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星合燐の降臨  作者: 現野翔子


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20/20

20 導く者

 魔人の他には誰もおらず、人型以外の生き物も見えなかった。書物も魔人から人間に戻るための手がかりとなり得るものはなく、エーデルシュタイン先生が興味津々に読んでいたくらいで、私の心を惹く内容はなかった。

 静かな帰り道。誰も私の体について、魔人について話すことなく、ラファエルさんの待つ街まで帰り着く。事は解決した。そう伝えるだけ。それなのに彼はすぐに時間を用意してくれた。ただ、その表情は暗い。犠牲は依然として出ているのだろう。

「元凶を殺しました。」

「そうか、ご苦労だった。」

 まだ異形は多い。それも理由の一つだろう。研究所の資料も題や紙切れに目を通しただけで、全く調べきれていない。巨狼や魔鷲、魔羊のような大型の異形もまだ残っている可能性がある。魔珠の生成が他の研究所でも行われていた可能性だって、あの魔人と同じことを考えた人がいる可能性だって否定できない。それもこれから一つずつ潰していくのだろう。

「では、約束の資料を見られるようにしておこう。後程確認してくれ。しかし問題が一つ残っている。収集した魔珠に関してだ。その保管に関する是非が論じられているのだ。」

 大規模な兵器としての運用さえ可能になる物であるため、扱いには慎重さが欠かせない。しかしそれを誰かが独占することも人々の不信感を煽る。特に一度見捨てられたと感じている人々はそんな相手にばかり魔珠があることを不満に思うだろう。

「その話を私達にしてどうするつもりですか。」

「そうだな、簡単に言えば、所持しているから問題になる。魔力の塊であるなら、世界に還すことが可能だ。そうすべきだ、という意見もある。」

 これは一つの信仰だ。全ては魔力から成り立つから、全てを魔力に還すべきだ、という考え。しかしそれはつまり使用するということになる。

「いや、物体を魔力に還すために術式が存在する。禁術の類だ。人でさえその存在を掻き消されてしまうからな。ただ、上手くやれば時間がかかるだけで、誰も犠牲にせずに魔珠を魔力に還す事ができる。」

 上手くやれば。また何かを依頼しようというのか。これ以上、私が彼らに協力する理由は何だろう。しかしカイはそう考えなかったようで、積極的に話を聞き始めた。

「その術式は使わないのですか。」

「核となる人が必要だ。しかし、誰を核とするかでまた揉めている。誰にしても、世界に還元していると偽り、隠れて使用するのではないかとの疑念が生まれる。頼みたいのはこれだ。御子様なら誰も反対できないだろう。燐、君に術式の核となってほしい。」

 高度な術式や多くを望んだ術式は、その動力として多くの魔力を要する。足りなければ命まで持っていかれる。術式の核となった場合、私の命は保証されるのだろうか。その確認をしないままに頷くことなんてできない。

「術式の中にいるだけで、術士の負担はほとんどない。還元を始める最初の魔力の分だけだ。」

 それならなんら問題はないように思える。やはり裏切られた者と救いに行けなかった者達の対立が原因か。それなら協力することもやぶさかではない。もう帰りたいという気持ちもほとんどなくなってしまっているから。魔人から人間になるための情報だけ集めよう。


 人間に戻るための情報を集めつつ、協力しつつの日常が始まった。しかし一ヶ月が経ってもどちらも思うようには進んでいなかった。

「魔珠、使ったら人間に戻れるかな。」

「そんなことしたら死んじゃうかもしれないだろ。」

 試すことはできない。そう今日も進展のない午前が終わり、私は午後の仕事に向かう。魔珠還元の術式の核となりに行くのだ。その部屋の扉に手をかけたところで、背後から話しかけられる。

