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星合燐の降臨  作者: 現野翔子


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01 呼び覚まされる

 意識が浮上する。いつの間に眠ったのだろう。布団に入っただろうか。深い根の底にいたような気も、真っ白な空だったような気も、茂った葉に囲まれていたような気もする。何もかも曖昧で、自分の中に何もないような感覚。荒唐無稽な夢から覚めたように、私は目を開いた。

 硬い床に張り詰めた空気。決してこんな場所ではなかった。温もりと柔らかさを覚えている。こんな意味の分からない模様が床に描かれていた覚えもない。円形が幾つも重ねられるように描かれ、見知らぬ文字が沿うように書かれている。生温い空気と臭いには覚えがある。黒い布が一番大きな円を囲むように何枚も落ちているが、それには何の意味があるのだろう。その布のさらに外側には男が一人座っていた。

「勝手なことを申し訳ない。」

 突然その男が立ち上がり、私の前に跪く。その上、床に座り込んだままの私の頭よりも低く頭を垂れた。

「どうかこの世界を救ってほしい。突然このようなことを言われても驚いてしまうだろう。だが、どうか我々の話を聞いてはくれまいか。」

 よく分からない状況、荒唐無稽な発言。彼も自覚はあるのか、落ち着ける場所で話を聞いてほしいと懇願した。私も今どうすれば良いのか分からない。言葉が通じることだけが幸いだ。

 案内されるままに白い石壁の廊下を歩いていく。硬そうな布の壁飾りなどがかけられている上に、等間隔に扉が幾つも並んでいる。ここは一体どのような場所なのだろう。応接間のような部屋に着いてもその疑問は解けない。毛足の短い絨毯に背の低い机、柔らかなソファ。何も考えず、勧められるままに腰掛けた。

「まずは自己紹介をしよう。ラファエル・ローデンヴァルト。自分で言うのも何だが、この街の有力者の一人だ。君の名前と出身を教えてほしい。」

 星合(ほしあい)(りん)。何となく思いついた名前を答える。これが私の名前だったのか、誰か親しい人の名前だったのか。どちらなのか定かではないが、親しみを感じられる名前ではある。出身は分からない。ここ以外のどこか、暗くて明るくて暖かい場所。そんな曖昧な私の返答にローデンヴァルトさんも戸惑っている。しかし私にもそれ以上のことは答えられない。ひとまず、と次の話題に移ってくれ、現在地を教えてくれる。それも何のことか分からず、他の地名も聞き覚えのないものばかりだ。

「地図を見たことはあるか。」

 見た覚えはあるが正確な内容は思い出せない。今見せてもらった物からも何も読み取れない。この地図を知っているのなら、見ればどこにどの町があるのか分かるはずだ。自分の住んでいた場所くらい分かりそうなものだが、まずこの地図に見覚えがない。これは世界地図、上が北だと教えてもらい、よく観察してみる。

 大陸が一つ。南東部がおおよそ丸く線で囲われている。北部は陸地が続いているようだが、地図が途切れているせいでどこまで続いているか分からない。

「今この世界で人の支配地域となっているのは、この南東部のみだ。」

 ペンを手に取り、丸で囲まれた地域にインクを一滴ずつ垂らしていく。円の中心部が今いる街、その他がまだ生き残っている町。随分と町の少ない世界だ。もちろん、これが全てではないと補足される。広く知られているわけではない小さな村も沢山あるそうだ。しかしそれが今も生き残っているかは分からない。

 以前は大きな町も小さな村ももっとあった。それが突然現れた異形により壊されていった。商人達のおかげで物の行き来もあったはずなのに、迂闊に町の外には出られないようになってしまった。戦う力がなければどこにも行けない状況になってしまったのだ。幾つもの町が協力して実施した討伐作戦も失敗に終わっている。未だ異形は我が物顔で大地を闊歩し、人々はその脅威に怯えつつ、一部地域に生き残りが集まってのみ生きることが可能となった。

 そんな状況を打破するため、奴らを討伐できるような潜在能力を持った存在を呼び出し、十分な教育を行った上で奴らの排除を頼もうという話が出た。生存者を一人一人あたって探していたのでは先に人が滅びてしまうとして、魔術を用いて引き寄せることにしたのだ。特別な魔術、ということだがどんな魔術なのだろう。

