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1話 王女の覚悟

「エリーゼ様…大丈夫ですか?」


 幼い頃から仕えてくれている侍女が心配そうに私を見る。


「心配しないで。私は私の役目を全うする。それは生まれた時から決まっていたことなんですもの、覚悟なんてとうの昔にできています」


 私の気持ちに迷いなどなかった。そもそも迷ったところでどうなるものでもない。それなら、私は迷わず前に進む。それだけ。


「エリーゼ様…」


 侍女はまだ泣きそうな顔をしている。


 私はこの世界の中でも小国である、バリスタ国の第3王女として生まれた。


 小国のバリスタでは、代々王女は大国の妃か側妃として娶られることで他国との繋がりを保ち、衝突を避けてきた。


 つまりは体の良い人身御供というわけだ。


 既に上2人のお姉様たちは、運良くそれなりの大国の正妃として娶られ、優しい王と共に今は幸せに暮らしていると聞いている。


 バリスタ国王とその妃である父母は、16歳になり成人を迎えた私にも、側妃ではなく正妃になれる相手国を必死に探してくれていたようだったが、思わぬ事態が起きてしまった。


 この世界でも一、ニを争う大国、アドロス帝国から3ヶ月ほど前に書状が届いたのだ。

 そこには、アドロス皇帝がバリスタ国の王女を正妃として貰い受けたいと書かれていた。


 正妃なら良かったのでは?と思うだろうが、とんでもない。


 アドロス皇帝とは、気に食わぬことがあれば老若男女関係なく斬って捨てる悪魔のような皇帝と悪名高い恐ろしい人物なのだ。


 正妃を据える前に、既に後宮に多くの側妃を囲い、その者たちももう何人か皇帝の手に掛かって若い命を落としたらしい。


 しかし、その側妃を差し出した国も相手が大国アドロス帝国で、しかも悪魔の化身と謳われる皇帝とあっては手出しすることもできず煮え湯を飲まされていると聞いている。


 書状が到着した日に有無を言わさぬ婚礼が決まり、父母は泣く泣く準備を進めた。


 幸せになって貰いたいという両親の願いが詰まった婚礼の準備品は、この3か月で山のようになり、私はそれを見て、たぶん最後になるだろう幸せを噛み締めていた。


バタンッ


「エリーゼ!」


 旅立つ前の控え室に、突如勢いよく扉を開けて見たことのない侍女が飛び込んで来た。

 しかし、侍女が王女を呼び捨てにするなどあるはずもなく、不審者かと思い身構える。


「あ、あなた…どなた??…見たことあるような気もするけど…」


 後ずさるエリーゼに、じりじりと近づくその女は、自分の目を指差した。


「…え?…あっ!その赤い目は…まさか⁉︎」


 とエリーゼが言いかけると、その女が自分の頭を急に鷲掴みにし、


バサッ


 と、栗色のおだんごに整えた髪のカツラを取った。その中からは、艶のあるさらさらの黒髪が出てきた。


「俺、俺、へへっ、男ってわかんなかっただろ?」


 男と言われてもまだ疑いたくなるほど可愛らしいその男は首を傾げて舌を出した。


「あっ、あなた!ルシファーじゃないの⁉︎どうしたの、その格好⁇」


 エリーゼはその男を指差すと、目をまん丸くして叫んだ。


「エリーゼがやばい国に行くっていうから、俺も着いて行こうと思って!」


 ルシファーとは、エリーゼが幼い頃孤児院に視察に赴いた際に出会った同い年の男の子で、とても仲良くなったのを見た父母が使用人という名目で遊び相手に召し抱えた子だ。


 皆がいる前では姫様と呼ぶが、2人の時は今でも友人として呼び捨てを許していた。 

 今この部屋にはエリーゼの他によく知る侍女が1人だけだから、名前で呼んでもいいと思ったのだろう。


 ルシファーはエリーゼが大好きだった。

 エリーゼも幼い頃はそうだった。

 2人はお互い不思議と孤児院で出会った時から惹かれ合い、それぞれが初恋相手だった。


 しかし、エリーゼは王女として教育を受ける中で、自分はいずれ他国の王に嫁ぐ身だと覚悟した時から、ルシファーへの思いに鍵をかけた。一生外に出ないよう、厳重に。


 ルシファーはルシファーで、エリーゼが元から手の届かない相手だということくらいわかっている。


 けれど、たとえ結婚という形で添い遂げられなくても、いずれ他国に嫁ぐ時は必ず一緒に着いて行き、側で一生守ってやると心に誓い、王宮によく訪れる騎士団長をつかまえては、剣術や体術を学んでいた。

 もともとの飛び抜けた身体能力の高さもあって、今では騎士団でもルシファーの右に出る者はいないほどだった。


 騎士団へ入るように団長から声をかけられたこともあったが、エリーゼの側にいることが第一優先のルシファーは自由の効かない騎士団なんてまっぴらごめんだった。


「む、無理に決まってるでしょ!国からのお付きは侍女1人だけって向こうから決められてるのよ⁉︎護衛だって一緒に着いて行っては貰えないんだから…」


「だーかーらー、ほらっ、…」


と、またカツラを被り直す。


「ね?これなら大丈夫でしょ?エリーゼお嬢様?ルーシーって呼んでね?うふっ」


 中背で中性的な美しい顔立ちのルシファーは、うっすら化粧までしていて、男だと言われても逆に疑うほど、たしかに女性らしかった。


「な、何言ってるの!もし見つかったらあのアドロス皇帝のことだから、あなたの命も危ないのよ!」


「そんなヘマしないよ。それにエリーゼを守って死ねるならそれもいい。俺の命は孤児院から出た時にエリーゼに捧げるって決めてるんだから」


 ルシファーは急に真面目な目つきをしてそう言った。その目の中には強い信念が伺えた。しかし、だからこそエリーゼは、自分のためにいつでも命を投げ出してしまいそうな危うさを感じて、必死に止めようとした。


「そんなこと言わないで!この国で生きていてくれれば、必ずまた会えるわ!お願いだから危ないことはやめて!」


 きっともう会えないだろうと思ってはいたが、そう言うしかなかった。


「やだね。もう王様にもお許しは頂いてるんだから。あ、そこの侍女の方?お供は私がやるんで大丈夫ですからね?」


 ルシファーは話を逸らしたくて侍女の方を向くと女性の真似事をしながらそう言った。


「えっ!…あ、はぁ」


 侍女は困ったが、王から許しを得ているとあっては何も言えなかった。

 それに、ルシファーの強さはこの王宮の者なら誰もが知っている。自分が着いていくより、遥かにエリーゼの安全は保障されるだろうと思うと、お供の座は譲るしかなかった。


「じゃ、行こうか!いざ!アドロス帝国へ!」


「本気なの…?」


 ルシファーはニコニコ顔で、呆れ顔のエリーゼの手を取って、部屋を出た。


 エリーゼは困っていた。ルシファーへの思いに蓋をしているとはいえ、大事に思っていることに変わりはないのだから。誰のためであっても命をかけてなど欲しくはない。


 自分のことは忘れて、この国で誰かと結婚し、幸せに過ごして欲しい。本当にそう思っているのに、心のどこかでは、一人で赴くのが本当は怖くてたまらない今、着いて来てくれるのが嬉しいと思ってしまう自分がいて、強く拒否することができない弱い自分が情けなかった。

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