14 孤立の地
私とカイの怪我が治るのを待ち、往復一週間を予定して出立する。カイも少々思う所があるようではあるが、隣を歩いてくれている。
「なんでこんなにぐにゃぐにゃしてるんだろう?」
「外敵の侵入を防ぐためらしいよ。迷わせて、消耗したところを撃退するんだって。」
入った時とは違う出入り口を通っても、また曲がりくねった道が続く。そこに関しても詳細に記載された地図を頂いている。絶対に無くさないように、と厳命されている大切な物だ。
起伏の激しい地形が続き、全体としては標高が上がっていく。その奥に大きな鳥の影が見えたという。今回はそこに行くまでの間を、生存者がいないかくまなく捜索していく。
「こっちのほうは意外と緑豊かだね。」
「比較的、ってレベルだけど。動物も他地域に比べると多かったんだって。今は異形も多いだろうけど。」
今のところ私達以外の生物の影はない。隠された町が他にもあるかもしれない。壁際も注意深く観察だ。魔術で入口を塞いでいる可能性もあるが、それはもう諦めるしかない。
「町や集落が見つかったとして、どうするんだ?また攻撃されるかもしれないだろ。」
「警備隊長さんから手紙を預かってるから安心して。」
名前を知っていれば偽ることもできる。筆跡も判別できるとは限らない。効力には疑問も残る。念のため、と渡されただけの物だ。
「やることは変わらないわ。集落を探す。異形を倒して魔珠を回収して、魔鷲を探す。それだけよ。」
足を踏み外さないよう気を付けつつ、上空にも意識を向けなければならない。平坦な道より神経を使うため、護衛隊長の助言に従い平地に比べて休憩は細かく何度も取る。しかし想定より時間が掛かっているのはそれだけが理由ではない。
地図では通れるはずの道が幾つも行き止まりになっている。地図に書き加えつつ、繋がっている道を探した。
「いつから放置されてるんだろうね。」
「十数年前って言ってたよ。異形が出現しだして、連携が取れなくなって、見捨てられて、って。」
ここはもう人間の領域とは言い難い。異形が降りて来たということはそのための道はあるはずだが、前回遭遇した雷雨のようなことがあれば、その道くらい簡単に崩れるだろう。
道すがら私が彼らから聞かせてもらえた内容を、共有する際には省略した部分も暇潰しに話していく。詳細まで追求されたから話したに過ぎないが、先生達の興味は十二分に引けたようだ。二人は特に警戒されていたようで、何も聞き出せなかったらしい。
地図上では近くに小さな村がある。しかし崖に囲われた空間に生きている村は見当たらない。
「ないな。」
「建物すらないのはおかしいわね。襲われたとしても、こんな土台や木屑しか残らない状態になるとは思えないわ。」
床と柱の倒れた跡。建物があったことだけが分かる。家具類もなく、死体もない。畑が整備されていたのだろうか。土と少しだけ雑草の生えた箇所もあるが、食べられそうな物は生えていない。
「日記か何かあれば。ここにいた人達のことも分かるかもしれない。」
数えるほどしかない家屋の跡地を探っていると、崖の上からカラカラと小石が落ちてきた。
「なるほどね。轢き潰されたかな。」
大型の山羊のような生物たちが軽やかに駆け下りて来る。魔術を少し当てたくらいでは動じず、真っ直ぐこちらに向かって来る。正面からの攻撃では怯まなかった。攻撃方法を変え、エーデルシュタイン先生が足元からの魔術で異形を貫く。私も負けじと魔術を連発するが、一撃では倒れてくれない。距離を保つ役には立てているだろうか。
フィヒター先生とカイはこちらに近づけずにいる異形達を斬り付け、一体一体屠っていく。しぶとく藻掻く異形もいるが、こちらに向かって来る元気がない以上、無視して良い。坂道から転がり落ちないよう背後に注意しつつ、二人を援護していこう。追加で異形が来る様子はない。安心して一体ずつ倒せば良い。最後の一体をカイが槍で貫けば、後は解体するだけだ。
