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星合燐の降臨  作者: 現野翔子


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13/20

13 希望の音

 肉の焼ける良い匂いで目が覚める。空腹感もある。今回はどんな味になっているだろう。塩胡椒という単純な味付けでも、鳥の種類が変われば味は変わる。そう起き上がろうとしたのだが、痛みで体が止まった。眠る時点では痛みが引いていたのに、今は自力で起き上がることも難しいほど全身が痛い。寝転んだまま隙間から洞穴の外を覗けば暗闇に包まれていた。肌寒さは感じない。

「おはよう、燐。とは言ってもまだ夜だけど。具合はどう?食べられそう?」

 食欲はある。異形の肉は味の濃い物が多く、中には獣臭い物もあった。そこはエーデルシュタイン先生が上手く処理してくれるおかげで食べられる味にはなっているが、美味しいと無邪気に言えるような味ではない物もある。柔らかい肉を想像しても期待外れになる。それでも良い物であれば歯ごたえと味を楽しめる代物だ。野菜類があれば口の中をさっぱりさせつつ食べられる。今はないため仕方ない。栄養という観点でも心配だ。

「燐が眠ってる間に相談したんだけどね、やっぱり一度、関所まで戻ろう。少なくとも落ち着いて休むことはできるし、二人に残ってもらって、僕達で物資の補給に戻っても良い。」

「早く止んでくれたら良いのだけれど。」

 先生達の言葉で耳を澄ませると、サーッと雨の音がしていた。パチパチと火の爆ぜる音も響く。雨に濡れて帰るのは体力面から避けたいが、長く滞在するほどの物資もない。雨のおかげで水の補充はできても食料がない。

 徐々に雨足が強まってきた。この地形では崩れる心配まで出てくる。雷まで鳴り、岩が崩れている音も掻き消してしまっているだけかもしれない。

「ここは大丈夫だよな。」

「高い場所にあるから雨水が流れ込んでくることはないよ。くり抜いた空間も小さいから、崩れるほど周りの強度に影響はないと思う。」

 半球形の洞穴になっており、周りに空洞もないそうだ。崖全体が崩れる心配もあるが、それは気にしても解決しようがない。雨が上がるまではここに滞在することになる。三人は私が眠っている間も見張りをしてくれていたのだ。今度は私も貢献しよう。

「休まなきゃ駄目だろ。」

 全員疲れているはずだ。私は魔術と怪我のせい。しかしカイだって怪我をしており、私の怪我の状態の確認に神経をすり減らした。エーデルシュタイン先生だって戦闘で魔術を使用しただけでなく、術式の作成も行った。フィヒター先生も守ってくれていた。私だけが特別疲れているわけではない。それでも怪我人を休ませようと気遣ってくれるのは有り難い。

 大人しく引き下がり、再び眠りに就く。先程まで眠っていたのに、まだ眠れるのだろうか。そう瞼を閉じた。


 不安な雨の時間を過ごし、洞穴の入口を開けてもらう。虹が輝いているが、まだ地面は濡れている。

「滑らないように気を付けて。」

 四人とも慎重に慎重を重ねて歩みを進める。普段より随分と遅くなるが仕方のないことだ。支えてもらわなければ歩けない私がいる以上、速度は求められない。

 眠る前に襲ってきた異形も今はおらず、また平和な旅路となる。しかし前回通った時にはなかった大きな岩が落ちているのが気にかかる。雷雨で地形が変わっていたら問題だ。

「別の道を探そう。」

 不安は見事的中した。先頭を行くエーデルシュタイン先生から発せられた言葉は、この道が使えなくなっていることを示すものだった。崖崩れが起きたように、先の道が見えないほど岩や石が転がっている。カラカラとまだ崖下に小石が動いており、近づくのも避けたほうが良さそうだ。魔術で除けるにもどの程度続くか分からず、ここ自体が弱っていれば、除けている最中にもろとも落下してしまう。降り口もない。まだ探索していない地域は魔鷲だけでなく他の脅威がいる可能性もある。今の状態で未知の地域に向かうことは避けたいが、ここに留まっていても事態は好転しない。