「貴女はご自分の価値に気付いておいでですか。」

「エーデルシュタイン先生、どうしたんですか?」

 魔珠の沢山入った袋を二つ持った彼は私達を引き止めた。

「この世界において、貴女は特別な意味を持ちます。世界を安定させるために、貴女という存在があるだけで、前に出てくることがなくとも、その重みに意味があるんです。」

 魔珠還元の速度が想定より遅い。だから並行してもっと人々が協力できる枠組みを作りたい。そのために力を貸してほしい。まだまだ私に頼みたいことはあるそうだ。力を借りられたら有難い程度のことはラファエルさんも言っていたそうだ。しかし彼からは何も言われていない。きっとこれ以上は頼めないと遠慮しているのだ。私もこれ以上は関われない。魔人となった私が、人の世に深く関わることはきっと好ましくない。傍にいることが協力と言うのなら構わない。ただし私からは積極的に行かない。その意思は明確にしよう。ラファエルさんが遠慮しているのなら、そのことを伝えてあげよう。勝手に利用するならそうすれば良い。自分たちを追い詰めた魔人の力すら利用して生きようとするのなら、それは彼らの選択だ。

「そうですか。では、そのように伝えさせていただきます。僕達には責任がある。貴女と違って、この世界に対する責任が。」

 ここで生まれ育ったわけでもない、記憶もない私に、そうまでする理由がない。帰る場所すら分からず、人間ですらなくなった私に捧げるものなんてない。だけどカイが支えてくれるから、ラファエルさんが誠意を示してくれるから、人間に戻る希望を信じてみようと思えているだけだ。

 何かを続けようとするエーデルシュタイン先生を置いて、ラファエルさんに会いに行く。急な要望でも彼は応えてくれる。説明も疑うことなく聞いてくれた。

「そう、か。申し訳ない。目が行き届いていなかった。」

「あなたからの謝罪は要りません。その代わり、私に帰る場所をください。」

 帰る方法を探すことは諦めた。人間に戻る方法を探すには時間がかかる。その間、ずっと居場所のない不安を抱え続けることになんて耐えられない。だから、仮にでも良いから帰る場所が欲しい。それが誰かの隣なら、この孤独から目を逸らすこともできるだろう。

「もう、故郷を探すことは諦めたのか。」

 どこにもないだろう。この旅の間も何も思い出せなかった。魔珠の心臓は私だけが帰ることを赦してはくれない。魔珠を利用して故郷を探すという手法もある。しかしそんな気はなくなってしまった。探してもいつ見つかるか分からない。それよりも先にこの心臓の魔珠をどうにかしたい気持ちもある。簡単に試せること程度なら試してみようか、くらいの気持ちになっている。本当に帰るかどうかは分からない。

「そうか。君の気が変わった時のために、一部魔珠を保管しておくこともできる。ただ、子孫に言い伝えたとして、どこまで効力が持つかは分からない。」

 私への感謝として最大限の誠意を示してくれている。それでもラファエルさんにできることに限りはある。復興に尽力するなら実際の管理は誰かに任せることになる。その上、任せた人からさらに代々受け継いでもらうことになってしまう。

「元に戻る方法は分かったのか。」

「まだ分からなくて。術式は書いてみたんだけど。」

 帰れないと帰らないの違い。それはどれほどのものだろう。分からないからだろうか、ラファエルさんは探知術を用いて私の故郷を探す試みに付き合うと言ってくれた。そうして借りた部屋で術を発動する。

 残っている魔珠の多くを使用した大規模な魔術。術式にも事細かに文章を書いている。しかしその内容は薄い。私の故郷、繋がりのある場所、血縁のいる所。しかし発動が終わっても、その場所の欄は空いたまま。

「これで、何もないんだな。」

「あれだけ星が見えるのに、どこにもないんだ。」

 術式に間違いはない。時間をかけて作成し、ラファエルさんにも確かめてもらった。それでも見つからないのは、魔術で行ける範囲に私の故郷はないということか。それとも私に記憶がないのは、そもそも私という人間など存在しなかったのだろうか。

「他の星まで含んで故郷を探すという君の話は興味深かったよ。だけど、召喚はできても帰せた試しはない。君にしてあげられることは、今ここで居場所を用意することだけだ。」

 来られても帰れない。一方通行の場所。行き来の記録はない。私は帰れないのだ。全ての魔珠を用いて調べて見つかったとして、帰ることはできない。それならもう諦めるしかない。帰るかどうか迷う必要はなくなった。帰りたくても帰れないのだから。最初からなかったとしても、あるけど帰れないのだとしても、ここに居続けることに変わりはない。

