12 険しい道
翌朝、食堂に案内されるとカイが用意を手伝っていた。野営の時もしきりにエーデルシュタイン先生に調理法などを尋ねていた彼のことだ。ここでも異形を美味しく食べる方法を尋ねていたのだろう。
今日の朝食は肉も野菜もごろごろと入っているスープ、それから歯ごたえのあるパン。パンはスープに浸して食べる物のため、そのまま食べるには硬いが味も悪くなく、量も十分にある。ここはやはり食料に困るような状況ではないようだ。旅の途中では野菜が手に入りにくく、手に入ったとしても時間をかけて炊くことが難しいため小さく切っていた。しばらくは楽しめない贅沢となるだろう。
「西部ならではの植物と動物も教えてもらったんだ。俺も美味しいご飯に協力できると思うよ。」
「それは嬉しいね。美味しい食事はそれだけで元気が出るもの。」
食事を終えれば、荷物にならない選別を頂き、まだ平らな道を進む。地形は異形の侵攻も防いでくれているのか、北部とは異なり少々余裕がある。人がいるかどうかはともかく一部立ち寄れる集落はあるため、緊張感に欠ける旅路となった。
徐々に人のいた痕跡も消えていく。農地があったと思しき跡地もなくなり、緑も減ってくる。緩やかな坂道になり、標高は少しずつ高くなってきた。気温も下がってきたように感じられる。そうして見えて来た門がかつての関所の跡地。ここもフィヒターお爺さんが管理していた場所だという。
「西部との通り道だって聞いてたからもっと大きな街かと思ったけど。」
「あくまで関所だから。住民はここで働く人程度だった。手続きに時間がかかった場合に宿泊することもあるから、宿はあったんだけど。」
町のような華やかな色彩はなく、門とその左右に伸びる塀が目立つ。崩れた建物はあるが、どれが宿だったかの判別も付かない。監視塔のような物もあるが関所の先のほうが高いため、侵入自体は可能だ。だからこそ監視し、拘束できるようにしていたのだろうか。宿舎などもあったそうで、当然食堂も併設されていた。食料などが残っていると期待すべきではないが、一晩身を休めることはできるだろう。
「中もしっかり探索してみたいな。そんなにはっきり、ここまで中部、ここから西部って言い切られると気になるだろ?」
今回の旅路ではカイも疲弊していないようだ。私もまだ体力には余裕がある。先生達も当然平気そうだ。しかし先生達は先に休む場所を探すと言った。私達が探索することは許してくれたため、二人で先生達とは反対側の建物を漁っていく。
門のすぐ左右には広い部屋があり、その隅には机と椅子が幾つも倒れている。扉は少ないが、どれも小さな応接間のような部屋に繋がっていただけだ。かつてはここで関所を通り抜けたい人の話を聞いていたのだろうか。
次は外から見えた関所の左右に伸びる部分に入ってみる。同じ大きさの机と椅子が幾つも並んでおり、カウンターの向こうには調理器具が置かれていた。
「食堂だな。保存食とかは残ってるかも。」
軽く探るが食べられそうな物は何もない。箱などにも何も入っておらず、荒らされた様子もないため、ここの職員は異形に殺される前に撤退したのかもしれない。それか飢えてしまったかのどちらかだ。後者なら死体が残っていない不自然さはある。時間が経過していても、死体が食われていても、骨くらいは残るだろう。廊下を挟んだ反対側も確かめてみたが、こちらは空の木箱しか置かれていなかった。倉庫か何かだったのだろうか。
廊下の先の扉を潜るとまた廊下。こちらは扉が等間隔に幾つも並んでいる。全てに小さな机と椅子、クローゼットに寝台と揃っており、寝室となっているようだ。
「こっちが先に見つけちゃったな。」
シャワーもトイレも付いているが、水は流れない。布団は埃こそ積もっているものの激しく汚れた様子も荒らされた形跡もないため、問題なく使えるだろう。軽く叩けば心地よく眠れそうだ。明るいうちに干しても良い。
寝室の場所を覚え、門に隣接する監視台に上る。ここから先が大陸西部、山岳地帯と呼ばれる地域だ。道は少しだけ整備されている。異形が現れる以前は通行量も多かったのだろうか。人が五、六人並んで歩けそうな程度の道幅はある。崖の間をくり抜くように道が作られており、多少蛇行しているものの傾斜は少ない。