 迂回路を探しつつ、帰り道を目指す。同じ道まで戻れれば良いのだが、そうは行かず、どんどん行きに通った道から離れていく。最終的に山岳地帯を抜けれれば良いくらいの心構えで、食料を確保しつつ、長期間の滞在を覚悟しなければならないかもしれない。そう覚悟を決めた矢先、自然とは思えない音が届く。カーン、カーンと鐘でも叩いているのかと思うような音だ。

「あっちのほうから聞こえるね。」

 珍しくエーデルシュタイン先生が先を急ぐように音の方向へ歩き出す。私達も周囲への警戒を忘れず後を追うが、速度は出ない。カイが支えてくれているとはいえ、寄り道をするほどの余裕はない。そのあたりはフィヒター先生だけでなく、ずっと気遣ってくれているカイも分かってくれているだろう。

 私の様子に気付いているのかいないのか、幾つもの分かれ道を迷わず選んでいく。何度も行き止まりに辿り着くうちに、そのうち洞窟の中に入ってしまう。術式を貸し、カイに照明の魔術で周囲を照らしてもらって進めば、照らされていないはずの前方にも明るい場所が現れた。

「向こう側に出たんだよ、きっと。」

 岩肌に幾つもの穴が見える。すり鉢状の空間で、一番低い場所は緑に溢れている。円形に空いた天井からは光が差し込み、ここだけ違った雰囲気だ。金属を打ち付ける音もすぐ傍から聞こえている。

「どこのもんだ、お前さんら。」

 左右から槍が突き出され、行く手を阻まれる。もう人はいないだろうという話だったが、生き延びていたのか。

「大陸東部から」

「捕らえろ!」

 エーデルシュタイン先生が捕らえられる。それを助けようと踏み出したフィヒター先生も、彼らを無闇に傷つけないようにしているのか武器を使わず、あえなく動きを封じられた。もう一人の門番もこちらに槍を向けている。

「動くな。全員来てもらうぞ。」

 武器を向けられ、監視されつつの移動だ。魔術を使って無理をすれば逃げられないことはないだろうが、こうした対応を取られた理由は気になる。一体、何が彼らをこんなに怯えさせているのだろう。

 緩やかな曲線を描き、幾つもの階段を経て、下部へと向かっていく。そうして長く歩かされる。嫌な沈黙と緊張感が何時間にも感じられる。体力を奪う目的もあるのだろうか。

「入れ。」

 乱雑に鉄格子の部屋に押し込まれる。外から鍵を掛けられた。これは、牢屋という物ではないか。一人一人別の部屋に入れられたことも不安にさせる。

「何のために来た。」

 兵士らしき人物の一人が私の正面に立ち、他の三人にも一人一人付いている。カイも怪我と疲労で牢屋の中に座り込んでいる。フィヒター先生は人間相手でも武器の向け合いに慣れているのか、平然と睨みつけている。エーデルシュタイン先生は同じ側に入れられたため、今どうしているかは分からない。

「魔鷲という大きな異形の情報を得て、こちらに捜索に来ました。」

「それは、誰の差し金だ。」

 今までの経緯を説明していく。ひとまず話を聞いてくれる気はあるようだ。こちらが武器を構えず、誰にも危害を加えていないことが功を奏している。外部の人間に対する敵意が強いようであるため、まずはそれを取り除くことから始めよう。

「なるほど。それでお前達は旅をしているのか。君個人に旅をする理由はないように思うが?」

 隠し事は疑心暗鬼を加速させる。何か隠しているのでは、と感じさせてしまった時点で出してもらえない危険性まである。そう召喚の件まで隠さず伝えた。それらを踏まえた上で、彼らは私達が自分達の敵か味方か見極めている。

