15 仇の魔鷲
二日ほど体を休め、また周辺地域の探索に出る。今度は帰る手間を省くため、転送術式を描いた袋を用意し、異形肉を入手し次第、自分達の食べる分以外は送る手筈になっている。魔珠も一緒に送らせてもらおう。その後の片付けは全て任せてしまって良い。
「この辺りで新しい目撃情報がないということは、もっと北のほう、ってことだね。」
「おそらくそうね。そこからさらに北や西に移動されていればまた探すことになるけれど。」
前回の集落跡を何事もなく通り過ぎ、時折鳩程度の大きさの異形を倒していく。小さく数も少ないため、自分達の食料には困らなくとも送ってあげられるほどの量にはならない。頼まれていた内容のついでくらいのため、取引には影響しない。それでも少しは協力してあげたい。前回の供給で不信感が軽減できた。次は彼ら自身の生活を安心させてあげたい。
自分達の食料を確保しつつ、何日も上り下りを繰り返す。そんな中、周辺が見下ろせるほど高い場所に辿り着いた。
「なんか聞こえないか?」
カイの一言に耳を澄ませば、確かにキーッというような、ピギィというような甲高い鳥の声が小さく聞こえた。今私達が進んでいる方向からだ。急ぎ足になりつつ、さらに坂を登っていく。斜面が急になってきた所で、上空を舞う影が降りた。
くるくると丘を回るように急斜面を行く。煩いほどの鳥の声に紛れて、人間の声も聞こえた。
「食らえ!赦すものか!あの方の無念を、この地を守る遺志を、俺達が継ぐんだ!」
他にも色々と叫んでいるが、感情的に過ぎ、明瞭ではない。激しい声に切羽詰まっているのかと急いで登れば、二人の男性が大きな鳥の異形と戦っていた。広げた翼は竜かと思うほど巨大で、胴体の部分だけでも人間ほどの長さがありそうだ。戦っている人は積極的に飛びかかる人と、その攻撃の隙を埋める人に分かれている。しかし積極的に攻撃しているほうの人は疲れているようにも見えた。
心配は的中し、攻撃していた男性が異形の羽ばたきでよろめき、鉤爪による蹴りで坂を転がり落ちていく。駆け寄るエーデルシュタイン先生が怪我の状態を診ようとするが、男性はそれを振り払いすぐさま異形へと向かう。既に傷を負っており、足取りも覚束ない。鉤爪の一撃が与えた傷は生半可なものではなかったはずだ。彼がもう一度立ち向かうことは難しいだろう。
フィヒター先生とカイが異形と彼らの間に入る。隙を埋めていた男性は一度退いたが、足取り覚束なくなった男性はなおも異形に立ち向かおうとしている。
「俺達がやるんだ!あの方の仇は、俺達が!」
人が増えたことを悟ってか、異形は空高く飛んでいく。私達の用意した術式ではもう届かない。何か対策が必要だ。この大きな異形が魔鷲だろう。他の異形よりも知能が高いのだろうか。誰が引き付け、誰が隠れるのかなど、相談してからでなければ倒すことは難しそうだ。
まず戦っていた人達に話を聞こう。怪我の状態と、あれが魔鷲なのか、と。
「なぜ邪魔をした。」
低く凄む声に怯むことなく、エーデルシュタイン先生は治癒を続ける。彼は私達が来なければどうやって帰るつもりだったのだろう。何も考えていなかったのかもしれない。不服そうな表情を隠しもない。二人だけで倒せたとでも思っているのだろうか。
「俺達がやるしかないんだ、あの方の遺志を継げるのは俺達だけだ、他の奴らは皆あの異形に恐れをなして岩の中に籠もっているんだ。」
興奮状態で早口だ。私達に噛みついてきそうな勢いだが、もう一人の男性が宥めてくれた。それが多少落ち着いたのか、私達の話も聞いてくれる。
「君達もあの異形に恨みがあるのか。」
恨みはない。しかし目的のためには倒す必要がある。こちらを推し量るような瞳は比較的冷静だが、彼も異形に何らかの恨みを持っているようだ。詳しく聞きたい気持ちもある。ただここではゆっくりと時間を懸けて話しにくい。異形が戻って来ても対抗する術がないのだ。怪我人を守りながら戦うことは難しい。早く退散すべきだ。怪我をしていないほうの人も疲労が溜まっている。あの町まで連れ帰りたい。生存者という成果を見せられそうだ。
「他にも人がいるのか!?人のいる町があるのか!」
彼らも町の出身だったそうだ。しかし町の特徴などは大きく異なる。彼らを案内するにあたって、私達が拠点としていること、異形討伐と生存者の捜索を行っていること、特に大きな鳥型の異形である魔鷲を探していること、その他町や異形関連の情報を伝えていく。すると意外な反応が返ってきた。
