11 西部最終防衛線
あの会話以降、カイは自分の中で異形を殺すことに折り合いが付けられたのか、元気そうに旅を続けてくれた。寝ずの番にも力を貸せるようになり、もう心配は要らなさそうだ。
そうラファエルさんの街で魔鷲に関する情報を確認する。北西部のほうから連絡があり、魔鷲と思しき大きな鳥がさらに西部へと頭上を通り過ぎていったというのだ。西部の情報は西部の最終防衛線に集まる。そう聞き、辿り着いた西部の最終防衛線に設定されている町は北部最終防衛線の町によく似た雰囲気をしている。どちらも戦うための町、砦であり、ここを抜かれれば後ろに控える戦う力のない、戦いを支えてくれている人々が犠牲になる。そんな緊張も感じられた。一方で建物の色がこちらのほうが鮮やかなためか、その緊張感は薄いようにも見える。北部よりも人通りが多く、賑わっている。
「気晴らしもできそうね。燐、カイ、二人で買い物にでも行って来たらどうかしら。お茶でも良いわ。エミール、私達は代表者に会いに行くわよ。」
本当に良いのかと思いつつ挨拶を先生達に任せ、私とカイは町へ繰り出す。香ばしい香りのする食堂に、お洒落な喫茶店、それから服屋。様々な種類の店が立ち並んでおり、北部との差異に驚くほどだ。こちらは物資にも余裕があるのだろうか。
気分を変えてお買い物。資金は先生達から頂いている。これは私達が異形を討伐した報酬だと言って貰った物だ。可愛い服だって美味しそうな食べ物だって買える。
「こういう淡い系の色、似合いそうだよな。この薄紫のとか。」
「そう?ありがとう。でも今は着れないね。」
旅をするなら動きやすい服装であることが最優先になる。スカートの類は着られない。可愛くて動きやすい服なら買っても良い。荷物が増えるのは困るが、買い替えるのは良いだろう。それなら洗いやすさも必要か。こうして考えるのも買い物の楽しみの一つ。こんな余裕も時には必要だ。
カイは自分の服を見る気がないのか、私に似合いそうだという服をお勧めしてくれる。今は髪もラファエルさんから貰った紐で束ねているだけだが、白や青の花やリボンの飾りが付いた髪留めも似合いそうと言ってくれている。
「燐はあんまりお洒落しないのか?裕福とは言えない村でもお洒落する人はいたんだけど。」
ラファエルさんたちに召喚されてからは戦い方を学ぶことが中心になっていた。その他知識もエーデルシュタイン先生は入れてくれたが、お洒落や娯楽関係は少ない。ラファエルさんの街でも前線に物資を送っていたのか、それとも私の周囲にはお洒落に興味のある人が少なかったのか、あまりその手の話題にはならなかった。
ここに並べられている物は装飾品まで様々だ。先程カイが勧めてくれた物以外にも、手作り感溢れる布製の髪飾りや綺麗に磨かれた石類も置かれている。
「こういう簡素な感じのだったら燐も着ける?もっと可愛いのでも似合いそうだけど。」
邪魔にならないような装飾品なら着けても良い。首飾りは首が絞まってしまわないだろうか。飾りの部分を服の下に入れれば揺れることもないため、着けても良いかもしれない。腕輪は剣を使う時に気になってしまいそうだ。術式を刻み込んだ物なら実用性も持たせられるかもしれない。指輪は剣でもその他の武器でも掴む時に邪魔になってしまわないか心配だ。
「アンクレットは?足首に着けるのも素敵だと思うよ。」
人の装飾品を選ぶことが気分転換になるのだろうか。私も彼に似合いそうな物でも選んでみようか。しかし私にそんな経験はない。どれが良いのだろう。
花の形状の種類は多くないが、上手く布を組み合わせて色とりどりの花を生み出している。柄も多く、同じ形状でも色合いが異なれば雰囲気も変わって見える。カイに似合う物はどれだろう。可愛いと言っていた物は多い。桃色や黄色の花もあった。白いレースもあった。旅のことを考えると汚れの目立つ白は避けたい。毎日石鹸で洗えるとも限らないため、色の濃い物が良いだろう。
まだカイは髪留めを選んでいる。店員とも離れている。こっそり行けば気付かれずに店員に話しかけられるかもしれない。