 既に巨狼は倒し終えていること、発見した書物によれば魔鷲がこちらに来ているらしいこと、魔鷲は討伐するつもりであることなど、これからの予定についても教えていく。自分達の身の潔白を主張するだけでなく、むしろ協力も仰いでみようか。魔鷲の目撃情報、食料の援助、身を休める場所の提供。どれか一つでも得られれば有り難い。魔鷲を当てもなく探し続けることの困難さは身を以て知った。食料は何とかできても、治療する場所がないことは大きな不安に繋がった。

「君だけなら出ることを許可しよう。おかしな行動を取れば、分かるな?」

 鍵が開けられる。出してはもらえたが、カイのように優しく支えてくれることはない。前にも後ろにも人はいるのに、ただ冷たくこちらを監視しているだけだ。自分の力だけで立ち上がり、壁を支えについて行く。

 幸い連れて行かれた先は牢屋からほど近い、同じ階層の部屋だった。武器は向けられなくなったが、この部屋でもまだ監視は続いている。三人の入っている牢屋の近くにもまだ見張りは残されている。ここでの話次第では出してくれる可能性もあるそうだ。嘘を吐いてはいけない。しかし彼らが私達に協力しなければ危険だという話もしたい。一言一言を大事に話さなければ。

「異形も一部は人工物の可能性がある、か。大陸東部も襲われているのか。」

 周囲から押し寄せている。南東部だけが異形の侵略を免れている状況で、他は異形に飲み込まれかけていた。今は各地の有力者たちが私財と人脈を用いて、各々食い止めている。そんな窮状を訴えかけるが、彼らの反応は芳しくない。

「良い気味だな。ここに人が大勢残っているのに見捨てた奴らも同じ目に遭うわけだ。」

 異形の増加のため救援を打ち切ったこと、捜索すらしていなかったこと。他にも積み重なった恨みがあるようで、向こうの人々に見殺しにされたと感じているようだ。そのせいで私達に敵意を露わにした。

 その有力者の名はフィヒター。フィヒター先生のお爺さんだ。彼らはそのフィヒターお爺さんやフィヒター先生に会ったことがあるだろうか、その関係性を知っているだろうか。分かったなら問答無用で切り捨てられていたかもしれない。これは伏せておこう。呼ぶ時も気を付けたほうが良いだろう。

「異形は全て倒しているのか。」

「はい、見つけ次第。魔珠の有無も確認しています。」

「それを譲り受けることは?」

 回収した魔珠は転送術式を縫い込んだ袋で送っている。私が怪我をしてからは回収する余裕もなく、送るための体力も節約したかったため、手元には数個だけ残っている。しかし危険性を考えれば、彼らに渡して良いものか。私だけでそれを決めて良いのかも分からない。一方でここが拠点にできれば非常に助かり、渡すことで大きな信頼を得られることも確かだ。私もカイも休息を必要としている。医師に治療してもらえればこの体の痛みも和らぐことだろう。遠く離れたラファエルさんに魔珠を送るよりも、今すぐに助けが欲しい。

「構いません。私達は魔鷲を探す予定なんです。ですけど、怪我や地形の問題があって。」

 鳥型の異形と地形の組み合わせに苦戦した。しかし他の形状の異形なら倒せている。肉類なら食料の補充も可能ではある。私達には戦う力もある。つまりそれだけの体力や実力がある。怪我さえ治れば私もカイも何かしらの協力はできるだろう。

「ふむ。君にはこちらへの敵意がないと信じよう。こちらの状況を教える。」

 異形が出現し始めてから、山岳地帯は平原の人々に見限られ、鳥型異形に苦戦してきた。今までの集落の地形では鳥型異形に対応できないとして集落の人間全員で移住した。同じように判断した集落は多く、生き延びた人々でこの場所は形成されたそうだ。

「我々は異形に対処しきれておらず、この町の中で生活が完結するよう設計している。しかし周辺の集落も全て確認できているわけではない。まだ生存者がいるかもしれないのだ。彼らを探してほしい。無事かどうか確認し、彼らが困難に陥っているのなら救助してきてほしいのだ。人手は多ければ多いほど良い。」