「異形が出る前は馬車とかも走ってたのかな。すれ違えそうにないけど。」
この道沿いに行けば廃墟はある。カイのいた村のようになっていなければ良いが、期待はしないでおこう。彼にも心の準備をしてもらわなければならない。新しい地形への警戒も必要だ。先生達から聞いた情報だけでもそうと判断していたが、実際目にすればより気が引き締まる。
「あれ山羊っぽいな。異形かな。飛んでるのもいるし。合流したほうが良さそうだな。」
先生達は反対側の建物を探っているはずだ。異形がこちらに下りて来る前に合流しておきたい。二人でも対処できるだろうが、四人でいたほうが安全だ。しかし燕のような異形は窓を突き破り私たち二人の所に突撃してくる。一羽一羽は小さく、数も片手で足りるほど。的が小さいため、《氷の礫》で狙い撃ちにすることも難しいだろう。私も剣で対応しよう。
燕らしき鳥の異様な行動について考える時間はない。連携も取れていない鋭い嘴を避け、何とか叩き返す。カイも槍を振り回し、羽根に傷を付けてくれているが、まだ一羽も落ちていない。
「こんなに小さい鳥がこんなに攻撃的なことあるか?」
「異形かな。この鳥だけ特別ってこともあり得ると思うけど。」
可能性は低いだろう。幸い、体が小さいためか、鳥の体力が先に尽きていく。おかげでこちらも斬り殺し、貫き殺せる。こんなに小さくては捌いても大した量にはならない。丸焼きにするにしては大きい。そう魔珠がないことは確かめる。しかし同時に心臓もない鳥もおり、これはどういうことかとよく観察する。どちらもないなんてことがあり得るのか。そう肉や内蔵をすり潰すように魔珠を探す。カイの顔色が悪い。それを休ませつつ、ようやく見つけたそれらしき物は砂粒のように小さい。これが本当に魔珠なのかという疑問もあるため、これはエーデルシュタイン先生に判別してもらおう。食べられそうにない肉は庭に埋めた。放置しない理由の大部分はカイが拒むからだが、他の異形の接近を拒む意味もある。
無事異形も倒し、先生達と合流する。あちらは特段の収穫もない代わりに、異形が下りてくるようなこともなかったそうだ。異形と言えど元になった生物の性質を受け継ぐのだろうか。生きるに適した地域からは出てこないのかもしれない。それならば今夜は安心して眠れそうだ。
「そうだね、これは魔珠だ。解析の術式が君にも使えると良いんだけど。」
異形を倒すために必要な技術を優先して学んでいた。手っ取り早く習得できる物から順番に、余暇の時間も設けて、少しずつ理解を深めていく。そんな予定だった。そのため、戦闘にすぐ役立つ技術でもなく、一人が使えれば十分な技術である解析の術式を習得することは後回しにされた。複雑な術式でもあるため、理解も難しい。エーデルシュタイン先生に教えてもらいつつ、繰り返しの練習が必要になるだろう。
一晩関所で体を休め、四人揃って新たな地に足を踏み入れる。新しい景色に浮かれるような人物はこの中にいないが、それでも周囲への警戒を忘れないよう互いに注意喚起していく。すぐ魔術を発動できるよう術式も用意する。カイにいたってはもう槍を構えている。
狭い道で襲われてしまった場合、戦いづらく、対処も困難になる。自分達の間に異形が入っても困るが、互いの距離があまりに近くても動くにくい。射程の長い魔術も用意しているが、点で攻撃する術式では対応できる距離が限られ、直線上を攻撃する術式では誰かが射線に入ってしまうと使えない。ぶつかってバランスを崩すだけで崖下に落下しかねない。強く警戒しつつの歩みとなる。
「むしろ相手を落とす戦法が使えるわ。ほんの少しで私達も落ちるけれど、相手を落とすこともできる。よく考えて戦いましょう。」
フィヒター先生の助言を受けつつ、足元への意識を強めに、突進してくる山羊のような生き物をあしらう。落ちないよう壁に背を預け、魔術で崖下へ落としていく。カイは槍の穂先を上手く角に引っ掛け、滑り落ちるよう仕向ける。先生達も身の安全を最優先に、異形を排除し、問題なく片付けられていた。崖下に落下した物はそのまま放置することになるが、自分達の近くで倒せた物に関しては心臓も魔珠も抉り出し、旅路は続く。
