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星合燐の降臨  作者: 現野翔子


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18/20

18 魔珠を巡って

「俺達は、命を使ってるんだな。」

 北西部最終防衛線に着けば、エーデルシュタインお婆さんが資料を用意してくれていた。その資料の中には北部の施設に書いていたような内容もあるが、より分かりやすく書き換えられている。淡々と事実が記述されており、カイも冷静にそれを読んでくれた。それでも書かれた内容が変わったわけではなく、重苦しい雰囲気にはなってしまう。

「施設で知った時にもっとよく考えて、もっと話し合うべきだったんだよ。」

 凄惨な事実には見て見ぬふりをして、その成果を利用していた。異形の殺害だけでも拒んでいたカイは意外にもこの事実から目を逸らさず、真剣に向き合っていた。

 魔珠の作り方がエーデルシュタインお婆さんの手元にあった。人も含んだ生物の命を凝縮し、魔珠と化す方法を知っていたのだ。この情報があれば私たちも魔珠を作り出せるが、積極的に活用したい技術ではない。

「使い辛い、な。」

「カイ、燐、二人とも聞いて。あれが人の命を使って作られていたのだとしても、これからの犠牲は減らせる。守るために、救うために、使うのよ。」

 フィヒター先生は魔珠を使うことに対する正当性を与えようとしてくれている。特にカイは生命に対して真摯な考えを持っているようであるため、極力使わずに済むようにしてあげることはできる。それでも私達の力が及ばず、魔珠に頼ることもあるだろう。少人数で異形討伐を為していくのなら、いざという時の備えも必要だ。その備えにあたる物が今は魔珠。しかし彼にはこんな言葉よりも効果的な言葉がある。

 食べるために捌くことはできる。それなら、食用と同じように戦闘用と考えれば、無為に奪っていないという言い訳ができる。生きるために必要という点では変わらない。魔珠を抉り取る時もその言葉で言いくるめられていた。

「違うんだ、よく考えろよ。魔珠を使うと疲れない、普通なら死ぬような魔術だって使えるのは、自分が受けるはずだった負担を魔珠の命に押し付けてるからじゃないのか?」

 言い方を変えただけだ。仮にそれも事実と言えても、自分達の命には代えられない。既に失われた者のために、今生きている自分達を犠牲にはしない。それはカイも同じはずだ。ただ割り切るための時間が欲しいだけ。一方でその時間すら惜しいと説得を試みる先生達の言い分も分かる。今こうしている間にも異形に苦しめられ、必死の攻防を演じている地域もあるのだ。

 早く解決してしまいたい。そうすれば戦い以外のことを学ぶ時間だって多く得られるだろう。魔珠と命を使って呼び出された私にとって、その時間はまだ経験していないものになる。自分の行動で早くその時間を掴めるというのなら、惜しむことはない。

「どうしても受け入れられないなら町にいると良いわ。ラファエルの所に戻っても良い。元々三人で行くつもりだった。足手纏いを連れて行くよりも余程順調な旅路になるでしょうね。」

「使用を控えるべきだって意見も分かるよ。けど、人々は既に多くを失っているんだ。もう限界近くまで追い詰められてる。最後の希望と言って、犠牲を出してまでも燐を召喚するほどに。そんな人達を前に、まだ余裕があるから使わない、使わずに頑張ろうなんて言えないよ、僕にはね。」

 異形が出現していた。カイの村は最終防衛線の内部にあったはずなのに壊滅し、多くが亡くなる事態となった。それなのにカイはどこか危機感が足りない。使いたくないなんて甘えたことを言っていられる状況でないことは彼がよく分かっているはずだ。待ってくれても良いが、私達が帰って来なかった時、カイは後悔しないだろうか。行けば良かったと、自分の甘えに抗えば良かったと。きっとそうならないようにカイは一緒に来るだろう。魔珠への抵抗もそのうち乗り越えてくれるだろう。

 淹れてもらったお茶はもう温い。口を湿らせ、それでもまだ答えを出せずにいる。そこへエーデルシュタイン先生が言葉を重ねた。

「一つ思い出してほしい。君が僕達に同行しようとした時のことを。君は自分のように多くを失う人がこれ以上出ないように、僕達と共に討伐に出たんじゃないのか。」

 色々な出来事を経験して、様々な知識を得て、まだ心も頭も整理できていないのかもしれない。初心を思い出す余裕もなかったのだろう。他に魔豹もいるそうだが、まだ倒せていない。北部、西部、北西部の巨大異形が討伐できている。完全に解決したわけではないが、解決に向かって動き始めている。カイの準備が整うまで待つくらいの余裕はあるのだ。