「このままでは滅びるだけ。それなら代償を払い、賭けるしかあるまい。」

 代償の詳細は聞かないほうが良さそうだ。ひとまず、無理をして有用な人材を呼び寄せようとし、結果あの場に出現したのが私、ということらしい。つまり鍛錬を重ねた戦士達が叶わなかった化け物相手に、自分のこともよく分からない素人の私が勝て、と言うのか。難しいだろう。

「魔術、武術、どちらの潜在能力も高いはずだ。少し鍛えれば十分戦える。頼む、私達は全てを賭けた。君しか、もう希望はないのだ。」

 突然の頼み事だ。いきなり呼び出されて唯一の希望だなんて言われても困ってしまう。全てを賭けたことも彼らの判断。ここに私が現れたことは偶然。断ることも聞き入れることも熟考して決めるべきだ。それなのに小さな光を光の球を浮かべる小さな魔術に惹かれてしまった。私もそれを使えるのか。自分の手から力が生まれる。なんだか楽しそうだ。帰り道も帰る場所も分からないのだ。彼らに協力してあげても良いかもしれない。お人好しだろうか。大きな危険が待っていることは分かる。安全の保証がないことも理解できる。それでも他に行き先などなく、自分がどこにいたのかすら覚えていない。それならいっそ彼らの世界を楽しんでしまうことも一つの手だろう。

「教官はこちらで用意している。後日紹介しよう。」

 今日のところは部屋で休むよう言われ、一人寝台で考える。まずはこれが夢かどうかを確かめよう。頬を抓る。既に覚醒している頭がさらに冴えるような痛みに襲われる。これが現実だという証明にはならないが、現実だという前提を受け入れる心の準備はできた。

 次に現在地と現状の確認だ。説明されたことしか分からないが、とても危険で、藁にも縋りたいほど彼らは追い詰められている。そして私の知らない場所。何の情報もないも同然だ。それから、ここからが重要だが、魔術というものが信じられており、それを利用して私を呼び出した。

 最も重要なことは彼らの話が本当かどうかだ。異形に襲われているという話は本当だろう。嘘なら外に出た途端気づかれてしまう。魔術を用いて呼び出したことも、そこに至る過程を私が覚えていないことから信じても良い。信用できるというよりも嘘なら意味の分からないこの状況をどう説明すれば良いか分からないという感覚だ。少なくとも助けてほしいという彼らの思いは本物だろう。私にはそう感じられた。どこまで本気で彼らの思いに応えるかの判断は明日以降に回しても良い。たった一日判断を保留にするだけで、新しい情報は手に入るのだから。


 朝食は硬いパンに具の少ないスープ。満腹にもなれない食事を済ませ、昨日話し合った部屋で教官を紹介される。

「お待ちしておりました、救世主様。」

 思わず笑ってしまう大袈裟な呼び方に低姿勢。お道化ているのならともかく、彼はいたって真剣に跪き、私に呼びかけていた。

「名乗り遅れました、貴女の教官となりましたエミール・エーデルシュタインと申します。どうぞエミールとお呼びください。」

 魔術とその他知識全般、と幅広い分野をこの人が教えてくれるそうだ。元々人が足りないのに召喚のためにさらに減ったとか。そのため彼一人で多くを教えることになってしまった。まずは魔術から知りたい。ローデンヴァルトさんに見せてもらった一回しか見たことがないのだ。

「一度しか見たことがない?不思議ですね。子どもの頃から毎日目にする、非常に身近な技術の一つですよ。よほど周りのことを見ていなかった、失礼、記憶が曖昧なのでしたね。」

 信じられないというように私を見たが、自分自身のことも知らない私だからと納得してくれた。知っていたとしても覚えていない。最初から知らない可能性もある。どちらなのかは自分でも分からない。その点を追求する意味はないと説明を始めてくれた。

 魔術は魔力と術式や詠唱を用いて様々な現象を引き起こす技術。世界の可能性を引き出す学問とも言われる。そこで用いる魔力は世界に満ちる力であり、多くは視認できない。魔力を視認するための魔術を用いることで、目で確認できるようになる。術式は魔力を魔術という形に組み直すものであり、専用の言語、魔術言語によって描かれた文字や図形の組み合わせのことを言う。術式の内容の一部を声に出す詠唱によって補うこともあれば、発動する条件として鍵となる言葉を設定する場合も、何かの動きなどを設定する場合もある。

