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星合燐の降臨  作者: 現野翔子


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16/20

16 北西の境界

 標高の高い場所にいたせいか、それとも旅の間に季節が進んだせいか、エーデルシュタイン先生の祖母がいるという町に着く頃にはすっかり暑くなっていた。

「半袖半ズボンで行動したくなってくるな。」

「水分補給と休憩を忘れずに行きましょう。消耗している時に戦闘になっては事だわ。」

 フィヒターお爺さんから通気性の良い素材を頂いたため、耐えられないほどの暑さではない。木々の中を進んでいる時も影ができているおかげで体感温度は少し下がる。ずっと日陰とは言えないが、いざとなれば魔術で水を生み出し、全身に浴びても良い。

 自然に苦情を入れつつ、歩くこと十日ほど。昼過ぎにようやく防壁が見えてきた。こちらは異形の攻めてくる側ではないためか、防衛設備も控えめに見える。入り込まれている現状では不安の残る設備だ。

「町の中央部に司令部、って話だったね。」

 小さな民家を通過し、小さな商店街も通り過ぎる。露店の跡地が並び、大通りに出る。舗装された道路が整然とした町並みを作っている。装飾が多いわけではないが、機能的な美しさがある。今は汚れも目立つが、かつては輝いていたのだろう。

 大きな商館の入口に辿り着く。案内所のような、受付のような机と椅子は置かれているが人はいない。勝手に入っても良いものだろうか。

「ただいまー。帰ってきたよー。」

 よく通る声でエーデルシュタイン先生が呼びかけるが、誰も出てくる様子はない。人のいるような騒めきはあるが、人影は一切見えない。いないはずはないと先生は家の中に進んでいく。先生にとっては自分の祖母の家だが、私達にとっては他人の家。家主に挨拶するまではここで待っていよう。

 中にはいないのだろうか。なかなかエーデルシュタイン先生は戻ってこない。そうしていると品の良いお婆さんが外から帰って来られた。

「あら、フリーダちゃんじゃない。それと、他は初めましてね。」

「ご無沙汰しております。我が祖父からの手紙を受け取ってくださいますか。」

 手紙を熟読される老婆。彼女がエーデルシュタイン先生のお婆さんで、魔術や術式に詳しい人だ。細身で眼鏡をかけており、年齢も性別も違うのにエーデルシュタイン先生とよく似た雰囲気を纏っておられる。もう少し厳格にも感じられ、思わず背筋が伸びる。ここが異形討伐の最前線の一つ、北西部最終防衛線ということがよく思い出せる緊張感だ。

「お話は分かったわ。ようこそ、御子様御一行。エレオノーラ・エーデルシュタインよ。詳しい話は奥でしましょうか。」

 先に入っていた先生も合流して、今後の予定を相談だ。エーデルシュタインお婆さんの姿によく似合った雰囲気の部屋での話し合いとなる。落ち着いた雰囲気で、話し合いには適している。廊下も落ち着いた意匠の照明や絨毯などがあり、全てが彼女の趣味で構成されているのかもしれない。

「まずは北部と西部での異形討伐、ご苦労様。次はここの手助けに来てくれたのかしら。」

「ああ、そのつもりなんだ。だから状況を教えてほしい。」

 北部の巨狼、西部の魔鷲を討伐済み。それらに伴い得られた情報も共有し、ここ北西部での状況も教えてもらう。

 現在、北西部でも厳しい状況が続いているという。ここでは牛や羊型の異形が多く、特に羊型異形はその羊毛で多くの攻撃を防いでしまう。そのせいで苦戦を強いられている。魔珠を利用する方法は北部から聞いたそうだが、その魔珠の回収もままならないのが現状だ。それでもまだ食い止められており、日常生活を楽しむ余裕はまだあるそうだ。

「北部に魔珠を融通してもらえるよう連絡は取っているよ。あなた方にはその異形の討伐を担ってほしい。地図はこちらで手配するよ。今日明日はゆっくり休んでおくれ。」

 お婆さんの言葉で私達は一度退室する。休むための部屋も栄養満点の食事も用意するという言葉に甘え、それぞれ休息の時間だ。しかし私は案内された部屋から戻り、エーデルシュタインお婆さんに再び声をかける。