「これください。」
先生達から貰ったお金は半分ずつ持っている。欲しい物には足りる金額だ。必要な物を買い揃える役割は先生達に任せてしまっていたため、これが高いか安いかは分からないが、自由に使って良い分として渡してくれているのだ。旅に必要なお金は確保してくれているはずである。他に使い道もない。このために全て使い切ってしまったとしても何も問題はないだろう。
カイはこの髪飾りで喜んでくれるだろうか。私のために選んでいるだけでも元気になっていそうだが、それでは私が先生達から貰ったお金を活用できない。こういった時に使うことは有意義だろう。
「じゃん!どう、こういうのは好き?」
後ろから背伸びして藍色の花の髪飾りを着けてあげる。カイはこちらに振り向いた。何かを着けられたことは分かったのだろう、手で触って確認している。装飾品店らしく鏡も設置されているため、崩れる前に見てもらいたい。気に入ってくれるだろうか。
「はい、プレゼント。」
「ありがとう。自分で着けるより燐に可愛いのを着けてほしいけど。じゃあこれはお返しだ。」
薄紫の花の髪飾りを贈られる。激しく動けば取れてしまうだろうが、魔術を中心に戦えば取れないだろう。これを気にして隙を作ってしまわない意識は持とう。
町の散策を楽しんだら、待ち合わせた町の入口で先生達と集合だ。どことなく軽やかな足取りの私達に先生達は微笑んでくれる。その隣の見知らぬお爺さんまで良い笑顔だ。
「燐様にカイ様、ですな。」
この町の有力者であり、私たちの宿を用意してくれたフリードリヒ・フィヒターさんだと紹介される。フィヒター先生と同じ名字だと首を傾げれば、祖父だと教えてくれた。私達がこちらの方角に飛んで来たらしい魔鷲を討伐しに来たと伝えたからか、孫が頑張ったからか、協力的な姿勢を見せてくれている。
案内してもらったフィヒターさんの家は、十人くらい人が泊められそうなほど大きな屋敷だった。勝手知ったる様子で進むフィヒター先生に従い、一度各自の寝室に案内された後、談話室で情報の共有だ。ただし戻って来るよう言われたのは私だけ。それもカイには聞こえないよう注意しての誘いだった。何か聞かせられない話でもするつもりなのだろうか。話せば分かることだ。私が聞きたいことも聞かせてもらおう。魔鷲の目撃情報はあるのだろうか。あの施設で発見したメモがどのくらい前に記されたものなのか分からないため、既に討伐を終えている可能性もある。研究所から真っ直ぐ西なら、ここに来ていないことも考えられる。
「ここも異形に押されて人間の領域は減らしているみたい。なんとか押し返そうとする余力はあるみたいだけど、楽観できる状況ではないね。」
私から尋ねるまでもなく、必要な情報は先生達から話してくれる。まず大型の鳥型異形は目撃されていない。小型の鳥、それも今までこの地域では見られなかった物は発見されているそうだ。それに加え、山羊のような異形からも魔珠が回収されている。魔鷲はここまで来ていないのか、さらに西の山岳地帯まで飛んで行ったのか。
この西部最終防衛線のある地域はまだ平原だ。さらに西へ行くと険しい山岳地帯が待ち受けており、元々居住している人数が少ない。一部交流があった人々も既にここまで避難してきているか、連絡が途絶えているかのどちらかだ。最後に避難して来た人たちの証言を元に、他の住民はもう無事ではないだろうと救出作戦なども決行されていないそうだ。
「冷たいようだが、救出のためにあれ以上人を失うわけにもいかなかったのでね。有効な対処法も見つかっていない今、守りながら帰ってくるのはほぼ不可能だと判断したのだ。」
その場その場で撃退することしかできない。山岳地帯にはここと違う異形も出現している。必死に逃げて来た人達の証言だけでは不十分な部分もある。慣れない地形での戦闘にもなる。どんな危険が待ち受けているか分からない場所に、戦士達を向かわせるわけにはいかなかった。
