表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星合燐の降臨  作者: 現野翔子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/20

02 実地訓練へ向けて

 使い物になるまでは訓練と勉強漬けの毎日だ。そのおかげか、数か月で魔術言語も術式も覚えられてきた。

「燐、この術式は?」

 今はラファエルさんに付き合ってもらっている。術式集から一つ選び、魔術の説明の部分を隠して、出題してもらっているのだ。術式の形はどの魔術もおおよそ最初に見せてもらったものと変わらない。線が多くなったり、五芒星や六芒星になったりしているが、基本的な部分は同じだ。おおよそ魔術言語の理解でどんな魔術か読み取れる。

 この術式でも同じこと。見える単語は水、凍る、零度、円錐、円柱など。具体的な大きさや形状が数式も含めて事細かに書かれている。それらを合わせると、おおよそ槍のような形状か。

「氷槍だね。どうして槍の形にする必要があるんだろう?ただの円錐のほうがずっと簡単だよね?」

「返しが付いているんだ。抜く時にも」

「魔術なのに抜くの?そのまま消えちゃうよ、これだと。そう書いてある。」

 効果時間を延ばすことも固定化も可能ではある。ただしそれをすると疲れやすい上に、この場合氷という特性上、いずれ溶けてしまうことには変わりない。固定化の術式自体は複雑ではないのだが、発動した際に消耗する体力は増える。逆に術式は複雑でもほとんど疲れないような魔術も存在する。術式集には実用的とは言えないような術式も多く載っているため、吟味するためには自分自身の知識も必要だ。ラファエルさんはそこも含めて引っかけ問題を出しているのだろうか。

「ならこっちはどうかな。」

「最初に見せてもらった物と同じだね。火球だ。」

 単純な形状のため単語が少ない。出現地点も術式のすぐ傍のため、簡略化に重点を置いて作成されているようだ。軌道の設定に数式を用いる物ならその分、術式に書く文章は複雑になる。数式には別の知識も必要になるため、魔術関係に詳しくとも術式を描けない。日常に用いる文字や単語とは違う物で、日常的には用いないような言葉を書く。あまり長く考えていると頭が痛くなってきそうだ。

「あっ、これ格好良さそう!遠くにバーンってするんだって。」

 雷を落とす、と説明にある。しかしなぜわざわざ何度も曲がるように設定しているのだろう。直線でその場に向かうだけのほうが簡単な術式にできるはずだ。それでも十分格好良い。

 術式を部分ごとに用意する方法も載っている。欲しい要素の術式を複数用意し、必要に応じて紙を重ね合わせ、用意する枚数を減らすというものだ。

「まず、この部分で雷の効果、というか雷そのものについて記述してて、」

 温度や明るさ、その他刺激についての記載が円で囲われ、直線で繋がれている。その他形状、起点、目標、速度などがそれぞれ円で囲われ、それらを繋げるようにさらに円や直線、曲線が引かれている。つまりこれを上手く組み合わせれば、発生させる雷を自分好みに調整し、私にも使えるというわけだ。起動のための言葉は最小限にも、他の何かに見せかけることもできる。利便性を追求することも、威嚇効果を最大にすることもできるのだ。

 魔術は基本、術式に記載された発動条件が満たされた時に発動する。多くは術式に触れた状態で起動単語を発声するというものだ。その起動単語は設定さえすれば良いため、魔術の内容との関係性すら必要ない。それを利用して対人戦の場合は発動する魔術を誤認させるためあえて全く関係ない言葉を起動単語に設定するという戦法もあるそうだが、自分でも覚えにくくなるという欠点がある。格好良いものにしたがる人もいるが、実用性には欠ける。この術式集に記載されているものを調整するだけでも役には立つだろう。そう幾つか解読し、描き写し、描く練習と調整を続けた。