「戻ってくると思っていたよ。私の部屋にお越し。」

 案内されたのはこれまた彼女に似合う品の良い部屋。置かれた書類も綺麗に整頓されており、本棚の本も背に一分のずれもなく並べられている。

「召喚に関してだけれど、性質だけを指定して召喚された物がどこから召喚されたのか分かるか、だったかしら。残念だけれど、今の技術では解明できないわ。」

 釣った魚がどこから泳いできたのか、たんぽぽの綿毛がどこから飛んできたのか。それらが分からないように、召喚された者がどこから召喚されたのかなど分からない。地図の中にある地域から召喚されたのなら、記憶があったなら、私に分かったはずだ。

「貴女が何かを覚えているのなら、それを手掛かりに捜索するという手もあるのだけれど。」

 覚えていないからそれもできない。異形を討伐してからゆっくりと思い出しても良い。カイの言っていたように旅をしながら考えれば良いのだ。今手掛かりを得られないことに落胆する必要などどこにもない。まだ始まってすらいないのだから。それでも糸口がほしいという気持ちは抑えられない。かつてあった町や集落の人だけが知っていたことはないだろうか。

「魔術関連には私も自信があるんだけどね。ローデンヴァルトの坊やも隠し事が好きだから。自分で探ってみな。」

 戻った時にまた尋ねてみよう。異形討伐にこれだけ力を貸しているのだ。多少しつこく話を振っても、私の故郷を探す手助けをしてくれるだろう。

 ともかく、今はこの地域の異形討伐からだ。食料なども調達しつつにはなるだろうが、西部と同じこと。何も難しいことはない。


 休息の日は過ぎた。エーデルシュタインお婆さんが戦士達を鼓舞する場に私達も居合わせる。目前まで牛型異形や羊型異形が迫っているこの地域だが、まだ希望はある。この町への侵入は一度として許していない。この町の戦力で勝利を収め続けているのだ。その上、北部、西部と異形の親玉を退けた御子一行が参戦する。この地域の勢力図は人間に傾いていくことだろう。

 そんな鼓舞に私達も励まされ、意気揚々と人伝の情報しかない土地に足を踏み入れる。この地域にいるという魔羊を探しながら他の異形も倒し、数を減らせれば、捜索に協力してもらえるかもしれない。異形の討伐はそれ自体が人々を守ることに繋がるのだ。そう明確な目的と大義名分があっても、見知らぬ土地での緊張感は殺せない。カイも最初の頃のように落ち着きなく周辺を見回している。そろそろ警戒することには慣れただろう。異形の見逃しはきっとない。

「一度撃退すれば引いていくって言ってたね。ただ波があるから徐々に押されているとも聞いた。何とかこの戦線を維持できている、といった状況だね。」

「あと一踏ん張りすれば、というのがあるから人々も頑張れるのかもしれないわね。」

 町の近辺はいたって静かな平原だ。少々の起伏はあるが、山と呼ぶほどのこともない丘だけ。所々土がむき出しになった地面と、時折見える木だけが変化で、集落跡地はない。全て薙ぎ倒されたのか、元々この辺りに集落はなかったのか。木屑や骨らしき欠片はちらほらと落ちているが、本当に何なのかは分からない。他の物もあまりなく、異形も動物もいない。周囲への警戒は視界が開けているおかげもあり非常にしやすいが、ここまで何もないのもむしろ不安になる。異形の集団が押し寄せた際にはこの場所が一面異形になるという話のため、余程の数なのだろう。隠れる場所がないことは迎え撃つ側にとっては好都合だ。

 異形はどこからやって来ているのだろう。その場所に魔羊はいるだろうか。そんな意味のない交わしつつ数時間後。木々が倒れた箇所に差し掛かる。既に朽ちており、少し踏んだだけでも傷れてしまう、特に足元への注意が必要な場所だ。夜も更ける前に野営の準備と行こう。