「全部持ち帰るのは大変ね。」
「味は落ちるけど、乾燥肉にする術式も教わってきたから持ち帰ることもできるよ。」
水分が抜けて軽くなる分、量を運べる。食料にするための解体ならカイも抵抗なく手伝ってくれる。分担すればあっと言う間だろう。それでも先に進めるような時間ではない。今夜はここで野営になりそうだ。
手を血塗れにし、今日の食事と町の食料を確保する。一足先に用意を始めてくれていたエーデルシュタイン先生のお手製の食事を口にする。家屋の残骸を用いて火を熾し、動物除けも兼ねていた。暖も取れるため、雨さえ降らなければ安心だ。この辺りは降雨の少ない地域とも聞いているため、一晩は安心して過ごせるだろう。
話に聞いた通り、雲一つない晴天だ。彩り鮮やかな星の一つ一つが浮かんで見える。
「燐、寝ないのか?」
最初の寝ずの番を買って出たカイが私の様子に気付く。
「星のお話ってあるのかなって。」
「もちろん。星座とその物語とか。俺はあんまり詳しくないけど。言われても全然動物とか物の形には見えないんだよな。」
一部を教えてくれる。あれが獅子座、あれが狼座。私にもただの綺麗な光にしか見えない。明るさの違いは認識できる。それらを線で繋いでも、絵のようには見えてこない。
「時間ができたらもっと話してやるよ。一緒に探してもいい。二人でいろんな所を旅してさ。東にも南にも島があるんだ。東は船が出てないから行けないけど、南なら行けるよ。異形の被害もほとんどないらしいし。」
この異形討伐が終われば、私は何をしたいだろう。召喚される以前の場所を探しても良い。カイの言うように旅をしても良い。召喚される以前の場所はラファエルさんにも協力して貰えば見つけられるかもしれない。召喚のための術式は彼らが知っている。召喚に必要な動力は魔珠から得られる。どこにあるかも分からない場所に行くための方法は異形を倒してから調べれば良い。
「今はゆっくり休まないとな。燐、おやすみ。」
あの空の先に、私の故郷があるのだろうか。見つからなくても、どこかに居場所があると良い。
夢も見ない眠りから覚めると、三人とも既に出立の支度を終えていた。全員眠そうな様子すら見せていない。
「珍しいわね、燐が起きないなんて。」
寝ずの番もあったはずだ。いつの間にか免除されている。
「疲れてたんだよ。町に戻ったら長めに休ませてもらおうか。病み上がりなんだから無理しちゃ駄目だよ。」
「今回の成果としては十分だわ。食料は入手できたし、廃墟は見つけた。情報も持って帰れるわ。」
どことなく楽しそうな、明るい雰囲気を作ってくれる先生達が先を行く。何があったのだろう。その背を追いかけようとすると、小さな声でカイが教えてくれる。
「話なら俺だって聞けるから。泣くくらいなら、相談してくれればいいだろ。」
指摘されて初めて気付く。頬を擦られ、残っていただろう跡を消された。指で綺麗に消せたのだろうか。自分でもどうしてこんなことになっているのかよく分からず、話す気分にもなれない。こんな所でのんびりしている時間もない。考えるにしてもせめて町に戻ってからだ。数日の間に着くはずなのだから。
「約束だからな。」
相談することはない。私にも涙の意味が分からないのだから。隠さなければならないことはない。話せることもない。自分にも分からないと、安全な場所で伝えるだけ。
異形肉という成果を抱えて、小石の転がる山道を戻る。大荷物になっているため、非常に気を付けての移動だ。家畜も飼っているが、肉類が十二分にあるわけではない。これらの提供も取引の一部だ。そう何体も潰すわけにはいかず、狩りも十分にできているわけではなかった。
自分達で狩った異形を食料にしつつ、町へと戻る。今回は大きな怪我なく辿り着けたことに一安心だ。
「随分早いお帰りで、え?大量だな。」