 記載されている術式の中には治癒関係のものも含まれる。これは使えれば大変便利だろうが、使える人は少ないそうだ。人体への理解も必要になってくるため、他の魔術とは異なる知識が必要になる。軽くその辺りの本も読ませてもらうが、例示される怪我が重大過ぎる。少し練習、と言うわけにはいかないほどの大怪我ばかりだ。骨が折れたり腕を食い千切られたりした時の治療など練習でするわけにはいかない。熟練者でも失った腕は戻らず、傷口を塞ぐ程度と記述しているのに初心者向けの説明に載せられても練習できない。術式が間違っていれば、傷が悪化することも最悪死ぬこともあるのだ。

「小さい怪我なら自然治癒で十分だからかもしれないな。」

 治癒に関してのみ、エーデルシュタイン先生から練習を禁止されている。先生に確認してもらって初めて使う許可が下りる。万が一にも誤りのある術式で発動すれば、取り返しのつかない事態になってしまうからだ。簡単な術式なら作ってみても良いだろうか。それでも練習になるだろう。治癒関係は作るだけに留め、エーデルシュタイン先生に提出すれば良い。見たことのある単純な術式を思い出しつつ、どんな術式を作るかを考えていく。光の玉を浮かべておく術も有用だろう。夜間の読書に便利だ。ずっと浮かべておこうと思うと疲労感が強くなりすぎるかもしれない。

 光の玉を出現させるために必要な情報は、玉の明るさ、形、大きさ。単純な玉のため記述はそう増えない。発動地点と時間、それから効果時間だ。事細かに記載して、それらを円や線で結べば完成だ。自分で作った術式を早速使ってみても、意図した通りの結果が現れる。拳大の淡い光、眩しくならないよう星のような淡い光だ。直視しても問題ない程度でなければ、すぐ傍に出現させにくい。

 次は治癒関係。小さい切り傷を治すくらいなら作ってみても良いだろう。包丁で指を切ってしまった時のためのもの程度なら練習もできるはずだ。

「使うのは厳禁だ。」

 完成させたら早速と台所を目指すが、目敏いラファエルさんに引き留められる。使用は禁止だと復唱させられた。明日エーデルシュタイン先生の添削を受け、許可を得てからと約束させられる。ラファエルさんの添削と許可ではいけないらしい。単語の間違いがないことは確認した、他の術式からの引用も多い。間違いなどないだろう。

「それでも何か遭ってからでは遅いからな。昼食でも食べて、冷静に考えよう。空腹だから正常な判断ができなくなっているのかもしれないからな。」

 空腹感はないが、話しながらの食事は好きだ。今日の昼食は何だろう。もう少し他の物も食べてみたいが、異形に圧迫され、食料生産の場所も減っている現状では仕方ない。飢えないだけ有難い窮状だ。異形がこれまで以上に増え、人間の領域が減れば食料生産もより難しくなる。今はまだ空腹を常に抱えるような状態ではないが、好きな時間に満腹まで食べられるような余裕もない。ないものはないのだ。早く旅に出て異形を減らせれば私も食べたい物を食べられるようになるだろう。そのためには早く魔術言語を覚え、術式への理解を深め、剣術を習得したい。治癒関係の魔術を使いこなせるようになれば、訓練で怪我した人も治してあげられる。どれだけ気を付けても怪我をする時はしてしまうのだから。

 私たちが滞在している場所は大陸中央部を守る仕事に従事している人たちの滞在する建物だ。人間の支配領域に点在する町を守るために情報を集約し、必要とあらば戦う力を持った人間を派遣している。そのため書類仕事をする人もいるが、主には戦いに出る人々が日々を過ごしている。今は昼過ぎのため、みな昼食を終えてそれぞれの訓練や仕事に向かったのだろう。お休みの人だけが雑談を楽しんでいる。

 筋肉をつけるには肉も必要と、ここには肉類も用意されている。日によって量や種類が異なるのはその時に入手できた物に限定されているからだ。異形の肉でも食べなければ十分に腹を満たせないと、硬くどんな影響があるか分からない肉でも口にしている。私は欠片のような肉しか入っていないスープでも問題なく動けているため、芋類中心の食事にしよう。