「前にさ、星座の話、したよな。」

 準備もしつつ、少しだけ他愛もない話もする。緊張し続けるのは難しい。長くなるだろう旅路にはこうした安らぐ時間も必要だ。

 夜空には星が瞬く。以前見た時よりも輝いて見えるのは周囲に他の人間がいないからか、遮る物も何もないからか。

「あの特に明るい四つの星は見える?」

 指差してくれるが分からない。どれも明るく、星々の輝度の差が見て取れない。説明してくれたところによると、三つの点を繋ぐと三角形になり、最後の一つがその中央にあるらしい。

「星に見覚えとかってないのか?」

 同じ空を見ていたのなら何か思い出せないか。そんな期待でカイは問いかけてくれるが、それには応えられない。幾つか簡単な星の物語を聞かせてもらっても、記憶が刺激されることはなかった。

 聞かせてくれた星の物語の中には異界の話もあった。もちろんお伽噺の類ではあるが、もし本当に異界からの召喚が可能なら、この世界でどれだけ故郷や知り合いを探しても見つからない可能性もある。捜索できる範囲に私の故郷はあるのだろうか。転移術式で帰れる範囲にあるのだろうか。考えてもここで答えの出ることのない疑問だ。今はまず目の前のことに集中しよう。

「そろそろ休もう。今日は私が最初に見張るよ。」

「ありがとう。」

 お休みと言ったすぐ傍から寝息が聞こえてくる。休める時に休む大切さを彼も学んだのだろう。昼間は歩き続ける上、いつ異形に遭遇するのか分からないのだ。合間に何度も休憩は挟むが、休憩中も交代で警戒しなければならないという精神面の負担は辛い。

 先生達も眠っているように見える。それでも二人は異形が来たという声に反応して起きるのだろう。寝ぼけることもなく戦ってくれると信頼できる人たちだ。警戒しつつもどこか安心した気持ちを抱えて、時を過ごした。


「おはよう。昨日と同じ方向に進み続けるので良いんだよな。」

「ええ。まだまだ食料はあるもの。遊んでいる時間はないけれど。」

 エーデルシュタイン先生が作ってくれた燻製術式を用いた簡易燻製肉も朝から気分を上げてくれる。あまり心地良くない場所を進むのだからせめて気分だけでも、という気遣いだ。今は作物など育ちそうにない、元気のない土の色も見える地面だが、ここもかつては田畑が広がっていたのだろうか。それとも自然の植物が生い茂り、野生動物が散歩するような長閑な場所だったのだろうか。

 変わり映えのしない風景がどこまでも続いている。飽き飽きし始めた頃、大きな木々が姿を現した。

「この先に何かあったらいいけどな。」

 何度繰り返したか分からないやり取りをしつつ、僅かな期待を抱いて進む。気分転換を図って歩調を変えてみても無駄に疲れるだけだ。先生達は進歩の見えない旅路にも慣れているのか今までの歩調で足を進め続けている。

 私とカイはようやく見えた変化に飛びつくように木々の傍に駆け寄る。見えた中で最も小さな木でも、私が両腕を広げても回し切れないくらい太い。それ相応に高い木であり、上り坂ででもあるため、急に先の様子が分からなくなった。

「ようやく、だな。」

「もっと先に行ったらいるかな?」

 いよいよと期待する私達に対し、いたって冷静な先生達。今回は私達の期待通りというべきか、歓迎しない危険というべきか。足元がぐらぐらと揺れ始めた。本格的に何かありそうだと期待が高まる。そう浮つく私達を先生達が引き締める。変化を待っていたとはいえ、喜び勇んで異形の群れに突っ込むことになっては笑えない。

 慎重に、けれども早足に。枝を踏んで潜んでいるかもしれない異形に気付かれないよう、そっと進む。警戒しつつも食事のことを考える余裕をフィヒター先生は持っているのか、食べられる野草があれば教えてくれる。ただ次第にそんなことを言っている場合ではなくなっていく。小さな振動を感じたかと思えば、それも激しさを増す。大きな物音もしている。早く正体を確かめたい。