 何度もカップに口を付け、カイはようやく口を開いた。

「自分にも、できることをしよう、って。逃げてばかりはやめよう、って。」

 魔珠の使用を否定しているわけではない。使わざるを得ない状況はあり得る。そのことを彼も理解している。きっと数日休めば心の準備もできるだろう。彼に今必要なのは休息だ。休息している間も異形は待ってくれないが、それでも守れた人々の顔を見て、心の整理をつけられるだろう。以前私を町に連れ出してくれたように、今度は私が連れ出してあげよう。

 先生達に断りを入れ、町へと二人で繰り出す。この北西部最終防衛線の人々も日常を続けている。食堂で腹を満たし、喫茶店で心を満たし、装飾品店で物欲を満たしている。ここも厳しい環境にあるはずだが、人々の表情は暗くない。

「色々失ってるはずだよな。」

「でも希望があるんだよ。乗り越える術も持ってるかもね。」

 彼らの思いは分からない。知らなくとも、それらから慰めを得ることはできる。カイの表情もどことなく明るくなった気がする。この様子なら心配ないだろう。後は出立の日を待つだけだ。


 魔珠を使うというカイの心構えもでき、出立の日はやって来る。最後は北西部のさらに北に残っているという魔蛇を見つけ、討伐するために旅立つ。その場所はやはり大まかにしか分かっていない。それでも様々な証言や記述から推測できることはある。

「囲まれてたんだな。」

 既に討伐し終えた三体に関しても、その他の異形に関しても、随分人間を追い詰めている。北部に巨狼と呼んでいた魔狼、北西部に魔羊、西部に魔鷲、北西部のさらに北に魔蛇。それらから逃げるように南下してきた、あるいは東進してきた異形に押されていた。情報にあった主要な三体を倒したのだから、異形たちも戻っていかないだろうか。異形の元は北部にあるのだろうか、南部には異形の目撃情報も少ないらしい。

 先生達が仕入れてくれた情報を確認しつつ、大陸北西部、そのさらに北へと向かう。北西部最終防衛線の討伐隊からの情報では、まだ残党らしい異形たちが大量に現れているという話だ。それに遜色ない頻度で異形は現れている。苦労するほどではないが、魔鷲のように苦戦する相手ならこの体力消耗は痛い。

「俺達が討伐した成果って本当にあったのかな。」

「そんなにすぐに効果は出ないわ。特に強い異形を倒したのなら、他の戦士達でも対応できるようになる。異形一掃の作戦を協力して立てるのもありね。」

 毎回異形の死体を埋める余裕はない。魔珠には極力使わないようにするためには無駄な体力の消耗を避けたい。そうすれば異形の死体を埋めるための肉体労働も穴を掘るための魔術行使もしないことになる。その打ち捨てる行為がカイの精神を追い詰めるのか、表情が暗い。

 彼の様子を気にかけつつ、魔蛇を探していく。先生達は流石と言うべきか、疲弊した様子を一切見せない。やはりカイは何とか飲み込んでいるだけで、思うところがなくなったわけではないのだろう。この道中ではまだ魔珠を使う事態にはなっていない。それでもずっと所持しているその珠の感触が気になるのだろう。北西部最終防衛線での話し合いで、魔珠は命だという認識を深めていたようだったから。

 命を使うという意味なら、ラファエルさんたちに召喚された瞬間、他の命が私のために使われている。他の命を代償に召喚されているのだ。しかしこれを強調することが彼の心を軽くすることに繋がるのだろうか。


 迷いつつも北西部から北へ向かう旅を続ける。私達はもう異形との戦いに関しては熟練者の域だ。無理をせず休息を取ることにも慣れ、道のりは順調に進んでいく。北部の森とも北西部の木々の少なさとも西部の山岳とも異なる風景だ。岩が並び、背の低い草は生い茂る。現れた異形を見落とすほどの高さもない。じめじめとした空気は西部や北部で降った雨が全て流れ込んだかのようだ。ぬかるんだ足場だけが今までと異なる点か。

