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2話 秘密

 エリーゼの出発を前に、本来ならば門出を笑顔で祝うべきはずのところを、国王と王妃は涙ぐみながらそれぞれエリーゼを思いきり強く抱きしめた。

 

 王と王妃は、自国が小国であることを今ほど恨んだことはなかっただろう。

 

 大事な娘を悪魔と名高い皇帝の元へ嫁がせなければならない運命を呪い、身を切られる思いでこの日を迎えた。

 

 まだ小さい弟の王太子ヘンリーは、王妃に手を引かれニコニコしながら、「エリーゼねえさま、今日はとくべつきれいだね」と言って笑っている。

 エリーゼは腰をかがめて目線を合わせると、


「ありがとう。ヘンリー、お父様とお母様の言うことをよく聞いてね。この国をお願いね。それから、あなたは必ず幸せになるのよ…約束して」


 と儚く微笑んで頬を合わせ、大切な弟のぬくもりを忘れないように自分の肌に刻みつけると、アドロス帝国から用意された、バリスタ国では見たこともないような大きな馬車にルシファーと共に乗り込んだ。


「行って参ります。お父様、お母様、今まで本当にありがとうございました。お体に気をつけて、どうかいつまでもお元気で」


 エリーゼも父母も、きっとお互いニ度と会えないのだろうと思うと、みんな自然と涙が溢れてしまい、エリーゼは優しい両親に心配をかけたくなくて、涙を拭い、なんとか笑顔を見せたが、その口元はこらえられずに震えていた。


 そんな親子の別れを待つことなく、アドロス帝国の馬車は走り出した。





     ◆ ◆ ◆





「…エリーゼ、大丈夫か?」


 泣き止んではいるが、表情の曇るエリーゼを心配して、前の席に座っているルシファーが声をかけた。


「ええ、大丈夫よ。ありがとう、ルシファー。

…ずっと覚悟して生きてきたつもりだったのに、最初からこれじゃだめね。ほんとに情けないわ」


 エリーゼはそう言いながら、両手で自分の頬をパンパンッと叩く。

 

 ルシファーは自分の前でくらい強がって欲しくなかった。

 エリーゼが本当はこわがりで臆病なただの女の子だということを知っているから。でも王女としての信念と根っからの真面目さでなんとか自分を奮い立たせているエリーゼを見ていると、ルシファーはやるせなくなった。


「こんな時くらい泣けばいいさ。俺、侍女になるために化粧の仕方覚えたんだぜ?崩れても直してやるから心配すんな」


 ルシファーが得意げに胸を張って言うと、エリーゼは目を丸くして驚いた。


「何それ?ルシファーがお化粧⁉︎ふふふっおかしい…ふふふっ」


「だろ?あとは女の服の着付けやら覚えるの大変だったんだぜ?」


「えっ?着付け⁉︎ルシファーがドレス着せてくれるつもりなの?」


「そりゃ侍女なんだから当然だろ?」


「や、やめてよ!そんなのダメダメ!お化粧だって恥ずかしいのに着付けなんてダメに決まってるじゃない!」


「ははは、嘘に決まってるだろ。上手く理由つけて向こうの侍女にやってもらうさ。真に受けるなよ、相変わらず生真面目なやつだなぁ」


「な、何よ!真面目のどこが悪いのよ!」


「はいはい、すいませんでしたーっと」


「全然反省してないわね…」


 エリーゼはプンプン怒ったが、そうしているうちにいつの間にか気持ちは明るくなって、暗い考えが吹き飛んでいたことに気付き、ルシファーなりの気遣いを感じると心が温かくなった。


(ルシファー…あなたを連れて来てしまってごめんなさい。私から解放してあげたかったのに…出来なかった…幸せになって貰いたいのに…ルシファー、私はあなたを愛してはいけないのよ…この思いはもうとうに仕舞い込んだはずなのに、今さら何を考えてるの…)


 一瞬翳った表情を見逃さなかったルシファーは、エリーゼの考えていることが大体検討が付いた。


「エリーゼ…俺を連れて来てくれてありがとう。俺はこうしていることが一番幸せなんだ。だからエリーゼは何も気にするな。俺は俺の好きにしてるだけなんだからな」


 全部見透かされて、先手を打たれてしまったエリーゼは何も言えなくなってしまった。


 黙っているエリーゼに、ルシファーは真面目な顔で話し出した。


「これ、憶えてるか?」


 ルシファーは首から下げたペンダントの先を服の中から出して見せた。


「…それは、ルシファーの宝物、亡くなったお母様との約束で肌身離さず持ってないとダメなのよね?」


「そう」


 ペンダントの先にはダイヤモンドのような透明に輝く石が付いていた。


 ルシファーはバリスタ国の辺境の地で母と2人で暮らしていたそうだ。

 しかし5歳くらいの時に母が病気で亡くなり、近所の人が1人でいるルシファーに気づいて、孤児院に預けられることになったらしい。


「それ、お母さんがくれた大切なものなんでしょ?あっちに行っても無くさないようにね?」


「…そうだな」


 ルシファーはそのペンダントをじっと眺めたあと、ぎゅっと握りしめた。


「エリーゼ…これからもずっと一緒にいることになるだろうから、…俺の秘密、教えておくよ」


 ルシファーが真剣な目で見つめてきたのでエリーゼはドキッとする。

 いつも戯けてばかりのルシファーだったから、エリーゼは少したじろいだ。


「え?何?…そんなに改まって…」


「…俺さ、…絶対怒っちゃダメなんだって」


「…え?」


「怒りの感情を激しく出したら絶対ダメなんだってお母さんに言われたんだよ」


「何それ?…それが秘密?…それって子供をしつけるためのお母様の教えなだけなんじゃないの?」


「…それが、俺もよくわからないんだけど、俺が怒ると大変なことになるから絶対激しく怒っちゃダメなんだってさ。だから、俺が思い切り怒りそうになったら止めて欲しいんだ。できるだけ人には関わらないようにするけど…これからはどうなるかわからないし…」


「…それで今まであまり深く人と関わらなかったのね?」


 ルシファーが小さく頷いた。


 ルシファーは使用人の中でも気さくで人気があったが、どこか一線を引いていて、あまり人に深く入り込まないし入り込ませもしないことで有名だった。

 それが、この母の教えがルーツだったとは、エリーゼも初耳で驚いた。


「それって、お母様があなたにいい子に育って欲しくてそう言ったんじゃないかしら。怒り過ぎるのは良くないけど、ある程度自分の気持ちを伝えたり人と深く関わるのは大事なことだと思うわよ?」


「……」


「まぁ…大事なお母様の遺言なんだし、守りたい気持ちはわかるけど…

…わかったわ。

とにかくルシファーが激しく怒りそうになったら止めてあげる。これで大丈夫?」


「ああ、ありがとう。よろしく頼む」


 ルシファーは初めて自分の秘密を打ち明けた開放感と、止めると言ってもらえて心強い味方を得たような気持ちになり、嬉しそうに微笑んだ。

 

 しかしエリーゼは…


(怒るとすごい癇癪でも起こして大変だったのかしら?)


 と、やはり母が子どもを言い聞かせるための方法だったに違いないと思い、あまり真に受けてはいなかった。

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