私のために帰還を早めてくれた。見張りに嫌味を言われるが、荷物の量を見て態度を変える。警備隊長さんは私達への敵意を収めてくれているが、私達を敵視している者も多い。この見張り番も敵視している者の一人だ。
「食糧事情、これで多少は改善するだろう?」
「ああ、大変有難い。今までの非礼、お詫びします。これは何の肉なんですか。」
「大型の山羊のような異形だ。魔術で加工したから味は落ちるけど。」
「いやいや、今夜は宴会ですね。英雄の凱旋です。」
はっはっはっ、と朗らかに笑う見張り番の彼。立派な体格を維持するにはそれ相応の食事が必要になるのだろう。これで彼のような住民達からも信頼してもらえるかもしれない。頼まれて食料庫に持っていき、宴会までの間はそれぞれ休息していよう。
その休息の時間、カイが私の部屋を訪ねた。
「何を隠してるんだよ。一人で全部解決できるわけないんだから、言っちゃえよ。確かに最初は俺も頼りなかったかもしれないけど、今は聞かせてくれてもいいだろ。」
何かを隠していると確信されている。私が今、カイに対して隠していることは多くない。私が召喚された時に生贄が捧げられたこと、命とも書かれた魔珠まで使用されたことの二点。カイはどういうつもりで異形に挑んでいるのだろう。ただ居場所がなくなったからなのか、自分の村のようなことをこれ以上起こさせないためなのか。
彼になら話しても良い。先生達には既に話している。彼に話すかどうかは私に委ねられている。私の一存で話してしまって良い。この世界の人々によって、最後の希望を懸けて、様々な条件を設けて、何人もの術士の命を懸けて、犠牲にして、私は呼び出された。これを伝えることでカイの見方が変わってしまわないだろうか。不安がないわけではないが、そこは彼を信じよう。
「生贄か。んで、最後の希望、なぁ。大変なことを一方的に押し付けすぎだろ。二人付いて来てるとはいえさ。勝手にされたことなんだし、燐が気にすることじゃないだろ。」
気にしていた、のだろうか。私のために何人も犠牲にされた。しかしそれに私の意思は働いていない。気にすることではないと分かっている。彼らに協力している理由も彼らの犠牲に応えようという気持ちがあるからではない。ただ協力しても良いという気持ちになったからだ。
「家族とか、友達とかは?何にも覚えてないのか?」
彼のことも聞いていない。前回も私に尋ねるばかりだった。壊滅した村ということは分かっているため、語りたくないのだろうと私も強いて聞かなかった。私は自分について語る内容を持っていない。
「じゃあその分、楽しいこと教えてやるよ。まずはこの後の宴会だな!」
話している間に宴会の時間はやって来た。共に行った大広間には幾つもの机が出され、鍋が置かれている。中身はもちろん私達の狩ってきた異形肉の煮込みだ。その他焼いた物など様々な調理法の物を置いてくれている。
「沢山食べてくださいね、功労者さん達。」
優しい声掛けは私たちへの心証が変わったことの証左か。野菜類と一緒に煮込まれた異形肉も柔らかく、香辛料で辛く味付けされた物も美味しく食べられる。舌を休ませるための野菜類も用意してくれているのは食べる私達への気遣いだろう。
「こんな大荷物じゃ捜索は続けられないよな。いや、それにしてもお前さん達が討伐してくれて良かったよ。これだけの数、うっかりこっちまで来ていたらどうなっていたことか。」
上機嫌で話してくれるのは酒の入った門番の一人。肉で懐柔される人が見張り番でこの町を守れるのだろうか。悪い人ではないのだろう。ただ町を守るために警戒心が強くなっていただけだ。相槌も頷くだけで許してくれる。返事は期待されていないようだ。
「ちゃんと肉も食べてるか、燐ちゃんよ。」
「全く、お前は行儀が悪い。今日は宴会だから大目に見るけどな。本日の功労者さんよ、どうやって四人でこんなに狩ったんだ?」