「居場所はどういったものが良い?カイの隣でも、俺の隣でも、どこでも君の望む場所に用意しよう。」

 救世の御子。この称号は私の居場所を作ってくれる。私の足元を支える一つになってくれる。人々をまとめ上げるための道具が、私を支える足場にもなってくれる。

「後世に伝えてくれても良い。同じ過ちを犯す人間が現れないよう見張ってくれても良い。君が君の望む体になれるまでの生きる理由が欲しいなら、幾らでも立場を用意しよう。」

 この地域の信頼を得ているラファエルさんなら、救世の御子として名を挙げた私にそれを用意するくらい造作もないことなのだろう。

 答えを保留に再びカイに会いに行く。カイはこれからどうしたいのだろう。故郷の生き残りと日常に戻るのだろうか。それとも異形討伐の役割を続けるのだろうか。私は、何をするのだろう。

「約束しただろ、旅するって。異形倒しつつでもいいしさ。」

 甘い提案だ。救世の御子として私はもう十分働いた。人間であることも諦めた。楽しい魔法を教えてくれたお礼は十分できただろう。まだラファエルさんは多くを抱えているようだった。それでも私に助けは求めない。私の欲するものを用意すると言ってくれている。分かりやすい形のある物ではなく、帰る場所という抽象的なものを求めているのに、幾つもの案を提示して。

 もう人間には戻れないのだろう。この体に心臓はない。代わりに冷たい石が埋まっているだけ。誰かと同じ時を生きることはできず、同じ時代に死ぬことはない。世界樹が枯れるまで見届け、最後の一人になるまで生き続けるのだろうか。その前に魔珠の命も尽きてくれるのだろうか。それともラファエルさん達ともっと繋がれば、自分だけ人間でない寂しさも忘れられるのだろうか。

「ごめん、私、ラファエルさんの所に行ってくる。」

 先程話したばかりなのに、また会いに行く。結論は出た。私は彼らを、彼らの作る未来を見守ろう。それが冷たい心臓を温めてくれると信じて。

 息を切らせて執務室に駆け込む私に驚くラファエルさん。それでも仕事の手を止めて、私の結論と願いを聞いてくれた。

「君はまだ俺達の世界を救ってくれるんだな。未来の王妃になってほしいくらいだ。」

 彼らは王国という形で人々をまとめ上げることにしたそうだ。今までよりも組織的に、効率的に、異形を狩っていける。連携もより取れるようになるだろう、人々の安全は確保しやすくなるだろう。

「救世の御子は全てを捧げ、この世界を救った。人々を脅かす異形を生み出す巨悪を倒し、未来への希望をその身で示し続けた。新しい国を正しい方向へ導くため、その身を象徴にして。」

 唐突に語り出したラファエルさんは物語を紡ぐ。これは、一体誰の物語なのだろう。

「お伽噺だよ。君がこの国で正式な立場を得るための。人を纏めるのに宗教は都合が良い。」

 新たな宗教の指導者になってほしいと、そういうことだ。彼が国の指導者に、私は信仰の首謀者に。なんて上辺だけの信仰だろう。

「信ずる者にとっては真実の信仰だ。世界を導き、人々に希望を見せる。君は導師だ。」

 宗教指導者など私に務まるのだろうか。異形を倒せば良いだけの、誰かに協力していれば良いだけの今までとは変わる。しかし本当にその役目を果たすことができたなら、何も嘘を吐かずに私は居場所を手に入れられる。

「ご指導お願いします。」

「なぜ急に改まる。君と私は対等な立場だ。むしろ今までのような友好的な関係のほうが良い。あるいは私の上に立つ人間になる。導師様、どうか我らに力をお貸しください。」

 今度はラファエルさんが一瞬改まってみせた。互いにおかしくなり、今後の具体的な話に移る。

 あの時までの私と、魔人となった今の私は異なる。だから全く違うこともできる。記憶は共有されている。友好関係も継続できた。それならまだ彼に協力できるはずだ。そうしているうちに、私も生きていける場所を見つけられる。人間に戻る方法を根気強く探すことだってできるかもしれない。今はまだ、探すための仮初の居場所を手に入れる段階だ。

「どうか俺の隣に。堂々たる姿を、民に見せてほしい。」

 導師として、彼の隣に立つ。人々を率いる者として、人間と偽り、私は立つのだ。

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