「お疲れ様です、今から昼食ですか。」

「はい、ちょっと術式の勉強に熱中し過ぎてしまって。」

「勉強熱心なのですね。私は眺めているだけで頭がクラクラしてしまいますよ。」

 私とラファエルさんの食事に加わったのはフィヒター先生。訓練中とは違い、穏やかな空気を纏っている。

「私は好きなんです。フィヒター先生は魔術を使わないのですか?」

「全く使わないというわけではないのですが。エミールに描いてもらって、説明してもらって、ようやく一種類くらいですね。使い分けが難しく諦めてしまいました。」

 複数枚持った場合、どの紙がどの術式か把握する必要がある。起動の言葉も別のものを設定しているはずのため、それらを覚えることも必要だ。魔術言語自体が苦手なら、それも壁となるだろう。

「その場で組み合わせる人もいますけれど。何がどうなっているのか、私にはさっぱりです。紙を選んでいる間に斬ってしまったほうが早いですからね。」

 剣術も極めると魔術以上の力を発揮できる。これはもう向き不向きの話だろう。魔術も上手く工夫すれば苦手な剣術を鍛えるよりも高い効果が期待できる。例えば、ある程度の単語と術式の一部を用意し、戦闘中はそれらの組み合わせで複数の魔術を発動できるようにしておくとか。あるいは鍵となる言葉を複数用意し、それぞれに応じた効果を発揮する大きな術式を一枚用意しておくとか。服に幾つもの術式を縫い込んでおく方法もある。実践で使うためには様々な用意ができる。考えれば無限に方法はありそうだ。

「燐、食事の手が止まっている。」

 まずは食事を片付けて、それから考えつつお散歩だ。術式の要素はおおまかに、形状、効果、持続時間、規模、数、属性。属性は地水火風、光闇、時の七属性が知られている。これらだけで記述が足るわけではなく、必要不可欠というわけでもないが、術式作成の際の助けにはなる。術式に全て記載するのではなく、一部を発声に置き換える方法もあるのだ。

 近くを狙う時、遠くを狙う時、多数を巻き込みたい時。状況に応じて使い分けられるよう、部品として術式を用意し、発声で使い分けられるようにすれば、一瞬で変わっていく戦況にも対応できる。

「《纏う炎》。」

 庭の一角で魔術の練習をする人影。手にした訓練用木剣の刃を覆うように炎の膜が張られている。

「格好良いですね、それ。」

「疲れすぎるのが問題ですね。フリーダみたいな体力馬鹿なら使えるかもしれませんけど。もっと効率は良くしないといけません。」

 剣を置いて、柄に巻いた術式を見直すエーデルシュタイン先生。私も見せてもらうが、刃全体に常時炎を纏わせるよう設定していることが読み取れた。発動時間を短くすれば一回あたりの疲労感は軽減されるが、結局何回も使うことになってしまう。

 この術の利点は相手に火傷を負わせられること。獣のような異形なら火を恐れるため、威嚇効果も高い。つまり欲しい効果は相手に触れた瞬間火が点き、それが視認できること。術式と着火地点の位置関係は今と変わらない。刃のどこかに一定以上の衝撃があった場合に発動するようにはできないだろうか。刃のほうに術式を刻み込むとか。金属製の物に細かな文字を書き込むことはできるのだろうか。仮にできたとしても、術式に傷が付くなどして一部が欠ければ発動できなくなることも問題だ。エーデルシュタイン先生が試行錯誤している物を私が一朝一夕に改良できるわけもない。私以上の経験を持っているはずなのだから。

「いや、良いアイデアですよ。やってみましょうか。」

 剣術は得意でないというエーデルシュタイン先生の一撃を真剣で受け止める。安全のため水が少し出現するよう書き換えられた術式のおかげで、刀身を水が伝い落ちるだけに留まった。これが炎なら私は剣など持っていられなかっただろう。

 次は範囲と強度の調整、と術式の改良を続けていると、食堂で何度か食事を共にした人が出て来た。誰かを探しているように見回し、私達を見つけると駆け寄って来る。

「ああ、いたいた。ローデンヴァルト様がお呼びです。お伝えしたいことがあるそうで。」

 よく食事を共にし、言葉を交わしているのに、わざわざ人を寄こす理由は何だろう。人手が足りないならこうして他の人を寄こす無駄を省いたほうが良いのではないだろうか。何か大切なことでもあるのかもしれない。この後会うのだ。その時に呼び出した理由も聞かせてもらおう。