異形を討伐しつつ、標高を上げていく。地上では適温だった服装もここでは少々肌寒い。日が暮れてくるにつれて、それがより顕著になる。もう少しでかつて町があった場所に着くからと、寝支度は後回しにされた。
幾つもの分かれ道を経て、切り開かれた場所に出る。家屋はあるが、人の気配はない。死体も骨も見当たらず、異形に襲撃されたかどうかの判断もできない。大きな道を選んで進んで来たはずのため、ここは大きな町であったはずなのに、人っ子一人見当たらないのだ。
「やっぱり、みんな、もう、いないんだ。」
「この辺りに人はいないと思ったほうが良いね。」
ここの人々も撤退できたものと信じよう。一夜の宿を借り、翌日以降も魔鷲を求めて山道を行く。徐々に細くなる道幅にも怖気づいてなどいられない。どうしてか視界に入った時には既にこちらに向かって真っ直ぐ飛んできている異形を相手に、道を進んだ。しかし目的の魔鷲らしき影は見当たらない。
「本当に魔鷲はこっちに来たのか?」
「分からない。もう少し南に行ってみようか。」
一向に手がかりが得られず、慣れない足場のために巨狼の時よりも疲労は溜まっていく。足を踏み外しかねない細い道になればより神経がすり減らされる。不安まで生まれてきた。
変化の見えない日々を過ごすことにもなる。極力廃墟で身を休めようとするが、そうもいかない日だってある。そんな時はせめてと比較的道幅の広い場所を宿に定めるが、それでも心は休まらず、眠っている間も気は抜けない。異形が現れる危険もあれば、崖崩れの不安もあるのだ。食料の問題もある。水がこんなにも入手できないのは想定外だった。少々の不足なら魔術で水を生み出せるが、私とエーデルシュタイン先生の負担が増える。
「一旦戻ったほうが良いわね。水を確保してから出直すべきだわ。」
「手掛かりもないからね。違う道を探すことも考えよう。」
先生達の判断で来た道を引き返していると、何者かの鳴き声が聞こえた。ピキィーという甲高い鳥の声だ。
「魔鷲か!?」
何度も期待しては裏切られている。そう都合良く見つかるものではないだろう。疲弊し始めた今、戦いたくもない。しかし上空を旋回する鳥が三羽。遠くて何の鳥かは分からない。少なくとも関所で見た燕よりは大きい。徐々に高度を下げて近づいて来るが、まだ魔術で狙うには遠い。また、この場所も狭く、少しよろめけば崖下へ真っ逆さまだ。ただの野生の鳥なら攻撃してこず、異形なら攻撃してくる。気を緩めることも攻撃を仕掛けることもできない。
警戒心を強めつつ、互いの行動を阻害しないように足を進める。一羽が魔術の射程範囲にまで下りてきた。奴の狙いは、私だ。
「《氷の針》。」
この中では私が最も小さい。最も弱そうに見えたのだろう。それが事実だとしても、翼を広げても片腕程度の大きさしかない異形なら、私にすら敵わない。術式を構え、一度魔術を発動するだけで、その異形は真っ逆さまに落ちていった。
達成感を味わう間もないまま、別の一羽も私に狙いを定めていた。連続して発動できるようにするための術式だ。しかし私が狙いを付けられず、飛び退くことでその嘴攻撃を誤魔化す。
「燐!」
足が空を踏む。体が宙を舞う。カイに掴まれた腕で、辛うじて崖下までの落下は免れた。しかし重力には逆らえず、私は宙吊り。カイも全身を崖に打ち付けた。足元を見れば身長の何十倍かという高さだ。
「《風の》、まずい!」
「エミール、落ち着いて。」
私を狙う鳥をエーデルシュタイン先生は狙ってくれたようだが、魔術を発動する前に、残る一羽が彼を狙った。フィヒター先生が引き寄せたことで事なきを得たが、状況は好転していない。
気を取り直したエーデルシュタイン先生が魔術を行使し、その間にカイが引き上げてくれる。逃げようとしたのか、崖際にその鳥の死体は落ちていた。無事魔珠の確認も肉の回収もできそうだ。
「《氷の矢》!」
今度こそ、という気合を込めて、魔術を発動する。こちらの鳥は崖下まで落ちていった。肉の回収などを行えないのも仕方ない。