私達はこれから魔鷲を探すために山岳地帯に行く。ついでに取り残された人々を探しても良いだろう。それなら一ヶ月で帰って来ることも難しいかもしれない。道中に町や村が残っているだろうか。立ち寄れてもそこで補給できるとは思わないほうが良い。
「召喚関係に関しても祖父に聞いてみたのよ。だけど魔術には疎いみたいで。」
「それなら僕の祖母のほうが詳しいと思う。召喚は好きじゃないみたいだけど。」
魔術や術式に精通しているそうで、エーデルシュタイン先生が魔術に詳しいのも祖母の影響だそうだ。彼女は術式作成の手間、必要な魔力量、危険性に結果が見合わないことから召喚を好まないらしい。
ついでとばかりに召喚魔術について教えてくれる。召喚魔術の術式は、何か通常では手に入れられないような物を手に入れるために作り始める。どのような形状の、どのような材質の、どの程度の大きさの物であるか。おおよそでも場所が分かるならそれも記述する。しかし欲した物が存在するとは限らず、この世に存在しない物を記述していたのなら、その魔術が不発に終わる。そうなれば完全に無駄な労力だ。発動できた場合にも大きな物、遠い物、数多くの物はより体力を消費する。最後に危険性。魔術を使うと疲れる。体力の限界を超えて使用すれば死に至る。つまり、無駄に疲れるだけでなく、魔術が発動しない上、無為に命を失う結果にもなりかねないのだ。
「この世界の中での転移魔術ですらあまり使用されない。」
転移魔術は術式から術式へと転移するための魔術で、召喚と少し似た効果だ。転移先からすれば突然現れる点は同じになる。使用時の疲労が転移魔術のほうが少なくなりやすいため、安全を確保した上で使われることもある。現在では魔珠の転送に用いられているそうだ。
「それを異界からの生物の召喚とも慣れば、相当な力が必要になるだろうね。何人の術士が犠牲になったことか。」
私の召喚の際には魔珠を使用した。召喚のために用いただろう術式の周囲には衣類だけが落ちていた。あれは犠牲になった魔術士の名残だったのだ。それでも召喚自体は成功した。エーデルシュタイン先生によると数人程度では済まないという話だ。あの時に落ちていた衣類はそんなに多かっただろうか。
「生贄が必要とも言い換えられる。魔珠が生贄の代わりになる可能性はあるね。そうなると魔珠の生成方法が気になる。」
それも頭の片隅に置いて魔鷲の捜索に向かおう。巨狼の時のように研究施設が見つかるかもしれない。
こんな大事なことをカイのいる場で話さなかった理由。彼らは私の召喚に関する話を彼には隠し続けようとしてくれているのだ。こんなに大事に隠さなければならない秘密なのか、私には分からない。親しくしている彼が知れば衝撃を受けるだろうことは分かるが、きっと受け入れられないことはない。先生達はそれを信じていないのだろう。
「流石御子様、ちゃんと理解してくれてるね。この旅が終わっても僕達を支えてほしいくらいだ。」
多くを二人からは教わった。互いに背を預けて戦うこともあった。ある程度は考えも読めるというものだ。旅の終わりは異形達の討伐が完了した時。それより後のことは討伐できてから考えれば良い。まずは目の前の目標を達成しよう。そのためには西部の詳細な地図が欲しい。大雑把な地図なら先生たちが持っている。しかし山道となれば今までのような旅と同じとはいかない。道も険しいだろう、野営に適した場所も見つけにくいだろう。何より魔鷲が空を飛んでいる。その他の鳥型異形もいる。戦う時も巨狼と同じとはいかない。
野営できそうな場所に目印を付ける。今もそこに集落があるかは分からない。それでも廃墟程度なら残っているだろう。何もないより廃墟でもあったほうが体を休められる。
「エミールのお祖母様にも連絡するようお願いするわ。北部に行った時にもそのほうが話が早くなるからね。」
「お婆様なら御子様が来たって聞けばすぐ会ってくださるよ。僕も同行してるんだから。」
彼女に会うのは北西部へ向かった時だ。今回は西部に魔鷲を探しに行く。まずはそのための準備を進めよう。