油断していると問いかけられた。急いで口の中の物を片付けつつ、返事を考える。主にエーデルシュタイン先生が倒していた。取れる肉の量が減るような傷の付き方ではあったが、数が多かった。フィヒター先生とカイの倒し方なら術よりも傷が少なく、肉を多く取れている。私の攻撃はほとんど毛で防がれていたため、肉の量には影響しないだろう。
この異形の肉は歯ごたえがある。一口含んだだけでいつまでも口の中に残っている。その間にカイが答えていた。
「ほう、戦いやすい術式を自分で作ったのか。燐、教えてもらうことはできるかな。」
これも頷くことで返事に代える。ここには術式関係の書物があまりないと言う。新しい町を形成する際、各集落の書物を移動させる余裕はなかったそうだ。各集落の術士も術式を作れるような人は異形の討伐に出かけてしまい、帰ってこない人も多いとか。
門番は上機嫌に話し続けている。この異形肉も歯ごたえがありすぎること以外は悪くない。味は調理の腕のおかげだ。焼いた肉は一切れで満足できるような物だったが、鍋に入っている肉はもう少し食べられそうな気がして手を伸ばした。周りの人も話しながら食べているはずなのに、なぜか随分料理は減っている。術式関係を詳しく聞きたいと言われてもすぐには教えられない。
私の食事の終わりを待ってもらい、作戦室に連れて行ってもらう。求められるままに使っていた術式を見せ、その説明をする。エーデルシュタイン先生が使っている物と私が使っている物、両方教えれば彼らも好きなほうを選べるだろう。
「地形を変えるものは不安だな。この地域は乾燥している。氷を作り出すのも体力の消耗が他地域より激しいだろう。」
雨が少ないという話は聞いた。乾燥しているなら火は起こしやすいかもしれない。調理の際の火種を作るために炎の術は使っていたが、それを少し強化したものを戦闘用にしても良い。もう少し威力や範囲があっても良いだろう。純粋に斬撃などを飛ばすような術式を作成するという手もある。幾つも案を提示し、彼らの使いやすいように使ってもらうのが良いだろう。
私達の提供できる最大の情報は魔珠に関するものだ。魔珠に直接術式を刻めば最小限の危険で術を発動できる。
「なるほど。魔珠も利用すればこの町の安全は確保できたも同然だな。」
「過信はすべきではないと思いますけど。」
集落の跡地についても伝えられた。魔鷲に関する新たな情報はないが、仕方のないことだろう。自分達の足で調べるしかない。しかし、前回は教えてもらえなかった詳細な事の経緯を話してくれた。
異形襲撃が盛んになり始め、魔鷲に対抗した時の話だ。どこからか現れた鳥型の異形。それらは自分たちの知っている鳥とは異なり、子どもだけでなく体格の良い大人の男性でさえ襲うものだった。元々二人以上が組となって行動していたところを三人以上に変え、討伐隊も何度も組んだ。戦う力のある人は全て策を尽くし、戦えなかった人も戦えるよう鍛錬を積んだ。しかし一向に数は減らず、逆に戦える人は減っていった。そんな中、現れたのが魔鷲だ。各集落の長達は優秀な術士を含め、最後の戦力を魔鷲討伐に差し向けた。
「そして、多くが帰らぬ人となった。どの地域の人も別け隔てなく守ろうとした結果だった。」
戦える人は大きく数を減らしている。各集落では異形たちから身を守る術も、日々の狩りを行うことも難しくなった。そうしてこの町は作られた。東部に救援要請を送っても、助けは現れなかった。
「私達は見捨てられたんだ。だからこそ、自分達の身を自分達自身の手で守り、彼らの無念を晴らすんだ。」
魔鷲は仇だ。だけど自分達には殺す力がない。今生きている人々を守ることで手一杯になっている。私たちには応える義務も義理もない。互いに利のある取引をした結果、魔鷲を倒すと約束しているだけだ。私達の当初の目的の一つでもある。それが結果として彼らのためになるのなら、それも良いだろう。それでも彼らは私達に恩義を感じるのだろうか。