「燐もカイも大丈夫?応急処置にはなるけれど、見せてみなさい。」
私もカイも全身を崖に打ち付けた。カイにいたっては自分に加えてもう一人分の体重を支えたのだ。腕にも大きな負担が掛かったことだろう。
フィヒター先生が傷を見てくれている間に、エーデルシュタイン先生が鳥を捌いてくれる。これも心臓は魔珠だ。砂粒よりは大きいが、私では肉を激しく損傷させなければ見つけられなかっただろうと思うほど小さい。先生が術式を用いて探してくれたおかげで、肉の大部分も無事だ。色鮮やかな自然の鳥も存在するそうだが、野生の鳥があれほど攻撃的に突撃してくることなどあるのだろうか。
「二人とも、きついかもしれないけど早くここから離れよう。」
捌き終わったエーデルシュタイン先生が崖下を除き、真剣な様子で告げた。その次の瞬間、バサバサと鳥の羽ばたきが幾つも重なって届く。今の状態で戦うのは厳しい。
「燐、歩けそうか?」
自分も怪我しているカイに心配されつつ、フィヒター先生に支えられて歩く。目指す先は最寄りの集落跡地だ。徐々に痛みが増していても、そんなことを言っていられる状況ではない。崖下からは異形が何羽も飛び上がって来た。今問題なく戦える人はエーデルシュタイン先生だけ。カイは怪我をしており、私はフィヒター先生に支えてもらわなければ歩くことすら難しい。数十羽もいれば一人では対処しきれないだろう。私も魔術なら発動できる。何とか発動し、二人で撃ち落としていく。より疲労が溜まっていくが、ここで魔術を使わずにいても無事で済むとは限らない。
まともに狙いも定められない。そんな私の魔術を逃れた鳥をエーデルシュタイン先生が確実に狙い撃ってくれる。それでも殺しきれない。数は減っているが、上手く逃げ切れるだろうか。
「だいぶ、数、減った?」
支えてもらっているはずなのに、息が切れてくる。無駄打ちが多いせいもあり、魔術を連発する状態にもなってしまっていた。それだけのせいではないだろうが、いつもよりも疲れている。術の弾丸を外したことで、無駄に体力を消耗してしまったのだろう。しかし休んでいると言えるような状況でもない。
「カイ、少しの間、燐を支えてほしい。」
「はい!」
道幅が少し広くなっている部分に差し掛かる。怪我をしているものの自力で歩けているカイが私を支え、下りてきた異形をフィヒター先生が討伐していく。エーデルシュタイン先生は地面に術式を描いているが、何をしようとしているのだろう。術式の文字もよく見えない。
「《穿て》。」
小さな入口が出現し、その内部は入口より広くなっている。少し安心して休める洞穴だ。カイに寝かせてもらい、ようやく一息つける。立つには狭そうだが座る分には余裕のある高さ、人が四人寝転ぶには少々足りない。外を覗き見れば、ここを守るように二人は戦ってくれていた。
「フィヒターさんから袋を預かったんだ。傷薬塗ってやれ、って。」
怪我をしているのはカイも同じだ。手当をしてくれるのなら先ににカイ自身の手当をしてほしいが、反論する気力すらなかった。元気があれば氷程度、私が出してあげられるのに。
脱がされた腹部を見れば痣だらけだ。幸い、鋭く尖った岩が深く刺さることはなかったが、一部には切り傷がある。痛みはもう弱まっている。体の前面に内出血の痕もあるが、見た目ほど酷い痛みではない。
カイも私同様全身を打ち付け、私の体重の全てを支えていた。よく手を離してしまったり、一緒に落ちてしまったりしなかったものだ。
「俺も見た目ほど酷くないよ。」
「血が滲んでるでしょ。」
私の傷を消毒し、傷の治りを早くする薬をかけ、包帯を巻いてくれる。それからようやく自分の手当てだ。同じようにして動かしている腕は問題ないように見える。平然と振る舞っているのは私に心配させないためだろうか。
手当てが終わった頃、先生達が戻ってきた。すぐに洞穴内が暗くなる。
「これで異形は入って来ないよ。隙間はあるから呼吸の心配はしなくて大丈夫。」
入口の大部分が岩で塞がされている。異形も倒してくれた。傷の手当ても終わっている。三人にお礼も言いたかったのに、眠気には抗えない。薄暗い洞穴の中で、視界は暗転した。