「そうか、遺志を継ぐ者が他にも、いたんだな。ならば私達は後顧の憂いなく、あの化け物に挑める。名乗り遅れた、私はクリス。よろしく頼む。」
「俺はマルコムだ。手当て、感謝する。」
クリスさんから話を聞いている間もエーデルシュタイン先生は手当てを続けてくれていた。血は止まっているものの、当然万全ではない。彼を休めるためにも、遠くを飛ぶ異形を撃ち落とせるだけの術式を構築するためにも、時間はほしい。一度町まで戻る必要がある。ここからだと一週間ほどかかるだろうか。
「そんなにのんびりするつもりはない。」
マルコムさんはどうしても早くあの魔鷲と思しき異形を倒したいらしい。一番怪我の酷い人なのに、体を休める気もないのか。私としては町でゆっくりと新しい術式を開発したいのだが、かといって彼らを放置して帰るのも後味が悪くなりそうだ。生存者を連れ帰るという町の人々との約束にも反する。彼らと一緒に行動すべきか。しかし素早く術式を作りあの異形に対抗できるようにした場合、術式の無駄を減らしきれず、自分達の身まで危険に晒す結果となりかねない。
どうすべきか。自分の頭だけでは結論を出せずにいると、周囲の警戒を担ってくれていたフィヒター先生が良い提案をしてくれる。
「下に穴倉を作ってそこで休みましょう。マルコムさんには養生してもらって、他五人で周辺の異形を狩りつつ、あの異形への対抗策を考える。良い案でしょう?」
町へと戻れば往復だけで二週間。ここに滞在するなら純粋にその分の時間を短縮できる。術式を作成し、洗練する時間さえ貰えれば良い。クリスさんは安全に配慮した上、マルコムさんの焦りにも対応した私たちの提案を喜んでくれた。一方でマルコムさんは一分一秒を渋っているようで、難色を示している。
「今の状態で向かっても無駄死にするだけだ。ここは彼女達の言葉に甘えさせてもらうべきだろう。術式の構築というのも興味深いな。作ってる間、見させてもらっても良いかな?」
クリスさんの協力も得て何とかマルコムさんの了承を引き出し、六人が入れるだけの穴倉を作成する。この中なら安全に術式の作成ができるだろう。明かりを確保するための穴は空けているが、警戒しなければならない方角は減った。緊張も和らいだ。まだ明るいが、話し込むには良い空気だ。互いの情報を共有するには朝までかかってしまうだろうか。
情報の共有は先生達に任せる。どこまで明らかにするかも問題になるからだ。私達は余計なことを言わないよう口を噤んだ。その代わり術式を作成していく。飛距離を伸ばし、攻撃範囲を小さくする。やはり矢を飛ばすような術にしようか。
「君は術式が構築できるんだな。それは便利だ。あんなに長い詠唱を戦闘中にしてる余裕があるかってんだ。」
詠唱のみで術を発動する方法もあるにはある。しかしやはり敵を前にして唱えている時間が勿体ないため、術式を用意する場合がほとんどだ。詠唱でも術式の作成でも知識は必要になる。
「ああ。あのお方もそれに苦心しておられた。新しい術式の構築には年単位の時間が必要だと。」
東部と西部では状況が異なるのだろう。西部では意図的に術式に関する知識が伏せられていた可能性もある。エーデルシュタイン先生は術式の構築に関しても教えてくれた。ラファエルさんも魔術の専門家ではないのに一緒に作った。術式に関する情報を隠すよう言われたことはないため、全て教えさせてもらおう。
新しい術式を作るには数日もあればできるだろう。したいことを書き出し、必要な要素の確認を行い、術式の上に乗せる。そこから不具合が発生していないか再確認し、完成となる。そこから何度も確認を行い、改良していくなら時間は必要になるが、年単位は余程のものでなければ掛からない。
「一年も待てないが、数日なら待っても良い。」
マルコムさんは余程先を急ぎたいのだろう。敵わなかった相手に勝つための術式を用意しているというのに、どうしてこんなに不遜な態度を取れるのか。
「先に一人で向かってもらっても構わないわ。死んでも知らないけれど。」
「フリーダ、どうしてそんなに冷たいことを言うんだ。僕達は人々を守るためにこうして旅をしてるんじゃないのか?」