 術式の改良を続けるエーデルシュタイン先生を置いて、一人ラファエルさんの所へ向かう。そこでは書類を見つめ、立ち上がることもなく私を迎える彼がいた。

「お待たせしました、ローデンヴァルト様。」

「そんな呼び方しないでくれ。わざわざ来てもらってすまない。幾つか伝えたいことがあってな。」

 この数か月の進捗を彼は確認していたらしい。慣れない場所で、慣れない言語に触れ、技術を習得している。本来自分たちで解決すべき問題と自覚してなお救世主と呼んで頼ってしまったことも改めて謝罪された。頼るという姿勢を変えるつもりがないからこその謝罪だろう。そのことについて追及しても意味はないため、聞き流して本題を促す。

 実戦に出しても問題ない実力。そう二人の先生から報告があり、ラファエルさんは私を異形の待ち受ける場所へ連れ出すと決定した。異形の活動範囲が徐々に広がり、人の住む場所が狭くなっていることもその決断を後押ししたのだろう。

「人間のために異形を殺せ、って話ですね。」

 初めて命を奪う現場に出る。いざという時に躊躇し、周囲を危険に晒すことの内容、心の準備はしておかなければならない。

 ここで初めて異形の詳細を教えられる。異形とは様々な動植物に似た姿を持ち、中には心臓の代わりに紅い宝石を持つ個体もいるという。多くは人間を襲う。彼らの言い分が事実かどうか、これでようやく確かめられる。事実でないと判断したのなら従わなければ良いだけのこと。

「それともう一つ。異界からの召喚に関係する神話を発見した。」

 悪魔や妖精を召喚したという眉唾物のお伽噺だ。人間が召喚されたという話もある。召喚関係の書物は私も図書館で探したが、一部閲覧許可が下りなかった。何か彼らにとって都合の悪いことでも書かれているのだろうか。

 興味深い点は、この世界の知識を一切持たず、魔術と異なる原理を持っていたという部分。原理の話は分からないが、この世界の知識がない点は私と一致している。この世界、彼らの世界という呼称もその書物の数々にはあり、明らかに異界の存在が示唆されている。少なくとも当時の人間は異界の存在を信じていた。

「私が異界の存在だって言うの?」

「その可能性もあるという話だ。何も証拠はなく、仮に異界の存在であったとしても君を忌避する理由にはならない。」

 前の場所を覚えているわけではないため、帰りたいという意識もない。その点を心配してくれる人もいた。帰ろうと思っても帰れる場所ではないからだ。ここからの距離、方向、あるいは座標がなければ術式には記述できない。転移先に目印があればそれらを省略することもできるが、そんな物もない。帰還方法を探すと言ってはくれているが、期待はしないでおこう。そもそも私に帰る場所などあるのだろうか。帰還の問題は頭の片隅に置き、それらしき資料を目にすることがあった際には見逃さないようにだけ気を付けよう。彼らがまず私に求めることは異形の討伐だ。

「ああ、どうか頼む、救世の御子殿。」

「救世の御子?」

 今までは救世主という呼び方だった。町が減っていくほど人が死んでいる状況で呼び名を考える余裕があるのか。

「君の日々の態度が自然とそうした呼び名を生み出したんだ。人々に寄り添う、世界樹に遣わされた御子様、と。」

 術式への理解を深めるため、そして術式の作成に慣れるため、人々の用いる術式を幾つも見させてもらった。その際、より少ない魔力、より少ない疲労感で発動できるよう細部を調整した。もちろん私が使って安全性を確かめてから本人にも使い心地を確かめてもらっている。そんなことが何回かあったから、異形討伐も非現実的と思われなかったのかもしれない。私が救世主様と呼ばれることを好まないから、御子様と呼びかけることも人々は控えてくれていたそうだ。

「では改めてよろしくお願いします、ラファエルさん。」

「ああ、こちらこそ頼む。」

 街の有力者と救世の御子という関係性に旅の仲間という関係性を加えて、実戦へ向けての訓練を始めよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