「最悪だね。」

「何かあったのかしら。」

 私達に先行させまいと注意していたエーデルシュタイン先生が最初になにかに気付いた。最後尾から襲撃に備えてくれていた。フィヒター先生もさらに気を引き締める。泉の横に通り過ぎ、一度向こう側を木の影から覗き込む。緑豊かな地はここだけなのか、さらに木々のない場所が広がっている。それどころかこの先は砂地だ。その砂埃で霞んだ視界にも映る茶色い塊たち。地平線いっぱいに広がったそれらは徐々に近づいている。ここの丘の上の木々が彼らにも見えているだろうに、止まる様子はない。四人でそれを確認し、真正面から受け止める危険性を認識した。

「避けられなさそうだね、あれは。」

「木に登って避けよう。倒されるようなら戦闘する。準備だけしなさい。」

 ここに来るまでの間に見た木々が彼らによって倒されたのだとすれば、木の上も安全とは言い切れない。ただこれらの太さなら凌げる可能性もある。今まで残っているのだから、周囲にあったはずの木々よりも頑丈なはずだ。問題はあれだけの大群を受け止めるだけの強度が今も残っているかどうかだ。

「牛っぽいよな、あれ。」

「今日は焼き肉パーティだね。って、そんな呑気なこと言ってる場合かな?」

 軽口を叩きつつ私とカイが木に登り、異形の数を確認する。数十か数百か。概数も分からないが、四人で相手するには難しそうだということは分かる。それでも助けを求められる相手などこの場にはいない。できなくとも四人でやるしかないのだ。

 木の下を通り抜けてくれることを祈り、自分たちの登った木の強度を信じる。先生達は別の木へと登っている。物の強度を高める術式も他の侵入を拒む結界の術式も作っていない。今すぐ作って間に合うような距離ではない。詠唱も間に合うかどうか。

「二人とも大丈夫かな。」

「大丈夫でしょ。百人いても食べ放題だね。のんびり待ってようよ。」

 心臓は早鐘を打っている。それをより早めるような意識を持つ必要はない。自分の動きを妨げないために、落ち着くことが先決だ。何をどうすれば良いのか分からなくなった時には先生達が教えてくれることだろう。

 万が一の希望を信じ、詠唱を試みる。その補助として術式替わりの印を付ければ、詠唱時間を短縮できる。印は幾つか預かっている魔珠に刻もう。これ以上に適している物はないだろう。木の足元に魔珠を落とし、それを印として結界を張る魔術を詠唱する。この場で作り上げた詠唱の文章であり、術式も不十分。強度はさほど強くないだろう。それでも異形達の勢いを弱めるには足りると信じよう。

「燐、信じてるよ。」

 カイの声を背景に、二人の安全を確保する。自分以上に私を信じてくれているのだ。ここでやれないなら帰れなくなるだけだ。他三人の目的も果たせない。結界を張る術式については読んだことがある。理解は十分だ。無駄がないか検討してみたこともある。私もできるのだから、いざとなればエーデルシュタイン先生だって結界を張れる。

 設定範囲には魔珠という目印がある。形は円でなくて良い。上下は必要ない。落とした魔珠は三つ。侵入を阻むには二つの面で十分だが、どの面に作ってどの面に作らないという区別をするほうが詠唱の文言は増える。三つの面に作ってしまおう。ただの壁でなく網目状の糸を張り巡らせるようにすれば、突っ込んできた異形を殺すこともできる。これでもまだ無駄があるだろう。洗練なんてされていないが、今最も必要なものは速度だ。足元の木の幹にも短い剣先で傷を付ける。これも術式代わりの補助になる。

 牛型異形はもう目前に迫っている。少しも私の実力を疑わないカイの視線を感じる。効果時間は長くない。発動する時は見計らう必要がある。

「《網の目の氷、凍てつく糸よ、何事にも動じずその場に留まれ》。」

 詠唱の最後の文章が終われば、輝くものが糸のように張り巡らされる。その材質はもちろん得意な氷だ。強度には自信がある。走っている異形もこの結界に反応できていない。そのまま真っ直ぐに突っ込み、その肉体から血を流している。その上、後続が押し付けてくるため、その身はさらに引き裂かれる。

「うわぁ、気持ち悪。」

 この場所にいる私達には凄惨な光景がよく見える。身を守るために必要なこととはいえ、直視したくはない。肉片が散らばり、血液が地面を赤く染め上げていた。

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