エーデルシュタイン先生はお優しい。この人は助けたところですぐに死んでしまいそうだ。そんな人にまで守ろうと心を砕いていてはそのうち疲弊してしまう。行かないことを勧めたとしても、最終的に行くことを本人が決めたならそこは勝手にしてもらおう。目の前の人を助けるために他の全てを犠牲にできないから、先生達は私を召喚したはずだ。
私が留まるよう説得するまでもなく、厳しいフィヒター先生の言葉で諦めてくれたのか、これからの確認に入れる。まずマルコムさんは怪我が悪化しないよう大人しくしてもらう。私は術式の構築を行い、他四人が異形の討伐や魔鷲捜索を行う。
「構築しながらマルコムに教えてくれると有難いな。今後のためにも。」
「余裕があったら教えますね。」
四人を見送り、早速術式の作成に取り掛かる。遠距離、特に空中に対して攻撃できるものが良い。一点に効果があるものではなく、距離が変わっても対応できるもの。直線上を貫くものが良い。弓矢のように飛ぶものが扱いやすいか。そうすると発動時間も延びるため、狙って撃つよう伝えておかなければならない。
「それは誰でも使えるのか。」
落ち着けば養生する必要性を自分でも感じたのか、大人しく私の作成する様子を観察していた。興味を持ってくれたのか、質問までしてくれる。ただし魔術言語は苦手なようで、これさえ正確に発音できれば、という言葉には悔しそうな表情を浮かべた。
この辺りが乾燥しているなら、風を起こす術が最も疲れにくいだろうか。魔珠も回収したいため、引き寄せる要素もあってほしい。彼も使いたいと言うのなら発動のための単語は発音しやすいものにしてあげよう。
「引き寄せるために使って、倒して、か?」
「倒すついでに魔珠だけ引き寄せる感じかな。」
「誘導はできないのか。獲物がいるように見せかけるとか。」
幻影の類か。いや獲物は私達自身で十分だ。一人が囮になり、近づいたところを攻撃する。しかし囮の人は本当に食われる危険もある。そうならないよう素早く発動するつもりではあるが、いざとなれば素早い身の熟しで躱せる人、もしくは自分で殺せる人が適しているだろう。
「マルコムさんは戦いが得意なの?」
「ああ。クリスの奴も上手く支援してくれる。邪魔さえ入らなければあんな鳥、俺でも一撃だった。」
自己評価が高すぎるが、他人への評価は信用しても良いのだろうか。彼ら二人の実力はまだよく分からない。自分達四人で考えよう。魔術の飛距離は伸ばしたが、それでも限界はある。囮役は必須だ。異形の鉤爪を躱せるような人が適任だろうが、四人とも可能ではある。武器で攻撃する素振りを見せつつ、と考えるならフィヒター先生かカイのどちらかが適任か。魔鷲の動きが機敏なら、一度魔術で拘束してから攻撃することも案に入れよう。術式は用意しておくため、誰でも担える役割となる。良い瞬間に発動してほしいが、実力不明の二人も含めた全員が異形との戦闘を経験しているため、問題なくこなせるはずだ。
仕留める役割は新しい術式を使いこなせる人になる。魔術で狙いを付けられる必要もある。ここはやはりエーデルシュタイン先生か私だろう。マルコムさんとクリスさんは二人共魔術に慣れていないようであるため、味方に当ててしまいかねない。
作戦を立ててもそれ通りに進むとは限らない。何事もなく終わってほしいが、誰かが怪我をする可能性は大いにある。他の異形が襲ってくることも考えられる。その時に対応できる人も必要だ。
「マルコムさん、魔鷲と戦っている間、周辺の警戒をお願いしたいの。」
「納得できないな。子どもが倒すのを黙って見てろってか?」
やはり簡単に受け入れてはくれない。四人が帰ってきたら、説得に協力してもらおう。彼らにも使う術式の説明をしなければならない。三人は理解した上で作戦も術式も洗練してくれるだろう。それでも二人が納得してくれるかどうか。クリスさんには重要な役割と言えば、彼は丸め込めるだろうか。
マルコムさんの怪我の具合と魔鷲の捜索状況にもよるが、遠距離射撃の術式と拘束の術式を完成させなければ。
魔鷲と思しき異形と戦った場所に、フィヒター先生が武器も何も持たずに立つ。大きな影が滑り、羽ばたきが鳴り響く。
「《照らせ》。」
たった一枚、小さな紙片を手に、緊張感に満ちた面持ちで呟く。それは気を引くため、一秒間一点を照らす術だ。魔鷲は眩しさに怯み、空中で姿勢を崩す。しかしまだ射程範囲外。光が消えた瞬間、魔鷲は脇目も振らず私へ向かってくる。再び光を出現させるフィヒター先生を無視し、真っ直ぐに。