 実際に使用する際は、術式を描き、鍵となる言葉など発声し、それから魔術が発動、という流れになる。術式への理解、正しい綴り、正しい発音。それらが必要になる。

「では、早速実際の術式を見ていきましょう。」

 真っ白な紙に見慣れない記号を書いていく。これが魔術言語。円形に配置するように描いていき、一つ一つの意味も教えてくれる。この中に描かれている文字を読み上げることでも発動は可能だが、それでは長くなりすぎるため、鍵となる言葉を設定し、その言葉だけで発動できるよう術式を用意するそうだ。

 実際の様子を説明してもらうと、そう難しくはないように見える。魔術言語も会話に用いる言語とは異なるものの、使用する単語数が限定されているため、すぐに覚えられるだろう。

「では実践に移りましょう。そうですね、燐様。この紙に触れた状態で、《出でよ、火球》と言ってくださいますか。」

 今日習い始めたばかりのため、まだ耳慣れない言語だ。それでも短い単語であり、すぐに復唱する形のため、難しくはない。これが長い言葉になり、自分で理解して覚えて、となると幾ら単語数が少なくともある程度根気強く勉強を続けていく必要があるだろう。

 紙に触れる。それだけでは何も変わらない。顔は近づけないようにという忠告を聞きつつ、鍵となる言葉を発する。紙の上、へそくらいの高さに拳大の赤い球が現れた。手が熱くなるが耐えられないほどではない。火球という言葉なのに熱球なのか。

「熱っ。」

 調子に乗って近づけると沸騰した直後の熱湯に手を浸した時のような熱さ。すぐさま離して手を風に当てても燃えるような感覚は収まらない。横でエーデルシュタイン先生が別の紙を取り出し、何かを呟く。次の瞬間、私の手は水の球に包まれていた。

「後で医務室に行きましょう。」

 理解できた。術式を用いて魔術を発動する。つまり、あらかじめ術式を描いた紙を用意し、素早く発動する。火球は既に消えている。これは発動時間が過ぎたからなのか、先生が水で消したからなのか。熱かった場所に手を持っていっても熱の残滓が僅かに感じられるだけ。もっと高温なら発動後も耐えられないくらい熱い状態が維持されていそうだ。

 今日の勉強は魔術というものへの簡単な理解と単語の把握。文字と呼べる物から絵という表現が適している物まで様々だ。火の記号、水の記号、その他現象に合わせた幾つもの記号が描かれている。これらを記憶し、術式の組み方を理解し、ようやく自分にあった魔術を行使できる。既存の術式を使う場合でも術式への理解があったほうが最適な魔術を選択しやすくなる。いずれにせよ魔術言語の必須になるだろう。

 午前中は魔術の勉強で終わった。頭を使う勉強の後は甘い物も欲しくなるが、食料にも余裕のない状況で贅沢は言えない。昼食も朝食と大差ない簡素な物となった。午後には体を鍛える訓練となる。剣と槍を教えてくれるという話の通り、振り回しても誰かに当たることのない広い訓練場での時間だ。

 こちらでも初めましての人が先生となってくれるようだ。しかし彼女はローデンヴァルトさんやエーデルシュタイン先生のように甘くなかった。フリーダ・フィヒターだと名乗るや否や、最初の指示を出す。

「まず訓練場十周から始めます。さあ、行きましょう。」

 訓練場と言っているがただ広いだけの空間だ。一周に十分以上かかりそうな広さだ。走っただけで疲れ切ってしまいそうだが、そうなった場合のことも考えてくれているのだろうか。それとも召喚時に条件を設定しているという話のため、私でも鍛えれば武闘家のようになれるのだろうか。

 ただの広い場所に過ぎないが、平らには整備されており、小石に躓く心配はない。手作り感あふれる的も置かれており、弓の練習もできるようになっている。いや魔術の練習用かもしれない。魔術による遠距離攻撃ができるなら、弓の利点は薄いように感じられる。訓練場の中央付近に空いた大穴も魔術の練習中にできたものだろうか。

 余計なことを考えつつ走れたのも最初だけだ。疲れを自覚するにつれ、それもできなくなっていく。ただ無心に地面を蹴り出すだけだ。景色が変わらないから楽しさもない、と思う余裕すら奪われていった。