 私達のやることは魔鷲を倒すこと、その他の異形も倒すこと、そして生存者を探すこと、ついでに捕らえた獲物の肉を分け与えること。その見返りが医師と宿の手配と食料の提供だ。生存者に関しては集落が廃墟と化していれば見つけられないかもしれないが、集落の様子は伝えられる。私達としても生きている人間を見つけたいものだ。

「私達は奴らとは違う。誰も見捨てない。君を裏切ることもしない。」

 早速、魔鷲に関する情報を共有してくれる。彼らは目撃したことがあるだけでなく、手を焼いていたようだ。数ヶ月前の話のため、今もこの辺りにいるかどうか分からないが、何もないよりは何倍も良い。

 その目撃情報を纏めている石板はまた別の部屋に保管しているという。今度も手を貸してはくれないが、付いてきているかどうか気にかけてくれてはいる。その石板は、対処できていない魔鷲に関する情報が一般の民に流れ、悪戯に不安を煽ることのないよう、厳重に保管しているそうだ。現状この町は襲われていないからできる芸当だろう。一方で、この町に急に見たことも情報もない異形が現れては混乱に陥ってしまう。

「異形の討伐にも生存者の捜索にも休養は必要です。いつ仲間は出してもらえるんですか?」

「そうだな。現状戦える者が二人。変な気を起こすなよ。」

 警戒心を今すぐ解いてもらうことは難しいが、拘束は解いてもらえる。今までの対応から一転、柔らかな羽毛の布団まである良い部屋に案内してもらえるという好待遇だ。一人一人の部屋が離されているのは共謀して悪事を働きにくいように、だろう。何も企んでいない私達にとっての不都合はないため、許容できる。あちらが各個撃破を企んでいるのなら不安なところだが、それなら牢屋から出さないと信じよう。

 私の部屋に集まり、監視の目と耳がある中、今後の相談だ。食料問題と治癒の問題はほぼ解決したため、私達は生存者の捜索をしつつ、魔鷲も探そう。他の異形が倒せれば、その肉は彼らにも提供する。その代わり野菜類の提供をしてもらう。何も難しくない取引だ。

「本当に信じていいのか?だってあいつら、いきなり槍を向けてきて、一番酷い怪我の燐だけ連れ出したんだぞ。部屋も遠いし、燐を人質に取っているようなもんじゃないのか。」

 不信感が募っている。武器を向けてきた相手をそう簡単に信じられないのも理解はできる。それでも害意はなくなったと信じたい。少なくとも身を休める時間はくれているのだ。その数日の間に互いを知り、信頼できるようになれば良い。

「そんなに心配なら私の部屋で一緒に寝たらいいよ。」

「近場なら僕達二人で探索してきてもいいし。ね、フリーダ。近辺に慣れる意味も込めて、朝出立して夜帰ってくるってのもありだし。」

「それも二人が危なくないか?燐を一人で置いてくのも反対だから。」

 四人でも怪我したのだ。二人だけならもっと危険だ。カイは道中も私の心配をしてくれていた。部屋で大人しくしているのなら一人でも大丈夫だが、それでも心配らしい。私一人の時を狙って襲撃される可能性も考えたのかもしれない。牢から出してくれたことを強く評価するなら、私一人で留守番もさせられるだろう。

「燐は信じていいって思ってるんだよな。牢屋に入れられたのに。」

「誤解があったんだよ。私達がここの人達を見捨てた人達の仲間だって思われたんだ。説明したら同じように異形と敵対する立場にあるって認識になってくれたみたいだね。」

 互いに利益がある。異形に対抗する力と考えるのなら、今私達と敵対するのは得策ではない。私達にしても彼らの協力は必要だ。

「燐は一人じゃ自分の身の安全も確保できねえだろ。かといって俺が傍にいてもそんなに役に立てねえし。今晩はともかく、探索は治ってからでもいいんじゃねえの?」

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