「燐!魔鷲め、どうしてそっちへ行くんだ!」
急降下する魔鷲。私には魔術の発動する余裕も武器を構える余裕もなく、ただ必死に逃げるだけだ。横目には今だとばかりに魔鷲へと飛びかかるマルコムさんが見えていた。きっと二人の先生も魔鷲に対抗してくれている。カイも度々私への一撃を槍で防いでくれている音がしていた。
作戦通りではないが、魔鷲の意識を引く役目がフィヒター先生から私に変わっただけだ。その中の一撃、魔鷲の嘴は地面を削った。
「《行け》!」
エーデルシュタイン先生による味方への合図を兼ねた発動単語で一斉攻撃を仕掛ける。まずはその先生の魔術だ。翼を狙った風の一撃は飛び立つ時間を先延ばしにできる。上手く羽ばたくことはできないだろう。この作ってくれた機会を十全に活かしたい。私もようやく攻撃に加われる。
次はフィヒター先生の出番。私が逃げている間に受け取ったらしい剣で翼を突き刺し、地面へと縫い付ける。最後がカイと私の活躍の場だ。カイはあの眼球に鋭い突きを繰り出し、私が槍の先端を凍らせ、頭の中を壊してしまう。ぴくりとも動かない魔鷲は確かに死んだ。周囲の比較的小さな異形も飛んでいるが、邪魔されることなく魔鷲は倒せた。一斉攻撃を仕掛ける作戦が成功したためでもあるが、クリスさんが向かってきていた異形を撃退してくれたおかげでもある。後は残った異形達を一層するだけ。それも全て私に向かってきているような気もするが、そんなに弱そうなのだろうか。
全ての異形を倒し、落ち着いて解体する。魔珠も取り出す。量は多いが、六人もいれば全て持ち帰れるだろう。
「こいつが人工的に埋められたのか。心臓を取り出した時点で死にそうな気もするが。」
そうならないための技術を開発していた。先生達からも隠しなさいとは指示されていないため、伝えても構わないだろう。心珠術式そのものは残っていなかったため、彼らも真似することは不可能だ。何より魔鷲や異形に苦しめられた彼らが同じ物を使おうとは思わない。
「あのお方の仇を討つ協力に、心からの感謝を。」
仇ということは彼らも大切な誰かを魔鷲に殺されたのだろう。異形に身内でも友人でも殺された人など珍しくない。それが分かる程度には私もこの世界について知った。カイだって同じ村の家族も友人も殺されている。どれだけ親しかったのかは聞けていないが、それでも見知った人間全てを失えば衝撃を受けるくらいはするだろう。
「とても、優しいお方だった。人々を守るために東部にも救援要請を出し、各地の戦士達をかき集め、自らも討伐へと乗り出してくださった。それが、」
帰っては来なかった、と。人望のある人だったのだろう。各地の戦士に呼びかけたとて、元々慕われていなければ人は集まらない。
「東部からやってきた魔術士達は口ばかりだった。この地の人々のため自ら動くあの方を横目に、自分達は危険を避けた。安全圏から図形を掲げてるだけ。挙句、あの方が亡くなられると東部に逃げ帰った。ああ、俺達は見捨てられたんだなって思ったよ。」
時期やその時の表情など詳細に語られるよりも彼らの感情は伝わって来る。東部の人間への不信感。最初の私達への態度も理解できる口ぶりだ。それは次第に愚痴の様相を呈していく。きっとここにいる間も手を抜いていたとか、あいつらのせいであの方は亡くなったのだとか。
話を聞きつつも町へは無事に帰還できる。異形の肉の大半を預け、再び四人での旅路に向けての相談だ。
「あの書物をよく読んでみたんだけど、他の異形の場所もある程度絞れそうなんだ。」
北西部に魔羊、そのさらに北に魔蛇。他にもいる可能性を考慮し、何か研究所のような物がないかを探索しつつの捜索となるだろう。こうなると魔珠の作り方もより知りたくなってくる。魔術関連、術式関連の知識ももっと欲しい。実践的な戦い方を中心に学んでいたため、知識には抜けがあるかもしれない。
「北西の町に行こうか。聞きたいこともあるし、異形が降りて来てるって話もある。僕の祖母の話も聞けるかもね。」
ここからフィヒターさんのいる町には一度寄り、そこからは真っ直ぐ北西の最終防衛拠点に向かう。ラファエルさんに魔珠が送れているのか、それから大陸全体の異形の様子も気になるが、立ち寄ることはしない。まずは特に脅威になりそうな異形を討伐していこう。