 油断をしない。苦戦することなく、余裕のある旅路でも警戒をし続ける。そのことにも意識を向けられている。全てに警戒し、程良く肩の力を抜き。そう歩み続けられていたはずだった。

「いやあ!」

 弾力のある何かを踏んだかと思えば、足が空を踏んでいた。息ができない。眼下に三人がいる。焦っているような表情も見える。地面が遠い。身長分以上に浮き上がっている。視界が霞んできた。カイが何かを叫んでいる。フィヒター先生も剣を振るい、エーデルシュタイン先生も魔術を発動してくれている。

 涙で歪む視界。体への締め付けは緩み、地面への衝撃を覚悟する。しかしそれは訪れず、低い岩の影に寝かされる。

「燐、大丈夫か?今、二人が気を引いてくれてるから。ここで少し休んでから、俺達も加勢しよう。」

 私の呼吸が整うのを待ってくれている。カイも身を低くし、私を捕らえた異形から隠れている。岩が小さいため隠れ切れてはいないだろう。それでも異形はこちらに来ていない。先生達のおかげだ。

 気を取り直し、岩陰から異形を覗く。頭や胴体が人間と同じくらい太い、大きな蛇だ。長さは何倍あるのだろう。少し見ただけでは分からないほどの長さだ。戦っている尻尾を見れば、極端に細くなっているのが分かる。あの先を踏んでしまったのだろう。

「よし、行こう。」

 もう戦える。二人だけに任せてはいられない。私達も加勢しなければならない程度には苦戦している。今なら敵の背後を突ける。そう魔術を発動し、氷の槍は的中した。しかしその蛇皮に阻まれ、貫くことは叶わない。それでも動きを鈍らせることには成功した。

「魔人、ヲ。悪魔、ヲ。」

 見知らぬ者の声。地面が呻くような、眠りへと誘うような、不思議な音だ。その上、蛇のほうからその音は聞こえていた。言葉の次に、魔蛇は地面を這いずり、私達から離れていく。そうかと思えば頭部だけ振り向く。ついて来いと言っているようだ。意思の疎通が可能なのかもしれない。そうだとしても、攻撃をしかけた私たちへの対応とは信じ難い。何か考えがあるのだろうか。

「行ってみるわ。警戒はして頂戴。」

 距離を保って後に続く私たちを魔蛇は何度も振り向き続ける。数秒進んではこちらを見るその姿は人を襲うように見えない。人の言葉を解する理由も気になるが、これがあの情報のあった異形なのだろうか。

 エーデルシュタイン先生が解析の術式を開いている。異形の意図を読むためか、蛇の素性を探るためか。

「異形だね。心臓の位置に魔珠がある。」

 今までの異形は人を見かければ襲いかかってきた。この魔蛇も襲ってきたと言えば襲ってきたと言えるが、特に怪我はしていない。巻き上げて下ろした理由は私が尾を踏んだから。敵かと思って拘束したと考えれば自然な行動で、脅威でないと判断したから特に危害を加えることなく下ろした。むしろ随分優しい、理性的な対応だ。こうして意思の疎通も図れるのは体が冷え、冷静になってくれたからだろうか。北部で見つけたような階段の前で、魔蛇は振り返り、頭を垂れた。

「助ケテ。我ラノ命ハ君ニ相応シイ。サア、殺セ!」

「助けるというのはどういう方法で?命が私に相応しいというのは?」

 一匹なのに我らという言葉を用いている。言葉を選ぶ知能まであるのか。質問にも答え、この先の書物を読むと良いと返事をした。それ以上に教えてくれる気はないらしく、とぐろを巻いてじっとしている。

 彼から聞き出すことは諦め、素直にその言葉に従う。部屋の両壁には書架が並んでいる。この中から今必要な書物を探し出すことは難しいだろう。しかし奥の一面には書見台が並んでおり、本が開かれたままになっている。文字も読めるほど形を残している。

「見ないほうが、なんて言っていられる状況ではないわね。」

 なぜか先生達は渋っている。この期に及んで何を隠しているのだろうか。今までの情報から推測できないだろうか。いやちらりと覗いただけで見ないほうが、なんて言えるということは確実に何か隠している。それもこの書物の内容に関する何かを。特に注目した一冊をカイと二人で覗き込んだ。

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