 息も絶え絶えに十周をようやく終え、フィヒター先生の前に座る。流石教官と言うべきだろう、彼女は余裕の表情だ。

「剣や槍の習得具合を見せていただきます。」

 一度も使ったことはない。少なくとも記憶にない。それは先生も分かっている。これは本当に使ったことがないのか、それとも忘れてしまっただけかの確認だ。頭は覚えていなくとも体は覚えているかもしれない。そんなことを期待して剣、続いて槍を渡された。どちらを主に鍛えるかは今の実力と私の意思にかかっている。

 剣なら室内でも取り回しが利き、槍なら距離を保って攻撃できる。異形相手なら大差ないだろうか。魔術が戦闘の中心になりそうではある。そうなると時間稼ぎを主軸において武器を選ぶべきだ。世界各地に出現した異形を倒してほしいという話だった。持ち運びを考えるなら剣のほうが小さく済ませられる。異形に接近した時点で危険なら、結局魔術を使うなら、と考えれば私の答えは出た。

「剣にします。」

 使用感は大差なかった。壊れた場合に備えて槍も最低限の訓練はしておいても良い。棒状の物を使えるようになるかもしれない。主武器は剣にするという程度の意識にしよう。

 そうして始められた剣術の稽古。経験があるのかと言われる程の剣捌きは見せられたようで、順調に進んでいく。反射で動いていたものから、頭で理解して動くように。考えてから動くのではなく、体に記憶させるように。そうやって先生に体の癖を修正してもらいつつ、一日は終わりを告げた。


 翌日以降も勉強の日々だ。魔術と体術、剣術、槍術に、一般常識その他知識。現在の世界の状況とそこに至るまでの歴史についても軽く学んでいく。毎日勉強の日々だが、自由時間も用意されている。時間の感覚もないような場所から目まぐるしい日々に変化した。その中では比較的時間が緩やかに過ぎる場所で過ごそう。魔術言語の辞書を探したい、歴史ももっと知りたい。詳細な地図も見てみたい。一緒に旅する人も誰か気になるが、それは交流の時間を設けてくれると聞いている。相性が悪いようなら変更も視野に入れているとも言ってくれた。どんな人かはその時まで楽しみにとっておこう。

 日々の生活で手一杯。そんな環境のわりには大規模な図書館が建てられている。異形が現れるまでは学問や余暇に費やす時間も取れるほど余裕があったのだろう。蔵書数も多く、入り口付近には館内地図が掲示されていた。特に興味を惹かれた話は神と精霊の物語。そんな神話の時代から人間の時代になっても神の奇跡関連の話は残っており、現在まで続いている。

「燐、勉強のほうはどうだ?」

 声に顔を上げればローデンヴァルトさんが立っていた。声を潜めているのは図書館にいるからか、私が注目され過ぎてしまわないようにという配慮か。私のことを知っている人は多いだろう。救世主として期待されている。彼もその期待を持って、進捗を確かめているのだろう。彼らの期待がどの程度のものなのか分からないが、悪くない速度で覚えられているような感覚はある。そんな自信を持って答えようとするとお腹が鳴った。

「近々旅の供となるんだ。交流のために夕食をご一緒に如何かな。もし何か探しているのなら手伝おう。」

 魔術言語の辞書が欲しい。少しずつでも眺めて覚えていきたい。そんな私の姿勢を褒めつつ、写本なら貸出可能になっていると片手で持てないほど分厚い本を持って来てくれる。魔術に使う単語など限られていそうなものなのに、こんなにも多くなるのか。思っていたよりも必死に勉強する必要がありそうだ。

 食堂へ移動しつつ、改めて自分たちのことを教えてくれる。エーデルシュタイン先生は魔術、フィヒター先生は武術を得意としており、ローデンヴァルトさんはどちらも程々にできる。特化している二人には敵わないが、それでも人々に頼りにされるほどの実力はある。代表として最初に挨拶したのが彼だったのは人当たりも良いからだろう。召喚した時の態度も、私に話しかけてくれている時の物腰も柔らかく、こうして気にかけてくれてもいる。

 贅沢な食事はないが、こうして人と話す食事は良い。これから多く関わる人との食事であればなおさらだ。親しくなれば異形討伐の旅に出かけても楽しく過ごせるだろう。出立の時期は私の習熟度で調整してくれるという。焦ることなく、一つずつ覚えさせてもらおう。

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