に来ていた私達に助けられた。異形の死体に触れることもできず、ただ見ているだけだった。

「だけどこのままじゃ駄目だ。鍛えてはいるんだ。やらなきゃいけないことは分かった。お願いします、御子様、貴女に同行させてください。もう、帰る場所はないんです。」

 この村にも生存者はいる。それでも彼にとっての帰る場所にはできないのだろう。私は旅の同行者を決める立場にない。ラファエルさんに頼むべきだ。ついでに今は見せてもらえていない禁書の類を解禁してほしいと頼んでみよう。そこに異界や召喚関係の書物もあると良い。

「なんか、魔術で強くなる方法とかないんですか。」

 肉体を強化する術はあった。しかし使うことは禁じられた。治癒関係同様、失敗した際を考えてのことだ。全体に神経を張り巡らせ、上手く魔力を巡らせる必要がある。術式への意識と肉体への意識を両立させなければならないため、難易度が跳ね上がるのだとか。その上、非常に疲れる魔術でもあるという。一度握力を強化するために使ってみたが、それでもすぐ疲れてしまい、素直に鍛えたほうが良いと思えるようなものだった。他人に使った場合どうなるかも分からない。

「自分の体力の限界を超える術を使うと最悪死にます。試してみるほどの価値があるんですか?」

 彼は黙り込んでしまった。魔術で強くなる方法を聞いたくらいだ、魔術や術式に詳しくないのだろう。簡単に早く強くなりたい。今までの生活を突然奪われる形になったのだ。今後を生きるためにもそう考えても無理はない。恒久的に強化する術も禁書には載っているかもしれない。禁書を見たい。その点で彼とは意見を合わせられる。一人より二人でお願いしたほうが聞いてもらえそうな気がする。

 理解の浅そうな彼を引き連れ、ラファエルさんの所へ向かう。しかしただでは見せてくれないようだ。

「事を為してからにしよう。研究する余裕も吟味する余裕もない。」

「戦う力を得るために禁書を見たいんです。」

「却って周囲に被害を及ぼす危険もある。許可できない。禁書である意味を考えてくれ。」

 異形を殺し、手柄を立て、禁書の閲覧許可を得る。私は召喚について知るため、カイは強くなるため。それぞれに動機がある。異形討伐の動機もカイにはある。私も後回しになっても構わないと思う程度の心の余裕はある。

 近辺の討伐だけでは人々が安寧を得ることは難しいだろう。どこかに巣でもあれば良いのだが、今の所は大陸西部か北部のどこか、という所までしか分かっていない。十数年前までいなかった生き物と言うのなら、殲滅しても大きな問題はないだろう。巣を見つけ、皆殺しにしてしまうことがラファエルさんたちの最終目標だ。

「本当に君に殺せるのか。」

「できます、やります。大人しくなんてしていられません。」

 若い彼を守るために村人は死んだ。彼より若く見える私も殺していたのに、彼は何もしなかった。力があれば、覚悟が決まっていれば、自分を守った村人は死ななかったかもしれない。そう訴えかける彼だが、ラファエルさんの返事は無情だ。

「殺せるようになれるとは思えない。あの場で呆然とすることしかできなかった君に見込みはない。少なくとも御子との旅には同行させられない。大人しく俺と留守番していてくれ。」

「次はラファエルさんも行かないの?」

 今回はラファエルさん、フィヒター先生、エーデルシュタイン先生の三人がこの街を離れても問題なく街が回るかという試運転も兼ねていたらしい。もちろん問題ないように備えてはいたそうだが、人望の差か幾つもの衝突が発生していた。

 無理に殺せるようにするよりも置いて行ったほうが安全だ。引き留める人物もいるのなら二人の先生と私だけで向かったほうが苦労なく進めるだろう。守りながら戦う難しさは経験した。私も彼を旅の同行者に推薦することはできない。

「異形を殺すことは君にしかできないことではない。」

 他の戦士達にも異形は討伐できている。救世主を求めたのは倒し切れなくなったからに過ぎない。原因の究明に人を割く余裕がなくなっているのだ。そして原因の究明のためには各地で情報を共有する必要がある。足の速さと持久力は異形から逃げ、情報を持って移動する人間に必要な技能だろう。しかし納得いかないような様子で、彼は言葉を止めた。ラファエルさんに同行させる気がなく、私が彼を推薦する気もないと分かったからだろう。

 落ち込んだ様子のカイを連れ、フィヒター先生に会いに行く。聞きたいことがあるからだ。なぜあの場でカイのことは気に掛けなかったのか。なぜ私にだけ大丈夫かと問いかけたのか。

「貴女が大丈夫かどうかは聞かなければ分からなかった。彼が大丈夫でないことは聞かなくても分かった。それだけよ。」

 彼に必要だったのは一人で衝撃を受け止める時間。ここは経験の差だろう。私には分からなかった。

「実際の戦闘、血を見た時の様子。それらを見て、貴女になら任せられると感じたわ。だから、聞いてほしいことがある。」

 異形が増えている、対処しきれない数になった。そう説明されていた。しかし一番の脅威は特に巨大な異形。北に出現したという個体は狼に似た姿をしているそうだ。体高が人の身長ほどもあり、毛も針のようでこの世界の狼とは思えないことから、巨狼と呼ばれている。その巨狼の周辺地域は既に壊滅、その地域から出る様子は見えなかったことから放置されていた。しかしその状況がいつまでも続く保証はない。地域内では徘徊を続けているのだ。

 狼に近い姿の異形は他にも発見されており、狼型異形と総称されている。一部は討伐もされているが一掃には程遠く、被害は続いている。一体一体が強くなっているような気がするという報告もあり、交戦時の損害も確かに増えている。それらが町へと近づいてくれば人々はより危険に晒される。

「人々に必要なのは現実的な安全だけではないわ。安全な日々が戻って来るのだという希望とその根拠となる出来事よ。」

 特に強い異形を倒すことが希望を見せることになる。道中の異形をなるべく多く倒すことが現実的な安全に繋がる。万一巨大な異形が現れれば一般の戦士に為す術はない。もっとも、今は万一を考えられるような状況でもない。日々の安全の確保が優先だ。

 人々を守るため、巨狼の討伐に割ける人員は少ない。そのため戦う力と意欲のある三人が行く予定を組んだ。街を守ることが第一のためラファエルさんは残る、と予定は変更されたそうだ。それだけ私の力が認められたということだろう。

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